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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)640号 判決 1967年3月28日

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金二二五万三八九円及び内金一七六万七〇〇〇円に対しては昭和三二年四月二四日から、内金四万五三八九円に対しては同三三年七月五日から、内金三七万円に対しては同四〇年一一月一二日から、内金六万八〇〇〇円に対しては同四一年六月二二日から、各完済にいたるまで年五分の金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも全部被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「被控訴人は控訴人に対し次の金員を支払え。(一)金五〇万円及びこれに対する昭和三二年四月二四日から右支払いずみまで年五分の金員(二)金一〇二万二〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年四月二四日から右支払いずみまで年五分の金員(三)金三七万円及びこれに対する昭和四〇年一一月一二日から右支払いずみまで年五分の金員(四)金一四万五〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年四月二四日から右支払いずみまで年五分の金員(五)金一〇万円及びこれに対する昭和三二年四月二四日から右支払いずみまで年五分の金員(六)四万五三八九円及びこれに対する昭和三三年七月五日から右支払いずみまで年五分の金員(七)金六万八〇〇〇円及びこれに対する昭和三三年七月五日から右支払いずみまで年五分の金員。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。本判決は仮に執行することができる。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

なお、控訴人の、右(二)の請求は従前「金一〇二万五〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年四月二四日から右支払いずみまで年五分の金員を支払え。」と請求していたもの、右(三)の請求は従前「別紙目録(1)記載の約束手形一通を引渡せ。」と請求していたもの、右(四)の請求は従前「金二八万円及びこれに対する昭和三二年四月二四日から右支払いずみまで年五分の金員を支払え。」と請求していたもの、右(五)の請求は従前「別紙目録(4)記載の物件を引渡せ。その執行が不能のときは、不能の分につき同物件表下欄に記載の価格による金員及びこれに対する昭和三二年四月二四日から右支払いずみまで年五分の金員を支払え。」と請求していたもの、右(六)(七)の請求は従前「同目録(6)記載の有価証券を引渡せ。その執行が不能のときは、不能の分につき同項下欄に記載の価格による金員及びこれに対する昭和三三年七月五日から右支払いずみまで年五分の金員を支払え。」と請求していたもの、を、それぞれ前記のように交換的に変更し、又は減縮したものである。

当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠の関係は、

控訴人において、

一、被控訴人が森電業(破産者)に支出した金二〇〇万円のうち五〇万円は貸金債権であり、被控訴人より右貸付が詐欺に基くものとして取消の意思表示をなし、その原状回復と称して金五〇万円の銀行定期預金が森電業から被控訴人に弁済されたのであるが、右弁済行為も他の債権者を害する目的を以て為されたものであるから、控訴人は、破産法七二条一号によつてこれを否認する。

二、残金の一五〇万円は森電業の増資に対する支払金であり、被控訴人はこれも詐欺による新株の引受であるとして商法二八〇条の一二に則り右新株の引受を取消したようであるが、この場合の払込金返還請求権(不当利得返還請求権)も破産法所定の破産債権に過ぎず、森電業は他の債権者を害する目的を以て右債権の弁済をなし、被控訴人もまたこの事実を知つてその弁済を受けているから、控訴人は右弁済行為を破産法七二条一号により否認する。

三、被控訴人は右二、記載の弁済を受ける方法として、別紙目録(1)記載の約束手形一通の裏書譲渡を受けたものであり、同人はこれを控訴人に引渡すべき義務があるにもかゝわらず、右手形の正当な所持人と称して振出人たる訴外穂積為夫に対し支払を要求し、本件訴訟提起後である昭和四〇年一〇月一日右訴外人から手形金元金二五万円及びこれに対する昭和三〇年七月二六日から同四〇年九月三〇日まで年六分の法定利息の内金一二万円合計金三七万円の弁済を受け、これと引換えに右手形を右訴外人に交付した為め、控訴人は被控訴人から右手形の返還を受け、右手形に基き右訴外人から手形金等の弁済を受けることが不可能となるに至つた。そこで破産法七二条一号、二号、八三条一号により被控訴人が右手形を取得し同手形に基き弁済を受けた行為を否認し、被控訴人に対し右受領した弁済金の返還を求め、かつ本訴でその請求をした日の翌日たる昭和四〇年一一月一二日から右支払いずみに至るまで年五分の遅延損害金の支払いを求める。

