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大阪高等裁判所 昭和41年(う)1903号 判決 1967年2月18日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は被告人及び弁護人山下潔作成の各控訴趣意書に記載のとおりであるからこれらを引用する。

所論はいずれも原判決の事実誤認を主張し、被告人は時速約七〇キロメートルで普通貨物自動車を運転したことはあるが原判決認定の如く時速九七キロメートル位で運転進行したことはないというのである。

よって所論にかんがみ記録を精査し原審で取り調べた各証拠によると被告人は原判示日時場所で普通貨物自動車(ライトバン)を運転していた際、同所でいわゆる定域測定式速度違反取締りを実施していた福知山警察署勤務巡査、長谷川一寿、同岡田勝彦、同深堀彰司、同上田仁三らに速度違反の事実ありとして取調べを受け、その際被告人は自己の速度違反の事実を認めた供述書に署名指印していることが認められ、右供述については特にその任意性を疑わせる点も記録上認められないから、原判示事実は一応速度の点を含めてこれを認め得るかの如くである。しかしながら被告人は原審公判廷以来右の速度の点を争い、「当時時速七〇キロメートル位で走っていたが九七キロメートルも出していない」旨主張するので按ずるに、≪証拠省略≫によると、本件の速度違反取締りはA点の合図係を長谷川一寿巡査、それより一〇〇メートル離れたB点の測定係を岡田勝彦巡査、さらにこれより、一二〇メートル位離れたC点の停車係を深堀彰司、上田仁三両巡査がそれぞれ担当して、西進する自動車の速度違反の取締りを行っていたところ、長谷川巡査は同所を西進して来た一台の自動車が速度違反を犯しているものと認め、同自動車がA点通過と同時に速度測定器を始動させ、B点の岡田巡査及びC点の深堀巡査に右自動車の車種及び色のみを連絡し、岡田巡査は同自動車がB点通過と同時に測定器を停止させ、一方C点の深堀巡査は測定器の示した指針を確認すると共に上田巡査に右自動車の停車を指示し、同巡査において同所を進行中の被告人の自動車に停車の合図をし、その結果被告人の自動車は約七〇メートル進行して停車したことが認められる。ところでその際の自動車の速度について、測定器を取扱っていた前掲証人深堀巡査は、被告人の自動車速度は九七キロメートルを示していた、そしてこれを被告人に示したところ、下り坂であったのでそれ位出ていたかも知れないといって違反の事実を認めていたといい、前掲証人長谷川、上田両巡査も同様、被告人は違反の事実を認めていたというのである。これに対し被告人は原審公判廷において「自分は速度違反の事実は認めたが速度が時速九七キロメートルであることまで認めたものではない」「供述書に署名したのも警察官から違反しているから判を押せといわれ自分も七〇キロメートル位で走ったのは事実だったので署名したものでその時上の違反事実の記載はみていない」と弁解し、その根拠として、当時自分の後から車種は違うが自分の自動車と型のよく似た同色の自動車が自分の車を追越し、さらに先行のトラックをも追越して行ったので、自分も先行のトラックを追越した瞬間時速七〇キロメートル出ているのを見た、その直後警察官の停車の合図をみて停車したが警察官は右の追越した自動車を自分の自動車と誤認して測定されたものと思う」又「自分の自動車は時速七〇キロメートル出すと左右に揺れ危険である」というのである。しかし本件速度違反取締りに当った前記長谷川巡査らは原審における再三にわたる証人尋問に対して、いずれも当時被告人運転の自動車の前後にトラックは勿論他の自動車のあった事実を否定し、ただ岡田巡査が「被告人の自動車の五〇メートルないし一〇〇メートル位前方に車種は記憶ないが自動車が走っていたように思うがそれは違反車両ではなかったと思う」旨供述しているのみである。ところが他方原審証人山本うめの供述によると、自分は本件について被告人が自動車の停車を命ぜられて警察官と話し合っているのを見ていたが、そのときは同じような色と型の自動車(ライトバンと思う)が二台走っており、被告人の自動車は停車し、あとの一台は逃げてしまった、被告人の自動車が停車したときトラックがすぐ後におった。逃げた自動車は被告人の自動車の先を走っていたと思う。右の三台の自動車が国道を走っていたときは逃げた自動車が先で、その後を被告人の自動車、その後をトラックが一メートル位離れて走っていた。被告人が警察官に調べられているとき警察官のうちの一人が「逃げたな、ナンバーを控えとけ」とか言っており、それを見ていた自分の妹(浦田ヌイ子の意)や子供らもあの自動車はうまいことしたなと話し合っていた。自分の見たところでは先に逃げた自動車が一番早く走っていたというのである。そして原審証人浦田ヌイ子も右山本証人と同趣旨の供述をしているのである。