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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)854号 判決 1968年9月30日

控訴人(原告) 下江秀夫

被控訴人(被告) 学校法人近畿大学

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

控訴代理人らは、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和三〇年六月一八日付でなした解雇の意思表示が無効であることを確認する。被控訴人は控訴人に対し、被控訴人の職員としての取扱いをし、健康保険加入の手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴大学代理人らは主文同旨の判決を求めた。

(控訴代理人らの主張)

第一請求原因

一  (被控訴大学と控訴人との間の雇傭関係および被控訴大学の控訴人に対する解雇行為)

本項に関する控訴代理人らの主張は、原判決一枚目裏一二行目冒頭(但し、冒頭の「一、」との記載を除く。)から同二枚目表七行目終りまでの記載と同一であるので、みぎ記載を引用する。

二  (解雇の形式的違法について)

本件解雇は、就業規則の違法な適用によりなされたものであるから無効である。

(一) 事実関係

そもそも、本件解雇処分は就業規則の適用によりなされたものである。すなわち、被控訴大学は、控訴人に酒癖上の悪行、学内不法占拠等の非違行為があると称して、

(1)、みぎ控訴人の非違行為は懲戒事由に該当するとの意見もあつたが、いずれも控訴人の反省自制次第で容易に解消する非行であることを斟酌して懲戒規定の適用を差し控え、代わりに、就業規則二五条一項五号所定の「業務の都合によるとき」の休業規定を適用して、控訴人を休職処分にし、

(2)、その後、控訴人に対するみぎ休職理由の合理化に苦慮したものか、不可解にも、同条二項の「休職期間中は給与の半額を支給する。」旨の規定を無視して控訴人に対して昭和三〇年四月分ないし六月分の賃金全額を支給し、

(3)、被控訴大学の休職規定では休職処分にせられた者は休職期間の満了により当然退職となるのが従来からの慣例であるとの見解の下に、控訴人も前記休職処分後休職期間の満了により当然に解雇になつたとして、昭和三〇年六月一八日付をもつて控訴人に対して解雇通知書(乙第八号証)を発し、

(4)、解雇後も同年八月から昭和三一年三月までの八カ月にわたり、賃金の概算払として合計金一〇万八、〇〇〇円を支給し、しかもその間、控訴人の再三に及ぶ抗議に対し、その都度、「時期を見て復職させるから、もう暫らく待つてくれれ。」といい逃れて日時を遷延してきたが、昭和三一年三月末頃、「復職の見込みが立たないから他に職を探してくれ。賃金はもう支払わない。」といつて、賃金の支払いを一方的に打切つたのである。

(二) (法律の解釈適用)

しかしながら

(1)、就業規則上、懲戒処分の事由に該当する事項を休職処分の事由に流用して、みぎ懲戒処分の事由に該当する事実のある者を休職処分に処するのは違法である。

すなわち、被控訴大学の就業規則によれば、懲戒処分の事由と休職処分の事由とは全く別個のものであつて、四一条所定の懲戒処分の事由は、故意過失若くは監督不行届により学園に損害を与えたとき(同条二号)、その他前各号に準ずる行為のあつたとき(同条一五号)等、懲戒を受ける者の非違行為であるのに対して、二五条所定の休職処分の事由は、1結核性疾患のため長期の休養をする場合、2病気その他私事のため欠勤三ケ月以上に亘るとき、3在職のまま留学を命ぜられたとき、4刑事事件に関し起訴されたとき、5業務の都合によるとき、の五つの場合に限られ、両者は性格的に全く別異のものであることは一目瞭然である。殊に、後者にいわゆる「業務の都合」とは、被控訴大学の事務運営上の都合、例えば学部学科の改廃、学生数の変動等の事情により一時的に職員を休職に付する場合を指すもので、休職処分の対象となる者に非違行為のあつた場合を含んでいない。それ故にこそ、同条二項は「休職期間中は給与の半額を支給する。」旨を規定しているのである。したがつて、被控訴大学の就業規則の解釈として、被控訴大学の職員に懲戒処分の事由となる非違行為があつた場合に、みぎ職員を懲戒処分の性格を帯びた休職処分に付することは許されないのであつて、このような休職処分はその事由がないのに違法且つ不当に休職処分にした場合に該当し無効である。

休職処分と懲戒処分とは処分手続が全く異つている。被控訴大学の就業規則四一条本文は、「懲戒委員会の議を経て懲戒に附する。」と規定し、懲戒委員会の委員はその都度総長が指名する(同規則四二条)ことになつている。このような慎重な手続を経てはじめて懲戒事由の存否を審理することができるのであつて、みぎ審理の結果委員会の議に付せられた者に懲戒事由のあることが確立した後に、その者の非違行為の程度情状に応じ、就業規則に定められた四つの処分、すなわち訓戒、譴責、減俸、解職のうちのいずれか一つを妥当な処分として選択し、その者を懲戒することができるのであつて、このような手続を経由しないで被控訴大学の特定の職員に懲戒事由に該当する事実があると認定し、みぎ認定に基づいて就業規則所定の懲戒処分ではない休職処分に処することは、被控訴大学の就業規則の解釈上許されないことである。

本件の場合は、被控訴大学は、控訴人を懲戒委員会にかけることなく控訴人に懲戒処分の事由となるべき非違行為があつたと認定し、みぎ認定に基づいて、控訴人を休職処分に処したのであるから、正当な事由に基づかないで且つ正当な手続を経ないで控訴人を違法不当に休職処分にしたものに外ならないのであつて、みぎ休職処分は無効である。そして、控訴人の解雇は、被控訴大学の控訴人に対するみぎ休職処分が適法有効であることを前提として効力を生ずるものであるから、みぎ休職処分がみぎのように違法無効である以上、控訴人の解雇も当然に無効である。

(2)、被控訴大学は、控訴人を休職処分にして、みぎ休職期間の満了により控訴人が自然退職になつたとして控訴人に対して解雇通告をしたのであつて、控訴人に対して普通解雇手続による解雇の告知をしたのではないから、みぎ休職期間の経過満了による退職を普通解雇に転用できない本件の場合には、控訴人に対する普通解雇の効果を生じない。

すなわち、先づ第一に、被控訴大学の就業規則によれば、休職期間が満了しても休職処分を受けた者について自然退職の効果は生じない。すなわち、被控訴大学の就業規則は昭和二六年六月一日改正になり、旧就業規則二六条二項の「休職期間は三ケ月とし、期間の経過後は自然退職として取り扱う。」旨の規定は廃止となり、新就業規則(現行のものと同じ)中には同様の規定は見当らないから、みぎ規則改正により自然退職制度は廃止になり、休職期間満了の際は更めて休職にするか、新に解雇の処置を採るかしなければ自然復職になるものと解せられる。しかるに、被控訴大学は、現行就業規則二五条の解釈上、旧就業規則下におけると同様に、休職期間三ケ月の満了により控訴人が当然解雇となるとの見解の下に、控訴人に対するさきの休職処分が適法有効なものであることを既定の事実として、その前提の下に控訴人に対して、「休職満期に付本職を解く。」旨の解雇の通告をしたのであつて、決して昭和三〇年六月一八日付で控訴人に対し普通解雇の新たな意思決定をして、その旨の普通解雇の告知をしたのではない。このことはみぎ解雇通告書の文言およびみぎ解雇通告書の日付が休職処分の日付である昭和三〇年三月一八日から休職期間三ケ月を経過した同年六月一八日付になつている事実から客観的に認めることができるのであつて、また、乙第一二号証(別件大阪地方裁判所昭和三一年(ヨ)第二四二九号仮処分申請事件第一審における証人岩城由一の証人尋問調書)中「期間満了する前の昭和三〇年六月一六日の教授会での復職の決議がありませんでしたから、就業規則二五条の解釈によつて退職しました。」との記載があることによつても、知ることができる。このように、被控訴大学の就業規則によれば、控訴人は休職期間の満了により自然退職にならず、かえつて自然復職になるべきであるにもかかわらず、被控訴大学は、自然退職になるとの誤つた見解の下に、控訴人を解雇するなんらの措置もとることなく、休職期間の満了と同時に控訴人に対する解雇の効果が当然に生じたものとしての取扱いをしているのであつて、控訴人は未だ適式な解雇を受けていない。

