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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)86号 判決 1965年7月08日

控訴人 五辻晃

被控訴人 日本国土開発株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二九七、三二〇円及びこれに対する昭和三八年九月二九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

控訴代理人において、「一、本件仮差押決定の債務者は竹内善之助なる自然人であるのに対し、本件差押、転付命令の債務者は三和産業株式会社なる法人であることが明白であるから、外形上も差押競合の余地は全くない。しかも第三債務者たる被控訴人は竹内個人に対しては何等債務を負担していないのであるから右会社に対する本件仮差押を以て、自己の負担する債務につき有効な仮差押を受けたと認識する筈はない。よつて右仮差押は無効である。二、民訴法第六二一条所定の供託は差押競合あることを前提とするところ、本件においては右のとおり差押の競合がないのであるから右法条による供託は無効である。三、しかも被控訴人主張の供託は法律的専門知識のない一般人がなしたのではなく、弁護士によつてなされているのであるから、右法条を類推適用することはできない(原判決は差押の競合なしと認め乍ら右法条の類推適用を認めているが、矛盾撞着も甚だしい)。四、被控訴人主張の供託は、控訴人を指定受取人とする弁済供託ではないから弁済の効果は発生しない。しかも、被控訴人は右供託をなしたのみで民訴法第六二一条第三項に基く事情届をなしておらず、また仮に事情届をなしたとしても、裁判所は本件供託の無効を理由にこれを受理しないであろうし、仮に受理して配当手続が開始されたとしても、右供託金はその全額を控訴人に交付さるべきものである。五、被控訴人主張の四の事実は認める。」と陳述し、<立証省略>

被控訴代理人において、「一、被控訴人は昭和三九年二月大阪地方裁判所に対し事情届を提出した。二、既に仮差押のある債権について、他の債権者から更に債権差押転付命令の送達があつたときは、第三債務者は民訴法第六二一条により供託をなしうるものであるから、控訴人は右執行裁判所における配当手続によつて配当を受くべきものである。もし控訴人主張の如く差押競合がないとするならば、執行裁判所にその判断を求むべきであつて、被控訴人がその判断を強いられる筋合はない。三、本件の如く外形上明らかに差押競合が存在する場合、被控訴人の判断において控訴人だけに支払わねばならないとすると、被控訴人はいつまでも二重支払の危険を負担しなければならない。けだし右判断は第三債務者である被控訴人の専権に任されているのではなく、しかも仮差押決定についても更正決定の道があるからである。被控訴人にかゝかる危険を負担せしめることは甚だ苛酷且つ不公平であり、従つて外形上差押の競合があるときは、その差押が有効であるか否かに関係なく、第三債務者は右法条の法意により供託をなしうるものである。四、本件仮差押申請当時、訴外三和産業株式会社は実在し、竹内善之助がその代表取締役であつた。」と陳述し、<立証省略>……ほか、

原判決事実摘示と同一(但し原判決三枚目裏六行目に「原告」とあるのを「被告」と訂正)であるから、こゝにこれを引用する。

理由

一、先ず被控訴人の本案前の主張について判断すると、被控訴人は本件転付命令は無効であるから訴の利益を欠く旨主張するが、右転付命令が無効の場合には控訴人の本訴請求を実体上理由なからしめるだけであつて訴の利益を失わしめるものではないから、右主張はそれ自体失当である。

二、そこで本案について判断する。

控訴人が訴外三和産業株式会社(以下訴外会社と称する)に対する強制執行として、控訴人主張の公正証書の執行正本に基き、昭和三八年九月二三日大阪地方裁判所から、訴外会社(債務者)が被控訴人(第三債務者)に対して有する別紙目録<省略>記載の債権について差押及び転付命令の発布を受け、右命令が同月二八日訴外会社及び被控訴人に送達されたこと、これに先だち同年二月一四日大阪地方裁判所において、訴外大西和男を債権者とし、債務者の表示を「三和産業株式会社こと竹内善之助」とし、被控訴人を第三債務者として、別紙目録記載の債権を仮に差押える旨の仮差押決定が発布され、右決定が同月一五日被控訴人に送達されたこと、右仮差押申請当時訴外会社は実在し、竹内善之助がその代表取締役であつたこと、被控訴人が昭和三九年二月一八日民訴法第六二一条に基き大阪法務局に右債務額の供託をなしたこと、以上の事実は当事者間に争がない。

三、被控訴人は、右仮差押決定は訴外会社を債務者として発布されたものであり、従つて控訴人の得た転付命令は差押競合あるに拘らず発せられたものであるから無効である旨抗弁するので、先ずこの点について判断する。

成立に争のない乙第一、四号証、同第五号証の一ないし四、甲第二号証及び前記争のない事実を綜合すると、訴外大西和男は自己が訴外会社に対して有する金銭債権を保全するため、訴外会社を債務者として、同会社が被控訴人(第三債務者)に対して有する別紙目録記載の債権に対する仮差押を申請しようとしたのであるが、訴外会社の代表者たる竹内善之助の名刺に印刷されていた住所地(大阪市東区博労町五丁目四六番地新船場ビル二階)に依る同市東区内には訴外会社の商業登記が存在せず、代表者の資格証明が得られなかつたので、客観的には訴外会社が実在し同会社が被差押債権の権利主体であつたにも拘らず、それ以上に同会社の所在(登記簿上の住所)を調査、確認することもなく、むしろ同会社の存在は明らかでないものとして、仮差押申請書の債務者の表示欄を「三和産業株式会社こと竹内善之助」と訂正記載した上、昭和三八年二月一四日大阪地方裁判所に右仮差押の申請をなし、同日本件仮差押決定の発布を受けたのであるが、その後に至つて訴外会社が右申請当時から実在(本店、大阪市南区南炭屋町五二番地の一)していたことに気付き、同裁判所に対し、右仮差押決定の債務者の表示を「三和産業株式会社、代表取締役竹内善之助」と更正を求める旨申立てたが、同裁判所は、右仮差押決定の債務者の表示自体には誤りはないとして昭和三九年一一月一八日右更正決定の申立を却下したことが認められる。