四、甲第一号証によれば、森電業(破産者)及び森茂両名は昭和三〇年三月二一日附覚書を以て右両名が被控訴人から借受けた金二〇〇万円を以下の如き方法で支払うことを約した。

(イ)  金五〇万円は南部銀行高田支店の森電業名義の定期預金を払戻して支払う。

(ロ)  森電業所有の別紙目録(2)機械(a)及び(b)及び(3)自動二輪車ホンダドリーム号に対し質権を設定する。

(ハ)  借受金の支払を確保する為め森電業所有の電信電話債権額面金六万円及び株式会社近畿相互銀行株式一〇〇〇株を担保とする。

即ち、被控訴人は森電業に対する金二〇〇万円の債券(不当利得返還請求権又は損害賠償請求権)を金二〇〇万円の準消費貸借契約に改め、右(イ)の定期預金を解約せしめてこれを受領し、また、(ロ)及び(ハ)の担保物は何ら法律上の手続を経ずこれを売却してしまつた。

若し、右のような事実であるとするならば、被控訴人の右所為は否認せらるべきである。

五、甲第二号証によれば、森電業は昭和三〇年四月四日附公正証書を以て被控訴人から金一〇〇万円を借受け、右債権担保のため森電業所有の別紙目録(2)機械(a)、(b)及び(3)自動二輪車ホンダドリーム号を被控訴人に無償譲渡し被控訴人は右物件を右債権の代物弁済となし、又は任意の方法で処分し、その売得金を以て右債権の弁済に充当し得ることと定めた契約を締結したことが認められる。即ち、被控訴人は森電業に対する前記二〇〇万円の債権の内金一〇〇万円を同額の準消費貸借に改め、森電業所有の右機械分び自動二輪車を譲渡担保として所有権を取得し、その後これを売却するに至つたのであり、被控訴人の右所為は否認せらるべきである。

六、後記被控訴人の7主張につき、増資の金一五〇万円を以て森電業から弁済をうけた債権者等は、いずれも善意であるから、控訴人において否認することが不可能である。残りの五〇万円は森電業名義で定期預金にしたものを、被控訴人が払戻しを受けたものである。

七、よつて、控訴人は被控訴人に対し次の各金員の支払いを求める。

(一)  被控訴人が取得した現金五〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日たる昭和三二年四月二四日から右支払いずみまで年五分の法定利息。

(二)被控訴人が取得した別紙目録(2)(a)(b)及び(3)の物件は、被控訴人が昭和三〇年四月頃以後これを善意の第三者に売却し、現在返還不能に帰したので、右物件の中古品としての当時の時価合計金一〇二万二〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払いずみまで年五分の法定利息。

(三)  前記三、に記載の金員。

(四)  被控訴人が取得した別紙目録(5)記載の電話加入権二本は、被控訴人が代金合計一四万五〇〇〇円で他に売却してしまつたから、右同額の金員及びこれに対する訴状送達の翌日から支払いずみまで年五分の法定利息。

(五)  被控訴人が取得した別紙目録(4)記載の器具類は、被控訴人がその約半数を代金合計一〇万円で売却したので、右同額の金員及びこれに対する訴状送達の翌日から支払いずみまで年五分の法定利息。

(六)被控訴人が取得した別紙目録(6)記載の電信電話債券は、被控訴人が代金四万五三八九円で他に売却し、同じく株券一〇〇〇株も売却処分し、同株券の昭和四一年六月八日の時価は六万八〇〇〇円(一株六八円の割合)であるから、それらと同額の各金員及びこれに対する控訴人が被控訴人に対し支払を請求した日の翌日である昭和三三年七月五日から右支払済みまで年五分の法定利息。