仮に被控訴大学における従来からの慣行に基づいて就業規則二五条を被控訴大学主張のように休職期間の満了によつて休職者は自然退職になる趣旨であると解釈することができるとしても、控訴人に対する休職処分は前述のように違法無効であるので、控訴人はみぎ休職期間の満了により解雇にならない。

(3) みぎ休職期間満了による自然退職の方式による解雇は普通解雇に転換することはできない。すなわち、前述のように、控訴人に対する本件解雇処分は同人に対する前記休職処分の当然の結果として自然発生的に効果を生じたものであつて、解雇通告のあつた同年六月一八日に控訴人を解雇する旨の被控訴大学の新たな意思決定がありこれに基づいて解雇の告知があつたのではないから、被控訴大学から控訴人に対して解雇前三〇日分の予告手当に相当する金額の支払いの提供があつたとしても、みぎ休職期間の経過終了による解雇の告知がそのまま普通解雇の告知に転換するわけはない。けだし、三〇日分の予告手当の支払いの提供は普通解雇発効の一要件にすぎず、普通解雇成立の全要件ではないから、みぎ予告手当の支払いに該当する事実があつたからと云つて、それだけで直ちに普通解雇の成立および発効の全要件が具備した場合と同様に普通解雇が成立発効するとするのは本末顛倒であるからである。

仮に、昭和三〇年六月一八日付の解雇通告書による解雇を解雇予告手当の支払いの提供があつたから普通解雇に当ると解することができる旨の解釈を採用するとすれば、結果的には、使用者である被控訴大学が解雇と云う事実状態の発生をあくまでも期待していると云うただそれだけの効果として、懲戒としての休職処分即ち実質的には懲戒処分が普通解雇に転換されることにより、懲戒事由に該当しない事由に基づいて懲戒手続を経ないで懲戒の効果を挙げることが可能となり、懲戒解雇をすることができる場合を不当に拡大することになる。そしてこのように、懲戒解雇に値いしない軽微な非違行為をとらえてこれを普通解雇事由に転換することを許すとすれば、懲戒解雇に該当しない非違行為に対する責任追及の手段として被控訴大学就業規則二五条二六条(または労働基準法二〇条)による解雇方法に訴えることを許す結果となり、懲戒解雇の実体的要件および手続を厳格に規定した就業規則ないし労働基準法の精神は損われることになる。それ故にこそ、懲戒解雇事由を普通解雇事由に転換し該当者を普通解雇手続をもつて解雇することにより実質的には懲戒解雇に当る解雇の実をあげることは、判例の認めないところとなつている(奈良地裁昭和三四年三月二六日判決労働民事裁判例集一〇巻二号一四二頁、高松高裁昭和三二年六月一一日判決労働民事裁判例集八巻三号三三七頁)のである。

要するに本件は、前述したように、被控訴大学の就業規則を恣意的に解釈して、実質的には懲戒処分に当る解雇処分を、懲戒処分の手続によらないで休職処分=自然退職と云う違法な手続で実現したものであつて、普通解雇事由に基づいて普通解雇手続によつて解雇したのではないから、たまたま普通解雇の効力発生の一要件が具備しているとしても、その余の普通解雇の成立要件および発効要件が具備しているものとなし難く、普通解雇手続があつた場合または普通解雇の効果を生ずる場合に該るとは認められない。仮に普通解雇があつたと認めることができるとしても、懲戒解雇事由を普通解雇事由に転換することにより、普通解雇に名を藉りて実質的には懲戒としての解雇を実現したものとして不適法無効な解雇処分である。

三  (解雇の実質的無効について)

仮に本件解雇を普通解雇と解しうるものとしても、正当な理由がないことはもちろん、信義誠実の原則に反し、権利の濫用として無効である。

(一) (総論、解雇権の行使には正当事由を要するのに本件解雇はそれを欠いていることについて)

憲法二五条二八条に明記されているように、生存権および労働権は基本的人権として最大の尊重を要するものであつて、これを軸として新しい近代的公序が形成されていて、その精神は私人関係においても生かされるべきものであるから、正当事由のない解雇は公序違反として無効となるべきものである。すなわち、市民法的原理からすれば契約解除=解雇告知権は取引の自由として制約はないとしても、みぎ憲法の各法条の趣旨の限度で修正されたと云うべきであつて、使用者は社会通念上解雇を正当づけるような相当な理由がある場合に限り有効に解雇権を行使することができると解すべきである(東京地裁昭和二五年五月八日決定、労働民事裁判例集一巻二号二三〇頁)。まして本件は大学と云う最高の教育研究機関であつてその公共性の極めて大きな職場における解雇であるから、殊に解雇の正当事由を必要とする。

このように解するならば、原判決が、「本件のように期間の定めのない雇用契約において労働基準法の解雇予告手当を提供すれば普通解雇は使用者の自由に任されていて、解雇事由を示すことを要しないし、その効力発生要件としても正当な事由の存在や、その客観的妥当性を必要とするものでないと解するを相当とする。」として解雇をするについての正当事由の必要を否定し、「解雇は被処分者やその家族の生活に甚大な打撃を与えるのを通常とするものであるから、解雇が自由であると云つても無制限に自由であると云うものではない。すなわち直接、労働基準法一九条のような明文の存する場合はもちろんのこと、そうでなくても、本件のような場合についていえば、前記休職処分と一連の密接な関係を有するものとしての解雇事由の存否、解雇の経過、その他諸般の状況から、解雇権の行使が被控訴大学に格別の利益をもたらすものでなく、かえつて控訴人に対する害意その他の不当な目的を達成するためになされたとか、その他信義則に反して濫用されたものと認められる事情が存する場合には、民法一条によりその効力は否定される。」として、ただ信義則に反し権利濫用に当ると目される場合においてのみ普通解雇が許されないだけであるとしたのは、法律の解釈を誤つた違法がある。

(二) (各論、被控訴大学主張の各解雇事由がいずれも不実虚偽で、本件解雇が信義則違反、権利濫用であることについて)

仮に、解雇権の行使には正当事由の存在を必要とせず、ただ信義則に反し権利の濫用に亘るときに限り解雇権の行使が制限されるとの説に従つても、つぎに述べるように、被控訴大学主張の各解雇事由は事実無根の虚偽または偏見と悪意に満た不当な評価の羅列にすぎず、本件解雇は結局信義則違反、権利の濫用に当るから、違法且つ無効である。

被控訴大学主張の個個の解雇事由に対する控訴人の個個の弁明反駁は、原判決二枚目表一〇行目冒頭から、同三枚目裏八行目から九行目にかけての「到底正当なものとはいえない。」との記載までと、つぎの追加変更をするほか、同一であるのでみぎ記載を引用する。

原判決三枚目表一〇行目の「学内不法占拠」との記載のつぎに、「および実験室改造計画妨害」と追加挿入し、同枚目裏二行目末尾の次に、「また、被控訴大学において実験室改造計画が具体的になつたのも昭和三〇年春頃からのことで、本件休職問題と同時またはその後のことであるので、みぎ改造計画妨害が本件休職理由となることはあり得ない。

そればかりでなく、昭和三〇年三月一九日本件休職処分に関する評議のために開かれた被控訴大学の教授会の席上では、実験室の不法占拠および同改造計画妨害が控訴人を休職処分にする理由の一として議題に上つた事実は全くなかつたのであるから、休職処分の事由が直ちにそのまま解雇処分の理由に当る本件の場合、みぎ不法占拠および改造妨害が本件解雇事由となつた旨の主張自体が虚偽の主張である。」と追加する。

