大阪高等裁判所 昭和42年(う)24号 判決 1967年5月16日
控訴人・被告人 辻本春雄 外一名
弁護人 谷沢政二
検察官 金丸歓雄
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人谷沢政二作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について
(一) 論旨は先ず、被告人辻本は被告会社の代表取締役であるが、被告会社以外の会社の代表取締役も兼ねているうえ、本件工事現場以外にも砂利採取現場が二、三カ所あつて、一日に一回各現場を見廻るに過ぎないので、各現場には、それぞれ責任者をおき、具体的な工事の進行はそれら責任者に担当させており、本件工事現場においても包轄的責任者として木村圭男がおり、その下に宮楠昌明が具体的な指揮をとつていたものであるところ、被告人辻本が本件現場を巡回した際に責任者である宮楠に対し丸太の取はずしを命じ作業の順序を指示して現場を立去つたものであるが、その指示に従つてどのような具体的な手順方法や危険防止の措置をとるかは現場責任者の当然とるべき行為であつて、被告会社の代表取締役である被告人辻本にこれを強いるのは社会通念に照らし首肯できない、というのである。
よつて案ずるに、原判決挙示の各証拠によると、被告人辻本は被告会社の代表取締役であるが、株式会社紀州建材の代表取締役をも兼ねており、本件工事現場には毎日一、二回巡視するに過ぎず、本件工事現場の監督責任者として木村圭男をあて、さらに、宮楠昌明、小笠原修、宮地健治等をして、右木村を補助して人夫等に対する直接具体的な指揮監督に当らせていたことは所論のとおりである。しかしながら、労働基準法は労働者の保護を目的とするものであるが、その目的を効果的に達成するため、同法一〇条において「この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう」と規定し、およそ職場における労務管理を担当する者はすべてこれを使用者として労働基準遵守の責任者としているところ、同法四二条、四五条、ひいては労働安全衛生規則一〇八条の四、一二一条は労働者を作業上の危害から護るために使用者にいわゆる安全管理の責任を課したものであるから、その責任を負うべき者は必ずしも一人にかぎらず、数人が同時に使用者として右責任を課せられることもありうるものと解するのが相当である。ところで、原判決拳示の各証拠によると、被告会社は砂利採取ならびにこれに付随する土木工事等を営むものであるが、被告人辻本は同会社の代表取締役として労働者の監督を含む一切の業務を総括している者であるところ、同会社が従来、砕石プラントを所有しなかつたので、同会社の直営工事により本件現場に砕石プラントを建設するに至つたものであること、原判示の日、被告人辻本は本件建設現場を午前中と午後三時頃の二回巡視したのであるが、二回目の巡視の際、砕石プラントのうち原石瓶(砕石用原石を貯蔵しておくための鉄筋コンクリート建造物)の建設現場において、直接、人夫岡野望月に対し、右原石瓶東南側の高さ約六メートルの本件足場の解体を早く始めるよう命じたことが認められるのであつて、右認定の事実によれば、被告人辻本は労働基準法八条二号及び三号により同法の適用を受ける被告会社の代表取締役として、同会社の事業の経営を担当する者であり、本件現場で稼働する労働者の指揮監督をも掌理する者であることが認められ、同法一〇条により同法にいう使用者に該当するものといわなければならない。しかも右認定の事実によると被告人辻本は人夫岡野望月に対して高さ約六メートルの本件足場の解体を命じたのであるから、当然その際、労働基準法四二条、四五条により、労働安全衛生規則一〇八条の四第一項三号及び同規則一二一条一項が規定するところに従い、足場解体作業に関係がある労働者以外の者の立入りを禁止してその旨を見やすい場所に掲示し、適当な投下設備を設け又は監視人を置く等危害防止の方法を講じる義務があつたものといわなければならない。所論のごとく、本件工事現場の監督責任者として木村圭男がおり、さらに宮楠昌明、小笠原修、宮地健治等がこれを補助して人夫等に対する直接具体的な指揮監督にあたつていて、仮に同人等のうちにも労働基準法にいう使用者として右の危害防止の各措置を講ずべき義務を負う者があつたとしても、法律上被告人辻本に右義務を課することのさまたげとなるものではないし、前記認定の事実関係に照らすと被告人辻本に右義務を強いても社会通念に反するとは到底考えられない。論旨は理由がない。
(二) 論旨はさらに、本件当日の人夫の仕事の工程は、プラントの型枠を取りはずし、それを約十数メートル離れたところで組立てる作業で、型枠を取りはずすために丸太を解体するという一連の作業であつて、労働者各自がその工程を充分認識し、作業から生ずる危険は熟知していたのみならず、本件工事現場は本件工事に関係のある労働者以外の者の出入しない場所である。しかも、本件足場は高さ約六メートルであつて、法定の五メートルから僅か一メートル高いだけで、二、三本も丸太を投下すれば五メートル以下になる作業で作業規模としては極めて小さいうえ、丸太投下の際に声をかけていた事実は危害防止の方法をとつていたことに該当する。従つて、それ以上、労働者以外の者の立入禁止やその旨の掲示をすることは意味がなく、また危害防止の方法をとらなかつたとはいえない、というのである。
