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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)1104号 判決 1969年5月08日

控訴人

株式会社タクマ

代理人

塩見利夫

外四名

被控訴人

コーリン株式会社

代理人

杉島勇

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実<省略>

理由

<前略>

(二) 本件新案権の権利範囲について

前記当事者間の争いのない本件新案権の登録請求の範囲は、文章の構成部分に分析すると、「a、所要着付けに腰揚げを施した和服」、「b、両端にクリップを取り付け中間に伸縮具を有するバンド」、「c、一方のクリップでaの和服の下前襟を挾持し、バンドの他端をみぎ和服の身八ツ口から背部外側に廻して、みぎ他端に取り付けた他方のクリップでみぎ和服の下前襟を挾持して成る和服下締具の構造」の三点に分けられるのであるが、みぎ「登録請求の範囲」の記載の趣旨に関して、被控訴人は、第一次的主張……として、本件新案権は和服下締具のb点記載の構造に対して与えられたものであつて、a点およびc点の記載はいずれも対象物品の構造そのものには関係のない附随的事項の記載にすぎないと主張するのに対して、控訴人は、本件新案権はa点記載の構造の和服とb点記載の構造のバンドとがc点記載の構造をもつて結合された組合せ物品に対して与えられたのであつて、みぎ三点記載の構造全部を具備する物品に限り本件新案権の権利範囲に包含され、そのいずれかを欠くものはみぎ権利範囲に含まれないと主張する。当裁判所は、本件新案権の「登録請求の範囲」の記載の趣旨は、本件新案権の「権利範囲」を、b点記載の構造のバンドのうち、a点記載の和服の下締具としc点て記載の使用方法をもつて使用されるべき構造のものに限定するものであると解するものであるが、その理由はつぎのとおりである。

(1)、本件新案権は旧実用新案法施行当時出願されたものであること。

すなわち、新実用新案法は昭和三五年四月一日から施行された(同法施行法一条)のであるから、さきに疎明された事実関係によると、本件新案権は旧実用新案法施行当時に出願および登録された旧法による実用新案権に当る(新法施行法三条参照)わけである。しかるに、旧法(大正一〇年法律第九七号)一条、二二条一項二号、旧法施行規則(大正一〇年農商務省令第三四号)二条によると、実用新案権は「実用ある新規の型の工業的考案」に対して与えられるのであつて、出願書の登録請求の範囲の項には「実用新案が物品の形状、構造又は組合せのいずれに係るかを記載すべき」ものであるから、みぎ旧法により出願された本件新案権の「登録請求の範囲」の項の記載は、物品の形状、構造または組合せのいずれかを記載したものと解すべきものであるが、旧法による実用新案出願の場合には、新法五条四項のような「登録請求の範囲」の項に記載すべき事項についての厳格な制限がなく、往往にして、同項中に考案の要部のみならず関連事項にわたつて記載することがあり、同項中に記載するところ全部が不可分的に実用新案の必須的構成部分であるとは限らない一面があると共に、他面において、同項の記載のみでは当該実用新案権の権利範囲が明確でなく、「説明書」その他の項の記載事項、その他諸般の事情により、権利範囲を判断しなければならない場合も生ずるわけである。みぎの事情から、旧法による実用新案権の権利範囲を確定するにあたつては、出願公告に登載された「登録請求の範囲」の項の記載をもつて判断の有力な資料となすべきことはいうまでもないが、みぎ記載の文字のみに拘泥することなく、すべからく、考案の性質、目的または説明書のその他の項の記載事項および添付図面の記載をも勘案して、実質的に考案の要旨を認定すべきであり(最高裁判所昭和三九年八月四日判決民集一八巻七号一、三一九頁)、また、実用新案は出願当時における技術水準を超越したものに対して与えられるものであるから、「登録請求の範囲」の項の記載事項のうちいかなる事項について実用新案権が与えられたかは、当時における技術水準を勘案して決定するのが当然である(特許権についての同旨の判例として最高裁判所昭和三七年一二月七日判決民集一六巻一二号二、三二一頁)参照。この点につき特許と実用新案とを区別して論ずべき実質的理由を見出すことができない。したがつて、本件新案権の権利範囲の確定にあたつても、前記「登録請求の範囲」の項の記載の趣旨は一見して明瞭であるとは云い難いものがあるから、みぎ記載の字句に拘泥することなく、前述したような諸般の事情を勘案して実質的に権利範囲を判断する必要がある。