以上の被控訴大学主張の解雇事由のほかに、原判決は解雇事由の一として、「控訴人は職務上においても自己の担当する講座を休講することが多く、『製図と実習』には全く顔も見せず、担当講座を減らされたこともあつて、専任講師としての適格性にも欠けるところがあつた。」と認定しているが、みぎ認定は真実に反する不当な事実の認定および評価であるばかりでなく、前記本件休職処分を議決した教授会で議題として採り上げられなかつた事由であるから、控訴人の専任講師としての適格性の評価に過ぎず、控訴人に一定の解雇事由がある旨の主張に基づいてなされた本件解雇処分の成否、有効無効にはなんら関係ない事項である。

以上のように、本件解雇事由としての被控訴大学主張の事実ないし原判決認定の事実はすべて虚偽又は既に不問に付された過去の事実であつて、しかもそれら事由は「教職員として適当でない。」との評価に達し得るような控訴人の職務に関連するものではなく、全く控訴人の私行上の出来事に過ぎないのに、それをことさらに被控訴大学が取り上げて休職ないし解雇の理由としたのは、信義則を無視した権利の濫用であること一点の疑いもない。

(三) (本件解雇問題の経過に徴し本件解雇は信義則に反し権利の濫用に当ることについて)

控訴人に対し本件解雇問題が発生し被控訴大学の教授会において控訴人の休職処分が決議されるに至つた真実の理由および経過は、原判決も認定するように、被控訴大学の工学部機械工学科の下村英太郎助教授が超過勤務手当を詐取した事件について同助教授を解雇処分にするべきかどうかの問題が生じ、更に同助教授の解雇について昭和三〇年被控訴大学で暴力事件が生じたことに関し、控訴人が同助教授の行為およびこれに対する事件をうやむやに葬ろうとする被控訴大学当局の処置を痛烈に批判論評したのに対し、被控訴大学の当局者が、控訴人のみぎ批判論評をこのまま放置すると事態が更に紛糾し結果的に被控訴大学の威信に重大な恥辱を与えるおそれがあるとして、前記のように被控訴大学の教授会を開いて前記口実の下に控訴人を休職処分にし、その休職期間の満了をもつて控訴人を解雇処分にしたものである。

しかるに、下村助教授が超過勤務手当を詐取したのは、原判決も認定したとおり真実であり、また同助教授の解雇に関連して昭和三〇年に被控訴大学に暴力事件を起したこともまた公知の事実であつて、教育機関である大学におけるこのような不祥事件に対する被控訴大学当局の事務運営上の不明朗さと無能さとは弁明し難いところであるから、正義漢である控訴人が前記助教授の不正行為ないし被控訴大学当局の放漫な事務運営に承服せず、これに手痛い批判論評を加えたのは、至極当然なことであつて、これを、原判決の判断するように、『控訴人は飲酒を好みかつ口が軽くて外部の思惑を何ら顧慮することなく、思つたことを直ぐ言動に表わす性格で、特に酔余、前後を弁えずに放言する性癖からの勝手な放言または軽率な言動』と云うことはできない。また、控訴人のみぎ正義と真実に基づく行動を簡単に『被控訴大学の威信に重大な恥辱を与えるおそれのある言動』であると云うことはできない。教育機関としての社会的責任を自覚した大学当局であつたならば、自らの責に帰すべき不祥事件をうやむやに処理することなく、積極的にその非を公開して改めるべきであるのに、みぎ不祥事件を陰蔽してうやむやに葬るために、みぎ不祥事件およびこれに対する被控訴大学の措置に対し正当な批判論評を加える控訴人を圧伏するために、真実の理由とは異なる前述の不実の口実の下に、控訴人を休職処分にし次いで解雇処分した被控訴大学の措置は、信義則に反し権利の濫用に当る違法無効の処分であると云わねばならない。

そればかりでなく、昭和三〇年三月一九日の控訴人の休職処分を決議した被控訴大学の教授会の席上において、一部の教授から休職事由を具体的に挙示されたい旨の要求に対して、平尾理工学部長は、個人の名誉に関する事柄であり、その行状について殆んど周知のことであるから具体的事由の説示をする必要がないとして、休職事由の具体的事由を示さなかつたと云うのであるが、被控訴大学主張の本件各解雇事由はいずれも二年も三年も前の出来事であり、それらが教授会のメンバーに知られるような場においてなされたものではないから、みぎメンバーに周知の事実ではなく、結局みぎ教授会は被控訴大学主張の本件各解雇事由に基づいて控訴人を休職処分にしたのではなく、前記不祥事件についての控訴人の批判論評に対する被控訴大学の不正不当な評価に盲従して控訴人の休職処分を決議したのであるから、みぎ休職処分につながる控訴人の解雇処分は信義則に反し、権利の濫用に当る。

(四) (休職処分のあつた後の控訴人の行動は本件解雇の事由には当らないことについて)

昭和三〇年六月一六日の被控訴大学の教授会の席上では、その議事録の写しから明らかなように、控訴人の休職期間中の行状など少しも審議していない。「休職期間満了に付解雇する。」ということを当然の前提としているのみで、平尾理工学部長は既に同年三月一九日の教授会ですべて決定済みとの態度を一貫して示している。したがつて、本件では、控訴人に対する休職処分の事由すなわち解雇処分の事由と解すべきものであつて、休職処分後の被控訴大学の控訴人に対する態度ないし控訴人の被控訴大学に対する態度は本件解雇処分の事由にはなつておらず、これとは全く無関係の事実である。

原判決は、この点に関し、『なお冷静に自己の職責に思いをいたして平尾学部長および永井厚生部長等の勧告を率直に受け容れて、前記非違行為等をくりかえさないように自粛して大学当局の不安を解消させるよう努力すべき責務があることが明らかであるのに、行状を改めず、少くとも実験室からの退去の件については格別の誠意を示した形跡が窺われないこと(前示甲第一三号証および控訴人本人の供述によると、控訴人が占拠していた実験室を明渡したのは、早くとも本件解雇後約三年を経た昭和三三年四月以降であることが認められる)、および理事長はじめ平尾学部長、永井厚生部長等主要な関係者は、それなりに控訴人の立場をも考慮して休職期間中は勿論、解雇後と雖も相当な長期間にわたり、むしろ控訴人を円満に復職させるべく親身な配慮を加えたのに、それが控訴人に通じるところとならなかつた。』と判断しているが、前述したように本件休職処分の真因は下村助教授問題について控訴人が被控訴大学当局を非難した点にあるから、実験室からの退去その他『前記非違行為(被控訴大学主張の本件解雇事由)』をくりかえさないことは休職処分の撤回に無関係であり、且つみぎのいわゆる「非違行為」は休職処分より二、三年も前の事件で既に不問に付されていた事実であるから、それを繰り返さないように自粛するとは如何なることを指すものか理解できない。そればかりでなく、みぎ控訴人の被控訴大学に対する態度(ことに実験室の占有継続)および被控訴大学の控訴人に対する態度は休職処分後の行為であるので、前述のとおり、本件解雇事由とは無関係である。控訴人が休職処分後に実験室を立退いても、下村助教授問題についての被控訴大学の措置を批判した控訴人のさきの行状を改めたことにはならない。また、被控訴大学が控訴人に対してさきになした不当な休職処分の償いとして原判決判示のような恩恵的措置をとつても先の休職処分の違法は解消せられない。この点に関する原判決の見解は被控訴大学と控訴人との間の雇傭契約関係としてではなしに身分関係と観念し、一方の側から庇護恩恵を与え、他方から精勤奉仕をさし出す関係にあるとする前近代的感覚に基づくものであつて、極めて不当な雇傭関係の解釈である。

四  (別件仮処分との関係および請求原因としての主張の結論)

この点に関する控訴人の主張は原判決四枚目裏六行目冒頭(但し「四、」との記載を除く)から同五枚目表二行目末尾までの記載と同一であるのでみぎ記載を引用する。

第二被控訴大学の主張に対する答弁

本件解雇について被控訴大学が控訴人に対し解雇予告手当の支払いの提供をしたことは否認する。

(被控訴大学代理人らの主張)

