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大阪高等裁判所 昭和42年(う)953号 判決 1969年10月03日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、大阪高等検察庁検察官門司恵行の提出にかかる大阪地方検察庁検察官ト部節夫作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人井関和彦、同増井俊雄および同東垣内清連名作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点および第二点について。

論旨は、要するに、原判決は建造物損壊および事務所東側、北側の窓硝子戸と同東側出入口引戸以外の器物に対する損壊(暴力行為等処罰に関する法律違反)の公訴事実につき、それはいまだそれぞれの犯罪構成要件に該当しないとして無罪を言い渡したが、これは刑法二六〇条、二六一条の「損壊」についての解釈を誤るとともに、右各犯罪構成要件該当事実の存否について重大な事実の誤認を犯したもの、また事務所東側、北側の窓硝子戸および同東側出入口引戸に対するビラ貼りにつき、器物損壊罪(暴力行為等処罰に関する法律違反)の構成要件にはあたるとしながら、右ビラ貼り行為は労働組合法一条二項本文の適用ある正当な組合活動であるとして、結局被告人らの罪責を否定したのは、明らかに右法条の解釈適用を誤つたものであり、そしてこれらの誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきであるというのである。

一そこで考えてみるのに、刑法二六〇条および二六一条にいう「損壊」とは、物質的に物の全部又は一部を害し、またはその物の本来の効用を滅却減損せしめる行為を指称するが、その効用のうちには、その物の美観ないしは外観も含まれるものと解される。およそ建造物であれ、その他の器物であれ、物にはすべてその物の機能とか価値などに応じた固有の美観ないしは外観があり、これを著しく汚損すること、すなわち、本来美的価値のある外観を汚損する場合はもちろん、然らざるものでも現に在する固有の外観を社会通念に照らし著しく汚損することは、とりも直さず物の効用を減損するものであつて、このような行為はたとえ物の本質的機能を害する程度に至らなくても、なお右両法条にいう「損壊」にあたると解すべきである(ただ物の外観の著しき汚損を損壊と解するにおいては同じく物の外観を保護法益とする軽犯罪法一条三三号の規定との関係に疑問が生ずるが、軽犯罪法違反と建造物又は器物損壊との区別は結局物の外観に対する侵害の程度の量的差異すなわち物の効用の滅却減損の有無に帰着するものと考えられ、その外観の軽微な侵害すなわち、物の効用の滅却減損に至らないと評価されるときは右軽犯罪法違反となるに過ぎない)。ところで訴訟記録および原判決挙示の証処により本件建造物や器物の状態およびこれらに対してなされたビラ貼りの状況をみるのに、以下のとおりである。

(一)、被告人両名は、関扇運輸株式会社淀川営業所に勤務し、同社従業員の一部をもつて組織する総評全国自動車運輸労働組合関扇支部に所属するものであるが(以下関扇運輸株式会社を「会社」、同社淀川営業所を「営業所」、右労働組合関扇支部又はその組合員を「組合」又は「組合員」と略称する)、昭和四〇年一月一日午後一時頃営業所の施設に組合活動の一環としてビラ貼りをする目的で、組合員西丸巨剛外一三名ととも営業所の事務室および職員宿直室が存在する木造平屋建建物(間口約5.5米、奥行6.4米)と、従業員控室、仮眠室などが存在する木造二階建建物(東西約一二米、南北約5.6米)の内外に立ち到り、右西丸巨剛らと協力して、後記のとおり右建物や備えつけの窓硝子戸、引戸などに二つ切ないし八つ切の新聞紙に「団結」「組合破壊合理化反対」「道交法による二重処分反対」「原潜寄港反対」などのスローガンを墨書したビラをメリケン粉糊を使用して貼りつけた。なお、右各建物は会社の親会社にあたる大阪アサノコンクリート株式会社の所有にかかり、会社の事業用に貸与された物件であつた。

