大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)408号 判決 1968年11月28日
控訴人(原告) 亡A訴訟承継人 X1
同 X2
同 X3
右三名訴訟代理人弁護士 中間保定
同 城戸寛
被控訴人(被告) Y
右訴訟代理人弁護士 山崎一雄
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
<全部省略>
理由
当裁判所は、控訴人らの請求を失当(被控訴人の抗弁を正当)と認めるものであって、その理由は、左に附加訂正する外、原判決理由の説示と同一であるからこれを引用する。
一、原判決の理由説示に左のとおり加除訂正を加える。
(一) 四枚目(原判決の枚数、以下同じ)裏末行に「(Bの死亡及び控訴人らの相続の事実は争がない)。」を附加する。
(二) 五枚目裏四行目から五行目にかけての「争いない。)」の次及び同六行目「乙第四、第五号証」の次に、それぞれ「(乙第一、第四号証の各A名下の印影が同人の印章によって顕出されたものであることは争がない)」を附加する。
(三) 同終りより四行目「被告人尋問の結果」の次に「当審における証人C、同Dの各証言、被控訴本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨」を追加する。
(四) 六枚目表七行目「支払っていたこと、」の次に「昭和二七年の末頃から二、三回、Bは被控訴人の母Dより計金五万円位を借受けたが、その際Dが「あんたの家の者に悪く思われるのは嫌やな」と言ったところ、Bは「自分のもので自分が借りるのに何が悪いのや」と申し述べたことがあったこと、しかし結局母DはBよりの借財申入に対する応待を嫌がり、これを被控訴人に任せたこと、」を挿入する。
(五) 同終りより四行目の末尾に「しかして右借受については、おおむねその都度、BにおいてC司法書士に依頼作成した借用証が書換え差入れられていたこと、」を附加する。
(六) 六枚目裏二行目「Bは、」以下、同五行目「達したこと、」までを全部次のようにあらためる。
「Bは、自ら進んで、本件土地建物及び自己所有の他の物件についてのC司法書士の登記簿閲覧証明を持参呈示し、『これらの不動産は自分所有のものであって、抵当権等もついていない。これらを担保に入れてもよいし、又売渡してもよいから、安心してもう一〇万円程貸してほしい』旨申し述べたので、これを信用した被控訴人は更に金一〇万円を貸与し、その貸金額は計金三〇万円位に達したこと、」。
(七) 同六行目「(ハ)そこで、」以下、九行目「鑑を預り、」までを、全部次のようにあらためる。
「(ハ)そこで、Bと被控訴人は右の約束に従い、本件土地建物の価格を、前記貸金合計額に登記手続費用等を加え且つ公簿価格に合致せしめた金三七四、九〇〇円として、本件貸金の代物弁済的意味合においてこれを売買することとし、昭和二九年六月二二日頃、被控訴人はBを信用して同人に自己の実印や印鑑証明、委任状を預託し、Bは」。
(八) 七枚目表六行目「ないし第三回)」の次に「及び当審における控訴本人X1尋問の結果」を加え、同七行目「信用できないし、」の次に「甲第四、第六号証も右認定を左右するものではなく、」を加える。
(九) 七枚目裏一行目「本件家屋」を「銀閣寺前町の家屋」とあらためる。
二、ところで、民法二〇条にいう「詐術ヲ用ヰタルトキ」の概念につき、例えば無能力者が偽造の戸籍謄本を相手方に示す等積極的客観的な術策を弄した場合がこれに入ることは明らかであるが、同条がそもそも無能力者と取引した相手方を保護するための規定の一であり、且つ無能力者保護の制度が往々にして無能力者個人ないしその家産の保護に失し、重要なるべき取引安定の要請を阻害することのあることを考え、しかも未成年者はともかく準禁治産者は外観上これを識別し難いのが通常であることを考慮すると、少くとも準禁治産者の為した取引行為については、自己を能力者と誤信させることにつき、前記客観的術策を弄した場合に限らず、普通に人を欺くに足りる方法により相手方の誤信を誘起又は助長せしめたような場合をも、前叙「詐術ヲ用ヰタルトキ」に包含せしめるのが相当である。しかして、右方法については、その形式の如何は必ずしもこれを問わないと解すべきものであって、自ら進んで能力者たる所以を詳細に説明し或いは相手方の能力に関する質問に明確に応答する等能力の点に関して積極的主観的言辞を用いた場合は勿論のこと、むしろ能力者と誤信せしめるためには黙秘的状況こそ最も効果的であることに思いを致すと、単に能力者なりと告知したにすぎない場合や能力の点につき黙秘していたにとどまる場合でも、当該取引に関する種々の具体的状況から判断して、少くとも当該準禁治産者に相手方の誤信を利用する意図があり、しかも取引に関するその種々の言動から普通人ならばこれを能力者なりと誤信するが如き状況の存するときには、これをも前叙誤信を誘起助長せしめた場合として「詐術ヲ用ヰタルトキ」に該ると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前認定の事実(引用にかかる原判決認定の事実を含む)によると、Bはかねて被控訴人方に賃料の取立に来ていたこと、しかして本件売買の約一年三カ月以前(前記Dよりの借財のときからいえば約一年半以前)より自ら借用証を差入れて瀕繁に金員を借受けていたこと、その間Bは自己が準禁治産者たることを秘し、本件売買の直前被控訴人に対し登記簿閲覧証明を自ら進んで呈示し且つ自己に不動産の処分権があること等を告げて相手方を安心させていること、本件売買についてもBは積極的にその衝に当り、被控訴人は同人を信用して手続を任せていること等の諸点が認められるところ、なるほどその間Bが被控訴人に対し、積極的客観的な術策まで弄した事実は認められないけれども、前記処分権の告知等は、自己の能力の点に関し恰も積極的な言動を行なったと同一に評価し得るのみならず、仮にそのようには解せられないとしても、前判示の諸点に照らすと、本件におけるBの能力に関する黙秘は、単なる黙秘にとどまらず、上述の諸事実と相俟ち、Bには、少くとも被控訴人の誤信を利用する意図があり、そのため自己が無能力者たることを秘し、相手方のかねてからの誤信に乗じ、更に前示処分権の告知や積極的登記行為等によりこれを助長し、新しい借財を為し又は借財の返済を免れるため本件売買の締結に至らせたものと優に評価することが出来、右は正しく民法二〇条の無能力者が能力者たることを信じさせるため「詐術ヲ用ヰタルトキ」に該当するものというべきである。従って、控訴人らは本件売買を取り消すことができず、この点において被控訴人の抗弁は理由がある。
以上の次第であるから、控訴人らの請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。<以下省略>。
(裁判長判事 入江菊之助 判事 小谷卓男 乾達彦)
<以下省略>