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大阪高等裁判所 昭和42年(う)44号 判決 1967年4月22日

被告人 阿嘉宗忠

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人速水太郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意は、原判決には事実を誤認したか若しくは売春防止法一三条二項の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の各証拠を総合すると、原判示事実はこれを優に肯認することができるし、原判決に売春防止法一三条二項の解釈適用の誤りを発見することができない。以下、各所論につき順次その理由を説明する。

(一)  所論は先ず、売春防止法一三条二項は同法一二条所定の売春をさせることを業とする者に対する幇助行為を独立の罪として規定したものであるから、同法一三条二項に規定する「提供」とは売春をさせることを業とする者に建物等を利用させる行為がなければならないが、被告人は本件家屋を売り渡したものであつて、その売買契約に当つて被告人と仲山春美との間に代金完済までの期間、同女が本件家屋を使用することについて、特に賃貸借契約又は使用貸借契約の締結はなされていない。被告人が同女から毎月受領していた一五、〇〇〇円は本件家屋の使用の対価ではなく、未払代金の金利である、というのである。

よつて案ずるに、売春防止法一三条二項は同法一二条所定の売春をさせることを業とする者に対する幇助行為のうち特に悪質なものを幇助犯としてではなく、独立の罪として重く処罰する趣旨であつて、同法一三条二項に規定する「提供」とは売春をさせることを業とする者に対し資金、土地又は建物を利用しうる状態におく行為であることは所論のとおりである。しかしながら、同条項は、同法一二条所定の売春をさせることを業とする者に対し、資金、土地又は建物を利用しうる状態におくことによつて、その売春業を容易ならしめる一切の行為を禁止しようとする趣旨であるから、資金、土地又は貸与する行為に限らず、売春業に使用するものであることを知りながら、贈与し、または売渡す行為をも処罰する趣旨であると解するのを相当とする。ところで、原判決挙示の各証拠(但し、後記信用しない部分を除く)を綜合すれば、被告人は昭和四一年五月一五日頃、仲山春美が原判示家屋を使用して売春婦を居住させ、これに売春をさせることを業としようとするものであることを知りながら(この知情の点については後に詳述する)、同女に対し右家屋を代金二八〇万円で売渡すこととし、内金八〇万円を受け取り、残代金二〇〇万円については、昭和四二年五月末日と同四三年五月末日の二回に一〇〇万円宛を受取ることとして、右代金完済までは所有権を被告人に留保し、同女から右家屋使用の対価として毎月一五、〇〇〇円の支払いを受ける旨約して同家屋を使用させ、同女は昭和四一年六月二日から右家屋に売春婦を居住させ、これに売春させることを業として始めたことが認められ、右認定に反し所論にそう被告人及び証人大角繁生の原審公判廷における各供述記載部分は到底これを信用することができない。しかして、右認定の事実によれば、被告人は仲山春美が本件家屋を使用して売春婦を居住させ、これに売春をさせることを業としようとするものであることを知りながら、同女に対し、その業に要する建物を提供してこれを利用しうる状態においたことを認めるに十分である。してみれば、被告人の行為は売春防止法一三条二項にいわゆる建物の提供に該当するものというほかはなく、原判決にはこの点について事実誤認若しくは法令適用の誤りを見出すことはできない。

(二)  さらに所論は、被告人は本件家屋売渡後も仲山春美に利用させる意思がなかつたので、犯意がなかつたものである、というのである。

しかしながら、売春防止法一三条二項の罪の犯意としては、同法一二条所定の売春をさせることを業とする者が建物等をその業のために使用するものであること及び右業者に対し建物等を利用しうる状態におくことの認識(未必的認識を含む)があれば足り、右業者をして建物等をその業のために利用させようと意欲することを要しないものと解するのを相当とする。ところで、証人仲山春美及び同大角繁生の原審公判廷における各供述記載によると、仲山春美及び大角繁生は被告人に対し本件建物でスタンドを経営したいから貸してほしい旨申し入れたことが認められる。しかしながら、証人仲山春美、同大角繁生及び被告人の原審公判廷における各供述記載、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によると、被告人は昭和四一年三月頃まで約一年間本件建物を森某に賃貸していたところ、森は右建物において表向きを料理屋とし、実際は売春婦を居住させて売春業を営み、警察に検挙されたこともあつて、被告人もこのことを知つていたこと、同年四月初頃、仲山春美が被告人に対して本件建物を貸してほしいと言つてきた際、被告人は同女が以前、森に雇われて本件家屋において売春婦をしていたことを知つたこと、そこで被告人は同女が森と同様、本件家屋で実際は売春婦を居住させて売春業を営もうとするものであろうと推測し、もしそうであれば、本件家屋を同女に貸与することは違反になるが、売つてしまえば、その後同女が右家屋で売春業を営んでも売主である被告人自身には責任がないであろうと考えて、本件建物を貸与することを拒絶し、同年五月一五日頃同女に売却することとしたが、同女が売買代金を完済するまでは所有権を被告人に留保し、同女から使用の対価を取つて本件家屋を同女に使用させていたところ、その後同女は同年六月二日から本件家屋において金城なる屋号で表向きは料理屋とし、実際は売春婦を居住させてこれに売春をさせることを業として始めたが、被告人はこのことを知りながら、同女にその使用を継続させたことが認められ、右認定の各事実によれば、被告人は当初仲山春美が本件家屋に売春婦を居住させて、これに売春をさせることを業とするかも知れないとの未必的認識のもとに本件家屋を同女に売却し、その後も所有権を留保しながら、これを同女に使用させていたところ、間もなく同女が本件家屋に売春婦を居住させてこれに売春をさせることを業とするに至つたが、被告人はそのことを知りながら、継続して同女に本件家屋を使用させたものであることが明らかであるから、被告人は、仲山春美が人を自己の占有する本件家屋に居住させてこれに売春をさせることを業とするものであること及び右仲山に対し右建物をその業のために利用しうる状態におくものであることを認識していたものというべく、売春防止法一三条二項の罪の犯意があるとするに十分である。もつとも、前記認定によると被告人は本件家屋を売つてしまえば仲山春美がその後本件家屋に売春婦を居住させてこれに売春をさせることを業としても、被告人自身には責任がないであろうと考えたことが認められるけれども、被告人の本件行為が売春防止法一三条二項にいわゆる建物の提供に該当することはすでに述べたとおりであつて、被告人が右のごとく自己の行為を法の認容するところであると考えたとしても、それは法律の不知にすぎず、犯意の存在を認定することの妨げとならないことは、刑法三八条三項の法意に照らして明らかなところである。この点に関する所論も採るをえない。

その他記録を精査しても、原判決には事実の誤認及び法令の適用の誤りを発見することはできない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判官 笠松義資 中田勝三 佐古田英郎)

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