大阪高等裁判所 昭和41年(ツ)43号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕原判決は、被上告人が寺岡カツ子に対し上告人に無断で本件家屋を転貸した事実を認定したが、右転貸の事情について、上告人は被上告人に対し本件家屋を賃貸し、被上告人は右家屋で食堂を経営して来たところ、昭和三七年秋頃知人の藤井義晴から同人の営む運送店富士商運の手伝いを頼まれ、最初は本件家屋から通勤していたが、神経痛のため通いづらくなり、同年一〇月頃食堂の経営を寺岡カツ子に任せて、家族とともに富士商運の寮へ引越した。寺岡は昭和三七年頃には被上告人の食堂の手伝いをしていたが、被上告人が引越したあと本件家屋に移り住み、被上告人名義で食堂の経営を続けた。寺岡は被上告人に対し、被上告人が残して行つた食堂の什器料の損料として毎月一万円を支払うほか、同人らの間には格別の取り決めはなかつたが、以後寺岡は食堂の経営により得た利益から水道、ガス、電気の代金、町会費、昭和三八年一、二、三月分の家賃を支払つた。右事情を知つた上告人は、被上告人と寺岡とを相手方として調停の申立をしたが、調停の係属中である昭和三八年五月一二日被上告人は本件家屋へ復帰し、寺岡も本件家屋から退去した。上告人は同月二二日被上告人に対し、被上告人が上告人に無断で寺岡に本件家屋の賃借権を譲渡したという理由で賃貸借契約解除の意思表示をしたとの事実を認定し、以上の事実からすると、寺岡カツ子は本件転貸以前にも被上告人方食堂の手伝いをしており、被上告人は全然無関係の第三者に本件家屋を使用させたわけではない。かつ転貸の前後でその使用状況、特に営業の態様にはほとんど変りがないといつてもよい。寺岡に使用させた期間は八カ月足らずであつて、それほど長期にわたらなかつた。被上告人は富士商運に手伝いに行く当初は年内にも本件家屋に復帰するつもりであつた。上告人から解除の意思表示がなされたときには、既に本件転貸は終了していたのであつて、右事情を考慮に入れると、本件転貸は、それを理由として上告人に解除を許すほどの背信性があるものとは認め難い特段の事情がある場合に該当すると判示している。
しかしながら、従来の賃借人と賃貸人に無断で賃借物の使用を始めた者とが、同一の営業を営み、その使用状況、営業の態様が前後ほとんど変りがないとしても、右のような賃借人の行為に背信性がないというには、昭和二八年(オ)第一一四六号、同三〇年九月二二日第一小法廷判決における、家屋賃借人であつた商工組合法による施設組合が、商工協同組合法の制定施行により指定繊維資材の割当配絡が受けられなくなるのを避けるため、二個の有限会社を設立、組織換えをして、これに賃借権を譲渡したとか(集九巻一〇号一二九四頁参照)、昭和三六年(オ)第一四三〇号、同三八年一〇月一五日第三小法廷判決における、土地賃借人であつた僧侶個人が、借地上に所有する住居兼説教所用建物を本拠として、宗教法人である寺院が設立せられたため、これに右建物の所有権を移したとか(集一七巻九号一二〇二頁参照)、昭和三九年(オ)第六九六号、同年一一月一九日第一小法廷判決における、家屋賃借人が賃借家屋の一部で経営していた個人企業を、税金対策のため株式会社組織に改め、これに該家屋部分を使用させていたとか(集一八巻九号一九〇〇頁参照)の各事例のように、賃借人は賃貸人に無断で、賃借権の譲受人または賃借物の転借人をして賃借物の使用収益をなさしめてはいるが、賃借人としてはそうすることについてそれを相当の事由があり、かつ両者の間には単に人格の形式的な変更があるだけで、実質上の使用関係は前後何ら変化がない場合でなければならない。原判決の確定した事実によれば、寺岡カツ子はかつて被上告人方食堂で手伝いをしていたというに過ぎず、右の事例に類するような事実関係は原審の認定しないところである。その他原判決は、寺岡に使用させた期間が八カ月であつたこと、被上告人は富士商運に手伝いに行く当初は年内にも本件家屋に復帰するつもりであつたこと、上告人から解除の意思表示がなされたときには、既に本件転貸は終了していたことを考慮して、被上告人の転貸には背信行為と認めるに足りない特段の事情があると判断するが、右は当裁判所の是認しないところである。原判決認定の事実関係のもとにおいては、他に首肯するに足りる何らかの事実が付加せられない限り、被上告人の転貸につき背信行為と認めるに足りない特段の事情があるということはできない。(坂速雄 岩本正彦 谷口照雄)