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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)246号 判決 1971年3月29日

主文

一、原判決を取り消す。

二、被控訴人の本訴請求を棄却する。

三、控訴人の反訴請求に基づき、被控訴人は控訴人に対し、別紙「物件目録」記載の家屋のうち二階部分を明け渡し、昭和三九年七月一日より右明渡済みまで別紙「損害金一覧表」記載の割合による金員の支払いをせよ。

四、訴訟費用は、第一、二審を通じ、本訴反訴とも、被控訴人の負担とする。

五、この判決は、家屋明渡しの部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

控訴人は、主文第一項ないし第四項同旨の判決並びに家屋明渡しの部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、次につけ加えるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する。

(事実上の陳述)

一、被控訴人

(1)  控訴人が後記二の(1)で主張する訴外萬成社が被控訴人に対し無断転貸を理由に賃貸借契約を解除したので、萬成社と被控訴人との間の賃貸借は終了したとの主張は、時機に後れて提出された攻撃防禦の方法であるから却下せらるべきである。すなわち、被控訴人はすでに原審における昭和三九年一一月一八日付準備書面(第六、七項)で、訴外萬成社から無断転貸を理由に契約解除の意思表示を受けたことを主張していたにもかかわらず、控訴人においてはこの点につき何らの主張をなさず、当審にいたり、右解除に基づく賃貸借の終了を主張することは、控訴人の訴訟代理人において故意又は重大な過失によつて被控訴人の原審における右の主張を看過したものであつて、このような時機に後れた攻撃防禦方法につき審理をすることは訴訟の完結を遅延させる。

(2)  被控訴人の控訴人に対する別紙「物件目録」記載の家屋(以下本件家屋という)の階下部分の転貸については賃貸人の承諾があつたから、萬成社の賃貸借契約解除によつては、賃貸借は終了していない。

(イ) 訴外島本秀次郎は本件家屋を含む数軒の家屋を所有し、それぞれこれを他に賃貸し、株式会社住友信託銀行本店不動産部をして一切の管理に当らせていたところ、控訴人は本件家屋の階下部分を被控訴人から転借するにあたり、同銀行の中西部長から被控訴人に代つて本件転貸借の承諾をえた。

(ロ) 仮りに、右の転貸の承諾がなかつたとしても、同銀行の係員は毎月被控訴人から本件家屋の賃料を取り立て、かつその賃料授受の場所は本件家屋の階下入口付近であつて、右係員が転貸借の事実を知らぬ筈はなく、かえつて久しきにわたり異議をとどめることなく賃料を受領してきたものであるから、本件家屋の管理人である同銀行は右の転貸借を黙認していたこととなり、その転貸につき黙示の承諾を与えたものというべきである。また、訴外萬成社の小久保社長も控訴人の経営する店舗の馴染客で控訴人の本件店舗に飲食にきていたが、被控訴人に対し右転貸につき異議を申し出でたこともなかつた。

(3)  仮りに、右の転貸借につき賃貸人の承諾がなかつたとしても、その転貸借契約は被控訴人と控訴人との間に締結されたもので、これが結論にあたつては、控訴人は被控訴人に対し賃貸人の承諾を得ると申し出たので、本件家屋の階下部分を転貸したものであるが、実際にはその承諾がえられなかつたため、萬成社から無断転貸を理由に本件家屋の賃貸借契約が解除されたのであつて、右の解除の原因は、控訴人が自ら作り出したもので、その後、控訴人は右の事情を知りながら、本件家屋の所有権を取得し、右萬成社の契約解除による賃貸借の終了を主張し、被控訴人に対し本件家屋二階部分の明渡しを求めることは、信義則に反し許されない。

二、控訴人

(1)  本件家屋はもと訴外島本秀次郎の所有であつたが、株式会社万成社がこれを買受け、昭和三九年一月二二日その旨の登記を経由し、同月二八日付内容証明郵便で被控訴人に対し、控訴人に対する無断転貸を理由に賃貸借契約を解除し、右の意思表示は同月二九日被控訴人に到達したので、萬成社と被控訴人との間の賃貸借は同日限り終了した、したがつて、被控訴人は本件家屋を占有する権原を有しないのであるから、その買主たる控訴人に対し明け渡す義務がある。

被控訴人は、右の主張につき時機に後れた攻撃防禦の方法であると主張するけれども、被控訴代理人は原審において右契約解除の事実を知らず、控訴提起後の昭和四一年四月一七日萬成社で小久保社長と面談の際に前記契約解除に関する書面(乙第二号証の一、二)を示されてはじめて萬成社が被控訴人に対し契約解除をしていた事実を確知したものであつて、それまでに前記契約解除の事実を主張しなかつたことについて故意又は重大な過失はない。