と述べた。

証拠(省略)

1  被控訴人において

被控訴人は本件金員二〇〇万円を森茂に融資するに際して、その全額を直接森電業に対する貸金あるいは出資金として交付したものではなく、右金員中五〇万円は単なる貸金として森茂個人宛に貸与し、一方一五〇万円もそれ自体を直接出資金としてでなく、前記五〇万円貸与の趣旨と同様森電業の経営内容の報告に伴ない資産内容や、受注、販売関係の調査を経てその経営に不安がないことを確認した上で増資金に充てることを森茂に約して同人に同じく寄託したものである。したがつて、右融資はあくまで森電業が下請会社としての地位を脱し、独立経営を為すと共にその規模を拡大する為に使用するという約束のもとに一応森茂に渡したという事情があるに拘らず、同人は被控訴人に対して森電業の経営内容を粉飾した経理資料を以て報告する一方、右貸与金を被控訴人との約定に反して流用してしまつたのである。しかも、かゝる欺罔手段によつて森茂が融資金を騙取した事実は甲第一号証冒頭記載のように、同人もまた明らかに認めている。また、増資資金が直ちに預入銀行から払戻されている事実から見ても、森茂が森電業の延命策として被控訴人を欺罔して金員を受取つたことは明白である。

2  したがつて、被控訴人は昭和三〇年三月一日右森茂に対し貸与又は寄託(森電業への資本参加)した金二〇〇万円を、同人の欺罔に基いた交付であつたことを原因として取消し、その結果その原状回復の方法として、森茂から、貸金五〇万円の返済ならびに別紙目録(1)ないし(6)の物件、権利の引渡しを受けたのである。

3  被控訴人が右金員ならびに物件、権利を受取つたのは、貸借契約の内容をなす貸金返還債務の履行としてでないことは勿論、相手方の債務不履行により解除したという性質のものでもない。被控訴人が金員貸与等をした時点において、欺罔及び錯誤があつたことに基くのである。等しく、原状回復といつても、契約締結行為自体に瑕疵がある点で、契約解除等とは本質的に異なる。したがつて、被控訴人は詐欺によつて森電業の会社財産に事実上一時不法に添加させられていた財産の返還を得たものにすぎず、かかる財産の返還は何ら破産財団の減少を来たすものではなく、従つて毫も不利な処分行為に当らないのであるから、否認権の対象とはなり得ない。

また、右のように不法に添加された財産をもなお破産財団に属するとして債権者の共同担保を構成するということは、債権者の公平の名のもとに詐欺被害者の保護を無視する結果となり、真の公平に反する。本件の場合、被控訴人が森茂に欺されたことに気付き周章狼狽して金を取戻した行為を不当利得返還請求権又は損害賠償請求権の行使であるから、かかる請求は破産債権の行使であると解釈することが許されるとするならば、支払停止直前にある業者は多数の人を欺して取込詐欺をなして将来の破産決定に備え破産財団をふくらませて破産債権者に対する配当の率を高め得ることになり、この場合でも取込詐欺の被害者は破産債権者としての請求しか出来ないという極めて不合理な結果となり、本件の被控訴人はまさにこの取込詐欺の被害者に該当しているのである。

4  甲第一号証により準消費貸借が成立し、また、甲第二号証により新たな契約が成立したということはない。甲第一号証の趣旨は、森電業及び森茂個人が、森茂の詐欺の事実を認め、本件二〇〇万円の返還をなす旨を誓約しその方法を明らかにした覚書にすぎず、また、甲第二号証は、森茂が約に反して該金員を一応処分したため、第一号証の趣旨を確認するために公正証書を作成したにすぎない。