(二)、原判示の如く、被告人らは前者の建物の壁、天井、開戸に約八〇枚、同建物備付けの窓硝子戸二八個、出入口引戸二個に合計約八六枚を、後者の建物の壁、天井、開戸に合計約一四三枚、同建物備付けの窓硝子戸二三個、出入口引戸九個に合計約八〇枚の前記新聞紙のビラをそれぞれはりつけた。ところで、これらの物件は、各建物の一部を構成するか或いは各建物に備付けられ一体となつて建物本来の効用に奉仕するものであるから、かかる大量の新聞紙のビラがところかまわず貼付されたため、双方の建物とも、前記窓硝子戸、引戸などおよそ硝子の入つた部分は、殆んど新聞紙で貼りつくされ、はなはだしく不体裁で採光にもかなりの支障をきたす状態となつた。また、その他建物自体についても、内外の壁、腰板、開戸などが殆んど満足な部分を残さないほど新聞紙のビラが貼られ、殊に事務所内部、従業員控室から二階仮眠室にのぼる階段両側の壁、控室の便所などは、大量の新聞紙のビラがきわめて乱雑に、しかも殆んど隙間のない状態に貼りつめられ、これによつて建物の内部は暗く、陰気になり、右ビラの用紙、大きさ、枚数およびその貼付の態様からして、事業所全体が無秩序かつ不清潔な様相を呈するにいたつた。

(三)、一方本件建造物は、原判決説示のとおり、会社の業務が親会社の生コンを専門に輸送するということであつたところから、一般顧客の出入が予想されず、従つてその見地からの営業上の信用を保持するための美観を特に必要とするものでなく、事務所或いは従業員の控室、仮眠室等として使用することを目的とする比較的実用を旨とした建造物であつたといえる。そして建造以来相当の年月が経過したと思われる老朽化した木造モルタル塗(事務所建物はスレート葺、控室の方はセメント瓦葺)コンクリート工場の敷地内にあるため、工場のセメントや砂ほこりをかぶり、或いはベルトコンベアによる砂利運搬のさい飛散した砂や泥水が建物に付着していて、外観、内装ともかなりうす汚れた存在になつていた。

ところで、右のような建造物等であつてもそれなりに前記使用目的を達するに十分な外観と機能を有していたことは勿論であつて、これらに対して前示の如き状況で大量の新聞紙のビラを貼りつけた場合には、もはやその本来の外観が著しく汚損させられたものとみなすことになんらの支障もない。原判決は、事務所東側、北側の窓硝子および同東側引戸のみにつき「事務所の硝子戸として採光の効用を減損した」という観点から器物損壊罪の構成要件に該当すると判断したが、これらの器物をはじめその余の本件建造物およびその備付の本件器物全部についても一様にその外観が著しく汚損するにいたつたものと認めるべきであるから、前記ビラ貼りの行為は建造物等の損壊罪にいう損壊にあたるものと解するのが相当であつて、原判決には右損壊の解釈を誤り或いは事実の認定を誤つた違法があるものといわざるを得ない。しかしながら、本件において被告人両名の刑責を論ずるについては、被告人らの本件ビラ貼りの行為と労働組合法一条二項本文にいわゆる争議行為としての正当性との関連についてさらに検討してみなければならない。そしてこの点は、同時に、原判決が事務所東側および北側の窓硝子戸と同東側出入口引戸とに対するビラ貼りにつき、器物損壊罪の構成要件に該当するとしながら、正当な組合活動として労働組合法一条二項本文の適用があるとして罪責を否定したのは、右法条の解釈適用を誤つたものであると主張する控訴趣意の当否を判断するものでもあるので、次項にまとめてこの点に関する当裁判所の見解を示すこととする。