被控訴大学の答弁および抗弁としての事実上および法律上の主張は原判決事実欄の被控訴大学の主張の摘示(原判決五枚目表六行目から七行目にかけての「請求原因に対する答弁として、」との記載以下同八枚目裏三行目まで)と同一であるので、みぎ摘示を引用する。

(証拠省略)

理由

一  被控訴大学と控訴人間の雇傭関係ならびに被控訴大学の控訴人に対する休職処分および解雇の告知。

被控訴大学と控訴人間の雇傭関係の成立年月日および内容ならびに被控訴大学の控訴人に対する休職処分および解雇の告知の年月日、方式および経過に関する当事者間に争いがない事実および当裁判所の認定は、つぎの変更をするほか、原判決理由一、休職および解雇の通告の項(原判決九枚目表一〇行目冒頭から同一〇枚目裏五行目末尾まで)の記載と同一であるので、みぎ記載を引用する。

原判決九枚目裏六行目および同一〇枚目裏三行目にそれぞれ「証人岩城由一」とあるのをいずれも「原審証人岩城由一」と、原判決九枚目裏八行目および同一〇枚目裏三行目にそれぞれ「原告本人」とあるのを「原、当審における控訴人本人」と変更する。

二  本件解雇の形式的有効について。

控訴人は、「被控訴大学は控訴人に休職事由があるとして控訴人を休職処分にし、みぎ休職期間の満了により控訴人が自然退職になつたとして控訴人に対して解雇の告知をしたのであつて、たまたまみぎ解雇後控訴人に対して控訴人の一ケ月分の賃金に相当する金額を給付したことに藉口してみぎ解雇を労基法二〇条による普通解雇であると主張するものであるところ、(一)、みぎ控訴人解雇の前提となつた控訴人に対する休職処分は、被控訴大学の就業規則上休職事由に該当しない事由に基づいて休職処分にした違法無効のものであるから、みぎ休職処分が適法有効であることを前提とする本件解雇もまた違法無効である。また、(二)、被控訴大学の就業規則によれば休職期間が満了しても休職者は自然退職にはならないから、休職期間の満了により休職者が自然退職になることを前提とする本件解雇の告知は違法無効である。さらに、(三)、懲戒事由による解雇を普通解雇に転換するのは、懲戒手続によらないで懲戒の実をあげることを許すものとして許されないところ、本件解雇は懲戒事由により控訴人を休職処分にし休職期間満了により控訴人を自然退職にしたのであつて、結局懲戒事由による解雇に外ならないから、通常解雇に転換することは許されない。」と主張するのに対して、被控訴大学は、控訴人のみぎ主張を否認し、「本件解雇は通常解雇事由に基づいて通常解雇手続を履践した解雇であるから適法有効である。」と主張するので、以下この点について判断する。

(一)、控訴人を解雇処分にした手続の経過の詳細について。

この点に関する当裁判所の事実の認定は、つぎのとおりの変更、追加削除をするほか、原判決一六枚目裏一〇行目冒頭から同二一枚目表最終行目末尾までの記載と同一であるのでみぎ記載を引用する。

すなわち、原判決一六枚目裏一〇行目冒頭から同一七枚目表二行目「弁論の全趣旨を綜合すると」までの記載を「成立に争いがない甲第一ないし第五、第八、第九、第一一、第一三号証、および乙第七号証、第一〇号証の一、二、第一二ないし第一四号証、原審証人岩城由一の証言により成立を認める甲第六、第七号証および乙第三ないし第六号証、原審証人岩城由一、同平尾子之吉、当審証人小田切瑞穂、同辻垣直三の各証言および原、当審における控訴人本人の各尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると」と改め、

同一八枚目表一行目から二行目にかけて、「原告に前認定のような非違行為があるので、」とあるのを「控訴人に後で本件解雇の解雇理由(実体的有効要件)について判断する際に認定するとおり(本判決三、(二)で引用する原判決部分記載)の非行があるので」と改める。

(二)、本件の休職処分と解雇処分の関係。

1  控訴人に対する本件休職処分の無効について、

成立に争いがない甲第六号証記載の被控訴大学の就業規則二五条によれば、被控訴大学はその職員に対し、(1)結核性疾患のため長期休養をする場合、(2)病気その他私事のため欠勤三ケ月以上に亘るとき、(3)在職のまま留学を命ぜられたとき、(4)刑事事件に関し起訴されたとき、(5)業務の都合によるとき、のいずれか一に該当する場合には休職を命ずることができる旨が定められていて、みぎ規定にいわゆる休職とは、(4)の場合のように、正規の懲戒手続によつて該当者に懲戒に価する非行等があつたかどうかについて大学当局者の判断を経由するまでもなくその者に対して懲戒的色彩を帯びた休職を命ずるに足る事由がある場合については別であるが、その他の場合は、いずれも、被控訴大学の立場上該当職員に対し休職を命ずるのもやむを得ない事由がある場合に、懲戒手続によらないで同人の執務を停止する非懲戒的な不利益処分であるから、みぎ列記の休職事由以外の事由によつて職員の非行を懲戒する趣旨で休職を命ずることは、懲戒手続によらないで懲戒処分をするに等しいことになる。それ故に、正規の懲戒手続を経て該当者に懲戒解雇に値する非行のあることが確認された後同人に対する処罰を軽減して休職処分にするのは別として、このような懲戒手続を経ないで該当職員に懲戒事由に当る非行のあつたことを確定し、これを理由として同人に休職を命ずることは、みぎ就業規則の規定の趣旨上許されないと解すべきである。したがつて、みぎ規定(5)のいわゆる「業務の都合によるとき」の中には、被控訴大学の職員に非行、不行状等があつて同人に執務を継続させることが被控訴大学に不都合であるときを含んでいないと解せられる。

しかるに、前記乙第四号証、原審証人岩城由一および同平尾子之吉の各証言によれば、控訴人に対する本件休職処分の理由は、被控訴大学が本件解雇事由として主張する事由(前記引用の原判決の被控訴大学の答弁一、(一)の(1)ないし(5)および(二)の各項記載の事由。被控訴大学が本件休職および解雇の事由としてみぎ主張をしていることは、控訴人も認めて争わないところである。この点については本判決事実の摘示で引用した原判決請求原因二、(二)参照)と同一であつて、結局、被控訴大学は前記就業規則四一条二号(故意過失若しくは監督不行届により学園に損害を与えたとき)、三号(職務上の指示命令に従わず職場の秩序を乱したとき)、四号(勤務状態又は素行不良なるとき)、一〇号(同僚に対し重大な侮辱を加え或は暴行脅迫したとき)、または一五号(その他前各号に準ずる行為)のいずれかに該当する懲戒事由ともなるべき非行、不行状等のあつたことを理由として、懲戒手続によつてみぎ該当事実の存否を確定することなく、控訴人に対して同人の意思に反する休職を命じているのであるから、みぎ休職処分は休職事由を前記五事由に制限した被控訴大学の就業規則の規定の趣旨にもとる処罰行為として許されないと解するが相当である。よつて、控訴人に対する本件休職処分は無効であると解するほかはない。

2  休職期間が満了しても控訴人は自然退職にならないことについて、

前項で述べたように、本件の休職処分は休職事由に該当しない事由に基づいてなされたものとして無効であるが、そればかりでなく、仮にみぎ休職処分が実体的に適法有効であつても、控訴人はみぎ休職期間の満了により自然退職にはならない。この点に関する当裁判所の判断は原判決一二枚目表五行目の「一般に休職処分とは」との記載から同一三枚目裏一行目から二行目にかけての「当然には解雇の効力が生ずるいわれがないことも明白である。」との記載までと同一であるので、みぎ記載を引用する。

