大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)1873号 判決 1970年1月20日
控訴人
井原久吉
外二名
代理人
中村源次郎
被控訴人
高月町
代理人
中筋義一
外二名
主文
一、原判決を次のように変更する。
二、被控訴人は、控訴人井原久吉に対して金九〇万円、控訴人井原輝久に対して金一五〇万円、控訴人庄司義春に対して金一五万円、ならびにそれぞれこれに対する昭和三五年四月三〇日から右各支払済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
三、控訴人らのその余の請求を棄却する。
四、訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その二を控訴人らの負担とし、その一を被控訴人の負担とする。
五、この判決は仮りに執行することができる。
事実
控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人井原久吉に対して金三三〇万円、控訴人井原輝久に対して金二五〇万円、控訴人庄司義春に対して金二五万円、および右各金員に対する昭和三五年四月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実の主張及び証拠関係は、次につけ加えるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する。
一、控訴人らの主張
(一) 控訴人らは、山岡博人から提起された所有権移転登記抹消登記請求訴訟(大阪地方裁判所昭和三二年(ワ)第一六九号および昭和三三年(ワ)第、八三九号)において、右山岡の主張を極力争い、自分らの勝訴を信じて訴訟を追行していたのであつて、右訴訟において控訴人らが勝訴すれば何ら損害は生じないのであるから、その段階において控訴人らが損害の発生を知ることはあり得ず、昭和三五年二月二六日山岡との間に既述の如き裁判上の和解をしたことにより、山岡に対し所有権移転登記を抹消する義務を負担するに至つてはじめて控訴人らに損害を生じ、かつ同時にこれを知つたものというべきである。従つて控訴人らの本件損害賠償請求権については右裁判上の和解の時から消滅時効が進行をはじめることになる。
(二) かりに、右損害賠償請求権につき被控訴人主張の昭和三一年一〇月三〇日から消滅時効が進行するものとしても、控訴人らは山岡博人との間の前記訴訟中の昭和三四年九月二五日に、被控訴人に対して、右訴訟において控訴人らが敗訴するときは改めて被控訴人に損害賠償を請求する旨の訴訟告知をしており、右訴訟告知は催告と同一の効力を有するところ、控訴人らは上叙裁判上の和解により山岡との間の訴訟が終了した日から六箇月内に本訴を提起したから、本件損害賠償請求権についての消滅時効は中断され、いまだ完成していないものである。
二、被控訴人の主張
控訴人らのした訴訟告知に時効中断のための催告の効力があること、および訴訟告知があればその訴訟の係属中催告の効力が持続するとの控訴人らの主張はいずれもこれを争う。
三、証拠関係<省略>
理由
一当裁判所もまた原審と同様、(1)控訴人らは訴外長田寿夫から原判決添付目録(一)記載の各土地ならびに同目録(二)記載の各家屋(以下本件土地、家屋という)の買取り方の交渉をうけたので、右長田にこれが処分につき正当の権限があるものと信じて代金六七〇万円で買受ける旨の契約をなし、右代金(一部小切手)を支払つて控訴人らの共有名義に所有権移転登記を経由しかつその引渡をうけたところ、その後山岡から右売買は長田が無権限でなした無効のものであるとして、所有権転登記の抹消登記手続ならびに損害金支払請求を求める訴を提起され、右訴訟における審理の結果、右売買は長田が山岡の印鑑を偽造してほしいままに本件土地家屋を処分し不正の利益を図らんとしてなしたものであることがほぼ明かになつたので、控訴人らはやむなく山岡との間で控訴人ら主張の如き裁判上の和解をして右訴訟を終結せしめたこと、(2)右の売買について使用された山岡の偽造印の改印届の受理ならびにこれが印鑑証明書の交付につき被控訴人町の係員小森芳夫に重大な過失があり、控訴人らが前記裁判上の和解により本件土地家屋を山岡に返還せざるを得なくなつたことによつて蒙つた損害と右の改印届の受理や印鑑証明書交付行為との間には相当因果関係があることを認定し、従つて、控被訴人町は控訴人らの蒙つた前記損害につき国家賠償法第一条による損害賠償責任を負うものと判断する<以下略>。
二本件損害賠償請求権についての消滅時効の成否