(2)  被控訴人主張の本件家屋階下部分の転貸借につき賃貸人の承諾があつたとの事実は否認する。本件家屋の管理人である住友信託銀行の中西部長には右の転貸を承諾する権限はない。

(3)  被控訴人は控訴人が萬成社による契約解除を主張することは信義則に反するというが、被控訴人は萬成社から本件家屋の賃貸借契約を解除されるや、昭和三九年二月三日萬成社に対し、賃貸借の継続の調停を申し立てたところ、萬成社において本件家屋の二階は被控訴人に、同階下部分は控訴人に賃貸する案を示したが、不調となり、被控訴人は萬成社から本件家屋の買取り方の要求を拒否した。控訴人はすでに昭和三九年一月二九日萬成社から明渡しの要求を受けていたのでこれにより現実に明渡しを求められる恐れが生じ、自己の営業を守るためやむなく本件家屋を買い取つたものであつて、本件家屋階下部分の転借人が控訴人であつたとしても、その無断転貸の責任は控訴人のみが負うものではないのであるから、控訴人が萬成社の契約解除を主張することは、何ら信義則に反するものではない。

(4)  被控訴人は、本訴として、控訴人に対し、本件家屋階下部分の賃貸借契約解除に基づく明渡しを請求するけれども、右の賃貸借は前記のように被控訴人が他から賃借した家屋の転借であつて、その賃貸借契約が賃貸人である萬成社から無断転貸を理由に解除され、控訴人もそのころ右解除の通知を受けその明渡しを要求されたので、これにより被控訴人との間の転貸借契約も終了した。したがつて、控訴人は被控訴人主張の右解除に基づく明渡義務は存しない。

(5)  被控訴人は、前記萬成社の解除により本件家屋の占有権原を失い、控訴人が昭和三九年六月二七日本件家屋の所有権を取得して以来、同二階部分を占有し控訴人に対し別紙一覧表記載のとおり不法占拠に基づき使用料相当の損害を与えているのでこれが損害の賠障を求める。

(6)  原審においてなした正当事由による解約の主張は撤回する。

(証拠関係)(省略)

理由

一、被控訴人が昭和二八年七月七日、本件家屋を訴外島本秀次郎から賃借し、昭和三六年二月二〇日その階下部分を控訴人に対し賃貸したこと、控訴人が昭和三九年六月二七日本件家屋の所有権を取得したことは当事者間に争いがない。

二、控訴人は、被控訴人と島本との間の賃貸借契約は島本から本件家屋を取得した萬成社により無断転貸を理由に解除され、被控訴人と控訴人との間の転貸借も終了したと主張するのに対し、被控訴人は、右の主張は時機に後れた攻撃防禦方法であるから却下を求めると主張するので、まずこの点につき判断する。記録によれば、控訴人は原審において本件家屋を萬成社から買受け、被控訴人に対する賃貸人たる地位を承継したことを前提とし、右賃貸借が控訴人のなした解約の申入れにより終了したとの主張に終始して敗訴し、当審第二回口頭弁論期日(第一回は控訴人の申請により延期され、実質上の口頭弁論がなされた当審最初の期日)において、初めて本件家屋賃貸借は萬成社により無断転貸を理由に解除され、被控訴人と控訴人との間の本件家屋階下部分の転貸借も終了する旨主張するに至つたことが認められる。右のごとき第一審以来の訴訟手続の経過を通観すると、控訴人の当審における右主張はいささか時機に後れた観がないわけではないが、時機に後れた攻撃防禦方法であつても、当事者に故意または重大な過失が存し、かつ、訴訟の完結を遅延せしめる場合でなければ、同条によりこれを却下しえないものと解すべきである。もつとも、被控訴人は原審において昭和三九年一一月一八日付準備書面で本件家屋を島本秀次郎から買い受けた萬成社が被控訴人に対しその無断転貸を理由にその賃貸借契約を解除する旨通知したこと、被控訴人はこれに対し島本の管人理である住友信託銀行の承諾をえて転貸した旨主張したことの記載があり、同準備書面は昭和四〇年二月九日の原審第四回口頭弁論期日において陳述されたことは記録上明かであるけれども、萬成社が無断転貸を理由に契約解除をなしたことは、控訴人が本件家屋買受以前の事実にかかり、控訴人が当審において乙第二、第三号証の各提一、二を出していることからみて、控訴人は控訴提起後に至り初めてその事実を覚知したことが窺われるので、控訴人に故意または重大な過失があつたものとは即断しがたい。しかも、被控訴人は、当審にいたり控訴人が右の主張をするや時機に後れた攻撃防禦方法であると主張する一方、控訴人の証人尋問の申出でに対し、さらに証人として原審で取調べのあつた証人古屋敷清人、同村田喜八郎につき原審と同じ立証趣旨及び尋問事項をもつてその尋問を申し出でたものであつて、右の当審における当事者双方の申出での証人につき尋問を施行するにおいては控訴人の前記主張につき審理をなすも著しく訴訟の完結を遅延せしめるものとは認められない。したがつて、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。

