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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)1619号 判決 1970年1月29日

控訴人(附帯被控訴人) 岡野自動車商会こと 岡野剛

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 和田栄重

右訴訟復代理人弁護士 笹川俊彦

被控訴人(附帯控訴人) 豊中タクシー株式会社

右代表者・代表取締役 福盛佐一郎

被控訴人 (附帯控訴人) 井上治

右両名訴訟代理人弁護士 小林寛

同 久保井一匡

主文

一、本件控訴および豊中タクシー株式会社の附帯控訴に基づき、原判決主文第一項および第三項の豊中タクシー株式会社関係部分を次のように変更する。

(一)  控訴人(附帯被控訴人)らは各自被控訴人(附帯控訴人)豊中タクシー株式会社に対し、金五八万三、一二四円および内金四〇万三、九二二円に対する昭和四〇年九月一〇日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人(附帯控訴人)豊中タクシー株式会社のその余の請求を棄却する。

二、控訴人らの被控訴人井上治に対する控訴を棄却する。

(ただし、控訴人井上治の本訴請求中、受傷による休業中の喪失利益五万一、三〇九円とこれに対する遅延損害金の支払を求める部分は、当審において取下げられた。)

三、附帯控訴人井上治の附帯控訴に基づき

(一)  原判決主文第三項の井上治関係部分を取消す。

(二)  附帯被控訴人らは、各自附帯控訴人井上治に対し、金四万六、〇〇〇円を支払え。

四、訴訟費用は、第一、二審を通じて全部控訴人(附帯被控訴人)らの連帯負担とする。

五、この判決は、第一項の(一)および第三項の(二)の部分にかぎり、かりに執行することができる。

事実

控訴人(附帯被控訴人―以下控訴人という)らは「原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決ならびに附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人ら(附帯控訴人―以下被控訴人という)は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする」との判決および附帯控訴として「原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消す。控訴人らは各自被控訴人豊中タクシー株式会社(以下たんに会社という)に対し金一八万九、九四二円を、被控訴人井上治に対し金四万六、〇〇〇円を支払え。附帯控訴費用は附帯被控訴人らの負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、次に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一、被控訴人らの主張

(一)  本件事故により被控訴人らが被った損害に関する主張の一部を次のとおり改める。

(1)  被控訴会社の損害

(イ) 被控訴会社の車輛修理中の喪失利益、一五万一、九二五円(一日六、〇七七円の二五日分)(原審における請求額の減縮)

(ロ) 車輛修理費 一六万七、〇〇〇円(原審どおり)

(ハ) 被控訴人井上に支払った休業補償金 五万一、三九〇円(当審における新請求)

被控訴人井上は本件事故による受傷のため五〇日間勤務先である被控訴会社を欠勤し、被控訴会社はそのうち公の休業と認められる三九日につき五万一、三〇九円(一日一、三一五円六四銭)を休業補償として支給した。右は本件事故により被控訴会社がその支払をよぎなくされたもので、これにより被控訴会社は同額の損害を被った。

(ニ) 弁護士費用 一三万六、〇〇〇円(原審における請求額の拡張と当審における新請求)

被控訴会社は本訴提起のため原審で認容された第一審の着手金四万円を支出したほか、控訴提起後、弁護士小林寛との間に、一審の謝金として三八、〇〇〇円、控訴審の着手金として二万円、謝金として三万八、〇〇〇円、計九万六、〇〇〇円を支払うべき契約を締結した。右は控訴人らが自己の責任を卒直に認めて損害賠償義務を履行しなかったため、弁護士に委任して本訴を提起し、かつ控訴人らからの控訴に応訴するために要した支出である。

(2)  被控訴人井上の損害

(イ) 慰藉料 一〇万円(原審における請求額の減縮)

(ロ) 弁護士費 三万六、〇〇〇円(原審における請求額の一部減縮と当審における新請求)

右の内訳は弁護士に対する一審の謝金一万三、〇〇〇円、二審の着手金一万円、謝金一万三、〇〇〇円であって、右費用は控訴人らの不当抗争により本訴を提起し、かつ控訴人らの控訴に応訴するために要した支出である。