被控訴人は、控訴人らの本件損害賠償請求権は控訴人らがその損害および加害者を知つた昭和三一年一〇月三〇日から満三年を経過した昭和三四年一〇月三〇日かぎり時効によつて消滅したと主張し、控訴人らは被控訴人主張の右時効の起算点を争い、かりに被控訴人主張の日から消滅時効が進行をはじめるものとしても、右時効は中断されたと抗争するので、以下この点について判断する。
(一) <証拠>によれば、山岡博次は、控訴人らが本件土地家屋につき長田との前記売買による所有権移転登記を経由した昭和三一年九月二七日中にこのことを知り、同日午後中筋弁護士を通じて控訴人井原久吉に対し、「本件不動産は自分のもので誰にも売つていない」旨異議を述べて右移転登記の抹消手続を求めたほか、同年一〇月四日の新聞紙上に本件売買に関する長田の犯行記事が掲載され、同月一二日には井原久吉が山岡から告訴された白石、森川らとともに参考人として取調べをうけるなどのことがあつて、長田が山岡博次の印鑑を偽造して関係書類をととのえた上控訴人らを騙して本件土地家屋を売りつけたことが次第に明るみに出てきたので、控訴人井原久吉は他の控訴人らと相談の上同月一五日頃被控訴人町役場におもむき、小森や助役に面会して右の関係書類の作成に使用した山岡博次の印鑑証明書交付に関する事情を尋ねたところ、山岡の偽造印による改印届の受理および該印鑑証明書の交付についての前段引用にかかる原判決認定のいきさつが明かにされ、かつその結果控訴人らに迷惑をかけたことにつき右小森や助役から詑びの申入れがあつたこと、一方控訴人井原久吉は、山岡から前記のように本件土地家屋についての所有権移転登記の抹消を求められ、売買の斡旋人である白石春三に事の真否を詰問したが要領を得られなかつたので、山岡のいうところが本当で、長田に売買代金の支払として交付した現金や小切手は同人に詐取された結果になるかもしれないことの危懼を生じ、その場合の被害をできるだけ小額に喰いとめるべく右小切手を回収しようと考え、同年九月三〇日頃前記金額五〇万円の小切手をその所持人に一〇万円を払つて取戻し、一〇月四日頃同じく金額一六〇万円の小切手を所持人に三五万円を払つて取戻したほか、その間長田から前記金額八〇万円の小切手を無償で返還をうけたこと、などの事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
かくして、被控訴人は右認定の事実に基づき、昭和三一年一〇月一五日頃井原久吉が被控訴人町役場において小森らから前記印鑑証明書交付のいきさつを聴取確認したことにより、控訴人らはおそくとも同月三〇日には本件損害賠償請求についての損害および加害者を知るに至つたのであるから、この時から消滅時効が進行すると主張するのであるが、控控人らは本件土地家屋につき当時すでにその共有名義に所有権移転登記を経由し、かつこれが引渡しをうけていたのであるから、その後控訴人らにおいて本件売買に関する上叙いきさつを知り、また山岡から控訴人らに対する前記取戻しの請求がなされたとしても、控訴人らの本件土地建物に対する所有者的支配の実態が保持されているかぎり、その段階において直ちに控訴人らに損害が生じたものというを得ず、山岡から提起された前記訴訟においてもし控訴人らが勝訴するに至れば控訴人らは何ら損害を蒙らない結果になるのであつて、少くとも右訴訟において控訴人らの本件土地建物の所有権取得の有効無効が争われている間は、控訴人らの損害の発生は未確定の状況にあつたものというべきである。したがつて、控訴人井原が被控訴人町役場を訪れて小森らから印鑑証明書交付のいきさつを聴取確認したことにより控訴人らにおいて本件損害を確知したとして、その時から消滅時効を起算する被控訴人の主張は採用し難い。
(二) のみならず、かりに消滅時効の起算点に関する被控訴人の右主張を容れるとしても、次の理由によつて右の消滅時効は中断され、本訴提起の時までにその完成をみなかつたものというべきである。
<証拠>によれば、山岡と控訴人ら間の右抹消登記等請求訴訟の係属中、被告たる控訴人らの訴訟代理人から昭和三四年九月二五日付で告知人を控訴人らとし被告知人を被控訴人とする訴訟告知書が受訴裁判所に提出されたこと、右告知書には告知の理由として「控訴人らは山岡から本件土地家屋につきその取得登記の抹消手続を求められ、かつ控訴人井原久吉は右不動産産占有部分の明渡しと賃料相当の損害金の支払を求められているが、右訴訟において控訴人らが敗訴するときは、その原因が被控訴人の重大な過失により山岡名義の改印届を受け付けかつ即日印鑑証書を違法に下附したことにあるので、被控訴人に対し損害賠償の請求をなし得るものと信ずるから訴訟告知をする。」旨が記載されていることが認められ、該訴訟告知書がその頃被控訴人に送達されたことは被控訴人において明かに争わないので、これを自白したものとみなす。