三、そこで、萬成社が被控訴人に対してなした本件家屋の賃貸借契約解除の効力について判断する。

(1)  成立に争いのない甲第一号証、第二七号証、乙第二及び第三号証の各一、二、当審証人小久保信之助の証言に前記当事者間に争いのない事実によると、島本秀次郎と被控訴人との間の本件家屋の賃貸借契約は、昭和三九年一月、萬成社において同家屋を買い受け、同年一月二二日登記を了してその賃貸人となつたこと、萬成社は、同月二八日付書面で被控訴人に対し右賃貸借契約を無断転貸を理由として解除する旨の意思表示をなし、同書面は翌二九日到達したこと、なお、萬成社は控訴人に対し同二九日到達の書面で控訴人は本件家屋を不法に占有するものであるから明渡しを求める旨通知した事実が認められ、右の認定を左右するに足る証拠はない。

(2)  被控訴人は、控訴人に対する本件家屋の転貸については島本秀次郎の管理人である住友信託銀行の承諾をえた旨主張するけれども、これが承諾があつたことを認めるに足る証拠はない。

(3)  被控訴人は右の転貸につき島本秀次郎の管理人である住友信託銀行の黙示の承諾があると主張するところ、証人小久保信之助(原審及び当審)古屋敷清人(原審及び当審第一、二回)、今岡昌滋(当審)の各証言、控訴人及び被控訴人各本人尋問(いずれも原審及び当審)の結果によると、控訴人が被控訴人から本件家屋の階下部分を転借した当時から、その店舗の屋号が「勝」であつたのを「艶」に改め、そのころまた、同階下部分の出入口とは別に二階に直接出入りのできる階段を設けたこと、島本秀次郎の管理人である住友信託銀行で管理委託に基づく不動産の管理をする中西不動産部長において控訴人の経営する右店舗に飲酒に来たことがあること、右のように屋号が「艶」に代つてから引続き右住友信託銀行の係員が被控訴人に対し賃料の取立てに来ていたことが認められるけれども、他方前掲証人今岡昌滋の証言、控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は控訴人に右階下部分を転貸した後もその飲食店営業の免許につき名義変更の手続をせず、控訴人にその印鑑を貸与して関係官庁に対する届出に利用させ、飲食代金のいわゆる公給領収書も被控訴人名義で発行されていること、住友信託銀行の係員が賃料を取り立てに来た際にも被控訴人がこれを支払い、同係員あるいは前記中西部長においても右階下部分が控訴人に転貸されていることを知らなかつたこと、被控訴人は控訴人に対する右の転貸の事実を隠そうとしていたこと、萬成社の小久保社長においても右契約解除の通知をするまで右の転貸の事実を知らなかつた事実が認められるのであつて、この間に被控訴人の主張するような転貸についての黙示の承諾があつたものと認めるに足る事実はないから、この点に関する被控訴人の主張も理由がない。

右の事実によると、被控訴人と萬成社との間の本件家屋に関する賃貸借契約は、萬成社が被控訴人の無断転貸を理由としてなした解除の意思表示が被控訴人に到達した昭和三九年一月二九日限り終了したものというべきである。

四、しかして、右の解除の意思表示が被控訴人に到達した日と同じ日に被控訴人から本件階下部分を転借していた控訴人は萬成社から不法占有を理由に明渡しの請求を受けたことは前記認定のとおりであるから、賃貸人たる萬成社は転貸人たる被控訴人に対し、転貸人としての債務の履行を妨げる意思を表示しているものというべきであつて、かかる場合、被控訴人は控訴人に対し転貸借に基づく転貸人として転借人に対する転借物の使用収益をなさしめる義務を履行することができなくなり、他に特別の事情の認められない本件においてはこれによつて右の転貸借も同日限り終了したものというべきである。他方、萬成社において賃貸借契約が解除された以上、控訴人において萬成社の賃貸人たる地位を承継するに由なく、また控訴人と被控訴人との間に控訴人を賃貸人とし被控訴人を賃借人として本件家屋に関する賃貸借契約が成立したことを認めるに足る証拠もないから、被控訴人の本訴請求中控訴人に対して賃貸借契約の存することの確認を求める部分は理由がなく、また控訴人に対する本件家屋の階下部分の明渡請求は昭和三九年二月末日に転貸借が終了したことを理由にするところ右の転貸借はすでに同年一月二九日限り終了しているからこれが明渡請求及びこれに基づく使用料相当の損害金の支払いを求める部分も理由がないので、結局、被控訴人の本訴請求はすべて理由がないから棄却を免がれない。