(二)  被控訴会社には本来被控訴人井上の治療費を支払うべき義務はなく、控訴人らがこれを支払うべき義務を負担するものであるが、被控訴会社は任意に控訴人らのために立替弁済したものであるから、右立替弁済は控訴人らのための事務管理行為であり、控訴人らのために支出した有益費用として民法第七〇二条第一項により控訴人らに償還請求する。かりに右主張が理由なしとするも、控訴人らは被控訴人井上に対して上叙損害を賠償すべき義務があるところ、被控訴会社が右のとおりこれを支払ったことにより控訴人らはその限度において右の賠償義務を免がれ、同額の利得をしたものであるから、被控訴会社は控訴人らに対し不当利得としてその返還を請求する。

(三)  訴外西山義春、同亀甲登世代の治療費、旅館代、クリーニング代、慰藉料等につき、被控訴会社が控訴人らにその支払いを請求する根拠は次のとおりである。

(1)  被控訴会社は右訴外人両名に対して旅客運送契約に基づき目的地に安全に運送する義務を負担していたところ、本件事故により右義務の履行をなすことができず、その結果、右訴外人両名の被った損害を賠償する義務があり(商法五九〇条一項)、右義務の履行としてその支払をなしたものであって、結局控訴人進の本件不法行為によりその支払をよぎなくされたものであるから、同控訴人に対しては不法行為による損害としてこれを請求するものであり、控訴人剛に対しては民法第七一五条によりこれを請求するものである。

(2)  かりに右主張が理由なしとしても、右費用等の支払いは控訴人らのための事務管理行為としてなされたものであるから、民法第七〇二条第一項により控訴人らにこれが償還を請求する。

(3)  かりに右主張もまた理由なしとしても、控訴人らは右訴外人らに対して上叙損害を賠償すべき義務があるところ、被控訴会社が右のとおりこれを支払ったことにより控訴人らはその限度において右の賠償義務を免がれ同額の利得をしたものであるから、被控訴会社は控訴人らに対し不当利得としてその返還を請求する。

(四)  よって、被控訴人らは附帯控訴として、

(1)  被控訴会社において、(イ)車輛修理中の喪失利益一五万一、九二五円と車輛の修理費一六万七、〇〇〇の合計三一万八、九二五円のうち、原審において過失相殺により減額された三万一、八九三円、(ロ)被控訴人井上治および訴外西山・同亀甲の治療費等として支払った金員として原審が認容した合計一〇万七、四〇〇円のうち過失相殺により減額された一万七四〇円、(ハ)当審において請求を拡張した弁護士費用九万六、〇〇〇円および(ニ)被控訴人井上に支払った休業補償五万一、三〇九円、以上合計一八万九、九四二円

(2)  被控訴人井上治において、(イ)慰藉料一〇万円のうち原審において過失相殺により減額された一万円および(ロ)当審における新請求としての弁護士費用三万六、〇〇〇円以上、合計四万六、〇〇〇円

につき、控訴人らに対し各自その支払を求める。

二、証拠関係≪省略≫

理由

一、被控訴会社の被用者(タクシー運転手)である被控訴人井上が昭和四〇年二月二一日午後一一時ごろ被控訴会社所有の営業用普通乗用自動車(タクシー、以下本件被害車という)に乗客西山義春同亀甲登世代を同乗させ、同車を運転して豊中市螢ヶ池東町三丁目三〇番地先国道大阪福地山線の螢ヶ池交差点を南から北に向って直進中、対向してきた控訴人剛の被用者である控訴人進の運転する自家用普通貨物自動車(以下本件事故車という)が右交差点で右折しようとしたため両車が衝突し、右事故により被控訴人井上は口唇部挫創、頭部打撲傷、脳震盪症、左胸部打撲症等入院一〇日、通院三六日を要する傷害を、訴外西山は顔面挫創、脳震盪症、前胸部打撲症等入院五日通院八日を要する傷害を、訴外亀甲は前頭部挫創、脳震盪症、背部捻挫等通院一週間を要する傷害を被り、被控訴会社所有の前記自動車が大破したことは当事者間に争いがない。