3  本件の解雇処分は、休職期間の満了による控訴人の自然退職を唯一の解雇手続とするものではなく、通常解雇手続を履践した解雇とも解し得ることについて、

前認定のように、被控訴大学の就業規則を誤解して、休職を命ぜられた者は休職期間の満了により自然退職になるものとの錯覚を起し、みぎ錯覚に基づいて、控訴人に休職を命じ休職期間の満了によつて控訴人が自然退職になつたものとして、休職期間満了後に控訴人に対し「休職期間満了につき本職を解く。」と通告したのであるから、その点では通常一般に見られるような純然たる通常解雇事由に基づいて通常解雇手続のみを履践した解雇とは異なつている。そして、前述したように、控訴人に対する本件休職処分は無効で、しかも(仮に休職処分が有効であつても)控訴人は休職期間の満了により自然退職にはならないから、控訴人に対する本件の解雇処分が仮りに休職期間の満了による自然退職を唯一の解雇手続としているものであるとすれば、本件の解雇処分もまた無効とならざるを得ない。しかしながら、みぎ解雇手続のほかに、同手続に附加して通常解雇手続も履践されておるならば、別段の理由がなければ、休職期間の満了による自然退職と云う無効な解雇手続が余分に附加されているからと云つて、これとは別個独立の本来それ自体としては有効であるべき通常解雇手続による解雇までも無効となると云うことはできない。

そこで、本件の具体的な場合において、通常解雇事由による通常解雇手続を履践した解雇が行われているかどうか、およびみぎ通常解雇手続による解雇がこれと同時になされた本件の休職期間の満了による自然退職と云う解雇手続による解雇とは別個独立の解雇手続によるものと解することができるかどうかが問題となる。

前記被控訴大学の就業規則(甲第六号証)中には、被控訴大学の職員の通常解雇を制限するなんらの手続上の規定もまた解雇原因に関する規定も設けられていない。また、控訴人のような被控訴大学の常勤専任講師は、労働基準法二一条各号の一に該当する雇傭関係にある者ではなく、通常の雇傭期間の定めのない雇傭関係にある者であることは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争いのないところである。このように、就業規則中に通常解雇を制限する規定がない場合に期間の定めのない雇傭関係にある者を通常解雇する場合には、解雇の手続としては、使用者は労働基準法二〇条所定の解雇予告手当を提供すれば自由に解雇することができるのであつて、解雇事由を示すことを要しない。

本件の場合には、前認定のように、被控訴大学の教職員の任免権者は理事長であつて、被控訴大学理工学部教授会は理事長の諮問機関にすぎないところ、みぎ教授会は控訴人を前記のとおり休職処分にするに際して、控訴人を懲戒処分にするのを避けて休職処分にして三ケ月の休職期間の満了により自然退職とする旨の基本方針を決議したに止まり、その具体的な措置に付いては理工学部長訴外平尾子之吉に一任する旨を決議したので、同訴外人は、みぎ委任に基づいて、控訴人が休職処分を受けた後も従来からの非行を改めず且つ休職期間満了直前の昭和三一年六月一六日の理工学部教授会においても控訴人を復職させる旨の決議が成立するに至らなかつたから、控訴人を退職させるのが相当であるとの判断の下に、被控訴大学理事長に対して、休職期間満了を理由として控訴人の解雇を発令するのが相当であると上申したが、理事長はみぎ上申をそのまま採用しないで、被控訴大学の事務当局に対して、退職金等について可能な限りの便宜を与えて控訴人を解雇するように指示したので、事務当局は昭和三〇年六月三〇日控訴人に対し解雇予告手当金を現実に提供して前記解職通告書を交付しようとしたが、控訴人はみぎ手当金も通告書も受領することを拒絶したのである。

みぎ事実関係によれば、控訴人に対する本件の解雇手続としては、適正な額の解雇予告手当金が現実に提供せられているばかりでなく、前記「休職期間満了につき本職を解く。」との解雇通告書の意味は、みぎ解雇手続の経過に徴し、休職期間の満了により解雇の効果が発生した旨の事実の確認的な告知のほかに、新たに解雇の法律関係を形成しようとする通常解雇の意思表示も含んでいると解するのが相当である。そして、被控訴大学の任免権者である理事長は、諮問機関である被控訴大学理工学部教授会から控訴人の退職に関する具体的措置の上申を一任された理工学部長の上申の一部(解雇事由があることおよび解雇を相当とすること)を採用したに止まり、解雇を休職期間の満了による自然退職の手続によつて行うべきものとした部分を採用しなかつたけれども一応みぎ教授会に諮問する手続を経由した上で、通常解雇手続で控訴人を解雇することに決定し、大学事務当局に対しみぎ解雇手続をとるように指示したのであつて、事務当局はみぎ指示に従つて控訴人に対して、前記のとおり解雇予告手当金と共に解職通告書を手交しようとしたことにより、控訴人を通常解雇手続による解雇にする旨の被控訴大学の意思表示を現実に伝達した場合、または控訴人においてみぎ意思表示を了知し得べき状態に置いたが控訴人が故なくその受領を拒んだことにより控訴人に対して現実に伝達されたと同視することができるに至つた場合のいずれかに当ることを認めることができる。

よつて、本件の場合は、控訴人を任免する正当な権限のある者が、諮問機関に諮問した上で控訴人を通常解雇手続で解雇する旨の意思決定をなし、適法な通常解雇手続を履践して控訴人に対し解雇の通告をした場合に当るから、みぎ解雇は通常解雇手続による解雇として適法有効なものと云うことができる。本件解雇は休職期間の満了による控訴人の自然退職と云う手続のみを唯一の解雇手続とするものである旨の控訴人の主張は採用できない。

そして、前記解雇手続の経過によれば、本件通常解雇手続は、解雇権者である理事長の意思決定の点でも、またみぎ理事長の指示に基づく被控訴大学事務当局の控訴人に対する解雇予告手当の提供および解雇の通告の点でも、諮問機関に過ぎない被控訴大学理工学部教授会の決議およびみぎ教授会の委任による理工学部長の決定に基づく休職期間の満了による控訴人の自然退職と云う手続による解雇とは別個独立の解雇手続として為されているのであつて、かえつて、みぎ事務当局の控訴人に対する休職期間の満了による自然退職の通告の方こそ、単なる諮問機関にすぎない前記教授会または教授会の委任を受けた理工学部長の指示に従つているだけで、結果においては任免権者である理事長の指示に反する手続であつて、事務当局の錯誤に基づいて為された手続であると云うことができる。したがつて、前記通常解雇手続による控訴人の解雇は、たまたま休職期間の満了による控訴人の自然退職と云う違法無効な解雇手続と同時に並列的になされたからと云つて、その効力を損われる理由はない。みぎ通常解雇手続による解雇は、解雇手続としては適法有効なものである。

(三)、懲戒事由を通常解雇事由に転換して為された通常解雇は無効である旨の控訴人の主張について。

雇傭関係が期限の定めのないものであるときは、就業規則(ないし労働協約。但し被控訴大学にはその職員との間の労働協約はない。)中に通常解雇事由を制限する規定がない場合やみぎ制限規定があつても制限範囲内の解雇事由に基づいて通常解雇をする場合には、使用者は解雇権の濫用にわたらない範囲で、被解雇者に対し労働基準法二〇条所定の解雇予告手当を支払つて自由に通常解雇をすることができるのであるから、みぎ通常解雇の許される場合には、たまたま当該通常解雇事由が懲戒解雇事由に該当しても、原則として、使用者がみぎ通常解雇事由がある者を通常解雇手続によつて解雇してはならない理由にはならない。かえつて、特定の被傭者に懲戒解雇事由があることは、使用者にとつてはみぎ該当者との間の雇傭関係の維持が堪え難いものとなるのが通常であり、みぎ該当者としても解雇を受けてもやむを得ない立場にあるわけであるから、被傭者に懲戒解雇事由があることは、別段の事情がなければ、それだけで該当者を通常解雇手続によつて解雇することを許す妥当な理由となると云うことができる。けだし、被傭者に懲戒解雇事由と同種の非行があり且つ非行の程度情状等が未だ懲戒解雇には値しないけれども通常解雇を妥当なものとするに足るものであるときは、みぎ解雇事由による解雇が就業規則の規定上許されるものである限り、通常解雇手続によつて解雇することが許されるのであるから、みぎの場合よりも非行の程度情状等が更に悪く懲戒解雇に値するものである場合には通常解雇を妥当とする理由が更に強度であると云うことができるからである。なるほど、使用者が通常解雇を妥当なものとする理由として主張する被傭者の非行が嫌疑に過ぎない場合や通常解雇事由にも値しないものである疑いがある場合には、懲戒解雇手続によらないで通常解雇手続によつて該当者を解雇することを許せば、結局においてみぎ非行があつたことないし非行が解雇に値するものであることを客観的に確定しないで該当者を解雇することを許す結果となるおそれがあることは否定できないけれども、このような危険は、通常解雇手続に関して別段の規定を設けていない労働協約ないし就業規則下の雇傭関係では、当事者の非行を事由とする通常解雇に限らずどんな事由による通常解雇にも共通するものであるから、解雇事由が被傭者の非行である場合に限つて必ず懲戒解雇手続によつて解雇すべきで、通常解雇手続によつて解雇することは許されないとする理由にはならない。