二、そもそも労働争議における闘争手段としてのビラ貼りの行為が原判決の説示にあるように、組合員に団結を呼びかけ、一般公衆に争議の存在と組合の意見、要求等を宣伝し、組合への支援を訴えることを目的とする情宣活動であるとともに、使用者に対する抗議或いは示威運動として有効な組合活動であることはいうまでもない。しかし、これが企業施設を利用して行なわれたために使用の施設管理に支障をきたし、殊に本件の如く建造物損壊或いは器物損壊にあたるべき場合においても、なお正当な組合活動として刑罰法上の責任を免がれるものであるかどうかは、一概に断定されるべきことがらではない。およそ争議手段としての組合活動がたとえ刑罰法規に触れる行為であつても、労働組合法一条二項本文の適用により、免責されるためには、先ずその行為が暴力の行使に該当せず、争議行為の目的の正当性、争議行為として有する重要性および当該行為によつて対象者その他の者が受けるべき損害との比較の問題、その他諸般の事情を勘案し、社会的に相当と認めるべき範囲内にとどまるものでなければならない。このことは、違法性阻却の法理を社会的相当性に求め、かつ右労働組合法二条一項本文が適用されるかどうかの点も結局はかく類型化された違法性阻却事由に該当するかどうかの問題であると解する立場からすれば、当然の帰結であると考えられる。従つて本件ビラ貼り行為に右社会的相当性が肯定されるかどうかを判断するについては、かかる行為によつて使用者側が受ける損害と労働者が目的とする利益の均衡の問題をも含めて、その具体的場合における全事情が考慮されなければならないことはいうまでもない。この点につき所論は、原審が、本件争議の具体的状況との関連において、殊に会社側の不当労働行為を認定し、これとの関連に比重を置いて、本件ビラ貼り行為の正当性を判断した態度を非難し、本件ビラ貼り行為は既に労務提供義務の不履行という消極的性質を脱し、他人の財産権の直接の侵害を伴うものであるから、正当な争議行為の範疇に属するものでないと主張する。成程労働争議におけるビラ貼り行為は、いわゆる同盟罷業や怠業などと異なり、それ自体労務提供義務とは関係のない争議手段ではあるが、そのことの故をもつて、正当な争議行為ではないと断定する右見解には賛成できない。もつとも、本件の如く建造物や器物の外観を著しく汚損することとなるビラ貼りの行為は、他人の財産権に対する積極的侵害行為にほかならず、労使対等の原則および基本的人権と労働者の権利との調和の観点からすれば、一般的には前記正当性の限界を逸脱するおそれのある場合が多いということはいえるとおもわれる。その意味において所論中に一般論として傾聴すべきもののあることは否定するものでないが、本件ビラ貼りの行為が他人の財産権に対する積極的侵害行為に該当するが故に、他の事情などを論ずるまでもなく、違法性を阻却する正当な争議行為にあたらないとする見解には疑問の余地があり、会社側の態度としていわゆる不当労働行為にあたる事由があるとすれば、このような事情も、当然前示「具体的場合における全事情」に含まれるものと解さなければならない。原判決における「ビラ貼りが争議行為としてなされている場合果してそれが正当な行為かどうかを判断せねばならぬが、これは損壊の程度や労使の力関係、攻撃、防禦の流動的状況に即し、とくに使用者側の態度との関係において弾力的、相対的に考察すべきである」との説示も、争議行為の正当性に関する当裁判所の右考え方をやや具体的に述べたに過ぎないものであつてその間に根本的な見解の相違はないとみてよい。