右認定の事実によれば、本件仮差押債権者たる大西としては、右仮差押申請に際して為した前記名刺を手掛りとする調査によつては、別紙目録記載の被差押債権の外観上の権利主体たる訴外会社の所在を確知し得なかつたままに、右被差押債権の債権者即ち仮差押債務者を、一応、会社の名を称する個人として表示して本件仮差押の申請をなしたのであるが、右申請当時客観的には訴件会社は実在し、かつ被差押債権の権利主体であつたのであるから、右仮差押債権者大西の主観的意思は兎も角として、右仮差押申請手続上の債務者(即ち被差押債権の権利主体)、従つてまた右申請に基く表示をそのまま採用した本件仮差押決定上の債務者を以て、そのまま、当時実在した訴外会社を指すものと解することはいささか困難であり、仮差押決定を為した原裁判所が前記債務者表示の更正決定の申立を却下した後においては、猶更のことである。一方において控訴人の申請により発せられた本件差押、転付命令の債務者(被差押債権の主体)は、明らかに訴外会社を表示し、一点の疑もないことは成立に争のない甲第一号証の一により明白であるから、右仮差押決定と本件差押、転付命令との間には差押の競合は認められず、その他の被控訴人の全立証を以てしても、右認定、判断を左右するに足りない。従つて本件転付命令は有効であると言うべく、被控訴人の右抗弁は理由がない。

四、そこで被控訴人主張の民訴法第六二一条による供託の抗弁について判断する。

民訴法第六二一条第一項は、金銭債権につき配当要求の送達を受けた第三債務者に債務額の供託権を認めた規定であるが、右規定は、被差押債権につき配当要求があつた場合のみならず、配当要求と性質を同じくする重複差押がなされた場合にも類推適用を認むべきである。ところで重複差押の一方が転付命令を伴う場合については、転付命令の性質上、債権転付の実体的効力は生じないものと解されるけれども、転付命令が差押命令と同時に発せられた場合には、少くともその差押命令は重複差押に該当するから、転付命令の効力如何に拘らず、右法条による供託は是認せられねばならない。

さらにまた右規定は、その立法理由によれば、債権執行の過程において被差押債権につき権利主張をなす者が競合した場合に、第三債務者をして自己の責任において配当要求又は重複差押の適否を審査し、真の権利者ないし優先権者を探知判断すべき負担を除くと共に、二重払の危険を脱せしめるために設けられた規定であるから、右規定の適用は必ずしも客観的に厳密有効な重複差押が存在すると認められる場合のみに限らず、右規定により主たる利益を受ける第三債務者の立場よりして、明白に差押の競合と見られ、又は差押の外観的競合と認めるにつき無理のない状況が備つている場合においても、右規定の類推適用を認めるのが相当と解される。

これを本件についてみると、本件差押、転付命令送達当時これによつては厳密には差押の競合を生じたものと解し難いことは前述の通りであるが、第三債務者たる被控訴人としては、別紙目録記載の債権は訴外会社に対しては負担するものの、竹内個人に対しては負担するものでなかつた上に、先の仮差押決定と後の差押、転付命令の被差押債権の表示は全く同一であり、先の仮差押決定の債務者即ち被差押債権の債権者の表示は「三和産業株式会社こと竹内善之助」とされていて、必ずしも単純な個人を指称するものと解し難く、右の会社を指称する余地も全然認められないではなく、或は将来更正決定により両者の裁判の債務者の表示が完全に一致する可能性も考えられ、しかも未だ前記更正決定却下の裁判もなされていなかつたのであるから、第三債務者たる被控訴人として、右両者の裁判の差押の目的たる債権は同一のものであり、従つてまた差押債務者も同一人たる訴外会社であると解釈して、差押競合の成立したものと考えるに無理からぬ相当の理由が存在していたものと言わねばならない(尤も成立に争のない乙第二号証によれば、本件供託は被控訴代理人たる弁護士久保泉によつてなされていることが認められるから、法律知識に必ずしも通暁しない一般の第三債務者の基準を本件に適用する必要はないかのようでもあるが、右の事実は他面において右供託当時、差押競合の有無の判断が法律専門家たる弁護士によつても相当困難なものであつたことの一の証左ともされ得るであろう。なお一般に、保全処分の申請と裁判における相手方たる債務者の表示と当事者の確定との関係は、通常の対席裁判におけるそれのように厳密には処理判断し得ない事情があり、表示の解釈は若干緩和して考える必要がある)。

そうすると、第三債務者たる被控訴人のなした本件供託は民訴法第六二一条第一項に基くものとして適法であり、成立に争のない乙第三号証によれば被控訴人は昭和三九年二月二七日大阪地方裁判所に同条第三項所定の事情届をなしていることが明らかであるから、被控訴人は右供託により控訴人を含む差押債権者に対する関係において本件被差押債権の債務を免れたものと言うべきであり、被控訴人の抗弁は理由がある(なお附言すると、本件被差押債権については、前記のとおり客観的には差押の競合が存在しなかつたのであるから、右の事情届に基く供託金の配当にあずかる債権者は控訴人のみとなる筋合である)。

以上の理由により控訴人の本訴請求は失当であり、これを棄却した原判決は正当であるから、本件控訴はこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 奥村正策)

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