大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)329号 判決 1972年1月28日
(昭和四二年(ネ)第三二九号事件控訴人
昭和四三年(ネ)第六六九号 事件附帯被控訴人
昭和四六年(ネ)第一六九八号 事件附帯被控訴人)
被告
東大阪市長
右訴訟代理人
福岡彰郎
外二名
(昭和四二年(ネ)第三二九号事件被控訴人
昭和四三年(ネ)第六六九号事件附帯控訴人)
加茂栄三訴訟承継人
原告
加茂アサコ
同
加茂庄一
右訴訟代理人
間狩昭
外一名
(昭和四二年(ネ)第三二九号事件被控訴人
昭和四六年(ネ)第一六九八号事件附帯控訴人)
加茂栄三訴訟承継人
原告
片岡栄子
右訴訟代理人
宮武太
主文
控訴及び訴訟承継により、原判決を次の通り変更する。
控訴人は、被控訴人加茂アサコに対し金二、五二三、五四七円、被控訴人加茂庄一に対し金三、三六四、七二九円、被控訴人片岡栄子に対し金一、六八二、三六四円、及び各これに対する昭和三六年一月三〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人らのその余の金員請求は、いずれもこれを棄却する。
被控訴人らの附帯控訴は、いずれもこれを棄却する。
被控訴人加茂アサコ、同加茂庄一の裁決変更の請求は、これを却下する。
訴訟費用(附帯控訴費用を含む)は第一、二審を通じこれを四分し、その三を被控訴人ら、その一を控訴人の負担とする。
事実
控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人と称する)代理人は、控訴につき「原判決を取消す。本件訴(裁決変更の新請求を含む)を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人と称する)らの負担とする。」との判決、予備的に「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決、
各附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人加茂アサコ、同加茂庄一代理人は、控訴につき「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決、附帯控訴(昭和四三年(ネ)第六六九号事件)として「原判決を次の通り変更する。別紙目録記載の土地につき、大阪府収用委員会が昭和三五年一二月一六日になした裁決中の損失補償金一〇、六三四、五六〇円を、金三三、七三四、〇〇〇円と変更する。控訴人は、被控訴人加茂アサコに対し金七、六九九、八一三円、同加茂庄一に対し金一五、三九九、六二六円、及び各これに対する昭和三六年一月三〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人片岡栄子訴訟代理人は、控訴につき「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決、附帯控訴(昭和四六年(ネ)第一六九八号事件)として「原判決中被控訴人片岡栄子敗訴部分を取消す。控訴人は同被控訴人に対し、金八、八八一、四三〇円及びこれに対する昭和三六年一月三〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。附帯控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに、仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の事実に関する主張、証拠の提出援用認否《省略》
理由
一、損失補償の訴の性質と訴の適法性の有無について
控訴人は、土地収用の損失補償金の請求は、収用裁決の有効を前提として、その内容の取消、変更を求めるものであるから、その実質は抗告訴訟であり、従つて、別に収用裁決自体の変更を求めるのでなければ、裁決額以上の補償金請求は許されず、本訴は不適法である(被控訴人加茂アサコ、同庄一の裁決変更の新請求は、出訴期限徒過で、それ自体が不適法却下を免れない)と主張するので、按ずるに、土地収用において、損失補償金の裁決額に不服があり、裁決額以上の金員の支払を求めるのは、とりもなおさず、裁決内容の一部の取消、変更を求めるものに外ならないと見るべきではあるが、土地収用制度及びこれに関する手続の全般より眺めた場合、補償金額に対する不服は、土地収用自体は兎も角これを肯定する態度の上に立つものであること、補償金の額は、収用条件の中でも、収用される物件自体に関するものでなく、その対価たる金銭の多寡に関するに過ぎないこと等の点で、収用の可否自体、又は収用方法その他補償金額以外の点に関する不服と比べて、その性質及びその処理方法につき顕著な差異を考えることができ、土地収用法第一三三条も、この点に着眼して、補償に関する訴の方法を、同条所定の如く、特別にこれを規定し、裁決処分の当事者である収用委員会を除外した訴訟形式に依らしめ、土地所有者又は関係人よりは、費用負担者である起業者へ、恰も給付訴訟の如き形において、その負担の増加の可否という結果をもたらす金員請求を為す道を認めたものと解すべきであつて、このように補償金額に関する不服につき、他の点の不服方法とは切り離した方式における特異の訴訟形態を認める以上は、不服の対象である裁決内容への取消、変更請求は、訴により、その請求の理由として述べれば足り、申立としては、窮極の請求目的である金員請求のみを掲げる方法に依ることが許され、否むしろ、端的に、この方法に依ることを以て相当とするものと解することが可能である。