二、そこで、次に右事故につき控訴人進に過失があったかどうかについて判断する。

前記当事者間に争いのない事実と≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。すなわち、控訴人進は当時事故車を運転して前記国道を時速約四〇粁余で北より南に向い道路中央線左側沿いを南進し、本件交差点を右折して大阪空港方面へ赴くべく右交差点にさしかかったところ、対面信号が青から青点滅にかわり、かつ前方約一一メートルの地点に右折態勢にある一台の車を認めたのであるが、かかる場合、該交差点を右折するに際しては、右先行車の後に従い、かつ、その前からできる限り道路の中央に寄り、交差点の中心に直近した内側を徐行するは勿論、南から北に向って直進する車輛等がないかどうか、前後左右の交通の安全を確認して右折し、危険の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにかかわらず、控訴人進はこれを怠り、先行車より先に右折すべく、これを急ぐの余り、法規に定められた右折のコースをとらず、漫然同速度のまま交差点北西角附近を小廻りして進行したため、折柄南から北に向って該交差点に進入してきた被控訴人井上運転の被害車を発見し、急ブレーキをかけたが及ばず、事故車の左前部を被害車の正面に衝き当て本件事故に及んだことが認められる。してみれば、本件事故発生につき控訴人進に運転上の過失の存したことは明らかである。

三、控訴人らは、本件事故は被控訴人井上の前方不注視、安全不確認の過失により発生したものと主張するところ、もし井上にも過失ありとすれば、本件事故は被控訴人井上と控訴人岡野進との共同過失によって生じたことになり、井上の使用者である被控訴会社もいわゆる共同不法行為者として前記訴外人らに対してその損害を賠償すべき立場にあるものといわねばならず、従って、被控訴会社の訴外人らに対する後記損害金の支払は、控訴人らのための支払というよりは自己の賠償義務の履行にほかならないことに帰するから、被控訴会社は右の支出に関しては、控訴人らに対しこれを自己の損害であるとしてその賠償請求や、また、控訴人らのための事務管理に基づく費用償還請求ないし不当利得返還請求をなし得る余地はなく、むしろ、共同不法行為者の一員である控訴人らに対する求償権の行使としての請求をなすべきものと解せられるので、右の井上の過失の有無について考えてみるに、前認定のとおり、控訴人進は本件交差点を右折するに当って交通法規に定められた右折のコースをとらず、直進する被害車の進路を妨害したため本件事故が惹起されたものであって、一方、≪証拠省略≫によれば被控訴人井上は右交差点の手前約五〇メートルの箇所で信号が青になっているのを認めそのまま交差点に進入したが、当時交差点内には、事故車に先行して同じく右折の態勢をとりながら停車している一台の車があり、井上は交差点へ進入直前にその存在を認めたが右の車が前照灯をスモールにして被害車の通過をまっていたのでそのまま同一速度で直進したところ、前記の車に後続した事故車が上叙の如く小廻りして被害車の進路前方を右折せんとしたため、突嗟に急ブレーキをかけたが及ばず衝突したものであって、このような場合、被控訴人井上としては前記先行車に後続する本件事故車を認めても、右後続車において交差点を直進するか、右折するとすれば先行車に追随して被害車の通過をまって進行するものと信頼して運転するのが通常であり、前叙の如く、あえて交通法規に違反して自車の進行前方を突破右折することまで予想してこれに対する安全措置を講ずるまでの業務上の注意義務はないものと解するのが相当である。なお≪証拠省略≫によると、本件事故現場附近における普通自動車の指定最高速度は毎時四〇キロであり、被控訴人井上が多少右制限速度を超えて運転していたことは前段認定のとおりであるが、本件の場合、井上が制限時速四〇キロで運転していたならば事故発生に至らなかったとの点についてはこれを確認すべき何らの証拠がないので、井上の右制限時速違反と本件事故との因果関係は全く不明であり、結局本件事故につき井上に過失があったとの控訴人らの主張は採用できず、本件事故はもっぱら控訴人進の運転上の過失に起因するものと認めるのほかはない。