そこで、原判決挙示の各証拠を総合するのに、本件争議の経緯、会社側の態度並びに本件争議手段として、かかるビラ貼りを必要とした事情などについては、原判決説示のとおりの事実が認められ(所論は殊に会社側の不当労働行為成否との関係で右説示を争うが叙上の事情関係に関する原判決の認定に誤りはないと考えられる)、なかんずく、本件争議においてそ会社のとつた態度は、後記のように、被告人らの所属する労働組合のいわば切り崩しを意図した不当労働行為とみなすべき余地が十分考えられるのである。すなわち、組合は本件争議中の昭和三九年一〇月、第二組合が結成されるまでは、会社における唯一の労働組合であつたが、生コン運送業界では、従前から運転手は非常に多くの時間外労働を要請され、一方基本給は極めて低く、時間外労働による賃金の占める割合が非常に大きい賃金形態となつていた、会社においてもその傾向は同様であつて、数次にわたる会社と組合の交渉によつて、漸次時間外労働時間の減少と基本給の引上げが行なわれたが、それでも昭和三九年に入つてからの賃金形態における前示の如き傾向は持続され、殆んどの運転手について支給賃金の約半額は時間外労働に対する賃金で構成されていた。そして、この時間外労働は早朝六時頃から始業時(午前八時)までの「早出」、終業時(午後四時)から翌朝始業時までの「徹夜」および徹夜にまで至らない「残業」とに区別されていたが、実際の運用においては、これら時間外労働は会社の指名によつて行なわれ、そのうち特に「早出」は、生コン出荷量が増加し、「残業」、「徹夜」がふえるにしたがつて運転手に嫌われ、会社の早出の指名は必ずしも組合員によつて守られない状態になつた。従つて会社は「早出」に必要な人員を確保するのに実際の必要人員よりも幾分余分に指名しまだそれでも足りない分は日雇運転手によつて補充してきたが、この方法も不便が伴うことから、時間外労働はすべて会社が指名して行なわせ、従業員はこれに従わなければならないという、いわゆる「時間管理」を確立することを計画し、ほかに従来車両の整備日(出勤日)としていた第一、第三日曜日を一せいに公休日とし、その他の各週についてに従業員各人について会社の指名する日を休日とする、いわゆる「一・三公休制」の実施とともに同年七月以降組合との団体交渉においてこれらの計画を提案し、交渉を重ねてきた(一・三公休制については同年四月頃から交渉されてきた)。組合は、会社の提案内容は、例えば、時間外労働の指名については、極端に長い残業に続く早出指名の可能性があること、一・三公休制については、従来認められていた車両整備日が廃止されること、公休の指定にともない。人により二日連休となつたその次は一二日連続出勤となる場合があり、従業員の健康保持、過労防止および車両整備の徹底について何らの配慮がなされていないことなどを挙げて、ただちに賛成はしなかつた。それらの交渉がかなり難航していた折柄、会社は同年九月一九日突如、右交渉打切、時間管理の実施を宣言し、同年一〇月一日には一・三公休制の実施をも宣言した。以上の経緯からすれば、会社と組合との間には、かねて原判示の如き事情で労働条件に関する事前協議協定が存在していたのであるから、組合が右会社案に賛成しないのも労働者側に立てば一応の理由が備わつていたものと考えられ、この点から双方の協議がととのわないうちに右「時間管理」「一・三公休制」実施を強行せんとした会社側の態度には是認しがたいものがあるといわねばならない。そして、会社は、組合が「時間管理」や「一・三公休制」の実施に反対して「早出」の指名を拒否したのに対し、さらに労働基準法三六条の協定(いわゆる三六協定)の締結を組合に申し入れ、組合が「時間管理」反対の理由からこれを拒否するや、三六協定の締結に組合の協力が得られないために、時間外労働を適法にさせることができないという名目で、従来は、三六協定を締結することなしに、長期間、しかも常態的に従業員に時間外労働をさせておきながら、同年一〇月一七日からは組合員の時間外労働を停止し、続いて同月二〇日、組合に対しチェックオフ協定の廃棄を通告した。その間の同月一八日には、会社淀川営業所において、組合が分裂し、修理工比嘉吉彦を委員長とする関扇運輸従業員労働組合(第二組合)が、さらに同年一一月一九日には津守営業所において、運転手三野護を委員長とする関扇運輸津守従業員組合(第三組合)が相次いで結成され(原判決が、第二組合結成の費用を会社から支出されたと推認しているのは根拠薄弱である)、これらはいずれも会社の労務管理に従う方針を表明していたため、会社は第二、第三組合が結成されると、ただちにこれら組合と三六協定を締結するととも、当該組合員の時間外労働停止を解除した。