(2)  本件新案権の実用新案公報の記載自体から形式的に判断しても、前記当裁判所の判断が相当であること。

本件新案権が控訴人の主張するように特定の和服と特定のバンドとの組合せに対して与えられたものであるならば、前記旧法施行規則二条により本件新案権の実用新案公報中にこのような「組合せ」であることを表明する文言が記載されているはずであるのに、……みぎ実用新案公報中には、表題として「和服下締具」と記載し、「登録請求の範囲」の項の末尾に「和服下締具の構造」と記載していて、「組合せ」なる字句の記載は見当らない。したがつて、本件新案権はみぎ実用新案公報の記載自体から形式的に判断しても、特定の和服と特定のバンドとの組合せに対して与えられたものではなく、和服下締具の構造そのものに対して与えられたものと解するのが相当である。他面において、出願書の登録請求の範囲の項には前述したとおり「実用新案が物品の形状、構造又は組合せのいずれに係るかを記載すべき」ものであるから、同項の記載はできるかぎりみぎ記載事項のいずれかを記載したものと解すべきであつて、本件新案権の「登録請求の範囲」の項の記載もまた前記a、b、c三点の記載全部が直接または間接に和服下締具の構造に関する記載であると解するのが相当で、被控訴人の主張するように、同項の記載のうち、b点の記載のみが和服下締具の構造に関するもので、a点およcび点の記載はみぎ構造に関係のない附随的事項に関するものであるとの見解に左袒するわけにいかない。

(3)  控訴人主張の物品は実用的でなく、みぎ物品の形状、構造に対して実用新案権が与えられたと解するのは常識上不合理であること。

すなわち、前記a点の記載は、少女和服、婦人仕事着等腰揚げを施さない特殊な婦人和服を除く通常一般の婦人和服を指称しているのであつて、控訴人の主張するように「縫揚げ」を施した和服を指称しているのではないことは、本件新案権の考案の性質上および婦人和服についての常識上明白である。けだし、「縫揚げ」とは和服の身丈けを縮めるため和服の腰部をたくりあげて三重にしてその部分を縫付け固定したものを指称し、場合によつては「腰揚げ」と呼称されることがないわけではないが、通常一般に「腰揚げ」と称するのは、和服腰部をたくりあげて三重にし紐で結んで暫時固定したものの呼称であること、いわゆる「縫揚げ」は幼年男女和服(四ツ身と称する)または男和服に施すものであつて通常の婦人服には施されないこと、および、「縫揚げ」を施した和服には通常は帯揚げ腰紐等の下締具類の使用を必要としないことは、和服についての常識として公知の事実であるところ、本件新案権の実用新案公報の「説明書」の項の記載によると、みぎ新案権による和服下締具はこのような「縫揚げ」を施した和服に使用する目的のものではないことは明らかであつて、考案の性質上、a点の記載は「縫揚げ」ではない「腰揚げ」を施した和服と解すべきである。

そして、このような通常の婦人和服と特定構造のバンドとが特定の形状、構造をもつて組合わされて一体をなした物品の構造が本件新案権の考案であると解するとすれば、みぎ考案のバンドを買い受けようとする者はバンドに結合された和服も同時に買い受けねばならないことになり、和服に対する一般婦人の好みの多様性と価格の点のみから考えてもこのような組合せ品は実用性がなく、実用ある新規の型の工業的考案に対して与えられるべき実用新案権がこのような実用性皆無の物品に対して与えられたと解するのは常識に反する。したがつて、本件新案権の範囲が前記組合わされて一体をなした物品の構造であるとは到底解されない。

(4)、本件新案権の出願当時の技術水準から考えて前記当裁判所の判断が妥当であること。

すなわち、本件新案権の出願時以前から市中で販売されていた商品の中には、靴下留め、ワイシャツの袖吊り等前記b点記載の形状、構造に近い商品が多数にあつたことは公知の事実であるから、仮に当時厳密にb点記載の形状、構造どおりの物品がなかつたとしても、このように既知の考案のみを平凡に組み合わせたにすぎない点記載のバンドになんらの制限も付けないで実用新案権が与えられるとは、旧法一条の趣旨からも考えられないことであつて、本件新案権がb点記載の構造のバンドにつき無制限に与えられた旨の被控訴人の主張は採用できない。他面において<証拠>に徴すると、本件の考案に対して実用新案権を与えるに足りる新規性があると特許庁に認められたのは、みぎb点記載の構造をもつたバンドを婦人和服の下締具として使用する点にあつたと考えるほかはなく、そうすれば本件新案権はb点記載の構造のバンドのうち婦人和服の下締具として特定の形状、構造を持つたものに限定して与えられたと解すべきであつて、前記旧法施行規則二条所定の「登録請求の範囲」の項の記載事項についての技術的要請から考えて、a点およびc点の記載はみぎ形状、構造を限定するためのものと解するのが相当である。

