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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)1793号 判決 1969年12月18日

理由

(第一次請求について)

一  原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は本件手形を現に所持する者であることが認められ、本件手形が満期日に支払場所に呈示されその支払を拒絶されていることは当事者間に争いがない。

本件手形の振出人欄の記名印が被控訴人の記名印によつて顕出されたものであり、その名下の代表者印影も被控訴人代表者印によつて顕出されたことは当事者間に争いがない。しかし乍ら、《証拠》によると、それらは被控訴人代表者の意思に基づいて顕出されたものではなく、同人不知の間に訴外茂田が押捺したものであることが認められ、他にこれに反する証拠はない。

よつて本件手形は、訴外茂田がいわゆる署名代理の方式をもつて振出したものであるところ、控訴人は、訴外茂田はその権限を有していたか、若しくは権限踰越の振出であるから、民法一一〇条の類推により、被控訴人がその振出責任を負うべき手形であると主張するので判断する。

二  《証拠》を総合すると次の事実が認められる。

(1)  訴外茂田は、昭和四〇年一一月から昭和四一年八月一二日まで被控訴会社に勤務し、その間、会計主任として、金銭出納、手形振出の事務およびこれらに要する被控訴会社の記名印・代表者印の保管の事務を担当していたものである(以上の事実は被控訴人も自認する。)ところ、手形振出については、原則としては個々に被控訴人代表者がその振出を決定し、その命によつて右保管にかかる印鑑を用いて右振出の決定せられた手形作成の事務を同人がするということになつていたが、偶々代表者本人の長期不在の期間緊急の支払に充てるためとか、又は三万円程度以下の少額の支払に充てるためなどの場合は、なお、訴外茂田独自の判断で手形を振出すことも認められていた。しかしそれらも事後に代表者の承認を受くるはもとより、融通手形の振出をする権限はこれを与えられていなかつた。

(2)  本件手形は訴外茂田が、訴外岸下より融資を依頼されて融通手形として被控訴人代表者に無断で前記預り保管中の代表者印等を冒用して作成し訴外岸下に交付したものである。

《証拠》中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、また成立に争いのない甲第一号証の三、四の記載自体は、本件手形が融通手形でなく商品代金の前渡金として振出され、且つ被控訴人代表者もこれを知つていたかの如き記載となつているけれども、右は当審における被控訴代表者本人の供述に照らすと、取り敢えず契約不履行ということで支払を拒絶し、敢えて事実に反する記載をしたものであることが認められるので、右甲第一号証の三、四の記載は前認定を左右するに足らず、他に前認定を覆えすに足りる証拠はない。

前認定事実によれば、本件手形につき訴外茂田にはこれを振出す権限はなく、同人の偽造であるということができるけれども、右被控訴人代表者の長期不在の間又は少額の取引につき被控訴人名義で支払手形を振出す権限を与えられていたところ、その権限を超えて振出した場合に当るから、受取人たる訴外岸下において、訴外茂田が本件手形を振出す権限を有したと信ずべき正当な事由ある場合においては、なお、被控訴人は本件手形の振出責任を免れないというべきである(昭和四三年一二月二四日最高裁第三小法廷判決参照)。

しかし乍ら、《証拠》によると、訴外茂田は本件手形振出の以前にも訴外岸下に対し本件と同様被控訴人名義の融通手形を偽造して振出し、被控訴人は一旦その支払を拒絶したが、訴外岸下において差押をしようとするなどしたため、被控訴人が将来の信用をおもんばかつて、その支払をした事実のあることが、また、《証拠》によると、訴外岸下は、本件手形受取の際、それを訴外茂田が被控訴会社代表者に謀ることなく独自の判断で振出すものであることを諒知していたことがそれぞれ認められ、《証拠》中これらに反する部分はたやすく信用しがたく、他にこれらに反する証拠はない。そうすると、訴外岸下は本件手形受取の際において、これも先の手形と同じく無権代理ではないかとの疑を抱き又は抱くべきであつたと認められるから、同人につき、訴外茂田が本件手形の振出権限を有すると信ずべき正当の事由は存しなかつたものといわねばならない。

三  従つて、被控訴人は本件手形につき何ら振出人としての責を負うべきものではない。よつて、控訴人の本件第一次請求(手形金請求)は理由がないので、本件手形判決を取消して控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