もつとも、懲戒解雇が法律上許されない場合(例えば適法な争議行為を懲戒事由とするとき等)に、みぎ法律上の禁止をくぐる脱法的手段として、みぎ懲戒解雇事由ないし他の事由が通常解雇事由に当ると称して通常解雇をするのは、結局みぎ法律上の禁止に触れる行為に該当するものとして無効であるのは当然のことであるが、そうでなくても、就業規則ないし労働協約に懲戒解雇手続が規定されている場合に、みぎ規定に従つて懲戒解雇手続によつて解雇をすることが使用者に対して著しい不利益をもたらすおそれがある(例えば争議の誘発その他当該被解雇者またはその所属する団体の烈しい抵抗を引き起す危険があるとか、懲戒事由のあることの証明困難または懲戒委員会の構成が使用者に不利であることなどのために懲戒解雇を実現することが著しく困難であること等)ために、使用者の真意は当該被傭者の非行を懲戒するにあることが明白であるにもかかわらず、もつぱらみぎ懲戒解雇手続を経由することを回避することを目的として、通常解雇に藉口して所期の目的を達成したり、解雇の当否がもつぱら当該被傭者の非行事実の存否にかかつていて、その存在することが既に明らかになつている非行の程度情状等の軽重にかかつていないために、懲戒解雇手続を経由しなければ解雇の当否についての適正妥当な判決を期待できない場合に、嫌疑のみで解雇を実現するために通常解雇手続によつて解雇したりする等、本来通常解雇手続によつて解雇するのが適当でない場合に通常解雇手続による解雇が行われたときには、このような解雇は解雇手続の選択自体に信義則違反があるものとして、当該解雇事由の実体の当否について判断するまでもなく、違法無効な解雇と云うことができる場合も考えられないわけではない。しかしながら、このような事案は通常解雇手続による解雇一般と比較すれば極めて例外的な特殊な場合に限られているのであるから、このような事案であることを主張する者の側においてこのような事案に当ることを立証することを要するのであつて、このような特別な事案であることの主張も立証もしないで、広く一般的に懲戒事由に当る事由に基づいて通常解雇手続によつてした解雇は常に必ず違法無効であると云うのは相当でない。

本件の場合においては、被控訴大学が控訴人を解雇した事由と主張している各事項はすべて被控訴大学就業規則所定の懲戒解雇事由と同種の事項であることは既に述べたとおりであり、また、成立に争いがない乙第七号証(被控訴大学則)によれば、教授、助教授、講師および助手の進退に関する事項は教授会において審議する(三二条四号)旨定められている(もつとも被控訴大学では職員の任免権は理事長に専属し教授会は諮問機関にすぎないこと前述したとおりである)。しかしながら、前認定の本件解雇手続に関する事実関係によつて明らかなように、理事長の諮問機関である教授会は、控訴人に懲戒解雇事由に当る非行があつたかどうかを審議した結果、情状未だ懲戒解雇には値しないとして休職期間満了により控訴人を自然退職にする方針を採用することを議決し、被控訴大学はみぎ方針に従つて控訴人を一旦休職処分にしたけれども、その後、理事長の決定指示に従つて控訴人を通常解雇手続による解雇処分にしたのであつて、みぎ事実関係によれば、被控訴大学の真意が控訴人を懲戒解雇処分にするにあることも、本件事案が懲戒手続によつて解雇するのが相当で通常解雇手続によつて解雇すべき場合ではないことも、また、懲戒解雇手続の履践を回避するために通常解雇手続によつて解雇したのであることも、以上いずれに当ることも認められないから、被控訴大学が控訴人を懲戒事由に当る事由に基づいて通常解雇手続によつて解雇しても、みぎ解雇が手続上違法無効な解雇であると云うことはできない。そのほか本件に顕われた全証拠によつても、被控訴大学が控訴人を解雇するについてとつた通常解雇手続の選択自体に信義則違反があると認めるに足りないから、控訴人の本項の主張は採用できない。

三  本件解雇の解雇事由(実体的有効要件)について。

(一)、通常解雇の実体的有効要件について、

前述したように、被控訴大学の常勤専任講師である控訴人は被控訴大学との間に雇傭期間の定めのない雇傭関係にある者であつて、且つ、被控訴大学の就業規則(被控訴大学と被控訴大学の教職員との間に労働協約のないことは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争いがないものと認める。)には同大学職員の通常解雇事由を制限する規定は設けられていないのであるから、被控訴大学が労働基準法二〇条所定の解雇予告手当を提供して控訴人を解雇するに付いては、解雇権の濫用にわたるところがない限り、自由に解雇することができるのであつて、控訴人に対して解雇の正当事由を明示告知して解雇するを要しない。

この点に関して、控訴人は、使用者が被傭者をみぎ法条所定の通常解雇手続に従つて解雇する場合にも積極的に解雇の実体的正当事由がある場合に限り解雇することができるのであつて、単に、消極的に解雇が妥当性を欠き解雇権の濫用にわたるところがなければ、自由に解雇することができるとするのは、法律の誤解であると主張する。しかしながら、労働基準法二〇条所定の解雇予告手当を提供して解雇する場合については、解雇の効力発生の要件として積極的に解雇の正当事由や客観的妥当性の存在を必要とする旨の規定はないから、通常解雇手続による解雇の法律関係は、必ずしも、控訴人の主張するように、実体的に解雇の正当事由が積極的に存在する場合に限り通常解雇をすることが許されると理論構成しなければならないわけではない。そればかりでなく、労働基準法の適用がある雇傭関係にあつては、使用者の事業経営権の正当な行使と認められない解雇はすべて解雇権の濫用と解せられ、他の民事上の法律関係一般における権利の濫用の観念より広い観念であるばかりでなく、解雇が権利の濫用にわたるものではないことを理由付ける具体的な事実すなわち事業経営権の正当行使に該当する具体的事実の存在は、結局のところその存在を主張する使用者において証明するほかない場合が多いわけであるから、通常解雇手続による解雇の実体的有効要件について控訴人主張のような理論構成を採用しなければ労働者に著しく不利益な雇傭関係を認めることになると云うのは相当でない。この点についての控訴人の主張は採用しない。

(二)、被控訴大学の解雇事由その他本件の解雇事由に当る事実の存否について、

この点に関する当裁判所の事実の認定は、つぎのとおり変更、追加および削除するほか、原判決一三枚目裏最終行目冒頭から同一六枚目裏一行目終りまでの記載と同一であるので、みぎ記載を引用する。

原判決一三枚目裏最終行冒頭から同一四枚目表三行目の「弁論の全趣旨を綜合すると、」との記載までを、「成立に争いがない甲第一ないし第四号証、同第八ないし第一三号証および乙第一二ないし第一五号証、原審証人岩城由一、原、当審証人平尾子之吉の各証言ならびに原、当審における控訴人本人の各尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、」と変更し、

同枚目表八行目に「やもお暮し」とあるのを、「独身生活」と改める。

同一五枚目裏九行目から一〇行目にかけて、「証人平尾子之吉、同岩城由一、原告本人の各供述中」とあるのを、「原審証人平尾子之吉および同岩城由一の各証言ならびに原、当審における控訴人本人の各尋問の結果中」と改め、