四、そして≪証拠省略≫によれば、控訴人剛は岡野軽自動車商会の商号で軽自動車の販売、修理業を営んでおり、控訴人進はその弟で同商会に傭われ、自動車等の修理業務に従事していた者であって、本件事故は控訴人進が右剛の所有する事故車を運転して婚約者を訪問しての帰途に発生したものであるが、控訴人進は平素から同商会の業務のためこれを運転していたことが認められる。してみれば、控訴人進の自動車運転目的がたまたま控訴人剛の事業に直接関係のなかった本件のごとき場合においても、前認定のような事実がある以上、控訴人進の右運転行為は、これを客観的にみると、控訴人剛の事業の執行にあたるというべきであるから、控訴人進は加害者本人として、控訴人剛はその使用者として、いずれも本件事故により生じた後記認定の損害を賠償すべき義務がある。

五、よって進んで損害の点について判断する。

(一)  被控訴会社の損害

≪証拠省略≫によれば、被控訴会社は次のごとき損害を被ったものと認められる。

(1)  事故車修理中の喪失利益

被控訴会社における当時の自動車一台の一日平均水揚は九、一五二円であって、被控訴会社は本件事故のため二五日間の休車をよぎなくされた結果、右一日平均水揚から諸経費(燃料費八七三円、修繕費八八七円、人件費一、三一五円)を控除した一日平均純利益六、〇七七円に二五を乗じた一五万一、九二五円の得べかりし利益を喪い、これと同額の損害を被った。

(2)  事故車修理費

被控訴会社は本件事故によってうけた事故車の破損箇所を修理するため金一六万七、〇〇〇円を支出し、同額の損害を被った。

(3)  被控訴人井上に対する休業補償金

被控訴人井上の平均賃金(労基法一二条)は一日一、三一五円六四銭なるところ、被控訴会社は被控訴人井上に対し、本件事故による受傷のための休業による休業手当(同法二六条)として、右平均賃金に休業日数三九日を乗じた金額五万一、三〇九円の支払を余儀なくされ、同額の損害を被った。

(4)  弁護士費用

右は被控訴会社が損害賠償義務者たる控訴人らから容易にその履行を受け得ないため、自己の権利擁護上、訴の提起を余儀なくされた結果、弁護士に委任し、一審の着手金として四万円を支払ったほか、謝金三万八、〇〇〇円、二審の着手金二万円、二審の謝金三万八、〇〇〇円計九万六、〇〇〇円の支払を約したもので、事案の難易、認容された額その他諸般の事情を斟酌すると、右の額は相当である。

(二)  被控訴人井上の損害

(1)  弁護士費用

≪証拠省略≫によれば、被控訴人井上は弁護士に依頼し、本件訴訟を追行した結果、一審の謝金一万三、〇〇〇円、二審の着手金一万円、謝金一万三、〇〇〇円計三万六、〇〇〇円の支払を約したもので、右は控訴人らが容易にその損害賠償義務を履行しなかったため弁護士に委任して訴の提起を余儀なくされた結果の支出と認められ、事案の難易その他諸般の事情を斟酌するとその額は相当である。

(2)  慰藉料

被控訴人井上が本件事故により相当の精神的苦痛を受けたことは明かであって、すでに認定した本件事故発生に対する控訴人進の過失、当事者間に争いのない被控訴人井上の受傷の部位、程度その他本件弁論に現われた一切の事情を考慮すると、被控訴人井上の被った精神上の苦痛に対する慰藉料は一〇万円をもって相当と認められる。

(三)  控訴人らは、被控訴人らの右損害につき過失相殺を主張するけれども、本件事故の発生につき被控訴人井上に何らの過失も認められないことは前段に説示したとおりであるから、控訴人らの右主張は採用できない。従って控訴人らは被控訴人らに対し、各自その被った前示損害を賠償すべき義務あるものといわねばならない。

六、次に、≪証拠省略≫によれば、事故車を運転していた被控訴人井上治およびこれに乗客として同乗していた前記訴外人両名は、前示傷害を治療するため三名分で合計四万六、一九〇円の治療費を要し、また、右訴外人両名は、郷里和歌山から駈け落ちして来阪中に本件事故に遭ったもので、訴外西山が通院治療を終るまで両名が宿泊した旅館代として計四万四〇円を支払い、流血で汚れた亀甲の衣服のクリーニング代一一七〇円を要したほか、精神的にも少なからぬ苦痛を被ったが、被控訴会社において右の費用をすべて支払い、かつ、訴外人両名に対して、見舞金名義で精神上の苦痛に対する慰藉料金二万円を支払ったことが認められる。

