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大阪高等裁判所 昭和42年(ツ)69号 判決 1970年5月28日

上告人

株式会社

大阪日日新聞社

代理人

山本良一

曾我乙彦

万代彰郎

被上告人

上村浩郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について

労働基準法第九三条は、就業規則に定める基準に違しない労働条件を定める労働契約を、その部分について無効とし、無効となつた部分は就業規則に定める基準によるものと定め、この限りにおいて就業規則に個々の労働契約を修正する効力を認めているに過ぎないのであつて、所論のように、同条が就業規則の定める基準を上まわる既存の労働条件についても、これを変更する効力を認めたものと解することはできない。そして、新たな就業規則の作成又は変更によつて既存の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されず、ただ、当該規則条項が合理的なものである場合に限つて、個々の労働者の同意がなくても、これを一律に適用することができると解すべきである(最高裁判所大法廷昭和四三年一二月二五日判決、民集二二巻三、四五九頁参照)。

ところで、退職金は、長期に亘る労働の対償として平常の賃金のほかに退職に際して支給されるものであるが、後記の如く、就業規則に基く退職金規定によりその支給の条件及び範囲が明確に定められ、これに従つて一律に支給されなければならないものである限り、労働基準法第一一条にいう賃金にほかならず(最高裁判所第三小法廷昭和四三年一二日判決、民集二二巻五六二頁参照)、右条件の充たされる場合は、労働者は当然所定範囲の退職金の受給権を取得するのであるから、労働者が就業規則に基き所定の退職金を受ける地位にあることは、これを既得の権利といつて妨げないとともに、この退職金に関する定めが重要な労働条件に属すること、いうまでもない。

而して、退職金の法的性格を賃金と解する限り、労働者保護のためその支払確保を期する労働基準法上の保障を受け、全額払(同法第二四条第一項本文)、不払に対する制裁(同法第二三条、第一二〇条第一項第一号)に関する規定の適用がある外、性質に反しない限り一般賃金同様の保護を受けるものというべきところ、使用者が退職金に関する就業規則を変更し、従来の基準より低い基準を定めることを是認し、その効力が全労働者に及ぶとすれば、既往の労働の対償たる賃金について使用者の一方的な減額を肯定するに等しい結果を招くのであつて、このような就業規則の変更は、たとえ使用者に経営不振等の事情があるにしても、前記労働基準法の趣旨に照し、とうてい合理的なものとみることはできない。右就業規則の変更は、少くとも変更前より雇用されていた労働者に対しては、その同意がない以上、変更の効力が及ばないものと解するのが相当である。

本件において、原判決の確定した事実によれば、被上告人が入社した当時の上告会社の就業規則附属規定である退職金規定第六条では、上告会社の支給する退職金の額は、現職最終月の基準賃金総額に勤続年数に応じた所定の倍率を乗じて算定することとされていたが、上告会社は昭和三九年七月右旧規定を一方的に変更し、現職最終月の基本給のみに右倍率を乗じて算定することと改めたというのであつて、右変更後の新規定が旧規定において定められた基準よりも低い退職金支給基準を定めたもので、被上告人より既得の権利を奪い、従前より不利益な労働条件を課するものであることは明らかであり、而も右退職金規定の変更に合理的な理由があつたものとすることができないこと、前説示のとおりであるところ、原判決によれば、被上告人が右変更に同意した事実は認められない(この判断を相当とすることは、上告理由第二点に対する後記説示参照)というのであるから、被上告人は右変更後の新規定の適用を拒否することができるものといわなければならない。

してみれば、本件退職金の算定は旧規定によるべきものとした原審の判断は、その過程に以上の説示と見解を異にする点はあるけれども、結論において是認することができ、原判決に所論の違法はないことに帰着する。論旨は、結局理由がなく、採用することができない。

同第二点について

原判決が、被上告人が加入していた大阪日日新聞労働組合は、予てから前記退職金規定の変更に反対し、変更後もなお反対の態度をとり続けてきたところ、被上告人も右規定の変更に反対であつたが組合として反対の態度を表明しているので格別個別的な意思の表示をしなかつたとの事実を確定した上、被上告人が個人として約八カ月の間異議を述べることなく就労していたという事実だけでは、右規定の変更に被上告人の黙示の同意があつたとはいえないと判示したのは、相当であつて、右判断の過程に所論経験則違背の違法はない。論旨は、独自の見解に基いて原判決を論難するに帰し、採用できない。

