大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)3号 判決 1967年9月20日
被控訴人 株式会社日本勧業銀行
理由
中沢愛子が昭和三七年五月二三日当時において被控訴銀行奈良支店に対し、昭和三六年七月一三日預入れにかかる金一二万九、七八七円、期間一年、約定利息五分五厘の定期預金債権を有していたことは当事者間に争いがなく、《証拠》を総合すると、控訴会社との間で食用油の継続的取引関係を有していた株式会社中沢商店(以下「訴外会社」という。)は昭和三七年五月二三日当時控訴会社に対し金五二万三、七〇〇円の買掛代金債務を負担していたことが認められる。
ところで、控訴人は、愛子が訴外会社の控訴会社に対する右債務につき、右同日本件定期預金の限度で明示的または黙示的に保証をしたから、控訴会社は同女に対し金一二万九、七八七円の保証債権を有する旨主張しているところ《証人》は一部右主張事実に副うが如き証言をしているけれども、右証言は後記認定事実と対比してたやすく措信し難く、他に右主張事実を肯認するに足りる証拠は存しない。即ち、《証拠》を総合すると、控訴会社大阪支店長菅野政男は訴外会社の前記債務の支払いが遅延していたので、営業担当社員の尾崎照男を同道の上、昭和三七年五月二二日訴外会社を訪れ、代表者中沢政男に対して支払督促傍々担保物件の提供方を求めたこと、その結果政男は被控訴銀行奈良支店の定期預金証書四通額面合計金五三万五、七四七円を担保に差入れることとしたが、そのうち三通額面合計金四〇万五、九六〇円は訴外会社の預入名義であり、残りの一通が愛子預入名義の本件定期預金であつたこと、政男は愛子に命じて右定期預金証書四通を話合いの席上に持参させ、その裏面の領収欄にそれぞれ預入人名の記名と押印をして菅野に交付したこと、その際愛子は政男に対し本件定期預金証書の用途を問い正したが、政男から適当にその場を取り繕われたので、それ以上の追及をしなかつたこと、訴外会社は同年六月一四日付の被控訴銀行奈良支店あて内容証明郵便で、訴外会社に対する本件売掛代金債権の弁済確保のために本件定期預金債権を譲受けた旨を記載していること、以上のような事実が認められるのである。右認定に反する前掲証言の各一部はいずれも措信せず、なお、本件定期預金証書の領収欄にある「中沢愛子」の記名が政男の筆蹟であることは、甲第一号証中の右記載と当審証人中沢政男の宣誓書の署名とを対照することによつても、容易に認めることができる。
しかして、右認定事実によれば、愛子は少なくとも本件定期預金証書が訴外会社の債務の担保のため菅野に交付されるものであることを暗黙裡に承諾していたと言い得るにしても、それは本件定期預金債権に質権を設定したか、或いはこれを譲渡担保に供したかのいずれかに評価すべきものであつて(右認定事実によると、債務の移転があり、従つて譲渡担保と見るべき公算が大である。ただし、対抗要件を具備したかどうかは別問題とする。)、控訴人主張のように、債権額の限度であるにせよ、人的担保としての保証契約があつたものとは到底解されない。なお、本件定期預金証書の預り証である甲第三号証には、訴外会社に対する債権の弁済保証金の一部として証書を預つた旨の記載があり、「保証」なる文言が使用されているけれども、その全体の趣旨からして、もとより人的担保としての保証の意味に取れないことはいうまでもない。
控訴人の本訴における主張は、控訴人の愛子に対する保証債権を保全するため、同女に代位して被控訴人に対する本件定期預金の返還請求権を行使するというにあるが、右のように保証債権の存在が認められない以上、控訴人には債権者代位権がなく、ひいては本件訴訟を追行する資格に欠けるものというべきである。してみると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の訴を不適法として却下した原判決は相当である。