他方、組合員は時間外労働の停止措置によつて、一挙に収入が半減し、たちまち生活の脅威を感じ、そのため会社から時間外労働の停止を解いて貰いたいばかりに組合を脱退する者が次々とあらわれた。ここに至つて組合は同年一一月二二日臨時大会を開いて会社に対する闘争宣言を発し、以後労働基準局および陸運局に対し行政指導による是正を要請するとともに、大阪地労委に対しても会社の不当労働行為(組合に対する支配介入、時間外労働の差別待遇その他)からの救済を申し出たほか、会社に対する抗議、職場内外におけるビラ貼り、ビラ配りなどの組合活動を展開したわけであるが(本件ビラ貼り行為はそのひとつであつた)、こと時間外労働に関しては、従業員が組合に所属することの理由をもつて、他の第二、第三組合に所属する従業員との間に、一方は時間外労働を停止し(そのため収入は半減)、他方は従前のとおり時間外労働をさせるといつた如く、組合所属員と然らざる者との間に顕著な差別待遇をし、組合員が生活を維持せんがためには組合を脱退するほかない窮地に追い込み、組合の切り崩しをはかつた事実が明らかに認められる。所論は、この点に関し、組合は会社の申し出た三六協定締結を拒んだのに反し、第二、第三組合は会社と三六協定を締結しているのであるから、差別待遇にあたらないと主張するが、従前はかかる協定なしに長期間時間外労働が行なわれてきたこと、組合が三六協定に応じないのも、時間外労働そのものが反対なのではなく、時間管理の会社案に替成できない点にその理由があつたこと、支給賃金中時間外労働に対する賃金の占める割合が非常に大きいこと(換言すれば、会社側はことさら基本給を低くし、会社としても、従業員としても、時間外労働を不可欠のものと意識して労使関係が構成されてきたともいえる)或いは前示の如き第二、第三組合が結成された事情などからみて、今さら、三六協定の不締結を理由として時間外労働を停止する会社の態度には釈然としないものがあり、むしろ組合の切り崩しの意図で投じた一石と認めざるを得ないし、また理論的にみても、三六協定がその職場の従業員の過半数をもつて組織する組合との間に有効に結ばれた以上、その効力は当該組合員のみならず、それ以外の従業員に対する関係でも一様に作用すると解さなければならない(なお三六協定を結んだ組合の組織員が従業員の過半数に至らない場合、何人の関係でも効力が生じないことはいうまでもない)。したがつて、会社が組合員に対してのみ時間外労働を停止することは、その合理的根拠を欠くものといわざるを得ず、会社のチェックオフ協定の一方的廃棄の通告などとともに、明らかに不当労働行為にあたるものと考えられる。しかも右不当労働行為を含む会社側の態度はかなり強硬であり、尋常な手段ではその反省を期待することができず、かつ組合としては前示の如く各般の法的手段に訴えてはみたが早急な救済はなされず、このまま推移するときには組合員の収入が半減し、生計の維持も不可能になるといつた窮状に追い込まれ、やむをえない状況から、本件ビラ貼り行為に出でたものとみられるのであつて、その本旨とするところは会社側の切り崩し工作に対する組合員の脱落阻止の呼びかけであり、同時に会社側における右不当労働行為に対する抗議とその即時解消の要求であると認められる(もつとも本件ビラ貼りまでに、組合がビラを貼る、会社がこれを剥ぐ、組合がまた貼るといつた繰り返しが行なわれたのであるが、ビラ貼りの目的は終始同一であるとみなすことができる)。そして、本件行為も、その外形的な現象としては建造物損壊或いは器物損壊を内容とする暴力行為等処罰に関する法律違反の構成要件に該当するとはいえ、いささかの暴行脅迫をも伴つておらず、また破壊的行為などの典型的な意味における損壊とはその態様を異にしている点は本件行為の実質的違法性を判断するうえに見逃せない事項である。さらに、本件ビラ貼り行為にかかるビラの枚数や貼付場所からみても、組合員が総出で一日撤去作業をすれば原状に復し得てビラ撤去後には殆んば異状を残さない程度のビラであり、かつ組合自体も会社との間に話し合いがつき次第その作業をする意思であつたことも十分うかがわれるのである。