(予備的請求について)

一  訴外茂田が被控訴人の被用者であるところ、同人が本件手形を偽造したことは当事者間に争いがない。そして、《証拠》によると、本件手形は受取人訴外岸下において訴外小田部実を通じ控訴人にその割引を依頼し、昭和四一年五月二七日、控訴人はその振出の偽造たることを知らずこれを割引いて、訴外岸下より裏書譲渡を受けたものであること、控訴人は右同日割引金として手形金額に対する日歩二銭六厘による金二五、一六八円を差引いた金八〇九、三三二円を支払い、他に取立費用として金二五〇円を受取つたことが認められ、他にこれに反する証拠はない。

二  控訴人は、訴外茂田の本件手形偽造行為は同人が職務の執行につきなしたものであると主張し、被控訴人はこれを争うので判断する。

前記第一次請求についての判断の二項に認定したように、訴外茂田は被控訴会社の会計主任として金銭出納、手形振出の事務およびこれらに要する被控訴会社の記名印、代表者印の保管事務を担当し、被控訴代表者の命により手形を作成するほか、代表者の長期不在中の緊急の支払および三万円程度以下の少額支払のためには独自にも手形振出の権限を有していたのであるから、本件手形の振出行為は、訴外茂田の分掌する職務と密接な関連性を有し、且つ同人が被控訴人の名で権限外に手形振出をすることが客観的に容易であつて、外形上訴外茂田の職務行為の範囲内に属する行為ということができる(昭和四〇年一一月三〇日最高裁第三小法廷判決参照)から、被控訴人はこれにより生じた第三者の損害を賠償する責に任ずべきである。

三  そこで、本件手形偽造によつて控訴人が損害を蒙つたかにつき判断するに、控訴人は前記一認定のように、昭和四一年五月二七日、本件手形の振出の偽造たることを知らずに金八〇九、三三二円を支払つてその割引をし、他方取立費用金二五〇円の支払を受け、もつて差引金八〇九、〇八二円の出捐をしてこれと同額の損害を蒙つたものである。被控訴人は、不法行為の直接の相手方でない手形の転得者たる控訴人に対しては、その責を負う理由はないと主張するけれども、一般的にも手形は転々流通することを予測して振出されるものであるし、とくに本件では前記第一次請求に対する判断の二項に認定したように訴外茂田はこれを融通手形として振出したものであるから将来これを転得する第三者にも損害を加うべきことを予測し得たものというべく、控訴人の前記損害は、訴外茂田の本件不法行為と相当因果関係の範囲内にあるものということができるから、被控訴人はその責を免れ得ない。

四  されば、被控訴人は控訴人に対し、右控訴人が出捐した金八〇九、〇八二円を賠償すべきである。

控訴人は、本件損害の範囲を、被控訴人に対し手形上の権利を行使し得ないことにより、これが真正な手形ならばその支払を受け得たであろう手形金相当額であると主張する。しかし乍ら、不法行為の結果被害者に得べかりし利益の喪失(消極的損害)があつたというためには、本来加害行為がなかつたならば取得し得た筈の利益が、加害行為を契機として取得できなくなつた場合でなければならない。換言すれば得べかりし利益というのは、加害行為があつたことによつて、本来生じていたのものが失われるような利益であり、加害行為があつたことによつて初めてその取得が期待されることとなつた利益の如きは含まれるべきではない。本件においても控訴人の持つた本件手形金の支払を受け得る期待利益は、本件手形が偽造され流通に置かれたことによつて初めて取得した利益であり、本件手形偽造によつて失われた利益ではない。されば、控訴人は本件手形偽造によつて得べかりし利益を喪失したというのは相当でなく、控訴人は右割引金の支払等により現実に蒙つた積極的損害の補填を受けることをもつて満足すべきである。

五  よつて控訴人の第二次請求は金八〇九、〇八二円とこれに対する右出捐の日以後の日である昭和四一年九月二一日以降支払済に至るまで年五分の割合による法定遅延損害金との支払を求める限度において正当として認容すべく、その余は失当として排斥を免れない。

(結び)

よつて民事訴訟法第三八四条により控訴人の第一次請求については本件控訴を棄却し、予備的請求については右の限度で認容しその余は棄却

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