大判例

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大阪高等裁判所 昭和40年(ラ)317号 決定 1966年6月03日

抗告人 梅島茂清 外三名

相手方 興生産業株式会社

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一、本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。

二、当裁判所の判断

(一)  本件記録によれば、申請外能登産業株式会社は、布施市大蓮二二五番に市場用建物を所有し、右建物内の店舗を三六人の小売商に貨付け、大蓮センターの名称で市場経営をしているものであること、抗告人らはいずれも右会社から、右市場内の店舗を賃借し、抗告人梅島は履物店を、同上田は精肉店を、同高畑は金物店を、同皆藤は洋品店をそれぞれ経営しているものであること、一方相手方は布施市大蓮一七四七の四番地に鉄骨造スレート葺二階建店舗兼住宅一階二七六坪四一、二階六一坪三一(以下本件建物という)を所有し、店舗数四五を有する興生デパートの名称で商人を募集し、右建物を小売商に貸付けているものであること、相手方の本件建物は抗告人らが営業している市場「大蓮センター」の建物から西北へ二〇〇米しか離れていないこと、ところで小売商業調整特別措置法三条第一項によると、布施市内の建物については大阪府知事の許可を得たものでなければ、小売市場とするためその建物の全部または一部を小売商に貸付けまたは譲渡してはならないものであるにかゝわらず、相手方は本件建物を小売商に貸付けるについて右のような知事の許可を得ていないこと、以上のとおり認めることができる。

(二)  抗告人らはまず、相手方が右許可を受けることなく、抗告人らの店舗に近接して小売市場を開設し、その小売商の営業活動を通じて抗告人らの営業上の利益を違法に侵害していることは、抗告人らに対する不法行為であるから、抗告人らはこのような継続的不法行為による損害を予防する請求権を有し、これを被保全権利とする仮処分が許されるべきであるというのである。たしかに、前記小売商業調整特別措置法は、小売商業の正常な秩序を阻害する要因を除去する(同法一条)とともに、既存の小売商を、小売市場の濫立による過度の競争から保護し、中小小売商の経営が著しく不安定になることを防ごうとする意図をも有する(同法五条一号)ものであるから、右規定は単なる取締法規にすぎないものではなく、小売商個人の利益の保護をも目的とするものということができる。そうだとすると、相手方が知事の許可なく本件建物を小売商に貸付ける行為は、抗告人らに対し違法にその営業上の利益を侵害する可能性があり、不法行為の成立する余地ありとしなければならない。

しかしながら相手方の行為が仮に不法行為になるとしても、そのことから当然に、抗告人らは相手方に対し右行為の差止を請求することができると解することはできない。なぜかといえば、不法行為の制度は、本来違法行為から生じた損害の填補を目的とするものであつて、その損害の発生を予防しまたは停止させるために、違法行為自体の排除、停止を求める請求権は、不法行為自体から当然に発生するとはいえないからである。

(三)  つぎに抗告人らは、営業権にもとづく妨害排除請求権を被保全権利として、仮処分が許されるべきであるという。営業が次第に独立の財産的価値として認められ、一つの権利として構成されようとしていることは抗告人らのいうとおりであるが、だからといつて営業権にもとづく妨害排除が許されるものと解することはできない。もつともこの点について不正競争防止法は、いわゆる不正競争行為によつて営業上の利益を害せられるおそれある者に対し、右行為の差止請求を認めているけれども、前記小売商業調整特別措置法は違反者に罰則を設けているにすぎず、右のような差止請求に関する規定がないから、これと同一に論ずることはできない。

(四)  以上のとおりであつて、本件仮処分の申請は、被保全権利の疎明を欠き、かつ保証をもつて疎明に代えることも相当でないと認められるから、その余の点について判断するまでもなくこれを却下すべきものであり、これと同趣旨の原決定は正当であつて、本件抗告は理由がない。よつてこれを棄却し、抗告費用について民訴法九五条、八九条、九三条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 金田宇佐夫 中島一郎 阪井いく朗)

別紙

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

相手方は別紙目録<省略>記載の建物の店舗のうち、全部または一部について、野菜、生鮮魚介類の販売を業とする者をふくむ一〇人以上の小売商に右建物店舗を使用せしめてはならない。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、大阪地方裁判所は抗告人等の仮処分申請を理由なしとして棄却したが、抗告人等の申請は法律上の理由からも、また証拠の点からも理由があるから、原決定を取り消して、別紙記載のような仮処分命令を求める。

二、なお、抗告人等の申請の理由のうち、被保全権利の点について、別紙のとおり詳述する。

(別紙)

「被保全権利について」

第一、抗告人等は本件仮処分の被保全権利として、第一次的に不法行為による損害の予防請求権を主張する。

一、不法行為の成立

(一) まず、民法第七〇九条によれば、不法行為の成立要件として、「他人の権利を侵害したこと」を掲記されるのであるが、このことについての学説、判例は右要件を「保護に値する利益の侵害の違法性」のことだと認識し、他方その侵害行為の違法性については、それが刑罰法規とか、取締法規に違反する場合、それだけで、その法規による被侵害利益を加害した違法性があるというのである。

(二) そこで本件の場合について考えてみる。

最初に相手方の市場開設の所為が小売商業調整特別措置法第三条第一項に違反する不法のものであることは明白である。

そして、上記法律が罰則を設けて規範を強制するところの強行法規であり、取締法規であることも疑いがない。

(三) 次に、小売商業調整特別措置法は、同法の立法趣旨と同法に規定する目的からいつても、中小小売商の営業活動を強く保護育成するためのものであり、この法律により抗告人等の営業上の利益が相手方の違法行為から経済的にも精神的にもあつく保護されていることも明らかである。

