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大阪高等裁判所 昭和42年(う)820号 判決 1967年12月07日

被告人 船越武

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高谷昌弘作成の控訴趣意書に記載のとおりであるからこれを引用する。

論旨は、原判決の法令適用の誤を主張し、原判決は、被告人において原判示交差点に時速二五キロメートルで進入した徐行義務違反及び原判示左谷哲夫の運転する自動二輪車が道路標識に従つて一時停止してくれるものと軽信した安全確認義務違反の二点に被告人の過失を認定しているが、被告人は、一方の道路に一時停止の標識のある交差点において右標識のない主要道路を直進していたものであるから、この場合被告人に徐行義務はなく、また被告人が原判示左谷哲夫の右の行動を期待したことについては何らの過失はないから、原判決は道路交通法四三条の解釈並びに業務上過失における過失の解釈を誤つたものであるというのである。

よつて判断するに、まず被告人の徐行義務の点については、原審の認定によると、被告人が通過しようとした原判示交差点は、交通整理の行われていない左側の見とおしの困難な場所(原判決は「左右の見通しの困難な同交差点」と判示しているが、実況見分調書及び当審検証調書によると、被告人の進路右側の見とおしは良好である)であるから道路交通法四二条により被告人に徐行義務の存することは明らかである。そしてこの義務は、単に他の車両との関係のみならず、すべての通行者との関係での危険防止を考慮したものと解すべきであり、たとえ原判示のように被告人の進路と交差する一方の道路に公安委員会の指定による一時停止の道路標識が存する場合であつても、右指定が車両等に対して一時停止の義務を課するに過ぎないことは、道路交通法四三条により明らかであつて一般歩行者に対してはその効力は及ばないのであるから右徐行義務が免除されるわけではない。従つて、被告人に対し原判示交差点における徐行義務を認めた原判決に誤はなく、この点に関する論旨は理由がない。しかしながら、すすんで被告人の右徐行義務違反と本件衝突事故との因果関係について検討するに、昭和四〇年一一月五日付実況見分調書及び被告人の司法警察員に対する供述調書によれば、被告人は、乗用自動車(タクシー)を運転し、原判示道路を時速約四〇キロメートルで南進し、原判示交差点手前で時速約二五キロメートルに減速して同交差点にはいつたが、右進入直前自車の左斜前方約一四・九メートルの地点を西進中の原判示自動二輪車を認めたけれども、右東西の道路には一時停止の標識があるので、同車は右標識に従つて一時停止するものと信じ、右同一速度で交差点内に進入し、約六・六メートル進んだ地点において、右標識を無視し、時速約四〇キロメートルで交差点に進入して来た右自動二輪車が被告人の運転する自動車の左側面中央部付近に衝突するに至つた事実が認められるのであつて、被告人の右相手車両発見距離、発見後衝突までの進行距離並びに被告人の進行速度に徴すると、被告人が相手車両発見のさい同車の一時停止を期待することなしに直ちに急停車の措置をとつておれば、右衝突の結果は避け得られたものと推認することができるから、結局本件衝突の原因は、右交差点に進入するに際しての被告人の徐行義務違反にあるのではなく、一にかかつて被告人が右自動二輪車の一時停止を信頼し、急停車の措置等により同車を避譲しなかつた点にあるというべきである。ところで、元来自動車運転者は、道路、交通及び当該車両等の状況に応じて他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転すべきであるが、被告人が右自動二輪車の進行を避譲すべき義務があるかどうかという点について考えて見るのに、前記実況見分調書、当審検証調書並びに当裁判所の証人別府武に対する尋問調書によれば、被告人の進行した原判示南北道路は、幅員約八メートル、原判示左谷の進行した東西道路は幅員約一〇メートルであつて南北道路の幅員の方が若干せまいが、交通量は逆に南北道路の方が一〇対五ないし六の割合で多いため、東西道路に一時停止の標識が設けられていたもので、標識の上方には、四〇ワツトないし六〇ワツトのはだか電球もついており、路上には白線でラインをひき「とまれ」の標示がされていたことが認められるのであつて、被告人の運転する自動車がさきに交差点に進入しており、かつ、同交差点付近を通行する者は前記左谷の運転する自動二輪車のほかになかつたのであるから、被告人としては、特別の事情のない限り、左側方からくる他車両が交通法規を守り、標識に従つて一時停止をすることを信頼して運転すれば足りるのであつて、あえて交通法規に違反し、自車の前面を突破しようとする車両のあることまで予想して左側方から進入して来る車両を避譲すべき義務はないものと解するのが相当である。そして記録を精査しても何ら右特段の事情と目すべきものは見受けられないから、前記左谷が一時停止するものと信じて前記速度のまま原判示交差点を進行した被告人には過失はないというべきであり、結局原判決は業務上の注意義務に関する判断を誤つたものであつて、右の誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により、原判決を破棄し、当裁判所においてさらに判決する。

刑事訴訟法三三六条を適用する。

(裁判官 山崎薫 竹沢喜代治 大政正一)

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