大阪高等裁判所 昭和41年(う)32号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕案ずるに、原判決が本件公訴事実中岡川幸雄、泉谷三枝子に対する傷害の点につき所論のような理由により被告人両名に無罪を言渡したことは記録上明らかである。
よつて所論と答弁にかんがみ原審及び当審で取り調べた全ての証拠を検討して案ずるに、原判決挙示の証拠並びに原審で適法に取り調べた医師神吉達作成の診断書二通、司法巡査作成の捜査復命書(添付の写真を含む)及び当審証人神吉達の証言を総合すると、被告人両名は昭和四〇年四月初旬頃小指をつめて組関係を脱退した後も暴力団山口組系松岡組事務所に出入りし同組々員と交わつていた者であるが、同年四月一五日頃春木競馬場において、徒食中の岡川幸雄に対し同人が連れていた同人の内妻泉谷三枝子をバーで働かせる気はないかなどといつて話しかけ、同日岡川、泉谷の両名に夕食を食べさせたり酒を飲ませたうえ旅館まで提供してやつたのに当夜、旅館において、被告人両名が風呂に入つていた隙に、同人らは余りに親切にされることに不安を感じ逃げようと考え、その際被告人両名から預かつた現金二、四〇〇円を持ち逃げしたためその態度にいたく憤慨していたところ、同年五月一三日午後二時三〇分頃春木競馬場において被告人中原が右両名を見つけるや「こつちへ来い」といいながら両名を自動車で原判示松岡組事務所二階に連行し、同事務所南隣りのマージヤン屋にいた被告人阪本も被告人中原の知らせで同事務所にかけつけここに被告人両名は互に意思を通じあつたうえ、事務所入口のドアーを締め両名を長椅子に座らせ交々詰問中両名が床の上に土下座しながら謝るのに耳をかさず、被告人阪本が素足で岡川の胸部を二回位、顔面を一回位蹴り、さらにその場にあつたゴルフ用クラブを振り上げ殴りかかろうとしたところ、泉谷が「そんなことをするんなら一力の照男さんに話をつけて貰う」などといつたので被告人阪本はますます立腹し「おのれらの悪いことをさらしとつて何ぬかす」といいながら下駄履きのまま同女の面を一回蹴り上げ、更に被告人中原が松岡組員朴哲をして用意させた所携の裁ち鋏を同女に示し「ただではすまさん、女を丸坊主にしてやる」などと申し向けて同女を脅迫し、(この点で岡川に対しては脅迫罪が成立しないことは後述する。)岡川が「やめてくれ」というや素足で同人の顔面をめがけて蹴り上げたが同人が身をよけたため当らなかつたこと、ところが泉谷が頭痛を訴えるので被告人阪本が薬を取りに黙つて階下へ降りたのであるが、岡川は右の如く平身低頭して謝つているのにかかわらず暴行を受けたので更に被告人らから危害を加えられることを恐れ、危害を避けるとともに泉谷の救いを求めるため同所から脱出するほかはないと考え、同事務所に一人いた被告人中原の隙をみていきなり同所の窓を開け高さ三、三メートル下の階下表道路に飛び降りたところ、泉谷においても右同様危害を加えられることを恐れ、これを避けるため逃げ出そうと考え、同事務所入口のドアーを開けようとしたが開かなかつたためいきなり右窓から前同様階下道路に飛び降りた(その際右ドアーから状況を伺いに入つて来た松岡組員鵜飼修造が同女が飛び降りるのを見て、慌てて同女の後から着衣のコートを引張つたが、コートが破れそのまま落ちた)こと、そして岡川は同事務所において被告人阪本から受けた前記暴行により加療約五日間を要する胸骨下部挫傷を、又泉谷は飛び降りた際の衝撃により加療約一〇日間を要する右肩甲部、右上腕部、右臀部大腿部、右踵骨部挫傷を負つた事実を認めることができる。
右認定のとおり岡川の受けた傷害は被告人阪本が事務所で加えた暴行によつて生じたものであるから、被告人阪本はもとより共犯者たる被告人中原もこれが責任のあることは当然である。従つて、岡川に対する右の暴行を認めながら、これを全く無視し岡川の右傷害が同人が二階から飛び降りた際に生じたものと誤認し、本件脅迫と関係ないとして被告人両名に対し無罪を言渡した原判決は事実を誤認したものというほかなく、この点において原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
次に泉谷に対する傷害について検討するに、暴行以外の手段による傷害については原判示説示の如く傷害の結果について認識を要するとの見解の当否はともかく、泉谷の傷害が原判決のいう如く暴行とは関係なく、脅迫のみによつて生じたものであると断定するのは事案の真相にそわないものと考える。すなわち、前段説示のとおり被告人らと泉谷らとの間には右の暴行、脅迫によつて話がまとまつたとか、一応の解決がついたわけではなく、その間泉谷が右暴行によつて頭が痛いと言い出したので被告人阪本において一時座を外したことがあつてもいまなお暴行が加えられる険悪な状態が引き続いていた状況であつたことは明らかであるところ、泉谷三枝子の司法巡査に対する供述調書の記載によると「私が二階から飛び降りましたのは二人の者に蹴られたり又はさみを持つて来て坊主にする等言われるし何度謝つてもゆるしてくれずこのままここに居ればどの様な目に遇わさるかも知れないと思つて岡川に続いて飛び降りたのです」というのであるから、同女は更に加えられんとする被告人らの暴行から身を避けるため唯一の逃げ場所である窓から飛び降りその結果傷害を負つたということができる(前記の如く同女は入口のドアーから逃げようとしたが開かなかつたため窓から飛び降りたのであり、司法巡査作成の捜査復命書に添付の写真によると、事務所は入口ドアーと表に面した部分に窓があるだけで他に外部に出る個所はないことが認められる)。そしてかように被告人らが被害者を拉致し不法監禁にも等しい状態において前記のように継続して暴行脅迫を加えた状況の下にあつては、被害者が自己の生命身体をその危害から守るため危険を顧みず脱出を図ることのあることは実験則上当然予想される事柄であるから、たとえ被告人らにおいて不注意のため泉谷が窓から飛び降りることを予期しなかつたとしても、被告人らの前記暴行脅迫の継続により引き続き加えられる暴行を避けるため同女を階下路上に飛び降りるの止むなきに至らしめ、その結果同女に傷害を負わせたものである以上、その暴行脅迫と傷害との間に相当因果関係があり、かつ被告人らに脅迫だけではなく暴行の犯意が認められる本件においては傷害の結果について認識がなくとも同女の傷害につき刑責のあることはけだし当然であるといわねばならない。従つて原判決が被告人両名の泉谷に対する暴行、脅迫と傷害との間に因果関係の存在を否定し無罪を言渡したのは事実を誤認したものというほかなく、この点においても原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。(笠松義資 佐古田英郎 荒石利雄)