しかも、この保護は法律による反射的なものではなく、直接的なものなのである。

最高裁判所(昭和三七年一月一九日第二小法廷判決)は、右調整特別措置法と同じく、営業についての許可等を必要とする公衆浴場法について、浴場の距離的配置の適正を理由とする許可制によつてうける既存の業者の利益を「(単なる反射的利益というにとどまらず公衆浴場法によつて保護せられる法的利益)」であるとし、これと異なる結論をだした原判決を破棄し、第一審判決を取り消し差戻したのであつたが、これについては学者(園部逸夫民商法雑誌第四七巻第二号二八六頁)も賛同するところである。

そして、公衆浴場法と比較するとき、本件措置法による業者の保護は、一段と強いものであるといわなければならない。

すなわち、公衆浴場法が許可制としたのは、もつぱら国民保健及び環境衛生という公共的見地からであつて、業者の保護はいわばそこから生れる第二次的なものであつたのであるが、右調整特別措置法は中小小売商の保護を課題とし、同業者の強力な要請によつて制定されたものであり、業者の保護のみをうたつたものであるからである。

(四) そして最後に、当然のことながら、保護に値する営業上の利益が侵害されたとき、その被侵害利益としての営業を権利と呼称するかどうかは別として、このような利益の侵害が民法所定の不法行為を構成することは、現在の確立した判例であり、通説なのである(加藤一郎編集、注釈民法八四頁~八五頁)。

二、損害予防請求権

本件において、相手方の侵害行為はもとより継続的なものであつて、抗告人等のこうむる損害も一回性のものではない。このような場合、学説のなかでは不法行為制度の解釈論として種々の意見が別れるのであるが、大阪地方裁判所(昭和二三、一、二八、最高裁刑事裁判資料第一〇号五一六頁)は、「申請人のこうむることあるべき損害を予防しなければならぬ点に保全の必要を認めねばならぬ。すなわち、申請人は被申請人に対して有する右損害予防請求権を被保全権利とし、右損害予防の必要あることを保全の理由として、この現在の危険を予防するに適当な保全処分(仮の地位を定むる仮処分)請求する権利を有するものと認めねばならぬ」と判示し、違法な危険損害を加害者に対し予防し排除する権利のあることを肯認しているのである。

これを本件についてみたとき、損害予防請求権の行使として相手方に不作為命正を課したとしても、いわば法文の確認措置を施したものであつて、相手方の法的自由活動は何ら阻害されるものではなく、またその不作為命令は制限的(一〇以上の小売商に対してなす場合にかぎられる)に発せられるのであるから、相手方のうける不利益も限定され、或はこれを解消(自家営業に変更するなど)する可能性を有する反面、抗告人等にとつてはその損害は致命的である。

第二、抗告人等は第二次的に営業権にもとづく妨害予防請求権を被保全権利として主張する。

(一) 営業権については、当初、不法行為法の領域で議論されだしてから、社会の要請に応じて、労働法等の分野にも発展し、さらに不正競業をめぐる各種の問題について、物権的ないし無体財産的な営業権の議論に及んでいる。その経緯をみると、営業権についての、かつての判例や或は学説はこれを全面的に肯定するところまでいかなかつたのは否めないのであるがまづ商法学者によつて、債権的にではあるけれども、営業は一体的目的的な権利として意識化され(営業の譲渡を例にとつても、この場合営業を構成する個々の権利を対象にするものではない)、民法学者も不法行為などに関連して、しばしば営業について権利的な構成を試みるようになつたのである。

そして、我妻氏は営業の侵害について「営業権」と題し、「営業は近時二つの方面から法律上の問題とせられる。一は営業的活動が従前の如く放恣な自由競争に委ねられることなく、公序良俗の理念に従つて適当な制限を認められることであり、二は営業に対して主体たる個人を離れた独立の財産的価値を認めることである。而して不法行為の違法性の立場から見れば、前者に於ては不正競業の理論に従い、その侵害行為の態容が主として問題とせられねばならない。これに対し、後者に於ては、寧ろ所有権の如き一個の財産権の成立とその侵害とが考えられねばならない」(我妻「事務管理、不当利得、不法行為」法学全集一三五-六頁。新法学全集「事務管理、不当利得、不法行為」一三三-四頁。)と説かれさえしたのであつた。

(二) 一方、判例では労働法の分野ではあるが、例えば、最高裁判所(昭和二七、七、四決定、労民集三、三、二七六)は、「就業規則制定権は使用者の経営権にもとづくもの」と認め、さらに福岡地方裁判所(昭和三四、一〇、一三決定、労民集一〇、五、九四七)は「事業の経営権、生産手段の占有権等にもとづき解雇した従業員の事業場立入を禁止できる」と判示し、学説(上記注釈民法八五頁)でも、争議行為が営業権の侵害とみなされる場合のあることを指摘するに至つているし、東京地方裁判所の実務では、営業権による妨害排除請求を本案とする場合には、妨害禁止の仮処分を認めているといわれている(菊井、村松「仮差押、仮処分」新訂版二八〇頁)。

このような推移からすれば、今日、幾多の議論の変遷を経て、あたかも人格権ないし生活権が確立されていつたと同様、現在では権利としての営業権を是認することはもちろ、これに物権性を付与すべきものと考えられるのである(我妻民法講義「総則」二〇七頁参照。同「近代法における債権の優越的地位」一八二頁以下参照)。

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