五、そこで、反訴請求について判断するに、本件家屋の二階部分を被控訴人が昭和三九年七月一日から占有していることは、被控訴人において明らかに争わないので自白したものと看做すべく、これが占有権原については、その主張の控訴人が萬成社から賃貸人の地位を承継したとの点につき前示説示のとおり理由がなく、またこれが占有権原については他に主張立証がない。被控訴人は、萬成社の解除の原因である無断転貸借については控訴人自らその原因を作りながら、右の解除のあつたことを理由に明渡しを求めることは信義則に反すると主張するところ、証人小久保信之助(原審及び当審)、古屋敷清人(原審及び当審第一、二回)の各証言、控訴人及び被控訴人各本人尋問(いずれも原審及び当審)の結果によると、控訴人が被控訴人から本件家屋の階下部分を転借するにあたり、その管理人である住友信託銀行の中西不動産部長に了解を得てもよい旨を被控訴人に申し出でたこと、被控訴人は控訴人がその責任で転貸についての承諾を受けるものと考え、転貸するにあたりその承諾の有無を確かめることはなく、転貸借契約を締結したこと、萬成社から無断転貸を理由に解除の通知を受け、被控訴人及び控訴人が萬成社から立退を要求され、これと交渉する間、萬成社からの本件家屋買取方の申出でに対し、被控訴人がこれを否拒したため、控訴人においてやむなくこれを買取つた事実が認められるのであつて、控訴人において転借の当時賃貸人から転貸借についての承諾をえていたならば萬成社において無断転貸を理由に解除が行なわれなかつたとも考えられるが、これが承諾を得るについては控訴人は被控訴人に確約したものではなく、前記認定のとおり被控訴人においては右の転貸の事情を隠していたいことを考えていた事実を考えると、これが転貸についての承諾のなかつたことを控訴人のみに責を負わせることは相当でなく、また控訴人が本件家屋を萬成社から買い受けたのも立退を免がれるためやむなくしたことであつて、この間に控訴人が将来本件家屋を取得し、被控訴人に明渡しを求める目的で、故意に無断転貸の事実を作り上げたものと認めることもできないから、控訴人において萬成社が無断転貸を理由に本件家屋の賃貸借契約の解除されたことを主張し、被控訴人に対し所有権に基づき明渡請求をすることは何ら信義則に反するものではないから、この点に関する被控訴人の主張は採用できない。

したがつて、被控訴人は控訴人に対し本件家屋二階部分を明け渡し、昭和三九年七月一日以降明渡済みまで使用料相当の損害金を支払う義務がある。しかして、右の損害額は、当審鑑定の結果によると、別紙「損害金一覧表」のとおりであることが認められる。

そうすると、控訴人の反訴請求はすべて理由がある。

六、以上、これと異なる原判決は不当であつて取消しを免がれず、控訴人の本件控訴は理由がある。

よつて、原判決を取り消し、被控訴人の本訴請求を失当として棄却し、控訴人の反訴請求は正当として認容し、訴訟費用は、第一、二審を通じ、本訴反訴とも、敗訴の当事者である被控訴人に負担させ、家屋の明渡しを命ずる部分つき仮執行の宣言を付するのを相当と認めて、主文のように判決する。

別紙

物件目録

大阪市南区久左衛門町一八番の四

家屋番号同町二九番の二

一、木造スレート葺二階建店舗兼居宅 一棟

床面積 一階六坪二合七勺(二〇平方メートル七二)

二階六坪二合七勺(二〇平方メートル七二)

損害金一覧表

期間 一箇月あたりの損害金

昭和三九年七月一日から同四〇年五月三一日まで 五、七八八円

昭和四〇年六月一日から同四一年五月三一日まで 六、〇四〇円

昭和四一年六月一日から同四二年五月三一日まで 六、二〇二円

昭和四二年六月一日から同四三年五月三一日まで 六、七一〇円

昭和四三年六月一日から同四四年五月三一まで 七、二三一円

昭和四四年六月一日から明渡済みまで 八、〇九一円

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