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大阪高等裁判所 昭和41年(う)1096号 判決 1966年10月28日

主文

原判決を破棄する。

本件を阿倍野簡易裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、記録に編綴の阿倍野区検察庁検察官副検事真本金弥作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、その答弁は、弁護人戸田善一郎、同沼生三連名作成の答弁書に記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

論旨は、原判決が、「本件起訴状そのものに公訴事実の記載がないが、別紙として起訴状に添付され起訴状と契印を施した文書に、公訴事実と認められる記載がなされている。通常、このような形式による起訴状は、起訴状本紙に『公訴事実は別紙のとおり』と記載され、別紙記載が起訴状中に引用され、起訴状の一部とされているのである。しかるに本件起訴状には引用する記載がない以上、起訴状とは遊離した別個の文書であり、本件公訴は刑事訴訟法第二五六条第二項の手続規定に違反して無効であるとして公訴棄却する」旨判決したのは、同条項の解釈を誤ったものであって、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れないというのであり、これに対する弁護人の答弁の要旨は、本件起訴状と別紙との間に契印が存在しても起訴状において別紙の記載を引用していないから、全体として一個の単一文書ではなく起訴状に公訴事実の記載がないことになるというのである。

よって本件の起訴状をみると、その第一葉には「起訴状」と題し、「左記被告事件につき公訴を提起し、略式命令を請求する」と記載し、次いで、昭和四〇年九月九日、「阿倍野区検察庁検察官事務取扱検察官検事波山正」、あて名を「阿倍野簡易裁判所殿」とし、被告人椿本栄三郎の本籍、住居、職業、氏名、年令を記載し、罪名及び罰条として公職選挙法違反、同法第二二一条第一項一号、第二三九条一号、第一二九条と記載してあり、その次に、「別紙被告人は昭和四〇年七月四日施行の参議院議員通常選挙に際し全国区から立候補し当選した梶原茂嘉の選挙運動者であるが、前田卯三松、大杉治、岩佐武夫らと共謀の上、かねてより右選挙に立候補を決意していた梶原茂嘉に当選を得しめる目的をもって、立候補届出前の同年四月二六日大阪市東住吉区平野西脇町一五番地大阪市立平野町会館において別表記載の尾西弘子外四名の選挙人に対し梶原茂嘉のため投票並びに投票取纒めの選挙運動方を依頼しその報酬等としてポットスタンド(一、三五〇円相当)各一個を供与し、もって立候補届出前に選挙運動をなしたものである。尾西弘子、林璋好、今井伊惣次、藤田彦太郎、鍛治隆一」と記載された別紙が添付され、第一葉との間に契印がなされているが、第一葉には「公訴事実は別紙のとおり」という趣旨の記載がないことは、原判決指摘のとおりである。そこで、原判決は「起訴状と別紙公訴事実記載の文書との間に契印が施されているから、後者の文書も本件起訴に関し提出されたものであることは明らかである」と認めながら、「本件起訴は公訴事実の記載がない起訴状と公訴事実を記載した別個の文書の二個の文書でもって被告人に対し該公訴事実の公訴提起手続がなされたことになる」と判断し、公訴提起の方式に違背して無効であるとして公訴棄却しているのであるが、刑事訴訟法第二五六条は、公訴提起の方式を規定して、同条第二項ないし第四項には、「起訴状には一、被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項、二、公訴事実、三、罪名を記載しなければならない。公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。」旨規定されており、公訴提起の手続に厳密性の要求されることはもとよりであるが、公訴提起の手続が右の規定に違反したため無効であるとして公訴を棄却するには、その違反が審判の対象を補正しがたい程度に不明確ならしめ又は被告人の防禦に実質的な不利益を及ぼすほどに明白かつ重大な瑕疵があるばあいでなければならない。従って起訴状全体を観察してそれが一体となって法の要求する被告人、公訴事実、罪名の表示があると認められるときは、公訴提起の手続が規定に違反し無効であるとはいえない。これを本件についてみると、本件起訴状は本紙と別紙との二葉からなり、本紙の方に、被告人の特定事項と罪名及び罰条のみを記載し、別紙に公訴事実を記載しているのであるから、右本紙に「公訴事実は別紙のとおり」という引用文言の記載を欠いている点において粗雑であることには間違ないが、第一葉に起訴状と題し、左記被告事件につき公訴を提起する旨記載せられ、罪名及び罰条が掲げられており、これに別紙という標題のもとに契印をもって連けいされている別紙に右の罪名並びに罰条に相当する事実が記載されているのであるから、右の起訴状本紙と別紙とを一体として観察し、別紙掲記の事実が本件起訴の訴因であり、従って、本件起訴状には、公訴事実の記載があると認めることができるのである。そして、これは、前後を通観し通常人の容易に理解しうるところであるから、審判の対象の不明又は被告人の防禦権の侵害を引き起すおそれはない。従って、原判決が、本件起訴状には公訴事実の記載がないとして公訴棄却したのは刑事訴訟法第二五六条の解釈を誤ったものと断じなければならない。そしてその違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はとうてい破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって刑事訴訟法第三九七条第一項、第三七九条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条本文により本件を阿倍野簡易裁判所に差し戻すべきものとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎薫 裁判官 竹沢喜代治 浅野芳朗)

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