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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1862号 判決 1976年3月19日

控訴人

共栄商業協同組合

右特別代理人

梅井亀蔵

右訴訟代理人

西本剛

外二名

控訴人補助参加人

水口徳平

外六名

右補助参加人七名訴訟代理人

小野武一

外一名

被控訴人

大串八郎

右訴訟代理人

松本茂三郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用(参加によつて生じた分を含む。)は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件売買契約の成立について

1  控訴人組合が中小企業等協同組合法に基づき、日用品小売商人を組合員として設立せられた事業協同組合である事実は争なく、<証拠>によれば、長広(福松の子)は昭和三二年一二月二五日、控訴人組合代表理事名義で被控訴人との間に、控訴人組合所有の本件物件(控訴人の組合員が営業中の共栄市場の店舗とその敷地)を被控訴人に売渡す契約(本件売買契約)を締結した事実を認めうる。

2  被控訴人は、控訴人組合は同三二年二月二日の総会で解散の決議をし、清算人の選任をしなかつたので、代表理事福松が自働的に代表清算人の地位を取得したと主張するが、右解散決議は次の理由により不存在であるから、右主張は採用できない。

(一)  <証拠>によれば、同三二年三月七日、代表理事の福松を含む理事四名全員が退任し、同日の総会は長広を含む理事四名を選任し(福松は選任されず)、同日の理事会は長広を代表理事に選任し、その旨の理事会議事録に理事四名全員が署名捺印し(これにより、長広は他の理事全員により代表理事名義で代表権を行使することを承認されたと認めうる。)同月一四日右退任及び就任の登記がなされた事実を認めうる。

<証拠>によれば、長広は当時組合員でなく、控訴人組合定款は理事、代表理事の被選任資格を組合員、理事に限定している事実を認めうるから、長広を理事、代表理事に選任した決議は無効である。

(二)  同三二年一二月二五日、長広は、代表理事名義で本件売買契約を締結した(1認定)。

(三)  補助参加人らの申請により、同三三年一月二一日、長広に対し、組合の事業譲渡に関する一切の行為禁止の仮処分決定があつた(争がない)。

(四)  <証拠>によれば、同三三年一月、控訴人組合事務員の同証人は同三三年二月二日付の右解散決議の総会議事録(甲第一三号証の二)を他人作成のメモ(乙第一七号証)に基づき作成した事実、同三三年春、同証人は同三二年一二月二八日付の総会議事録(甲第七号証、乙第三号証)を他人作成の原稿に基づき作成したが、同議事録記載の決議が可決されたことのない事実を認めうる。

(五)  <証拠>によれば、同三三年二月六日、(一)の就任登記の錯誤に因る抹消登記、(一)の退任登記の回復登記、並びに同三二年二月二日付総会決議による解散登記及び清算人就任登記(代表清算人福松を含む清算人三名)がなされた事実を認めうる。右解散登記の遅延理由につき、被控訴人は税金対策であると主張するが首肯するに足りない。

(六)  右(一)ないし(五)の事実、<証拠>を総合すると、(四)の議事録(及び乙第二二号証、甲第八号証等)の作成、(五)の登記は、長広、福松らが補助参加人らの(三)の仮処分申請等による抗争に対抗する目的で、組合が解散したこと、福松が代表清算人であることの外観を作出するための偽装工作であり、右解散の決議は不存在であると認めるのが相当である(被控訴人当審主張3は採用できない)。従つて、(五)の登記以後の同三三年四月二九日、同年七月五日の各総合(甲第一一号証の一、甲第一二号証の二はその各議事録)は、仮に開催されたとしても、代表清算人福松(既に代表理事及び理事を退任した無権限者)名義で招集されたものであり、解散の有効を前提とした決議をしたことになる。

右認定に反する<証拠>は措信しない。

3  本件のように、協同組合の代表理事選任決議が被選任資格を欠くため無効であつても、有効に選任された理事全員により代表理事名義で代表権を行使することを承認され、代表理事として登記された者(事実上の代表理事)が、代表理事名義でした行為につき、協同組合は、中小企業等協同組合法第四二条により準用される商法第二六二条の類推適用により、善意の第三者に対して責任を負う。

二控訴人は、本件売買契約は中小企業等協同組合法第五三条第四号所定の「事業の全部の譲渡」に当るのに、同条による総会の特別の議決を経ていない、と主張する。

しかし、中小企業等協同組合法による事業協同組合がその事業の全部を譲渡するには、同法第五三条所定の特別の議決を必要としない、と解すべきである。けだし、同法第五三条第四号は、総会の特別の議決必要事項として、「事業の全部の譲渡」を掲げているが、同法第五七条の三第一項は、信用協同組合又は信用協同組合連合会がその事業の全部を譲渡するには、総会の議決を経なければならない旨を定めているから、事業の全部の譲渡について第五三条所定の特別の議決を必要とするのは、同法による組合のうち信用協同組合、信用協同組合連合会に限る、と解するのが相当であるからである。昭和三〇年法律第一二一号が同法第六三条第一項(組合が合併し、又はその事業の全部を譲渡するには、総会の議決を経なければならない。)中「事業の全部の譲渡」を削り、第五七条の二第一項(前記第五七条の三第一項と同文。昭和三二年法律第一八六号により現行第五七条の三第一項となる。)を新設した立法経過参照。