この見解に立つ以上、土地所有者又は関係人よりは、裁決の取消、変更自体を、何等直接にはその権限を有しない起業者に対して別に請求することは無用の業といつて差支なく、従つて、別に適法な裁決の取消、変更がないことを以て、本訴が不適法であり、却下せらるべきであるとする控訴人の主張は、理由がない。なお、右と同様の理由で、控訴人を相手方として、裁決自体(その補償金額)の変更を求める被控訴人加茂アサコ、同庄一の当審における新請求も、その訴の利益が認められないから、却下を免れない。
二、本件土地の収用から裁決に至るまでの事実経過と賃借権の存否について《略》
三、本件土地の裁決時の価額について《略》
四、控訴人の補償金供託と、その還付請求の効力について
控訴人が昭和三六年一月二七日本件裁決補償金額である金一〇、六三四、五六〇円を大阪法務局布施出張所に供託したことは、当事者間に争がなく、承継前の被控訴人加茂栄三が、同年二月一三日右供託金全額の払渡請求を為し、これを受領したことは、<証拠>により、これを認めることができる。控訴人は、右供託金受領を以て、相対的適正額の任意受領と同一であるから、被控訴人らのその余の補償金請求権は消滅した旨抗弁するので按ずるに、<証拠>によると、右供託は土地収用法第九五条第二項第一号に準拠して為されたものであることが明白で、同法第一〇〇条等の同法の規定を参酌すると、右供託の制度は主として土地収用の効果を確保、促進する目的から置かれたものであり、民法所定の弁済供託とは、おのずからその趣旨、目的を異にしているものと認むべきであるから、供託者が供託をしただけでは、一方的に債務を免れたことにはならず(何となれば、もしこれを肯定すれば、一方的な供託によつて、一切の不服を封ずる結果となり、その不当なことは明白であるからである)、従つて供託の相手方についても、その者がこれが還付を請求してこれを受領したというだけでは、他に特段の事情のない限り、補償金額についての不服申立の権利を放棄したり消滅させたりすることにはならないと解すべきである(事柄は、確定債務額の弁済の成否の問題ではなく、債務額そのものに対する不服の許否の問題であつて、両者の論点は全く異なるものというべきである)。そして、右の特段の合意その他の不服権放棄等に関する事由については、控訴人の何等主張、立証しないところであるから、右控訴人の抗弁は理由がない。
そうすると、承継前の被控訴人加茂栄三の本訴請求により、同人の受くべかりし正当な補償金額は、前認定の金一八、二〇五、二〇二円と変更せらるべく、同人は、右金額より、さきに供託金還付により受領した前認定の金員を差引いた残金七、五七〇、六四二円につき、起業者たる控訴人に対して、これが支払を求める権利を取得したものというべきである。そしてその取得の時期は、収用発効の目である昭和三六年一月二九日(裁決日より四五日目、この点は当事者間に争がない)であること明白である。
五、被控訴人らの相続と承継金額について
承継前の被控訴人加茂栄三が昭和四〇年六月二二日死亡したこと、同人の相続人として妻である被控訴人加茂アサコ、長男である被控訴人加茂庄一があることはすべての当事者間に争がなく、他に相続人として認知による子である被控訴人片岡栄子があることは、同被控訴人と控訴人間では争がなく、その他の当事者間では、<証拠>により、これを認めることができるから、右被控訴人合計三名の相続分は、民法第九〇〇条に則り、被控訴人アサコは三分の一、被控訴人庄一は九分の四、被控訴人栄子は九分の二となる訳である。よつて、前記被相続人栄三の取得した補償金残額七、五七〇、六四〇円(原判決認容額以内)を右相続分に応じて分割すると、被控訴人アサコは金二、五二三、五四七円、被控訴人庄一は金三、三六四、七二九円、被控訴人栄子は金一、六八二、三六四円、(各、円未満切捨)となる。そして、控訴人は各これに対し、昭和三六年一月三〇日以降完済まで、年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。
六、結論
すると被控訴人らの請求は、右認定の限度においてのみ正当であるが、その余の部分は失当であるところ、右限度を越えてこれを認容した原判決は、一部失当であるから、控訴人の控訴によりこれを変更し、右限度においてのみ被控訴人らの請求を認容し、訴訟承継により、前認定の通り分割するため、原判決を変更(更正)すべきものとし、被控訴人らの各附帯控訴及び被控訴人アサコ、庄一の当審新請求はすべて理由がないから、これを棄却及び却下すべきものとし、仮執行宣言は、裁判額の変更の実質を含むから、相当ならずと認めて、これを附せざることとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条第八九条第九二条第九三条を適用して、主文の通り判決する。
(宮川種一郎 林繁 平田浩)
<目録>略