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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1177号 判決 1969年9月12日

控訴人 浜田送風機株式会社

右代表者代表取締役 浜田利一

右訴訟代理人弁護士 柴多庄一

同 大野康平

被控訴人 渡辺房矣

<ほか四名>

右被控訴人ら五名訴訟代理人弁護士 阿部幸作

同 越智譲

主文

原判決を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、控訴人が昭和一八年六月一四日被控訴人らの先代亡渡辺功からその所有する被控訴人ら主張の宅地(以下本件土地という)を代金二万円とし、内金一万円を契約締結と同時に支払い、残代金一万円は、当時本件土地上に所在した仮設の舎および住宅各一棟を同年一二月末日までに売主側で撤去したうえこれを買主に引渡すのと引換えに支払う約定で買受ける契約をなし、同日代金の内金一万円を右亡渡辺功に支払ったこと、その後、約定の期限までには前記地上建物は撤去されなかったけれども、昭和一九年六月一五日空襲によりそれらが全焼したので、その頃、亡渡辺功は更地となった本件土地を控訴人に引渡し、爾来控訴人が本件土地を占有し、同地上に被控訴人ら主張の工場建物等を建築所有していることおよび渡辺功が昭和三五年一〇月八日到達の書面をもって控訴人に対し被控訴人ら主張のような事情変更を理由として本件売買契約を解除する旨の意思表示をなしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、右契約解除の意思表示の効力について判断する。

本件土地の価格が敗戦によるインフレーションの激化とはなはだしい住宅難の結果、売買契約成立当時の代金額に比較してその後著しく高騰したことは当裁判所に顕著な事実であり(原審における鑑定人中村忠の鑑定の結果によれば、昭和三五年一〇月八日当時、本件土地の価格は昭和一八年六月一四日当時に比し約三五八倍に高騰していることが認められる)、これは正しく売買契約成立当時におけるその環境であった事情の変更に該当するものというべく、この事情の変更は当事者の予見せず、かつ、予見のできない性質のものであることが推認され、また、この事情の変更は当事者の責に帰すべからざる事由によって生じたものであることは明かである。しかしながら、被控訴人らがかかる事情の変更を主張して右契約の拘束から脱れんとするためには、このような代金のまま、価格の騰貴した不動産について、被控訴人らに前記契約に基づく履行(本来の給付)を求めることが著しく信義誠実の原則に反する場合でなければならないところ、≪証拠省略≫を総合すれば、控訴会社の代表者浜田利一は前記の如く本件土地の引渡をうけた後、残代金一万円を支払って移転登記を得るべく渡辺功とともに所轄の登記所へ赴いたが、登記所が閉まっていたためその手続をすることができず、その後渡辺功が一時箕面市の小野原方面へ疎開していたため両者の音信が途絶えたりしていたが、終戦後の昭和二一年に至って控訴会社は本件地上に工場建物等を建築するに至ったので、同年から昭和二三年頃にかけて改めて浜田利一から渡辺功に対し、「残代金を支払うから早く登記をしてくれ」との申入れを再三行ったが、功はその都度「自分の方もごたごたしているから待ってくれ」とて移転登記に応ぜず、両者は古くから眤懇の間柄である関係もあってそのような状態のまま延び延びになっている間に前記のような地価の高騰をきたすに至ったため、功において従前の代金額による移転登記を拒絶するに至ったものであることが窺われ、右認定を左右すべき信用に値いする反証はない。そうだとすると上述の如き本件土地の価格の騰貴はもっぱら控訴会社において代金債務の履行を怠っている間に生じた事情の変更とは認められず、むしろ被控訴人らの先代において浜田利一の要求に応じて移転登記を完了しておれば、かかる著しい事情の変更を生ずることなくして取引は終了していたものというべきであって、この場合被控訴人らに事情変更による契約解除を認めるとすると、契約に従った履行を遷延した者にかえってその遷延によって生じた事情変更の利益をうけさせるという結果になり、かかる結果は明かに信義則の要請に反するものといわねばならない。従って上叙認定の如き事情のもとにおいては、渡辺功のなした事情変更を理由とする契約解除の意思表示はその効力を生じないというべきである。

三、のみならず、控訴人は昭和一八年六月一四日被控訴人ら先代渡辺功から本件土地を代金二万円で買受け、即日内金一万円を支払った上、昭和一九年六月一五日頃更地となった本件土地の引渡を受け、爾来本件土地の占有を継続してきたことは前段説示のとおりであるから、控訴人は右占有の引渡を受けた日からその権原の性質上所有の意思をもって善意平穏かつ公然に占有をなすものと推定せられる。もっとも、控訴人は登記簿上の所有名義を有しないけれども、これは被控訴人らが登記義務を遅滞している結果であることは前認定のとおりであり、また、本件土地の公租公課を従前どおり被控訴人ら方で納付していることも当事者間に争いがないが、これは控訴人が登記簿上の所有名義を有しない結果であり、これに相伴う関係であるから、控訴人に登記がなく、直接公租公課の納付をしていないとしても、前認定のごとき事実関係のもとにおいては、控訴人の自主占有を認めるに妨げとなるものではない。そして本件土地の所有権が前記売買により一旦被控訴人ら先代から控訴人に移転したことについては当事者間に争いがないから、控訴人が本件土地につき自主占有をなすについて占有のはじめに過失の存する余地がない。そうすると、控訴人は本件土地について被控訴人ら先代から引渡を受けた昭和一九年六月一五日頃から一〇年を経過した昭和二九年六月一五日頃に民法第一六二条第二項の定める時効の完成により本件土地の所有権を取得したものというべきである。

四、右の次第であるから、被控訴人ら先代が昭和三五年一〇月八日なした契約解除の意思表示により本件土地の所有権が同人に復帰したことを前提とする被控訴人らの本訴請求は以上いずれの点よりするも理由がなく、これを認容した原判決は不当で、本件控訴は理由がある。よって、原判決を取り消し、被控訴人らの請求を棄却することとし、民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小石寿夫 裁判官 宮崎福二 舘忠彦)

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