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大阪高等裁判所 昭和41年(う)2078号 判決 1967年4月25日

被告人 中川明

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人芝康司作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点について

よつて記録を調査すると、被告人が過失によつてその運転する大型貨物自動車の左側方を被害者穐作蔵に接触させて、同人を路上に転倒させた後の状況について、起訴状記載の訴因では、同人を路上に転倒させたうえ、被告人の運転する右大型貨物自動車の左後輪で同人を轢過し、よつて同人を外傷性ショックにより死亡するに至らせたとなつているのに、原審は、訴因変更の手続を経ないで、同人を路上に転倒させたうえ、後続自動車に同人を轢過させ、よつて同人に対し腰椎骨折、骨盤骨折等の傷害を与え、同人を右傷害に基く外傷性ショックにより死亡するに至らせたと認定したことは所論のとおりである。ところで、その他の犯罪構成事実及びこれを特定すべき事実、すなわち、過失行為の態様及び結果の内容はもとより、業務及び注意義務の内容、犯罪の日時及び場所等については、訴因と原審認定事実との間に実質的な差異がないことは、本件起訴状の記載と原判決の事実摘示とを対比し容易に認められるところであるから、原判決が審判の請求を受けない事件について判決をしたことにはならないものと解するのが相当である。しかしながら、被害者を被告人の運転する自動車の左後車輪で轢過したか、あるいは後続自動車が轢過したかということは、単に被告人の過失による被害者の転倒と被害者の傷害及び死との間の因果関係の過程に差異を生ずるにとどまらず、前者の場合は、被告人の過失による被害者の転倒及び轢過と被害者の傷害及び死との間に相当因果関係の存することが明らかであるのに反し、後者の場合は、被告人の過失による被害者の転倒と被害者の死との間に後続車による被害者の轢過という後続車の運転手による有過失または無過失の行為が介入することになるうえ、原判決が被害者の死因として認定した腰椎骨折、骨盤骨折等の傷害は、医師助川義寛作成の鑑定書及び証人助川義寛の原審公判廷における供述記載によると、轢過によるものであることが認められるのであるから、後続車等の具体的状況(すなわち、抗告人の運転する自動車と被害者を轢過した後続車との距離、その中間に他の後続車があつたか否か、その台数及び型、路面の状況その他後続車の運転手が転倒した被害者の轢過を避け得たか否か、避け得たとしてその難易)如何によつては、被告人の過失による被害者の転倒と被害者の傷害及び死との間の相当因果関係の有無すなわち被告人の致死の結果に対する罪責の存否または少くともその軽重に差異を生ずることがあることは容易に考えうるところである。してみれば、原判決が、前記のごとく訴因の「被告人の運転する自動車の左後車輪による被害者の轢過」という事実を否定して「後続自動車による被害者の轢過」という事実を認定するには訴因変更の手続を経たうえ、これに対しその事実の有無またはその具体的情況等について被告人に防禦の機会を与えなければならないものと解するのが相当である。しかるに、原審でこの訴因変更の手続を経た形跡は記録上認められないし、被告人及び弁護人は、起訴状の訴因について、被告人の運転する自動車と被害者との接触の有無、道夫の有無、被告人の運転する自動車の左後車輪による被害者の轢過の有無を重要な争点とし、これらの点に主力を尽して防禦方法を講じているのであつて、後続自動車による被害者の轢過の有無及びその具体的状況については明確には争点とされず、従つてまた攻撃防禦も十分になされていないことが記録上認められるから、原審が訴因変更の手続を経ることなく、前記の如く起訴状の訴因とは全く別個の予期しない事実を認定したのは、訴訟手続に法令の違反があるといわざるをえず、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、到底破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、当審よりは第一審において審理を尽させ、事実関係及び法律的価値判断を明確にさせるほうが妥当であると思われるので、同法四〇〇条本文に従い本件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 笠松義資 中田勝三 佐古田英郎)

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