従つて、本件物件の譲渡が事業の全部の譲渡に当るか否か被控訴人主張の前記三三年七月五日の総会の特別決議の効力の有無につき判断するまでもなく、控訴人の右主張は採用できない。

三権限濫用行為の主張について

前記一認定の事実、後記1ないし3の事実を総合すれば、本件売買契約は、前記認定の事実上の代表理事の長広が、控訴人組合の損失において自己及び被控訴人の利益のため締結したものであり、被控訴人は、長広の右意図を知り又は知りうべきであつたと認めるのが相当であり、本件売買契約は無効である(最高裁判所昭和三八年九月二五日第一小法廷判決、民集一七巻八号九〇九頁参照)。

1(一)  <証拠>によれば、本件売買契約は(1)控訴人は被控訴人に対し本件物件を代金三〇〇万円で売渡す、(2)被控訴人は本件物件を控訴人組合員に賃貸する(本件物件改装後の賃料額等の約定はない。)(3)代金中三〇万円は手附金として即時支払い。二七〇万円は本件物件の改装のため市場休業をする前に支払う(改装の程度、市場休業期間等の約定はない。)、(4)被控訴人は市場発展並びに当市場商人のための福利増進費として改装後三三年末までに三〇〇万円を建設発展費用として支出する、(5)被控訴人は他から金員を借入れるにつき本件物件を担保に供しうることを内容とするものである事実を認めうる。右(4)の三〇〇万円は、甲第四号証の文言、弁論の全趣旨からみて本件物件改装費に充てるものと認めうる(被控訴人も四五年五月一二日付準備書面第二(四)で同旨を主張する)。

右認定によれば、被控訴人が本件物件(改装前の)の対価として支払うべき金員の額は三〇〇万円にとどまるばかりか、右(5)の約定によれば、右(3)の二七〇万円は、本件物件を担保として他から借入れる方法で調達しうるから、現実には自己資金を要しない仕組となつている(現に被控訴人は右方法で二七〇万円を調達した。後記3(二))。

(二)  本件物件を市場として利用し相当賃料で各店舗を賃貸することを前提とした場合の本件物件の本件売買契約時の価額は、弁論の全趣旨により成立を認める乙第一二号証(都築保三作成の鑑定評価書)によれば一、七〇六万一、〇〇〇円、当審小久保信之助の鑑定結果によれば五九二万三七七円、同三宅通夫の鑑定結果によれば八八五万四一四円となつていること、改装した上本件物件を賃貸すれば年三六〇万円の賃料収入をあげうる旨の被控訴人の当審供述を総合すれば、右価額は一、〇〇〇万円に近い額であつたとみるのが相当である。

2  右1の認定によれば、本件売買契約は被控訴人にとつて著しく有利(反面控訴人にとつて不利)な内容を有するものであるが、控訴人及びその組合員の利益を図るべき立場にある長広が何故このような契約を結んだかについて、首肯するに足る理由が見当らない。被控訴人はこの点につき、本件売買契約は被控訴人に対し(1)本件物件を改装し、(2)権利金をとらないで組合員にこれを賃貸し、(3)無償で市場経営を指導することを義務づけているから、控訴人にとつて不利な契約ではないと主張するが、(1)の点については、改装によつて増加した価値は所有者たる被控訴人に帰属するものであり、(2)の点については、改装のための市場休業期間、改装後の賃料額等の約定がなく、(3)の点については、被控訴人は所有者として賃料を取得しうるのみならず、組合員の福利を図ることにつき果して被控訴人にその能力があるかは甚だ疑問であり(後記3参照)、被控訴人の右主張は理由がない。

(3)(一) <証拠>によれば、長広は、控訴人組合の再建論議が起つた後、大阪市吏員の紹介ではじめて被控訴人を知り、興信所に依頼して被控訴人の信用調査をしたが結果が良くなかつた(同三二年五月二五日付右調査報告書には、当時被控訴人は鈴木治助と共同で三個の市場を経営していたが、資金繰りに追われて余裕なく、借金の返済も遅滞しており、これとの取引は慎重を要する旨記載されている。)ので被控訴人との取引を打切つたが、その後再び別の興信所に依頼して被控訴人の信用を調査しながら、その調査報告を待たないで(第二回目の調査報告書は同年一二月二四日付となつている。)同年一二月一四日被控訴人と売買契約を結ぶことを約し、右信用調査の結果を理事を除く一般組合員に秘していた事実を認めうる。

(二) <証拠>によれば、被控訴人は本件売買契約で定められた手附金三〇万円を支払つたが、その内二〇万円は長広からの借入金で調達され、残代金二七〇万円は本件物件上に設定された根抵当権を担保として被控訴人が福徳相互銀行から借入れた金員を以て調達し、右借入れに当つては長広の出捐で同銀行に被控訴人名義の定期預金をすることにより借入れ資格を作つた事実を認めうる。当審証人長広は、被控訴人のためこのように有利な取り計らいをした理由について問われても答弁しない。

右認定に反する<証拠>は措信しない。

四よつて、本件売買契約に基づく被控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきであり、これと異なる原判決を取消し民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(小西勝 入江教夫 和田功)

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