大判例

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大阪高等裁判所 昭和41年(う)210号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕所論は、原判決は、被告人が昭和四〇年一〇月八日夜洋酒喫茶店紫苑荘において酔余店員久保敏江に強いて三回接吻しその際同女の顔面を殴打し加療三日を要する打撲傷を負わせた事実を認定し、これを強制猥褻致傷罪とした。しかも原判決は被告人が同女の身体のいかなる部分に接吻したかを判示せず漫然と接吻したと記載し、接吻はすべて猥褻であると判断しているようであるが、接吻の種類は習慣的接吻、愛情接吻、性愛接吻に大別せられ、その部分も相手方の口唇に限らず顔面、乳房その他身体の各部にわたるものであつて、性愛接吻は猥褻につながる危険があるが、本件においては被告人のした接吻の部位は同女の「あごの下」(被告人の検察官に対する供述調書)、または「頬」(被告人の原審公判廷における供述)であり、右の種別でいえば愛情接吻に属し、この種の接吻は日常茶飲のこととして行われているのであり、まして接吻の行われた紫苑荘はパーまたはキヤバレーの実情を呈しているのであるから、かかる場所における被告人の右のごとき接吻が刑法所定の強制猥褻罪に該当する筈はないのである。原判決は審理不尽の結果被告人の接吻した部分も確定せず接吻そのものを猥褻と認定したのは事実を誤認し刑法の解釈を誤つた違法があるというにある。

よつて案ずるに、原判決が「被告人は……昭和四〇年一〇月八日午後一一時三〇分頃同店(洋酒喫茶店紫苑荘)に行き同一二時の閉店になるも帰らず、翌九日午前二時三〇分頃まで居坐つて店員等を困らせていたが、酔余劣情をもよおし、同店々員久保敏江(当二二年)に強いて接吻しようとし、やにわに右手で同女の首を巻き、左手であご辺を押えて一回接吻し、なお抵抗する同女の顔面を平手で殴りつけてさらに一回接吻し、同女が二階へ駈け上つて難を避けたところ店内の器物を損壊するような気配を示して同女を強いて呼び戻させ、ふるえている同女の右耳をつかんで引きよせざまその身体を自己の両脚にはさみ込み、両手で顔を押えたうえなおも一回接吻し、たまらず逃げ出して泣いている同女に追いついて「もう一ぺんしたろうか」というやいなや手拳で同女の顔面を一回殴りつけて転倒させ、よつて同女に対し加療三日間を要する顔面打撲傷を負わせた」事実を認定し、被告人が同女の身体のいかなる部分に接吻したかを判示せずして、右事実に刑法一八一条一七六条を適用したことは所論のとおりである。

一般に猥褻とは「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」ことをいうのであるが(昭和二六年五月一〇日最高裁判決)、元来接吻は、性愛、友情、尊敬、挨拶を表現するものとして唇を相手方の唇、顔、手に接触させる行為とされ、口唇は催情感帯の一つであるから、これに対する接吻は性愛表示を伴いがちである。しかし接吻一般にしても性愛表示を伴う接吻にしても、それだけが直ちに猥褻という観念にあてはまるというわけのものではなく、それが猥褻とされるには、それがなされた時、場所、その姿勢、態様および周囲の状況、雰囲気等はもとより、当時の風俗、習慣、社会感情等を考慮にいれて、これが前記の猥褻の要素を備えているかどうかによつて判断さるべきである。原判決が接吻の部位を明確にせず、単に被告人が同女に接吻したとのみ判示したことは、具体性に欠くるところはあるが、単に接吻そのものを猥褻としたのではなく、その他の情況をも総合して被告人の所為を猥褻行為と判断したものであることは原判示により明白であるから、原判決の右の判断が果して正当であるかどうかにつき審究する。

本件における接吻は三回であつたと原判決は認定し被告人もこれを争わないのであるが、その部位については被告人は原審公判廷において唇にしようと思つたが結果的には頬にキスしたと思うと供述し、検察官に対する昭和四〇年一〇月一九日付供述調書においては単にキスをしたとのみ供述している。しかし<証拠>を総合すると、本件接吻の行われた部位、方法、状況等についてはつぎの事実が認められたのである。すなわちこれが行われた原判示洋酒喫茶店は京阪電車守口駅前の繁華街に所在し、一一坪位の広さを持つ店内にはカウンターを備え、テーブル六個、椅子一〇個がおかれてあり、営業時間は午前一〇時頃から午後一二時頃までであるが、客が遅くまで飲酒しているときは翌日午前二時頃まで閉店できないことがあること、女店員は五人おり、酒席に侍つて飲酒の相手もつとめること、本件は午前二時半頃の出来事であつて、店内には被告人以外他に客なく、女店員久保敏江(当時二二年)はカウンターで飲酒していた被告人に呼び寄せられ、被告人の右側の椅子にかけて被告人からビールをすすめられて一口飲んだところ、突然被告人は敏江の首に手をかけ腰に手を廻し力一杯抱きよせその下唇に噛みつくように接吻し、同女が必死にもがきふり放すと、平手で左頬を一回たたき、また両手で首をかかえて下唇に吸いつき、同女がようやくこれをふり放すと再びその左頬を平手で一回たたいたこと、そしてマスター角和雅のとりなしで一たん同女は二階へ難を避けたが、被告人は同女に降りて来いとわめきちらし狼藉をしかねない気配があつたので、止むなく階下に降りた同女に対し、その両耳をつかんで引きよせ、両脚で同女を胴締めにするような形にして下唇に噛みつくように接吻し、これを見かねた右マスターの制止によりようやく逃げ出した同女になおも抱きつこうとしたり髪を引つぱつたりした後、手拳で同女の右頬を一回殴りつけたこと、その結果同女は原判示の打撲傷を受けたために恥かしさと恐ろしさにたえかねる状態であつたことが認められるのである。

右事実から判断すると、本件の接吻は婦女の口唇になされたものであり、それが単に女の「あごの下」又は「頬」になされたとする所論は採用し難い。しかも相手方がバー類似の洋酒喫茶店に勤務する被告人とは無縁の若い女店員であることから考えて、前説示にいう性愛接吻の形態に属するものとみるのが至当であり、これを友愛、尊敬、または単なる挨拶のための接吻とみることができないことはいうまでもない。被告人も接吻の動機について「女をからかうため」または「俗にいう助平根生が出た」と供述しているのである(被告人の昭和四〇年一〇月九日付および同月一四日付各司法巡査に対する供述調書)。即ち本件においては、被告人は深夜洋酒喫茶店において飲酒の上、自己の情慾を満足させるため、嫌がる女店員の首に手をかけ腰に手を廻して抱きよせ、或は両耳を掴んで引きよせ、両脚に女店員の身体をはさみ込むなどして、三回にわたり下唇に強いて接吻し同女をして羞恥にたえかねる思いをさせ、これを見かねたマスター角和雅により再三制止されているのである。かかる情況下における接吻が徒に性慾を刺激、興奮させ、正常な性的羞恥心を害するものであり、かつ一般の風俗、感情の許容しない善良な性的道義観念に反するものであることは論をまたないところで、原判決がこれを猥褻行為と判断したことは相当であり、所論はとるをえない。(山田近之助 藤原啓一郎 岡本健)

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