(5)、本件新案権の場合には、物品の使用目的および使用方法をもつて物品の形状、構造を規制することが可能であること。

すなわち、本件新案権にあつては、前記a点記載の使用目的およびc点記載の使用方法をもつて、間接的に、バンド、クリップおよび伸縮具の大きさ(殊にバンドの長さおよび幅、これによつて靴下留め、ワイシャツの袖吊り等から区別できる)、材料(素材は繊維製品であることを要し金属皮革でないこと)、形状、構造等をある程度明確に規制することができる。このような物品の使用目的および使用方法をもつて物品の形状、構造を間接的に規制する方法が実用新案の「登録請求の範囲」の記載方式として妥当であるかどうかについては疑問があるが、みぎ疑問点は実用新案無効の審判においてはともかく、本件のような実用新案の権利範囲を判断する場合には直接の妨げはならない。したがつて、いやしくも「登録請求の範囲」の項にみぎのような疑問のある記載がなされている出願に対して実用新案権が付与されている以上、みぎ新案権の権利範囲を判断する場合には、そのような解釈が可能で且つ合理的である限り、みぎ記載は不要の事項を記載したのではなく、物品の形状、構造を規制したものであると解するのが相当である。もつとも、みぎのような方法で物品の形状、構造を規制するのは、実用新案の登録請求の範囲の記載方式としては必ずしも妥当なものではないから、みぎ記載を物品の形状、構造そのものの直接的な記載であると解することが可能で且つ合理的な限り、みぎ記載を形状、構造そのものの直接的な記載であると解すべきものではあるけれども、本件の場合には、既に述べたとおり、前記諸般の事情に徴し、本件新案権の「登録請求の範囲」の記載を物品の形状、構造そのものの直接的な記載であると解することは不可能ではないが、合理的ではないことが明らかである。

(6)、本件新案権の「登録請求の範囲」中の「……して成る」との記載は必ずしも以上当裁判所の判断と抵触するものと云えないこと。

すなわち、本件新案権の登録出願人Tが、出願の際に、特許庁との間の往復文書において、「登録請求の範囲」の記載を「……挾持するようにした……」から「……挾持して成る……」と訂正した……が、前記諸般の事情に徴し、みぎ出願人の意思に関する限り、両者は同一の事項について表現方法を変更しただけのものと解すべきであつて、特許庁としても同項の記載を物品の形状、構造の型についての考案を記載したものとなるように表現方法を訂正したまでのことで、実質的内容について別個の新たな新案権の出願に変更させたものとまでは……認められないから、新案権付与の当否の審理段階での考慮としてはとにかく、新案権の権利範囲の確認の際には、必ずしもこのような字句の末節に拘泥するを要しない。

(7)、被控訴人は、登録異議答弁書において、本件新案権の対象である考案が、和服とバンドとの組合せに関する考案であると主張していないこと。

すなわち、被控訴人は登録異議答弁書中で「本件実用新案は和服下締具であつて、バンド自体を要旨とするものでなく、和服との組合せによつて説明書所記のような効果を奏するものであつて………」と記載していることが認められるが、みぎ被控訴人の用いた「組合せ」と云う文字の意味は、旧実用新案法施行規則二条にいわゆる「組合せ」すなわち二個以上の特定形状、構造の物品の組合せの意味ではなく、単に「使用目的が和服下締具に限定されたものである点において」と云う意味に過ぎないことは前記文章の前後の関係から明らかである。

<中略>

(三) 本件新案権に対する控訴人の侵害

前記本件新案権の権利範囲と前記当事者間に争いのない控訴人が(イ)号ベルトを業として製造販売している事実と<証拠>とを総合すると、控訴人が製造販売している「和装ベルト」ないし「マイテイベルト」は、被控訴人が本件新案権の実施として製造している「コーリンベルト」と形状、構造および使用目的、使用方法の点で同一であつて、前述した本件新案権の「登録請求の範囲」に記載された和装下締具に該当する物品であることを認めることができ、業としてみぎ(イ)号ベルトを製造販売する行為は、被控訴人の本件新案権を直接に侵害する行為に当ると云わねばならない。

(四)、本件仮処分の必要性

前記控訴人が(イ)号ベルトを業として製造販売して被控訴人の本件新案権を侵害している事実、<証拠>を総合すると、被控訴人は多大の労力と費用とを投じて新聞、雑誌、ラジオ、テレビ等を通じて本件新案権実施として製造している「コーリンバンド」のために宣伝普及につとめ、その結果商品の効用と優秀さが世人に認識されるようになつたこと、他方控訴人は(イ)号ベルトを製造販売し、かつ(イ)号ベルトを製造販売することはなんら本件新案権に抵触しない旨を一般消費者に強調して一層販路を拡張しようと努めていること、控訴人のみぎ行為のために被控訴人の「コーリンベルト」の販路が著しく侵害され、被控訴人が多大の損害を被つていること、控訴人の(イ)号ベルトの製造販売をこのまま継続させると被控訴人の損害は更に増大し、被控訴人に回復し難い損害を与えることが一応認められ、この認定に反する疎明はない。

よつて本件仮処分の必要性が肯認できる。

三結論

以上の理由により、被控訴人において控訴人に対し保証金二〇〇万円を供託することを条件として本件仮処分申請を認容した原判決は結論において相当であつて、本件控訴は失当として棄却を免れない。(三上修 長瀬清澄 古崎慶長)

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