同一二行目から一三行目にかけて「証人岩城由一」とあるのを「原審証人岩城由一」と改める。

(三)、本件解雇が実体的に解雇権の濫用に該当するかどうかについて、

以上認定の本件の解雇事由に当る事実と先に認定した本件解雇手続の経過とを総合すると、控訴人は過去において被控訴大学の教職員としての品位を傷ける行為や被控訴大学の適正な運営を妨げる行為があり、本件通常解雇手続による解雇の直前までこのような控訴人の性行が改善された徴候が認められなかつたばかりでなく、控訴人は自己の担当講座の講義も休講にすることが多く専任講師としての適格性にも欠けるところがあつたことが認められ、被控訴大学が控訴人を通常解雇手続で解雇したのは被控訴大学の運営の正常適正を期する上にやむを得ないところであつたと云うことができるのであつて、前認定の事実関係から認められる控訴人の一身上の酌量すべき事情、当時被控訴大学に起きていた紛争、その他控訴人の有利に解すべき諸般の事情を考慮しても、被控訴大学が控訴人を通常解雇手続で解雇した行為は解雇権の濫用とは認められない。

控訴人はこの点について、被控訴大学が控訴人解雇の事由として主張するところは、すべて一旦不問に附された遠い過去における些細な私行上の不始末に過ぎないから、控訴人を解雇すべき事由としては妥当性を欠くものであると主張する。しかしながら、大学の教職員は労働者や技術者あるいは、事務員や研究を業務とする単なる学者とは異なり、学生の教育にたづさわる者としての品位を保持しなければ教育者としての適格を欠くものと云うことができるから、私行上の不行状であつてもみぎ教育者としての品位を損う行為は、教職員としての不適格さを示すものとして解雇の事由となり得るのである。そして、控訴人が前認定の各種の不始末のために過去において処罰その他注意勧告説諭等を受けた事実がないからと云つて、被控訴大学が控訴人の各不始末を不問に附したとするのは相当でない。前認定の過去における控訴人の数数の不行状不始末は、個個の行為としてはとるに足りない軽微な奇行に類するものであつたとしても、前認定のように多数集積すれば合わせて控訴人の教育者としての不適格さを示す性癖、思想等の徴表と認めることができるし、このような性癖等が特定の時期までに改善された徴候が認められないときには、将来においても控訴人は、同種の教育者としての品位を傷ける不行状不始末を繰り返すおそれのある性癖傾向等を引続いて持つているものと解しても差支えない。前認定の控訴人の各種不行状等から明らかなように、みぎ不行状等があつてから本件通常解雇手続による解雇がなされるまでの間には、みぎ不行状等を無視不問に付するのを相当とする程の長年月を経過していないばかりでなく、みぎ解雇当時においても控訴人のみぎ性癖等は改められることなく継続していたものと認むべきであるから、本件解雇当時において、みぎ過去において繰り返された不行状等の全部に基づいて、控訴人が解雇当時においても教育者としての品位その他の適格を欠くものと認め、これら不行状等を解雇事由として控訴人を解雇しても、必ずしも解雇事由として妥当性を欠くものないし解雇権の濫用に当る行為と云うことはできない。

そうすれば、被控訴大学が大学運営の適正を計るために、みぎ控訴人の大学教職員としての不適格を解雇事由として控訴人を通常解雇手続による解雇処分にしたのを、解雇権の濫用行為に当ると云うことはできない。

四  本件解雇の客観的妥当についての補足的判断(以下判断した以外の控訴人の主張について)。

(一)、本件解雇の実際の理由と教授会の議題となつた解雇理由の喰い違いについて、

控訴人は本件解雇が解雇権の濫用に当るかどうかの判断は、被控訴大学理工学部教授会における控訴人の処分に関する審議の議題となつた解雇事由のみに基づいてなすべきであつて、みぎ議題とならなかつた解雇事由は真の解雇事由には該当しないから、みぎ判断の資料にしてはならない。すなわち、(1)、控訴人の学内実験室不法占拠同改造計画妨害、(2)、控訴人の担当学科休講、(3)、休職処分後の控訴人の行動は、すべてみぎ教授会の審議の議題にならなかつた事項であるから、本件解雇が解雇権の濫用に当るかどうかを判断する基準にならない。かえつて、本件でみぎ教授会の審議の議題となつたのは(1)控訴人が被控訴大学の助教授下村英太郎の不正行為およびみぎ不正行為を適切に処罰しない被控訴大学の優柔不断を烈しく論難したこと、(2)控訴人の飲酒の上の乱暴であつて、しかもみぎ(2)は具体的事実については審議の議題とはなつていないから、主としてみぎ(1)について控訴人を解雇する客観的に妥当な理由があつたかどうかを判断すべきであるところ、みぎ(1)の理由のみでは、控訴人はこの点について正論を述べたに過ぎないから、客観的に妥当な解雇事由にならないと主張する。

前記本件解雇手続の経過に関する事実の認定と本件の解雇事由に関する事実の認定とを比較し、みぎ各認定に用いた各証拠、殊に前顕乙第四、第五号証を検討すれば、控訴人の解雇に関する議題が被控訴大学理工学部教授会の審議の対象となるようになつた発端は、被控訴大学理工学部機械科助教授下村英太郎が虚偽の超過勤務を被控訴大学事務当局に報告し、超過勤務手当の名目で被控訴大学から金員を受け取つた不祥事が発生し、被控訴大学内外からきびしい批判を受けたが、控訴人はみぎ不祥事に関し被控訴大学内部の者に対してのみならず被控訴大学に関係ない外部の者に対してまで、みぎ助教授および被控訴大学当局をきびしく非難したので、被控訴大学理工学部長平尾子之吉教授および被控訴大学総務課長岩城由一は、みぎ控訴人の言動は被控訴大学の威信を傷付け大学に不利益をもたらす行為であるとして、控訴人にかねて前認定のような不行状等のあつたことを併せて控訴人の処分事由として、前記教授会の審議の議題としたのであつて、昭和三〇年三月一九日午後三時の教授会においては、控訴人の処分を議題とする審議は前記下村英太郎助教授の解雇に関する件と同時に審議され、平尾理工学部長から、「みぎ両名のやり方が良くない」との理由の下にみぎ両者の休職処分(その実休職期間満了の方法による解雇)が審議の議題として提案され、休職(解雇)理由としてはみぎ理工学部長から、「個人の名誉に関するので詳細は遠慮したい。」との言明があつて、休職(解雇)理由の具体的な事実を指定することなく前記両名の休職=解雇処分を議題として審議したところ、更に前記理工学部長から、控訴人を処分する理由として、「控訴人は酒を呑んで暴れる。控訴人に対しては二年前から処分の話が起り、今日まで控訴人の処分を教授会の議題にすることを喰い止めて来たのであるが、今回は公的な立場から辛抱できない。」旨の報告があり、結局、みぎ教授会は前記両名を解雇する方針を議決したに止まり、処分の具体的方法手続等を理工学部長に一任する旨を決議したが、同年六月一六日午後の理工学部教授会の席上では、助教授下村英太郎の処分に関しては活溌な審議が行われたが、控訴人の処分に関してはほとんど言及することなく終始し、僅かに、下村助教授の処分問題について、同人に対する休職処分が撤回されない以上、同人はこのまま退職となる旨の被控訴大学総務課長岩城由一の報告があつたことから、控訴人についても、同人に対してさきに為された休職処分が撤回されずに休職期間が満了すると控訴人もまた同様に自然退職となるものとされていることが出席していた教授らに知り得たに止まること、およびみぎ教授会は控訴人に対する休職処分を撤回する動議の提出もなく散会したことを知ることができる。