ところで、訴訟告知はそれ自体としては訴訟継続の事実を第三者に通知する訴訟法上の行為であるが、告知者が右の訴訟告知をするのは当該訴訟において敗訴すれば被告知者に対し求償ないしは請求をすることを意図している場合もあるのであつて、かかる場合その訴訟告知に請求の意図が示されていても、これをもつていわゆる裁判上の請求とはいえないけれども、なお告知者が権利行使の意思を表明したものとしてこれに民法一五三条に定める催告の効果を認めるのが相当である。けだし、時効中断事由としての催告は簡易な方式で一応消滅時効の期間を延長しておくことを目的とし、さらに六箇月の期間内に厳格な中断方式を採ることを要するものとされているのであるから、右の如き予備行為としての催告はこれを広く解するのが至当であるからである。そして右のような訴訟告知がなされた場合において、これが普通の催告としての効力しかないとすれば、告知者は訴訟告知をした時から六箇月内に上述の強力な中断事由に訴えなければならないことになるが、それでは当該訴訟の終了するまでに六箇月を経過することもあつて不当な結果になるし、さらに訴訟告知の如き裁判上でなされる催告は普通の催告より強力な効果をもつものとする十分の理由があるので、当該訴訟が係属している間は催告が継続しているものと考えて、その訴訟の終了したときから起算して六箇月内に裁判上の請求などの強力な中断事由に訴えれば足るものと解すべきである。
これを本件についてみるに、控訴人らが山岡との間の前記訴訟において被控訴人に対してなした訴訟告知には、控訴人らがその訴訟において敗訴した場合は被控訴人の損害賠償責任を追求するとしてその権利行使の意図が表明されているのであるから、民法一五三条に定める催告の効力を有し、また控訴人らと山岡との間の右訴訟は、昭和三五年二月二六日に訴訟上の和解により終了したことは当事者間に争いのないところであつて、このときから右六箇月の期間内である同年四月二三日に本訴が提起されたことは当裁判所に顕著な事実であるから、控訴人らの被控訴人に対する本件損害賠償請求権の消滅時効は右により中断されたものというべきであり、したがつて、本件損害賠償請求権がすでに時効に因り消滅したとの被控訴人の抗弁は理由がない。
三損害賠償の額について
(1) 控訴人らの蒙つた損害額
(イ) <証拠>によると、前示本件不動産を買受けにあたり売買代金として長田に現金小切手等で交付した金六七〇万円のうち、控訴人井原輝久が金二五〇万円、控訴人庄司義春が金二五万円、控訴人井原久吉においてその余の三九五万円を分担支出したことが認められるところ、前段認定のように井原久吉において長田に交付した右小切手のうち、支払人大和銀行難波支店の小切手額面金五〇万円については金一〇万円を、支払人三和銀行泉佐野支店の小切手額面金一六〇万円については金三五万円を同小切手の所持人に支払つてこれを取戻し、支払人大和銀行泉佐野支店の小切手額面金八〇万円については長田から無償でこれが返却をうけているのであつて、これら取戻しにかかる小切手金についての控訴人ら各自の間における分担額は明らかではないが、控訴人井原久吉においてその取戻しに努力しかつこれに関する費用を同人が支出したことからみて、同控訴人の分担出捐額から右小切手金額合計二九〇万円を差引き、一方これが取戻しに要した費用合計金四五万円はその損害金に加うべきであつて、これによつて控訴人らの売買代金を長田に支払つたことに基づく損害額は控訴人井原輝久につき金二五〇万円、控訴人庄司義春につき金二五万円、控訴人井原久吉につき金一五〇万円(ただし、売買代金六七〇万円から、他の控訴人の分担分合計二七五万円及び取戻小切手額面合計二九〇万円を控除し、これに小切手取戻費用金四五万円を加えたもの)と算定される。
(ロ) (控訴人井原久吉が和解により支出した金一〇〇万円について)山岡と控訴人らとの間における訴訟上の和解で控訴人井原久吉が金一〇〇万円を山岡に支払つたことは当事者に争いがなく、<証拠>によると、右の金一〇〇万円は、同人が本件不動産を使用した代償として支払つたものであること、同控訴人は、昭和三一年九月下旬から、訴外浪速製鋼株式会社に本件不動産のうち建物の一部を賃貸し月額金五万円の賃料を約半年間支払いを受け、同控訴人自身も本件土地のうち約四〇坪余を自己の経営する井原木材株式会社の材料置場として和解による明渡期限である昭和三五年二月末まで使用して利益をえていたものであること、同控訴人が前記浪速製鋼からえた賃料と右のように自ら使用した土地の使用料相当額の合計額(ただし、土地に対する固定資産相当額を除く。)