よつて案ずるに、原判決挙示の各証拠によると、本件当日は朝から人夫約六名が原石瓶の足場及び型枠の解体作業に、約一〇名がその約三〇メートル東方の製品瓶の型枠組みの作業に、それぞれ従事することとなり、その他に外部の業者の従業員五名位が機械の組立て作業をしていたが、右三組の作業現場は互いに離れていて、それぞれの組の作業員が他の組の作業現場を通行することは先ずなかつたこと、作業員はすべて、他の組の作業内容をも知つていたこと、本件工事現場は国道二四号線から南方約五〇メートルの川原であつて、国道より約一〇メートル低くなつており国道から本件工事現場にいたる道路二本はいずれも被告会社において敷設したものであり、人家は右国道の北方と、本件工事現場の東方約二〇〇メートルで右国道の南側にあるにすぎず、いずれも比較的遠く離れているため、作業員以外の一般人が立入ることは先ず考えられないこと、本件原石瓶の足場の高さが六メートルであつて、二、三本の丸太を投下すれば、五メートル以下の高さになること、本件解体作業に従事していた人夫岡野望月は丸太を落すとき、下にいる宮楠昌明に対して「いくぞ」と声をかけ、同人が「落せ」と合図していたことは所論のとおりである。しかしながら、労働基準法四二条、四五条ひいては労働安全衛生規則は労働者を作業上の危害から護るために、危害発生の可能性の多い作業を想定して、使用者に一定の安全管理手段をとるべき責任を課することによつて、労働者の自己の作業のみに対する注意力の偏倚、疲労その他の原因による精神的弛緩、作業に対する不馴れ等の異常な事態による危害の発生をもできるだけ防止しようとするものであるから、右規則に定められた場合でいやしくも危害発生の抽象的危険の存するかぎり、使用者は定められた措置をとるべき義務があると解するのを相当とする。したがつて、所論のごとく、労働者各自が全般の作業内容を熟知して、危害に対する自衛意識をもちうると一応考えられる場合であつても、全労働者が終始危害発生の可能性に対する明確な認識と危害防止に対する注意力とを持続するものとはかぎらず、疲労その他の原因による精神的弛緩、作業に対する不馴れ、自己の作業のみに対する注意の偏倚等の原因により一時的または継続的に右認識及び注意力の減弱または欠如を招くことがないという保障がないのであるから、所論のごとく本件原石瓶の足場、解体作業の現場付近に一般人及び他の組の作業員が近寄る可能性が少ないとしても、作業員が右現場の下方を通行する可能性が存在する以上、危害発生の抽象的危険はあるのであつて、使用者は各所定の危害防止の方法を講ずべき義務があるものと解すべきである。また所論のごとく右足場の高さが六メートルであつて、労働安全衛生規則一〇八条の四第一項所定の高さ五メートルを超えること僅か一メートルであつても、使用者は同条項所定の危害防止の措置を講じる義務を免れることはできないものと解する。なお、同条項第三号にいわゆる「当該作業に関係がある労働者」とは、足場の解体、組立て又は変更の作業に従事する労働者、当該作業用の材料等を運搬整理する労働者及び当該作業の指揮連絡にあたる労働者を指すのであつて、型枠の解体、組立ての作業に従事する労働者はこれを含まないものと解するのが相当である。けだし、型枠の解体、組立ての場合の危害防止の措置については別に同規則一〇七条の八に規定が設けられているし、足場の解体組立てと型枠の解体組立てとを同時に同一場所で行わせることは危害発生の危険が大となることが明らかであるからである。
さらに、同規則一二一条一項にいう「看視人」とは専ら看視のみに従事する者をいうのであつて、他の作業と看視とを兼任する者を置いたとしても、同条項の要求を満足させるものではないと解するのが相当である。何故ならば、前記のごとく同条項は、労働者が作業をすることによつて生ずる注意力の減弱または欠如による危害の発生をも防止しようとする趣旨であるから、危害発生の防止のための看視人に他の作業をも兼務する者をあてることは意味をなさないからである。
