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大阪高等裁判所 昭和41年(う)698号 判決 1966年11月04日

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮四月に処する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人田中正雄及び同志賀親雄のそれぞれ作成にかかる各控訴趣意書に記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

論旨はいずれも原判決の量刑不当を主張する。よって所論にかんがみ記録を精査し、原審において取り調べたすべての証拠に、当審における事実取調の結果を参酌して検討するに、被告人は、本件犯行前日の午後九時過ぎ、飲酒の目的で茨木市の自宅から原判示の普通乗用自動車を運転して大阪市に出かけ、同日午後九時半頃から翌日の午前零時過ぎまでの間に、小料理店、バー等でビール中ジョッキ一杯及び日本酒(特級)約九本を飲酒して相当に酩酊し、この間右前日の午後一一時半頃には、右小料理店のホステスが、被告人の酩酊運転を案じ被告人方に電話して迎えを依頼してくれた際、被告人の妻からも「酔っているようなら迎えに行きましょうか」と言われながら「大丈夫だ」と答え、さらに他のバーに廻って飲酒し、女主人から「危ないから車の運転はやめるよう」に言われていたのであるが、被告人は、右飲酒による酩酊のため前方注視の能力が困難かつ不十分となっていたにもかかわらず、右飲酒場所である原判示難波新地付近から前記茨木市の自宅まで帰るために自動車運転を開始し、昭和四〇年六月一三日午前一時半頃原判示現場付近を北進中、車道を被告人の進路左側から横断しようとして市電軌道付近で南行車輛を避けて佇立していた被害者長尾光雄(当時四七年)に気付かず、同人を自車の前部右側にあててボンネットの上にはね上げ(そのため運転席前面のウィンドガラスが破れて飛んだ)て順倒させ、原判示のとおり即死するに至らせたものであって、医師として社会的にも高い地位にあり、教養もある被告人が、ことに外科、内科等(特に専門は外科である)の開業医として、これまでに酩酊運転による被害患者を多数取り扱っており(被告人の司法警察職員に対する昭和四〇年六月一七日付供述調書)酩酊運転の危険性については十分の認識を持っていたと考えられるにもかかわらず、当初から飲酒の目的で自動車を運転し、さらに小料理店のホステスやバーのマダムにすら前記のような注意を受けながら、あえて前記運転行為をし、その結果、瞬時にして人命を奪うという重大な結果を惹起したものであって、被告人の責任は極めて重いといわなければならない。さらに被告人には前科はないが、かつてしばしば多量の飲酒をしながら自動車を運転している(被告人の友人生井克美の司法警察職員に対する供述調書、被告人の司法警察職員に対する前記供述調書)ことなどを併せ考えると、到底刑の執行を猶予すべき案件とは認められない。しかしながら、原判決は、被害者の通行しようとした場所は、横断禁止区域ではあるが、当時は横断歩道であることを示す路面上の白の標示が消去されないまま放置せられており、従って被告人を含め一般人は一見これが横断歩道であると誤信する虞れが十分であった旨判示しているのであるが、司法警察職員作成の昭和四〇年六月一五日付実況見分調書及び原審並びに当審の検証調書によれば、原判示の右路面上の白の標示は、本件当時には全く存在しなかった事実が認められるのみならず、同所付近は、歩道と車道の境に高さ約〇、八米の横断禁示柵が設けられているが、被害者が横断しようとした箇所のみは、右禁示柵が切れていて容易に車道に出られるようになっており、また当時は深夜で自動車の通行もそれほど頻繁でなかったとはいえ、原判示の横断禁止の標識の存する同所を通行しようとした被害者の側にも過失の存することは明らかであること、被告人は被害者の遺族に対して金六〇〇万円(保険金の一〇〇万円を含む)の支払をして、誠意を示し、被害者の遺族は被告人の寛大な処分を望んでいること、その他被告人の家庭の事情など所論の点を考慮すると、原審が被告人に対し禁錮八月に処した量刑は重きに過ぎるものと考えられるから破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

よって刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従いさらに判決する。

原判決認定の事実(但し原判示第二事実中『同所付近の路面にえがかれた横断歩道であることを示し白の標識が明らかに認められる部分((この部分はもと横断歩道として許されていたが、本件事故当時は既に横断禁止区域となっていたと認められる。しかし、路面上の横断歩道を示す白の標識は消去されない儘放置せられ、被告人を含め一般人は一見これが横断歩道であると即断誤信する虞れが十分で、新たに立てられてある該所が横断禁止区域となったことを示す立標識は特に夜間に於てはこれが識別困難であるというの外はない))の』を除く、)に、その掲記にかかる各法条を適用して主文第二項第三項のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹沢喜代治 裁判官 浅野芳朗 大政正一)

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