5  仮りに、詐欺による取消に基く原状回復請求権もまた破産債権に含まれるとするならば、被控訴人は次のように主張する。

森電業の支払停止は昭和三〇年六月七日であるから、それ以前になされた森電業の被控訴人に対する弁済を否認するには、被控訴人の悪意を要件とする。被控訴人が本件金員、物件、権利を森茂から受取るに際し、同人が初め援助を依頼するに当つて示した森電業の経営内容と事実とが著しく相違していることを認識していたのは事実であるが、これはまさに森の詐欺の事実を知つたことにほかならない。控訴人は森が初めに示した経営内容と事実とが異つていることを、ごく一部の調査で知つたので、驚いて金員貸与を取消したにすぎず、森電業の現実の経営状況の全貌などは到底知るに至らず、もとより他の債権者を害することの認識すらなかつたものである。まして一般債権者に害を加える積極的な意図のなかつたことは勿論である。

6  控訴人主張三、の事実は、これを認める。(たゞし、控訴人の法律上の意見を除く。)

7  被控訴人が森茂に預けた金二〇〇万円は、その直後に、森電業の債権者等に対し、債務の弁済名下に支払われているが、破産管財人たる控訴人は、当然その支払を受けた者に対し取戻しを請求すべきであり、もしそれを実行して取戻しているならば、被控訴人に対する本件請求をする必要がないわけであり、この点から控訴人の本訴請求は理由がない。

8  控訴人の請求金額(物件の引渡を求める分については、その執行不能の場合における同物件についての控訴人の評価額)は、現実の価額に比して極めて過大であり、控訴人の主張によれば総額二七四万九八六一円になつているが、被控訴人の現実に受けた金額(物件については其の実際の処分価額において算定)

は、

現金                五〇〇、〇〇〇円

約束手形(別紙目録(1))      二五〇、〇〇〇円

三〇屯油圧板金プレス(同(2)(a)) 二八三、五〇〇円

鉄板切断機(同(2)(b))      一七三、五〇〇円

自動二輪車(同(3))         六〇、〇〇〇円

蛍光燈器具(同(4))        一〇〇、〇〇〇円

電話加入権二本(同(5))      一四五、〇〇〇円

電信電話債権(同(6))        四五、三八九円

近畿相互銀行株券(同右)       四二、四三四円

(一、株四四円、但し手数料控除)

であつて総計一五九万九八二三円に過ぎず、二〇〇万円の貸金相当の返還は得ていない。

と述べた。

証拠(省略)

理由

森電業株式会社(以下単に森電業という)が各種電機器具の製造及び販売をなす会社であつたところ、昭和三一年一一月二二日破産宣告を受け、控訴人がその破産管財人に選任されたことは成立に争いのない甲第六、第一〇号証及び本件訴状添附の証明書によつて明らかである。

成立に争いのない甲第一号証同第一二号証、原審証人森茂(第一回)の証言により真正に成立したと認められる甲第一一号証の一ないし四三、及び右森茂の証言(第一、二回)によれば、森電業は昭和三三年二月頃新株を一株の発行価格五〇〇円として三〇〇〇株発行することとなり、被控訴人は、株式名義は自己のほか親族その他第三者名義を用いるものの、実質は同人が右新株の全部を引受けることとなり、昭和三三年三月八日頃森電業に対し、右新株の払込金として一五〇万円及びその頃別に締約された貸付金五〇万円合計金二〇〇万円を右森電業の南都銀行高田支店口座に入金し、森電業は同月一一日右の内一五〇万円を当座預金に、五〇万円を定期預金に振替え、右当座預金は森電業において一週間内にその殆どを諸支払いのため費消したことが認められる。

ところで、前記甲第一号証原審における証人森茂(第一、二回)の証言及び被控訴本人の供述によると、被控訴人が森電業に対し右のような援助をしたのは、森電業の代表取締役森茂が被控訴人に対し同会社が恰かも健全な発展性のある会社の如く申向け、虚偽の貸借対照表その他関係資料を呈示したためであつたので、同年三月二一日頃被控訴人は森電業に対し、前記新株引受ならびに消費貸借契約をいずれも詐欺に因り取消す旨意思表示をなし、二〇〇万円の返還方を要求し、森電業においてもその事実を認めた上その返還を約したことが認められ、その結果、森電業において同年三月三〇日前記定期預金を銀行との間で解約し、金五〇万円を被控訴人に弁済し、更に同年四月三〇日頃残金一五〇万円の弁済に代えて被控訴人に対し別紙目録(1)の約束手形を裏書譲渡し、また、同(2)(3)(4)(5)(6)の各権利を譲渡したことは当事者間に争いがない。(この点は甲第一、二号証同第五号証の一、二、原審証人門林泰治の証言によつてもこれを認め得る。)