よつて、民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(金田宇佐夫 西山要 中川臣朗)

上告理由

第一点 原審は労働基準法第九三条の解釈を誤り、右誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一、すなわち、就業規則は使用者が労働者より買受けた労働という商品を能率的に活用するための準則であるとともに、その労働という商品の買入れ条件をも個々の労働者と個別的に定めることの煩雑さを避けると同時に労働条件を集団的画一的に決定管理するために、使用者が一方的に作成変更しうるものである。

就業規則はこの本質の故に個々の労働者との契約とは異なり法規範性を与えられ、個々の労働契約を修正する効力を有するものである。それ故に、右基準法第九三条は「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分について無効とする。――」として右の事理を明らかにしているのであり、右条文中「就業規則で定める基準に達しない労働条件」なる文言は右に述べた就業規則の本質(労働条件の画一的処理)より例示と解すべきである。それ故に、本条は当然既存の労働条件が就業規則の定める基準を上まわる場合においても、既存の労働条件に変更を加える効力を有するものであり、右就業規則の変更が権利の乱用となる場合は別としてただ本条は使用者が自己に有利な従つて、労働者にとつては、不利益な就業規則規定事項については、当然就業規則を根拠として、労働条件を引下げようとするが、労働者にとつて有利なものについては、その適用を渋り労働契約に拠ろうとすることあるにかんがみて、右の就業規則の本質より考えて当然の事理を注意的に規定したものにすぎず、従つて本条は最低基準規範としての効力のみを宣言したものではない。

従つて、既存の労働条件が就業規則の定める基準を上まわる場合にも当然就業規則に定める基準に応じて変更されるべきであるから、本件においても退職金に関する就業規則の新規定が適用されるべきであるにもかかわらず、旧規定が労働契約の内容となつているとして、これに基づき為された原判決は労働基準法第九三条の解釈を誤つたものである。

二、仮りに労働基準法第九三条が就業規則に関し、これが最低基準規範としての効力を有する旨を定めたものであるとしても、それはあくまでも、当該就業規則の適用を前提としての最低基準であるにとどまり、そのことから右基準法第一三条のような規定のない就業規則に対し組合ないし各労働者の同意のない限りその不利益変更を許さない趣旨と解することは明らかに基準法第九三条の解釈を誤つたものである。

そうだとすれば、本件においては退職金に関する就業規則の新規定が当然適用されるべきであるにもかかわらず原判決は「新規定の定める基準による旨の合意のない限り旧規定が妥当する」としている。

第二点 原審が上告会社と被上告人との間で本件退職金規定の変更について黙示的合意が存しないとした点において経験法則違反の違法がある。

一、仮りに就業規則中の労働条件に関する部分は被上告人の合意がなければ上告会社において一方的に、その改定を主張し、新規定を以て被上告人に対抗できないものであるとしても、本来労働は資本制経済秩序のもとにおいては商品であり、上告会社は被上告人より、この労働という商品を買つているにすぎない。それ故に、上告会社は新規定により、今後この条件で労働という商品を買う旨の申込みを為したのに対して、被上告人は個人的に何ら異議を述べることなくわずかに、組合を通じてやはり従前の条件で買つて欲しいと言いながら、約八ヶ月間の長きに亘つて、労務の供給停止や労働契約の解約を行うことなく、一応新規定の下で就労していたのであり、原審は右事実を認定しておきながら「組合として反対の態度を表明しているので格別個別的な意思表示をしなかつたことは認めることができるから、被控訴人が個人として約八ヶ月の間異議を述べることなく就労していたというだけでは黙示の合意があつたことになるものではない」と認定している。

しかし、被上告人は労務の提供を中止することなく約八ヶ月も新規定の下で就労していたという事実は黙示の合意による新規定の適用を前提としながら、組合を通じてこの規定を旧規定に復させるべく運動していたにすぎないものであると解すべきである。

したがつて、新規定の内容が被上告人の黙示の合意により労働契約の内容となつていたのであるから被上告人には新規定が適用されるべきであるにもかかわらずこれを適用しなかつたことは判決に影響を及ぼす重大な経験則違背があると謂わなければならない。以上。

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