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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)1964号 判決 1971年12月23日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出認否援用は、次に附加するほか、原判決事実摘示(但し原判決五枚目表五行目「別紙目録」から同六行目「記載するように」までを除く。)と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人代理人は、

一、本件特許の対象である押抜工法(以上押抜工法という。)につき、被控訴人による先使用の事実がないことは次の諸点に徴し明らかである。

(一)  被控訴人主張の横浜市ほか二ヶ所で行われた工事は、いずれも在来の工法で事足りるものであつた。従つて、被控訴人が右工事にその主張の特殊の工法を用いたということはあり得ない。

(二)  被控訴人は、昭和三二年七月(本件特許の出願公告がなされる以前)に行つた東海道線国鉄吹田操車場線瓦斯管用鞘管埋設工事において、同工事は、本件押抜工法(被控訴人の主張によれば、同主張の中押工法と同じもの)を用いるに最も適していたにもかかわらずこれを用いないで工事を行つた。

(三)  被控訴人は、その主張する中押工法につき特許出願をしていない。

(四)  控訴人が被控訴人に対し通常実施権の許諾をしたのは異議申立により特許権の登録が遅れることを嫌つたからであり、先使用の事実を認めたからではない。

二、先使用の事実がないこと右のとおりであるとするならば、本件通常実施設定契約当時控訴人の立場は被控訴人のそれより優位にあつたこととなるから、右契約に控訴人主張の条件(被控訴人にとつて不利であることはいうまでもない。)を附したからといつて不自然ではない。

三、右条件の内容を詳説すると次のとおりである。

本件押抜工法を必要とする工事につき、南野建設株式会社と被控訴人双方に工事見積りの引合いがあつたときは、南野建設株式会社に右工事施行の意思及び能力がない場合を除き、被控訴人は、右会社と競合関係に立つことを避け、右会社をして優先的に受注せしめる。

と陳述した。

立証(省略)

被控訴人代理人は、

一、控訴人主張一の(二)及び(三)の事実は、いずれも先使用の事実を否定する根拠とならない。なぜなら、(二)については、当該工事に被控訴人主張の中押工法を使用するのを適当とするか否かは複雑な諸条件によつて定まるものであつて、控訴人主張の工事が右中押工法を用いるに適したものであつたかどうかは一概にいえず、(三)については特許出願をすることが発明者にとつて常に必ずしも有利だとは限らないからである。

二、本件通常実施権の許諾は、特許異議の申立の結果拒絶査定を受けることを恐れた控訴人が、異議の取下げを得るための交換条件としてしたものであるから、控訴人主張のように当時控訴人に比し控訴人の方が優位にあつたということはない。

三、本件通常実施権の許諾契約に控訴人主張の特約が附せられていたとの控訴人主張事実及び被控訴人が今出川公共下水工事に関し控訴人の受注を妨害したとの控訴人主張事実をいずれも否認する。

と陳述した。

立証(省略)

理由

控訴人が昭和三一年六月三〇日墜道管押抜工法の特許を出願し、同三三年六月二一日出願公告があり、これに対し被控訴人が同年八月一一日異議の申立をなし、異議手続進行中控訴人被控訴人間において同三四年三月二八日示談が成立したこと、右示談は、控訴人は被控訴人に対し右工法に関する発明につき特許の査定があつたとき右特許権の通常実施権を許諾し、被控訴人は、控訴人に対し右異議を取下げることを内容とするものであることは、当事者間に争がない。控訴人は、右通常実施権設定契約には被控訴人が控訴人主張の条件に違反した場合契約を解除しうる旨の特約が附せられていたと主張するけれども、この主張は採用し難い。けだし、右主張に添う原審及び当審における控訴人本人尋問の結果は、次の理由により措信し難く、他に右控訴人主張事実を認むべき証拠はないからである。

(一)  成立に争のない甲第一一号証は、前記示談の際控訴人被控訴人間において作成された覚書であるが、それには特許発明の実施を無償で許諾する旨の記載があるだけで控訴人主張の特約の記載はない。

(二)  成立に争のない甲第二号証、乙第一号証、当審証人尾崎常次郎の証言によれば、被控訴人は、本件出願公告がなされる以前である昭和二九年五月国鉄新鶴見操車場構内の水道管用鞘管埋設工事において、本件押抜工法と技術思想及び実施形態を同じくする工法を用いたことが認められ(この認定に反する原審及び当審における控訴人本人尋問の結果は措信しない。なお、被控訴人は、右のほか二ケ所の工事において右工法を用いたと主張し、これに添う原審証人山田勝已及び同紙谷弥一郎の各証言があるけれども、これらの証拠だけではいまだ右主張事実を認めるに足りない。)、この事実に徴するならば、本件特許出願は、本件異議の結果拒絶の査定を受けるおそれがなかつたとはいえないのであつて、このような事情を前提として判断するならば、本件通常実施権の許諾に控訴人主張の条件が附せられていたとは考えられず、またかりに右条件が附せられていたとしても、右条件違反を理由に通常実施権設定契約を解除する(それは通常実施権を失うことを意味する。)ことまで被控訴人が承諾したとは到底考えられない。

かくて被控訴人が異議を取下げた結果昭和三四年四月九日特許の査定があり、同年五月一四日控訴人を権利者とする本件特許権の登録がなされたことは、当事者間に争がないから、被控訴人は、これにより本件特許権につき、通常実施権を有するに至つた。ところで、控訴人は、本件通常実施権設定契約は、昭和三九年九月四日の後記不信行為を原因とする解除の意思表示(この意思表示があつたことは当事者間に争がない。)により解除せられたと主張し、被控訴人は、これを争うので、この点につき判断するのに、原審証人高橋寛、当審証人納卯之松の各証言、原審ならびに当審における控訴人本人尋問の結果によれば、訴外大日本土木株式会社は、昭和三九年八月頃、先ず南野建設株式会社に次いで被控訴人に、京都市下水部の中部排水区堀川系統今出川公共下水工事の埋設管押込工事の見積りをさせ、結局被控訴人に右工事を請負わせたこと、そのような結果となつたことにつき被控訴人に不信行為(右工事を受注しないこと、その前提として大日本土木から見積りの引合があれば控訴人に通知することを約しながら、この約に反して右通知をせず、受注した。)があつたことを認め得るけれども、前記特約が認められない以上、右不信行為を以て契約解除の原因とすることはできないから、右解除の意思表示は無効である。よつて、被控訴人は、依然として本件特許権につき通常実施権を有するものというべきである。よつて、右通常実施権を有することの確認を求める被控訴人の請求は理由がある。

被控訴人が本件特許権につき通常実施権を有すること右の如くである以上、控訴人に対し右権利の設定登録手続をすることを求める被控訴人の請求も亦理由がある。なぜなら、特許権につき許諾による通常実施権の設定を得たものは、特約による登録禁止その他特別の事情がない限り(本件において右特別の事情は認められない。)特許権者に対し右権利の設定登録を請求しうるものと解すべきであり、この理は許諾による通常実施権が債権的権利であり、登録が対抗要件であることによつて左右されるものではないからである。

よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は、理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

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