そして、原審における証人森茂(第一、二回)同小沢初三郎の各証言によれば、森電業は昭和三〇年三月被控訴人から前記出資及び融資を受ける二年位前から会社の経営が思わしくなく、降つて右当時には赤字が三〇〇万円位に達することが見込まれ、資金繰りに窮した結果前述のように虚偽の会計書類を作成するようなことまでして被控訴人の援助を乞うたのであり、その後被控訴人は親戚(義弟)の小沢初三郎を会計担当の重役として森電業に送りこんだところ、図らずも同会社の実態が露呈され、右小沢の判断では昭和三〇年三月二一日(甲第一号証覚書作成時)当時の債務総額は一〇〇〇万円以上に及ぶと認識されており、地方銀行預金は殆ど無かつたのであるから、被控訴人が森電業から前記弁済や弁済に代えた給付を受けた当時、右森電業において債務超過は勿論のこと資産内容が著しく悪化し事実上支払不能に陥つていたことが認められ、かつ、右小沢は被控訴人の支出した二〇〇万円の回収(前記弁済、代物弁済)に関し被控訴人の代理人として森電業との間の交渉に関与したことが認められるから、前記森電業の財産状態については、右被控訴人の代理人がこれを認識していたことは勿論、被控訴人自身も右代理人を通じて当然認識していたものと認めるのが相当であり、更に、右認定の事実と、被控訴人が弁済に代えて給付を受けた物件類が森電業の商品ばかりでなく営業用の機械が含まれていることをも併せ考えると、森電業の代表者森茂は他の債権者を害する意図のもとに、また、被控訴人は一般債権者を害すべき事実を知りながら、前記弁済と代物弁済をなし、また、これを受けたものと認めるべきである。

被控訴人は、「詐欺によつて森電業の財産に事実上一時不法に添加せられていた財産の返還を得たに過ぎず、かゝる財産の返還は破産財団の減少を来たすものでない。」と主張するが、被控訴人の出捐した二〇〇万円を森電業が取得した経緯は前記認定のとおりであつて単に事実上のものではなく、のみならず、右二〇〇万円は金員として与えられたのであるから特別の事情のない限り特定性がなく、したがつて右金員給付の原因たる法律行為が詐欺によつて取消されたからといつて、給付した金員上の所有権が復帰するものでなく、取消業者は不当利得返還請求権を有するに過ぎず、その点において、一般取引上の債権者と径庭はない。就中、弁済に代えて給付された別紙目録記載の各物件ないし権利が、森電業の一般債権者(破産債権者)の共同担保たる財産(破産財団)に属することは多言を要しないから、これを減少させる行為は破産債権者の利益を侵害するものである。

よつて、控訴人は本訴を以て森電業と被控訴人間の右各行為を否認するから、破産法七二条一号により右各行為は破産債権者に対抗することができず、被控訴人は破産財団を原状に回復させるべき義務がある。

そこで被控訴人は控訴人に対し、

(一)  森電業から取得した現金五〇万円及びその取得の日の後である本件否認権を行使した訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和三二年四月二四日からその支払いずみに至るまで年五分の民事法定利率相当の法定利息を支払うべき義務があり

