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大阪高等裁判所 昭和41年(ラ)95号 決定 1966年6月06日

抗告人 岡本京子(仮名) 外二名

主文

原決定を取消す。

本件を原裁判所に差戻す。

理由

抗告人は、「原審判を取消す。抗告人等に対する岡本ちよこおよび橋本いとこの申立を棄却する。」との裁判を求め、その理由として別紙抗告の理由記載のとおり主張した。これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

原決定に掲げる証拠によれば、本件家屋は被相続人亡岡本宗吉が生存当時同人の所有に属していたものであつて、同人の遺産に該当することを認めることができる。この点についての原審判は相当でこれを非難する本件抗告理由は相当でない。

職権をもつて調査するに、原審記録中には抗告人岡本京子(昭和一六年一二月二七日生)に対する昭和四〇年八月四日付の医師石田卓の診断書が編綴されていて、その中には、「一、病名精神分裂病、右につき昭和四〇年一月四日より同年五月二五日まで当院に入院加療を受けた。現在尚も所謂気を使う乃至精神を疲労させるごときことは避けることが望ましい。」旨の診断の記載があり、また弁護士爪惣太郎を本件についての代理人に選任する抗告人岡本富子の親権者岡本スミコおよび抗告人岡本スミコ自身の各委任状は原審に提出されているが、抗告人岡本京子の委任状は提出されていない。右事実に徴すれば、抗告人岡本京子は心神喪失者であるにもかかわらず原審の本件審判手続に関し後見人によつて代理されなかつた疑があり、仮りに同女が心神喪失者でなかつたとしても、同女に対しては本件審判事件の係争中なることが黙秘され、原審の審判手続に関与する機会を与えられなかつたのみならず、事実上同女自身もまた同女の委任を受けた代理人も右審判手続に参加することができなかつたのではないかとの濃厚な疑がある。遺産分割の審判は共同相続人全員を当事者として審判手続に関与せしめて審判すべきものであるから、共同相続人の一人または数人が右審判手続に当事者として関与する機会を奪われ、且つ事実上も本人自身または適法な代理権ある代理人が右審判手続に関与しなかつたときは、このような遺産分割の審判手続は全体として違法となり、よつて為された審判も、後日に至つて本人共同相続人または利害関係人からその効力を争うことができる余地のあるものとなる。審判手続にこのような重大な法律違背の濃厚な疑があるときは、家庭裁判所は是非ともこのような違法の存在しないことを当該審判手続上明確にした上でその後の審判手続を進めるべきであつて、右疑惑の存在するにかかわらず、右違法の存在しないことを明確にすることなく審判手続を進行せしめた場合には、その後右違法の存在しないことが明確になつた場合を除いて、右審判手続は法律に違背するものといわねばならない。

原審の審判手続には、前認定のように、審判を無効にするおそれのある手続上の瑕疵がある疑が濃厚であるにもかかわらず、原審は右瑕疵の存在しないことを明確にすることなく審判手続を進行せしめ、遂に原審判をしたのであつて、しかも右瑕疵の不存在は今日においても明確になつていないから、原審判手続は法律に違背するものということができる。それ故に民訴法第四一四条第三八七条により、右手続によつてなされた原審判はこれを取消すべきものである。また、前記手続上の瑕疵の存否を明確にするには更に事実の調査を必要とするところ、右調査は当審においてこれを為すを相当としないばかりでなく、右瑕疵の存することが明らかになつたときは原審において新な手続で審判をやり直すが妥当であるので、これらの点を考慮して民訴法第四一四条第三八九条により本件を原審に差戻すべきものとする。

なお、原審判は、本件当事者等が各自の相続分に相応する持分で本件家屋を共有する旨を確認するにとどめ、右家屋所有権またはその代価の分割をしていない。しかしながら、遺産分割審判の申立は共同相続人の共有に属する遺産を現実に分割し、分割を受けた権利を個々の相続人に帰属せしめる審判を求める申立であるから、分割が事実上または法律上不可能な場合は別として、それが何等かの方法で可能な限り、遺産を現実に分割しないで、これを共同相続人間の共有のままに放置するような審判をするのは、申立てのあつた事項についての審判を遺脱するに類することになる。それ故に家庭裁判所は遺産分割の審判においては可能な限り遺産の現実の分割を達成すべく努力するを相当とし、遺産分割に関する当事者間の紛争を終局的に解決するためには後日更に共同相続人相互間に共有物分割の訴その他の訴または申立等遺産分割の審判手続とは別個の新な裁判の開始を求めなければならないような中途半端な遺産分割の審判をするのは、遺産分割審判手続の正当な運用とはいい難い。なお原審がこのような共同相続人間に遺産を現実に分割する審判をするには、抗告人岡本富子とその親権者母とは利害相反するので前者について特別代理人を選任するを相当とする。

よつて主分のとおり決定する。

(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 長瀬清澄 裁判官 安井章)

(抗告理由省略)

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