は、ほぼ右の和解によつて支払つた金額に符合するものであることが認められるので、右一〇〇万円は同控訴人が明渡しまでの本件土地の使用収益の代償として当然に負担すべきものであり、これが支出をもつて、同控訴人の損害ということはできない。なお、被控訴人は控訴人井原久吉において本件不動産を使用しその利益をえたとして損益相殺を主張するが、損害の発生に関連して一方において利益をえたとしてこれを損害額から控除するには、被害者が現実にその利益をえたことを要し、単に利益をうる可能性にとどまる場合にはこれを考慮する必要はなく、<証拠>によると、本件不動産全体の使用料相当額は、山岡が返還を受けるまでの間月額約六万四、〇〇〇円ないし約八万二、〇〇〇円であることが認められるけれども、同控訴人において右金額に相当する利益を得たことを認めるに足る証拠はなく、むしろ、前記認定のように和解により支払つた金員相当額の利益をえたに過ぎないものと認められるのであるから、被控訴人の右主張は採用できない。
(2) 過失相殺――<証拠>をあわせ考えると、本件不動産は、もと山岡博次が新日本工機株式会社に賃貸していたものであるが、同社が倒産したので、再び山岡に返還され、同人はこれをヤンマーデイーゼル株式会社不動産課長の伊東順一に管理させるとともに、訴外魚住十巳二に他に売却方を依頼したこと、そのため昭和三一年三月ごろには本件土地上に魚住の氏名住所表示のもとに売却広告及び売主への連絡先が表示されている看板が設置されたこともあつたこと、控訴人井原久吉は本件不動産の隣地に事務所をもつ井原木材株式会社の社長で、かつて右魚住に本件不動産の売買につき問い合せたが値段が金二、〇〇〇万円との返答だつたのでその話を打切つたこと、昭和三二年一月における本件不動産の課税標準額は合計金七〇三万六、七〇〇円であつたこと、同控訴人において本件不動産を買い受けるにあたり、長田の言のみを信じ、その登記簿上の所有者につき何らその売却の意思を確認していないことが認められ、右の認定に反する<証拠>は措信できない。右の事実に本件売買契約締結のいきさつに関する冒頭引用の原判決認定事実をあわせ考えると、本件不動産については、柴原篤子の仮登記がなされており、長田において本件不動産は右柴原の所有であることを告げていたとしても、控訴人らがその移転登記を受けたのは右山岡からであつて、および本件不動産のような高額の取引に際しては、買受人は売渡人本人につき直接その真意を確かめる等必要の注意をなすべきであるにもかかわらず、前記認定のようにすでに過去において二、〇〇〇万円もの値段がつけられた物件につきその後長田より著しく低廉な六七〇万円をもつて売却する話を持ち込んだのに対して、この間の事情を所有者である山岡ないしは前記管理人等につき確かめることもせず、形式的に整えられた登記関係書類と長田の言のみを信用してこれを買い受け前示代金を長田に支払い、もつて本件損害を蒙むるに至つたものであつて、その損害の発生については控訴人らの側にも過失のあることが否定できない。したがつて、本件損害賠償額については右の被害者である控訴人らの過失を斟酌して前記損害額の各六割に相当する控訴人井原久吉に関しては金九〇万円、控訴人井原輝久に関しては金一五〇万円、控訴人庄司義春に関しては金一五万円と算定するのが相当である。
四以上説示のとおり、被控訴人はその所属の公権力の行使に当る公務員がその職務を行なうにつき過失によつて違法に控訴人らに加えた損害の賠償として控訴人井原久吉に対し金九〇万円、控訴人井原輝久に対し金一五〇万円、控訴人庄司義春に対し金一五万円並びにこれに対する右の違法行為がなされた後であつて本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三五年四月三〇日から右支払済みまで民法所定の法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。そうすると、控訴人らの本訴請求は、被控訴人に対し右の支払いを求める部分は正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免がれない。
したがつて、原判決中、右の認容すべき請求を棄却した部分は不当であつて、本件控訴は一部その理由があるので原判決を変更し、控訴人らの請求を右の範囲で認容し、その余を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九六条九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のように判決する。(小石寿夫 宮崎福二 舘忠彦)
別紙目録(一)(二)《省略》