(二)  森電業から取得した別紙目録(2)(a)(b)(3)の物件は、被控訴人において既に他に処分していることが当事者間に争いなく、その物件の価格は、鑑定人二見肇の鑑定によれば、昭和三〇年四月頃の時点で、かつ特別の事情の認定できない(当審証人瀬野宗之助の証言はた易く信用できない)本件では中古品と推認した上で、(2)(a)は七一万二〇〇〇円、同(b)は二五万円、(3)は六万円と認められるから、この価格は本件否認権行使時においても反証のない限りこれを下らないものと推認すべきであり、したがつて右価格合計一〇二万二〇〇〇円を支払うべきであり、しかも価格償還の場合でも破産者又は破産財団が物件利用の機会を失ない或いは返還義務者をして物件を無償で使用せしめざるを得なかつたため当然被つたと認めらるべき法定利息を物件取得の日以降支払うべきであるから、本件控訴人がその範囲内で求むるところの右一〇二万二〇〇〇円に対する昭和三二年四月二四日(これは同時に否認権行使の訴状送達の翌日)からその支払いずみに至るまで年五分の法定利息を支払うべき義務があり

(三)  森電業から取得した別紙目録(1)の約束手形一通は、被控訴人において昭和四〇年一〇月一日手形振出人から手形金二五万円及びこれに対する満期の翌日たる昭和三〇年七月二六日から昭和四〇年九月三〇日まで年六分の法定利息の内金一二万円合計三七万円を取立てたことが当事者間に争いがないから、右同額の金員及びこれに対する控訴人請求の日(請求の趣旨一部変更申立書陳述の日)の翌日たること明らかな昭和四〇年一一月一二日からその支払いずみまで年五分の法定利息を支払うべきであり、

(四)  森電業から取得した別紙目録(5)の電話加入権を被控訴人において代金一四万五〇〇〇円で他に処分したことは当事者間に争いがないから、前示同様右同額の金員及びこれに対する昭和三二年四月二四日からその支払いずみまで年五分の法定利息を支払うべきであり、

(五) 森電業から取得した別紙目録(4)の物件は被控訴人において代金一〇万円で他に処分していることが当事者間に争いがないから、前同様右同額の金員及びこれに対する昭和三二年四月二四日からその支払いずみまで年五分の法定利息を支払うべきであり、

(六) 森電業から取得した別紙目録(6)の有価証券の内電話債券は、控訴人において代金四万五三八九円で処分したことが当事者間に争いがないから、前同様右同額の金員及びその請求の日(請求の趣旨訂正並追加及請求の原因追加の書面送達の日)の翌日たる昭和三三年七月五日からその支払いずみに至るまで年五分の法定利息を支払うべきであり、

(七) 同じく(6)記載の有価証券の内近畿相互銀行株式一〇〇〇株は、被控訴人においてこれを処分していることが当事者間に争いがないが、相互銀行の株式は一般に代替性を有するから控訴人において依然同種同等の株式の引渡を求めても差支えないが、相手方においてその履行に応ぜず遅滞しているときには本来の給付にかえて代償として価格の支払いを請求することも許されるべきであるところ、控訴人は昭和四一年六月二一日相手方到達の書面(「控訴の趣旨訂正の申立」)を以て確定的に右価格の支払いを求めるに至つたこと記録上明らかであるから、この場合その価格は請求時の時価によるべきであり、その書面全体の趣旨からみて真正に成立したと認められる甲第一四号証によれば同年同月九日の右株価は一株六八円と認められるから、右請求時の時価も同額と推認すべく、したがつて、少くとも金六万八〇〇〇円及びこれに対する昭和四一年六月二二日からその支払いずみに至るまで年五分の法定利息を支払うべき義務がある。なおそのほかに、それ以前の破産者ないし破産財団が株券を現実に保持していなかつたことにより被つた不利益を補う意味での法定利息も、控訴人においてこれを請求し得る筋合であるが、その利率を乗ずべき基本となる株価については、昭和四一年六月当時の価格を以て数年も以前の株価を確認することは経験則上許されず、他にこれを認むべき証拠がないから、この分だけは控訴人の主張を容れがたい。よつて、控訴人の請求中理由ある部分を認容し、一部理由のない部分を棄却すべきところ、原判決はこれと主文を異にするからこれを変更し、民訴法九六条、九二条を適用し、かつ仮執行の宣言はこれを附さないのが相当であると認め、主文のとおり判決する。

別紙目録は一審と同一につき省略

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