大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 昭和42年(う)1943号 判決 1968年2月26日

被告人 宮川八郎

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所堺支部に差戻す。

理由

本件控訴の趣意は弁護人根ケ山博作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

論旨は量刑不当を主張するのであるが、まず職権で原審における訴訟手続を調査するに、本件は計六三個の窃盗の公訴事実を内容とし、茨木簡易裁判所および堺簡易裁判所に計五回にわたつて公訴が提起され、堺簡易裁判所において併合審理のうえ、罪体に関する大部分の証拠の取調べがなされた段階で、刑訴法三三二条により大阪地方裁判所堺支部に移送されたが、同支部はこれに引続いて若干の残された証拠の取調べを行い、検察官および弁護人のいわゆる論告、弁論ならびに被告人の最終陳述を経て、全公訴事実につき被告人有罪の判決を宣告していること、堺簡易裁判所において本件の審理を担当した裁判官と大阪地方裁判所堺支部で本件の審理を担当した裁判官とはたまたま同一人であるが、同支部における公判期日の公判調書には本件につき公判手続を更新した旨の記載のないこと、ならびに、原判決が被告人有罪認定の資料に挙げた証拠は、原判示別紙一覧表番号32および59の各事実に関する各被害届を除き、すべて右移送前においてのみ取調べられた証拠であることが記録と原判決書上明らかである。そして、公判手続を更新したときはその旨を公判調書に記載しなければならないのであるから、右記載のない以上、原裁判所は前記のごとく簡易裁判所から移送を受けた本件を審理するにあたりなんら公判手続を更新しなかつたものと認められるのである。

ところで、このように審理の途中で事件が他の裁判所に移送された場合、移送後の裁判所においていかに手続を進めるべきかにつき、刑訴法には明文の規定がない。然し移送前の裁判所で行なわれた訴訟手続は効力を失わない(刑訴法一三条、三一六条と同旨)と解すべきところ、移送後の裁判所において直接主義、口頭主義にのつとつた実体形成がいまだ行なわれていないのであるから、これを行なうため移送前の裁判所における取調べの結果を利用せしめるのが相当である。従てこの場合たとえ移送前後の裁判所の審理裁判官が同一人であつても開廷後裁判官がかわつた場合に関する刑訴法三一五条の規定に準じ、公判手続更新の手続をすることが必要であると解するのが相当である。(反対趣旨の見解-昭和三三年九月九日法曹会決議-があるが採らない)

しかるに、原裁判所は、前記のとおり移送を受けたのちにおいて公判手続の更新を行なわず、したがつて移送前の裁判所においてのみ取調べられ、移送後の裁判所においてはなんら適法な取調べのなされていない証拠をもつて本件に関する実体判断の資料に供しているのであるから、原審の訴訟手続にはこの点において違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。原判決はすでにこの点において破棄を免れない。

よつて、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文に従い本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田近之助 鈴木盛一郎 岡本健)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例