被控訴会社は、前記支払金額のうち訴外人両名に関する分については、第一次的に、本件事故に起因して被控訴会社の直接被った損害であるとして、控訴人らに対しこれが賠償請求権を主張するが、前叙のとおり本件事故はもっぱら控訴人岡野進の過失に起因するもので、これによって生じた前記井上および訴外人らの損害については被控訴会社には賠償責任はなく、本件の場合には商法五九〇条一項もその適用がないものと解されるので、被控訴会社が右三名に対して任意その損害金を支払ったとしても、これをもって被控訴会社の本件事故によって被った損害ということはできないから、控訴人らの右主張は理由がない。

そこで、進んで被控訴会社の事務管理に基づく費用償還請求権行使の主張について考えてみるに、上叙認定の事実からすると、被控訴会社の前記井上および訴外人らに対する損害金の支払は、井上が自社の営業用タクシーの運転手であり、訴外人らがその乗客であった関係から、控訴人らの支払うべき賠償金を一時立て替え支出したものと認めるのが相当であるところ、被控訴会社の支払った右各金員のうち、前記治療費四万六、一九〇円、衣服洗濯代一、一七〇円、訴外西山の入院中における亀甲の宿泊に要した五日間の旅館代九、五三〇円(旅館代は合計四万四〇円で、宿泊日数は一人当り延べ二一日であるから、一人一日一、九〇六円の計算による五日分)および慰藉料二万円は、いずれも本件事故による損害として控訴人らにその賠償義務があるので、右の金員は被控訴会社が上叙事務管理として控訴人らのために支出した有益な費用というべきであるが、その余の旅館代は、訴外人両名が大阪へ駈け落ちしてきた関係上、西山の退院後直ちに帰宅しにくい事情もあって、引きつづき旅先で宿泊通院したためのもっぱら訴外人ら側の事情に基づく失費であることが≪証拠省略≫によって推知されるので、該金員は、被控訴会社が控訴人らのために事務管理として支出した有益なる費用とは認められず、控訴人らにつき不当利得の関係も成立しない。そして、本件における弁論の全趣旨に鑑みるときは、被控訴会社が控訴人らのために前記賠償金の立替払いをしたのは、控訴人らの意思に反してなしたものと解するのほかないが、右の立替払いによって控訴人らが同額の利益を得たことは明かであり、反対の事情が認められない本件においては右の利益は現存するものと推断されるので、控訴人らは被控訴会社に対して右費用の合計七万六、八九〇円を償還すべき義務ありというべきである。

七、右の次第であるから、控訴人らは各自被控訴会社に対し、本件事故により被控訴会社が被った損害五〇万六、二三四円の賠償および被控訴会社が控訴人らのため事務管理の費用として支出した七万六、八九〇円の償還ならびに右損害五〇万六、二三四円の内金三二万七、〇三二円(原審で認容された被控訴会社の物損と弁護士費用四万円の合計額)と右管理費用七万六、八九〇円の合計四〇万三、九二二円に対する履行期後たる昭和四〇年九月一〇日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、被控訴人井上に対し右事故により被控訴人井上が被った損害一三万六、〇〇〇円および内金九万円(原審で認容された慰藉料)に対する右昭和四〇年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。よって、被控訴会社の関係については、本件控訴および附帯控訴に基づき一部これと符合しない原判決を右の限度で変更すべく、被控訴人井上の関係については、前認定の控訴人らに対する損害賠償請求権の一部を認容した原判決の取消しを求める本件控訴は理由がない(井上の逸失利益として控訴人らに対し各自金四万六、一七八円の支払を求める請求部分を認容した原判決は失当であるが、この請求は当審で取下げられた)のでこれを棄却し、その余の部分の支払を求める被控訴人井上の附帯控訴は理由があるので、原審で認容された九万円を控除した残額につきその支払を命ずることとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九六条、第九二条、第九三条但書を仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小石寿夫 裁判官 宮崎福二 舘忠彦)

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