みぎ経過は、結局において、第一回目教授会においては、控訴人に対する解雇事由として、控訴人が飲酒の上乱暴をすること以外には、具体的な事由の明示がないまま審議に入り、控訴人の従来の性癖行動についての出席各教授の個人的知識に基づいて控訴人の進退に関する審議がなされ、前記のとおり、控訴人を休職期間満了による自然退職の方法による解雇の方針とみぎ解雇の具体的な方法と手続を理工学部長に一任する方針とが決議され、第二回目の教授会においては、先の教授会の決議がそのまま暗黙のうちに承認され、これを覆すなんらの決議もなされなかつたものと解するのが相当である。

既に述べたところから明らかなように、このように具体的な解雇事由や休職事由も明示しないで解雇や休職問題を審議し解雇や休職の決議をしても、懲戒解雇手続ないし休職処分手続としてはそれで果して適法な審議を経たといえるかどうか疑問があるけれども、本件の場合には、前記教授会の決議は、結果において、通常解雇手続による被控訴大学教職員の解雇手続に関して、解雇権者である理事長の諮問機関である前記教授会が、理事長の諮問に対する答申案を議決したことになるところ、この点に関しては、被控訴大学の学則(乙第六号証)中に教職員の進退に関しては教授会が審議する旨の規定が設けられているほかには、審議事項ないし手続に関し被控訴大学の就業規則、学則その他の規則になんらかの制限的規定を設けているとの主張も立証もないから、前記二回の教授会における控訴人の解雇に関する審議が、格別の事由を示すことなく、教授会の出席構成員の、控訴人についての個人的知識に基づいて、控訴人を解雇するのが相当であるかどうかを判断したとしても、前述のような諮問に対する答申案の決議としては適法でみぎ学則に定める手続は履践されたものと解することができる。

このように、控訴人の進退に関し被控訴大学教職員の任免権者である理事長の諮問に対する前記教授会の答申案の決議としては、適法な審議の結果有効な決議があり、みぎ審議の結果が理事長に報告された以上、理事長は、みぎ報告を参考として、自分の権限に基づいて自分の判断により、みぎ決議の大綱に反しない限度において控訴人に対しみぎ教授会の決議より軽い(控訴人に有利な)処分をすることができるのは当然のことであつて、この場合、理事長が、休職期間の満了により控訴人を自然退職とする旨の教授会の控訴人解雇の方式に関する決議を参考にして、控訴人を通常解雇手続による解雇にする旨決定しても、少しも違法または不当なところはない。そして、この場合には、理事長は独自の権限に基づいて控訴人に存するあらゆる非行ないしその性癖などに基づいて、控訴人を解雇するのが相当であるかどうかを判断するのであつて、教授会が解雇が相当であるかどうかを判断する資料にした特定の具体的解雇事由に拘束されてそれ以外の事由に基づく判断を許されないとしなければならない理由は少しもない。すなわち、控訴人の解雇の実体的当否は理事長が解雇事由とした事項に基づく解雇の当否によるのであつて、教授会の解雇決議の資料となつた解雇事由による解雇の当否ではない。したがつてまた、理事長の控訴人に対する通常解雇手続による解雇が解雇権の濫用にわたるものであるかどうかは、理事長が解雇事由とした事項についてその事実の存否当不当を判断すべきであつて、みぎ教授会が議題として取上げ解雇事由に当るとして判断の資料としたところに限定すべきではない。控訴人のこの点に関する見解は誤解に基づくものである。

前認定の本件解雇手続の経過に関する事実関係によれば、前記教授会から控訴人解雇の具体的処置手続を一任せられた理工学部長平尾子之吉は総務課長岩城由一に相談して同人から控訴人に対し控訴人が飲酒を節制し実験室を明け渡せば控訴人の休職処分を取り消して控訴人の復職ができるように取り計らうから自重するように要望させ、それでも控訴人が反省して前非を改めなかつたとして、理事長に対し休職期間の満了により控訴人を自然退職にするように上申したところ、理事長はみぎ上申を参考にして控訴人を通常解雇手続により解雇することに決し、被控訴大学事務当局に対しみぎ解雇の手続をするように指示しているのである。みぎ本件解雇手続の経過に徴すれば、先に認定した本件解雇事由(解雇の実体的要件)は、控訴人が本件解雇が解雇権の濫用に当るかどうかの判断の資料となし得ない事項であると主張する前記の各事実も含めて、すべて被控訴大学理事長が控訴人を通常解雇手続によつて解雇する旨の意思決定をした際の判断の資料になる事項であつて、しかも、これら解雇事由に当る事実が真実に存在することは前認定のとおりであるから、本件解雇が解雇権の濫用に当るかどうかすなわち、控訴人を解雇したことが客観的に被控訴大学の経営権の正当な行使と認められないかどうかは、これら解雇事由のすべてを総合して判断すべきである。そしてこれら解雇事由の総てを総合すれば、被控訴大学が控訴人を通常解雇手続で解雇したのは解雇権の濫用に当ると解することができないことは既に述べたとおりである。

控訴人は、本件解雇が解雇権の濫用に当るかどうかは、もつぱら、下村助教授関係の前記不祥事件およびこれに対する被控訴大学の処置について、控訴人がみぎ下村助教授および被控訴大学当局を非難した行為が、控訴人を解雇する事由として客観的に妥当なものであるかどうかを判断すべきであると主張するが、以上の判断で示したとおり、みぎ事実は本件解雇事由中ごく僅かな一部にすぎず、しかも控訴人が被控訴大学外の第三者に対してまでも被控訴大学当局を論難する言動を示したことはみぎ論難の程度方法等が不相当であればそれ自体としても本件解雇を客観的に妥当なものとする事由の一に当ることも有り得るのであつて、必ずしも控訴人の主張するようにみぎ論難が正論であるから控訴人を解雇する事由にはなり得ないと云うことはできない。したがつて、みぎ論難は本件解雇が客観的に妥当なものであることを理由付ける一要素にはなつても、みぎ理由付けを阻害する要素であると云うことはできない。この点に関する控訴人の主張は採用できない。

(二)、休職期間の満了により控訴人を自然退職にする手続で控訴人を解雇したのは解雇権の濫用である旨の控訴人の主張について、

控訴人は、本件解雇は休職期間の満了により控訴人を自然退職にする手続により控訴人を解雇したのであるから、みぎ手続自体解雇権の濫用に当ると主張する。この点に関して、本件の場合は、休職期間の満了による控訴人の自然退職の手続の外に、別個独立の通常解雇手続による控訴人の解雇が並列的になされていて、みぎ休職期間の満了による控訴人の自然退職の手続は、被控訴大学事務当局の誤解により控訴人の任免権者である被控訴大学理事長の意思に基づかないで余分に附加せられた手続に過ぎない関係にあること、および、みぎ余分に附加せられた手続が違法無効であるからと云つて、これとは別個独立の手続である本件通常解雇手続による解雇の効力になんらの影響も及ぼすものでないことは既に述べたとおりである。なるほど、被控訴大学の理工学部教授会が被控訴大学の就業規則その他の規則で定められていない事由および手続によつて控訴人を懲戒的な休職処分に処し、更にみぎ諸規則上許されていない休職期間の満了による控訴人の自然退職と云う手続で控訴人を解雇しようとしたのは、単に不明朗であるに止まらず違法無効な懲戒と云うことができる。しかしながら、既に述べたように、控訴人の任免権者である被控訴大学理事長はみぎ教授会の上申した解雇手続に従わず、通常解雇手続による控訴人の解雇をしているのであるから、みぎ教授会決議に係る解雇手続に対する非難は、本件の解雇手続に対する非難の理由とはならない。まして、控訴人に対する休職処分の無効ないし著しい不当等は、本件解雇の有効無効が争点となつていて、休職処分の無効が本件解雇の効力に影響を及ぼさない本件では、本件解雇が解雇権の濫用であるかどうかの判断に関しても関連性がない。控訴人のこの点に関する主張は採用できない。

五  結論。

以上の理由により、控訴人に対する本件の解雇は有効であつて、みぎ解雇が無効であることを前提とする控訴人の被控訴大学に対する本訴請求は失当として棄却すべきものである。これと同趣旨の原判決は相当で本件控訴は失当である。

よつて民訴法三八四条九五条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 長瀬清澄 古崎慶長)

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