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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)840号 判決 1967年11月25日

控訴人 山住鶴枝こと 崔鐘伊

右訴訟代理人弁護士 有井茂次

被控訴人 山崎テル子こと 山崎テル

右訴訟代理人弁護士 中坊公平

同 谷沢忠彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二〇〇万円とこれに対する昭和三九年八月一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、以下のとおり附加するほか原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

第一、控訴人の主張

一、仮りに本件手形は被控訴人が振出したものではなく、その内縁の夫大野相こと姜相(以下大野と略称)が振出したものであるとしても、被控訴人は当時東和商事なる商号で金融業を営んでいたところ、大野も右営業に直接間接に関与し資金も共通し、印鑑も共同保管し、相互に右営業の範囲で代理権を有していた。そして、本件手形の受取人である玉井政夫は右の如き事情からみて当然大野には被控訴人を代理して本件手形振出の権限があるものと信じていたものであり、且つそう信ずるにつき正当事由があったから、被控訴人は本件手形債務を負っている。

二、仮りに本件手形が大野の偽造であるとしても、被控訴人はその後右大野の所為を宥恕した(被控訴人は原審で「大野が手形を振出したことについては仕方なく許しました」と供述した)から、右振出行為は有効となった。

三、被控訴人の後記原因関係に関する抗弁につき、控訴人は本件手形を玉井政夫から譲り受けたものであるが、そのさい右手形が賭博に関係する貸金とは全く知らず善意で交付を受けた。

第二、被控訴人の主張

一、控訴人の表見代理の主張を否認する。すなわち、被控訴人は大野と東和商事を共同経営したことも、営業上被控訴人名義の手形振出権限を与えたこともないから大野には基本代理権がない。また、元来、手形偽造には表見代理の適用はない。

二、控訴人の宥恕によって振出行為が有効となったとの主張も否認する。原審における被控訴人の供述の趣旨は「大野が脅迫され、身体に危害を受けるのに比べればまだ手形を偽造して問題になっている方がよい」と言う意味にほかならないのであって、本件手形振出の効果を認めたわけではない。

三、仮りに振出が有効であるとしても、本件手形振出には次のような原因関係があるから被控訴人は本件手形金の支払義務はない。すなわち、大野は前記玉井らとともに昭和三九年二月初頃東京方面で賭博をし、五〇〇万円の負けとなり、内金一〇〇万円は即時支払ったが、残金四〇〇万円については支払に窮していたところ、玉井が立替えてくれたため、同人に債務を負うに至り、本件手形はその一部弁済の方法として玉井に振出したものである。右貸借は賭金弁済資金をうるためにした消費貸借であり、公序良俗に反し無効である。(大審院昭和一三年三月三〇日判決民集一七巻五七八頁参照)従ってその返済方法として振出された本件手形の支払は玉井に対してはこれを拒みうるところ、控訴人は玉井の内妻であり玉井から本件手形を譲り受けたさい右の事情を知っていた。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、控訴人がその主張のような記載ある約束手形(本件手形)を現に所持していることは被控訴人の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。

二、被控訴人は本件手形の振出を否認し、大野が偽造したものであると主張するから検討する。

≪証拠省略≫を綜合すると、本件手形(甲第一号証)は被控訴人の内縁の夫である姜相(以下大野と略称)が昭和三九年六月三〇日頃後記認定のような賭博が原因で生じた債務を支払うため自宅(被控訴人肩書住居地)で作成し、控訴人の内縁の夫玉井政夫に受取人欄白地のまま交付したものであること、大野と被控訴人は昭和一九年頃から内縁関係にあり昭和二九年から四、五年間大野が東昭物産株式会社を設立して韓国と貿易のため往き来していた期間を除き引き続き同居しているもので、右昭和三九年頃は右住居地に同棲し主として被控訴人名義で東和商事なる商号をもって金融業を営んでいたが、その資金は元来大野の支出にかかり、大野は被控訴人の名義や印鑑を自由に使い得る立場にあり、東和商事は実質上は大野が内妻にやらせているものであって、それ故大野としては当然前記の如き手形振出をもなしうるものであったことが推認せられ(る。)≪証拠判断省略≫

そうすると、本件手形は大野が直接被控訴人名義による署名代理の方法によって有効に振出したものであることが認められる。

三、そこで、次に被控訴人の原因関係に基く抗弁について検討する。≪証拠省略≫によれば大野が本件手形を玉井に振出した原因関係は次のとおりであることが認められる。すなわち、大野は昭和三九年一月頃富士山麓の旅館で玉井ら他数名の者と「あとさき」賭博をなし、玉井は二〇〇万円勝ったが大野は五三〇万円の負けとなり、三〇万円はその場で支払い、残額五〇〇万円は胴元をした木村某に借りたことにした。大野はその後右木村あるいはその意を受けた者から再三にわたり右支払を強要され、結局同年四月頃玉井が大野と旧知であったことから大野のため仲に入り、玉井が大野に四〇〇万円の手形を融通してやりその割引金を木村に支払うことによって話しがついた。ところが、大野は右手形の決済資金の工面が出来ず、八〇万円は調達したが残額は玉井自らその決済をしたため、ここに大野は玉井に対し三二〇万円の債務を負担する結果となった。しかし、大野はその後も右債務の支払に窮し、今度は玉井から強硬な催促を受ける立場になり(玉井輩下のものから首をしめられたり、指をつめろと迫られたりした)、その支払のため本件手形(二〇〇万円)と自己名義の約束手形(一二〇万円)を玉井に交付するに至った。

そうすると、本件手形振出の原因関係は賭金そのものの支払ではなく、また賭金に供するためになされた消費貸借関係でもないが、賭博に因って負担した債務の弁済の資に供するためになされた貸金契約にほかならず、前記の如き情況を綜合すると明らかに公序良俗に反し無効の契約であると言わなければならない。従ってその支払の方法として振出された本件手形は玉井に対しては支払を拒みうる関係にあるといわねばならない。

しかして、≪証拠省略≫によれば、玉井は昭和三〇年から控訴人と同居の内縁関係にあり、何等首肯するに足る原因関係なくして控訴人の通名山住鶴枝を受取人欄に記入交付して控訴人に本件手形を譲渡していること、また玉井は大野に前記債務の支払を強要したさい大野ではあてにならないので特に被控訴人名義の手形を振出すよう要求する等弁済の確保につき予め種々配慮していたことが窺える。これ等の諸事情に弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人は本件手形を玉井から譲受けたさい前記事情を知っていたと推認することができ(る。)≪証拠判断省略≫

そうすると、本件手形の振出人である被控訴人は受取人である玉井に対する前記抗弁をもって控訴人に対しても対抗しうること明らかであり、この点に関する被控訴人の抗弁は理由がある。

四、よって、控訴人の本訴請求は失当で、これを棄却した原判決はその結論において相当であって本件控訴は棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井末一 裁判官 竹内貞次 畑郁夫)

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