(浦田証人に対する尋問調書)もっとも右浦田証人の供述と原審の検証調書添付の現場見取図(二)とを対照すると、同証人が本件の取締りを見ていた場所は同図面の⑧点であって、同地点からは被告人が先行のトラックを追越してから道路中央に戻ったという⑤点(速度測定区間より約八〇メートル離れた西方)付近から稍々西に下った地点までしか見透し難いことを考えると、右浦田証人は被告人がすでに速度測定区間を過ぎ警察官に停車を命ぜられる直前あるいはその直後の状況を目撃していたものと考えられるのであるがその点は姑くおき、右両証人の各供述内容は極めて具体性に富みそれが何ら利害関係のない第三者の供述として信用に値するものであるのに対し、前掲各警察官の証言は数回あるもののうち、当初は「被告人の自動車以外に自動車はなかったと思う」とか、あるいは「トラックは記憶がない」とか言う推測的供述であったのに、回を重ねるにしたがって、「被告人の自動車以外に当時自動車はなかった」と断定するに至り、三回目の証言においては事前に当時取締りに当っていた長谷川巡査ら四名で本件を検討し合い、いずれもが被告人の自動車以外に自動車は見なかったことを確認し合った上証言していることが認められるのであって、これらのことから右各証人の供述は自己の確たる記憶にもとずいて為されたものかどうか、にわかに断じ難いものがあるほか、長谷川巡査の証言によると、本件の場合深堀巡査には車種と色のみを連絡し、違反車特定に最も重要と思われるナンバーを連絡しておらず(同人に対する原審の証人尋問調書)、又深堀巡査も被告人を検挙する一分足らず前に速度違反の車があり停車を命じたが停車しない車があって、その車のナンバーを上田巡査に控えるように言ったことがある旨供述し、又被告人が自分の車は七、八十キロメートル出すとローリングすると言ったかどうかについて今から考えるとスピードの点は覚えないがローリングすると言っていたように思う旨供述(第三回公判)していることと、原審証人山内正美の供述及び同人作成の報告書により認められる、本件後間もない昭和四一年五月頃被告人運転の本件自動車を点検した結果、同自動車は六二年型のトヨペットコロナでエンジン部のコンロッド大端メタルの磨耗が甚だしく、圧縮圧力の低下によりエンジン出力も低下し、高速運転のできる状態ではなかった事実と以上認定の各事実関係を総合して判断すると、本件当時被告人の自動車以外にこれを高速度で追越し、かつ警察官に停車を命ぜられながらこれに応ぜず逃げ去った自動車があって、それが被告人運転の自動車の車種、色とよく似ているところから取締警察官が速度測定の対象を誤認した疑いが濃厚である。そうだとすると被告人の運転速度もその測定場所が稍々下り勾配の箇所であったことを考慮に入れても時速九七キロメートルもの高速度で運転したものとはたやすく認められず(もっとも前記の如く、被告人の供述書には速度の点を含めて本件違反事実を認める旨の記載があるけれどもその形式殊に警察官が交通事件原票を引用して作成した違反現認報告書の記載内容をさらに引用したものに署名指印させているだけであってその具体的内容は全く記載されていない点からみて被告人が引用された文書の記載内容を十分認識した上のものとはたやすく認め難い)、被告人の前記弁解も全く根拠のないものとして否定し去ることはできないのである。してみると被告人が時速九七キロメートル位の速度で普通貨物自動車を運転したとの原判決の認定は誤っているものといわざるを得ない。ところで被告人が時速九七キロメートル位で運転した事実は認められないとしても、被告人自身約七〇キロメートルで運転したというのであり、それが法定の最高速度に違反することは明らかであるから、右の限度において、制限速度違反の事実を認め得る余地も考えられないことはないけれども、その点については取締に従事した前記各証人の供述のたやすく採用し難いこと既に述べた通りであり、その他被告人の自白以外にこれを裏付けるに足りる証拠は記録上存在しないから、右事実についても又有罪の認定をすることはできない(刑事訴訟法三一九条二項)。結局本件制限速度違反の公訴事実(原判決認定の事実と同一)については犯罪の証明がないことに帰するから、被告人に対し有罪の認定をした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるといわざるを得ない。

論旨は理由がある。

よって刑事訴訟法三九七条、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書によりさらに自判することとし、さきに説示したとおり本件公訴事実については犯罪の証明が十分でないから同法四〇四条三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

(裁判長裁判官 山田近之助 裁判官 藤原啓一郎 瓦谷末雄)

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