ところで、原判決拳示の各証拠を総合すれば、本件当日、右原石瓶の足場及び型枠の解体作業にあたつた作業員等は、原石瓶東南側を残し、内部等の足場及び型枠の解体を先にしていたところ、被告人辻本が同日午後三時頃、右原石瓶作業現場を巡視した際、東南側足場の解体を早くするよう人夫岡野望月に命じたので、同人は右命令に従い即刻原石瓶東南側の本件足場の解体作業に取りかかつたが、右岡野が右作業をしているとき、原石瓶関係の作業員のうち、福岡滋光及び宮楠昌明は原石瓶西南角から五メートルの長さに土溜め用コンクリート壅壁を作るための型枠組みをしており、宮楠は右作業をしながら、岡野からの「いくぞ」というかけ声に対して「落せ」という返事をしていたが、宮楠の作業場所からは原石瓶の北西方向は見透しえないこと右作業員のうち山ノ井元義は、原石瓶内側から解体された型枠を原石瓶の約一五メートル北東に運び、そこで型枠の釘を抜き、その型枠を福岡及び宮楠のところへ運ぶ作業をしており、原石瓶関係の他の作業員三名は原石瓶内側の型枠解体作業をしていたこと、従つて、宮楠及び福岡は原石瓶東南側足場の下方を通行することもあつたし、山ノ井は自己の作業の必要上同所をくり返して往復していたこと、原石瓶関係のその他の作業員や他の組の作業員も右解体現場の下付近に来る可能性がなかつたとはいいきれないことが認められるのである。
しかして、右認定の事実によると、原石瓶東南側の本件足場解体作業の下方付近には、右足場解体作業以外の作業に従事する作業員が歩行し、または歩行する可能性があつたのであるから、危害発生の抽象的危険の存在を認めうるし、宮楠昌明は専ら看視にあたつていたのではなく、他の作業にも従事していたものであるうえ、見透し不十分の場所にいたのであるから、前記のごとく、岡野との間に合図を交していたとしても、未だ危害防止の方法としては不十分であつたということができる。従つて、使用者である被告人辻本は労働基準法四二条、四五条、労働安全衛生規則一〇八条の四第一項三号、一二一条一項により、右足場解体作業に関係がある労働者以外の者の立入りを禁止してその旨を見やすい場所に掲示する措置をとり、また適当な投下設備を設け、看視人を置く等危害防止の方法を講じなければならなかつたものといわなければならない。しかるに原判決拳示の各証拠によれば、被告人辻本が右の各措置及び方法を講じなかつたことが認められる。この点の論旨も理由がない。
控訴趣意第二点(法令の適用の誤の主張)について
論旨は、(一)原判決が被告会社の代表取締役である被告人辻本を被告会社とともにその代理人として処罰したのは労働基準法一二一条一項の解釈適用を誤つたものである。(二)被告人辻本が違反行為者であるとしても、同被告人は被告会社の代理人として行為したものではないから、原判決が右違反行為に基づいて被告会社を処罰したのは労働基準法一二一条一項の解釈適用を誤つたものである、というのである。
よつて案ずるに、わが法制上法人には犯罪能力がないのであつて、法人の代表者が直接の違反行為者であつたとしても、当然には法人を処罰することができず、ただ法人を処罰するという特別の明文規定(両罰規定)がある場合にのみ法人は刑罰受忍主体として処罰されるに過ぎない。ところで、なる程労働基準法一二一条は「この法律の違反行為をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為した代理人使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対しても各本条の罰金刑を科する」と規定し、事業主が法人である場合の代表者の違反行為について事業主たる法人を処罰する旨を明示していない。したがつて、右規定を字義どおりに解釈すると、会社代表取締役は代理人、使用人その他の従業者というに該当しないのであるから、会社代表取締役が違反行為をした場合には当該会社を処罰することができないことになる。しかしながら、同条項但書に照らすと右事業主には法人をも含むことが明らかであるから、同条項は事業主が法人である場合には行為者の外になお法人を処罰する趣旨であると解するのを相当とするところ、法人の代理人、使用人その他の従業者の違反行為によつてさえ法人を罰しうるのに、それ以上に法人と関係の深い法人代表者の違反行為により法人を処罰しえないものと解するのは不合理であるから、同条が単に代理人、使用人、その他の従業者と規定し代表者を掲げていないとしても、法人の代表者は同条の代理人というに包含されている趣旨と解するのが相当である(昭和三四年三月二六日最高裁第一小法廷決定参照)。なお、労働基準法一二一条はいわゆる両罰規定であり、事業主が直接の行為者でなくても、行為者本人の外になお事業主をも処罰する趣旨であつて、行為者本人を処罰しうるか否かは、同条の関与するところではなく、刑罰各本条及び刑法総則の定めるところである。そして、このことは法人の代表者が行為者本人である場合においても何ら異なるところがないことはもちろんである。ところで、原判決挙示の各証拠によれば、被告人辻本は被告会社の代表取締役であつて、原判示各行為は被告人辻本が被告会社の事業の労働者に関する事項について、被告会社のためになした行為であることが明らかであるから、被告人辻本が違反行為者本人として罰せられることはもちろん、被告会社に対しても労働基準法一二一条一項により各本条の罰金刑を科しうるものと解すべきこと当然である。論旨はいずれも理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中田勝三 裁判官 佐古田英郎 裁判官 砂山一郎)