以上述べた本件ビラ貼り行為の態様やそれをなすに至つた諸般の事情を考えてみると、本件建造物や器物の管理者である会社との間に、ビラ貼りを認める慣行や協約がなくても、本件の程度のビラ貼り行為を目して、これが前記社会的相当性を逸脱したものとみなすことはできず、原判決が器物損壊の罪の構成要件に該当するとした事務所東側、北側の窓硝子戸、同東側出入口引戸に対するビラ貼りにつき、労働組合法一条二項本文の適用ある正当な組合活動の範囲を出でないものとした判断は正当であるとともに、原審の見解と異なつて、あらたに当裁判所が器物損壊にあたるとした右以外の器物、或いは建造物損壊にあたるとした本件各建物に対するビラ貼り行為についても、右同様正当な組合活動の範囲内のものと認められるから、この点において本件被告人らの罪責は否定されるべきであり、前示原判決の法令解釈の誤り或いは事実誤認は、判決に影響を及ぼさないというべきである。論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意第三点について。

論旨は、要するに、原判決は建造物侵入の点につき、本件ビラ貼り行為が、正当な組合活動である以上、営業所建物は被告人ら組合員の組合活動の保障せられる職場であり、営業所の看守者においても当時被告人らの入場を拒否すべき特段の事情も、また被告人らの入場の態様において特に違法な点も認められないから、被告人両名が本件ビラ貼りのため営業所建物に立入つた行為は何ら建造物侵入罪に該当するものでないと判示するが、本件ビラ貼り行為が正当な組合活動と解せられず、その違法性の明白なることは前述したとおりで、しからばかかる違法な目的のために前記営業所に立入つた行為は本来違法というべきである。結局原判決はビラ貼り行為の正当性の判断を誤つた結果、本件建造物侵入罪についてもその判断を誤つたものであつて、拒否すべき特段の事情の存否、入場の態様などについて論ずるまでもなく不当である。また仮に本件ビラ貼りが被害の軽微性その他の理由から刑法上の犯罪の成立が認められない場合があると仮定しても、組合側のビラ貼りを許容する協約、慣行などが存在しないのにビラを貼ることは少くとも民事上は違法で、従つてビラ貼りの目的をもつて会社側の管理支配する建造物に、その意に反して侵入することは明らかに建造物侵入罪に該当するというのである。

よつて案ずるに、本件ビラ貼り行為の正当性については既に述べたとおりであり、その反面として右ビラ貼りにつき会社にその受忍義務があるものと解すべきであるから、右の目的をもつて本件建造物に立ち入る行為も、その入場の態様において特に違法な点が認められない限り(本件ではかかる点は認められない)違法性がないと考えられる。またビラ貼りそのものは犯罪とならなくても、民事上は違法の行為であるから、かかる目的をもつて管理者の意に反し建造物に立ち入る行為は建造物侵入罪が成立するとの論議については、本件の如く、ビラ貼り行為が、労働組合法一条二項本文の適用によつて刑法三五条の正当行為とみなされる場合には、民事上違法行為と評価されるかどうかにかかわりなく、建造物侵入罪も成立しないと解するのが相当である。従つて原判決には所論の如き誤りはなく、論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条に則り、主文のとおり判決する。(三木良雄 西川潔 金山丈一)

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