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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)555号 判決 1968年2月16日

主文

一、(一) 原判決中、被控訴人山田慶造に対する部分を左のとおり変更する。

(二) 被控訴人山田慶造は控訴人に対し金九三、七五〇円とこれに対する昭和三九年一〇月二五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 控訴人の右被控訴人に対するその余の請求を棄却する。

二、控訴人の被控訴人浜谷勝弘に対する本件控訴を棄却する。

三、訴訟費用中、控訴人と被控訴人山田との間に生じた部分は第一、二審を通じこれを四分し、その三を控訴人の、その一を同被控訴人の各負担とし、控訴人と被控訴人浜谷との間に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し各自金四二万円とこれに対する訴状送達の日(被控訴人山田につき昭和三九年一〇二五日、被控訴人浜谷につき同四〇年七月七日)から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を、被控訴人ら代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は控訴代理人において「本件賃料は当初一カ月七、五〇〇円であつたがそのご一カ月一二、〇〇〇円に値上げされた。」と述べたほか原判決事実摘示と同一(但し、原判決三枚目裏三行目の「四の事実」を「五の事実」と、同五枚目裏五行目の「被告山田」を「被告浜谷」と、同

七枚目表一行目の「第一ないし第六号証」を「甲第一ないし第六号証」と、同七枚目表九行目の「丙第一、第二号証」を「丙第一号証、第二号証の一、二」と各訂正)であるからここにこれを引用する。

理由

一、被控訴人山田に対する請求について

(一)  控訴人の主張中、原判決摘示一、二、の事実は賃料額の点を除き当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第四号証、乙第三、第五号証、原審での被控訴人山田慶造本人尋問の結果によれば右賃料額は一カ月七、五〇〇円であつたことが認められる。控訴人はその後本件賃料は一カ月一二、〇〇〇円に増額されたと主張し、原審証人西口栄助の証言及び同証言によつてその成立を推認できる甲第二号証、同第六号証(官署作成部分は成立に争いがない)によれは一見右主張を認めうるかに見えるけれども、後段説示のような事情に徴すれば右証拠はその事実認定に供し難い。すなわち、成立に争いない乙第二、第四(丙第一号証と同じ)、第五号証、前掲証人西口栄助の証言並びに被控訴人山田本人尋問の結果によれば被控訴人山田は本件建物を賃料一カ月七、五〇〇円と定め原判決理由一の(三)に説示のとおり権利金(これは実質は敷金)を差入れた関係上賃借権の譲渡をなしうる特約のもとに賃借し、後これを中村貞子(昭和三三年四月頃まで)、荒木春江(同年五月頃から八月頃まで)らをして順次飲食店「幸栄」の共同経営名義の下に使用させ、その対価として一カ月一二、〇〇〇円ないし一五、〇〇〇円を徴しそのうちから賃貸人に前記七、五〇〇円の賃料を支払つてきたのであつて、被控訴人山田と賃貸人間の賃料には何ら変更はなかつたことが認められる。

(二)  そこで、右賃料不払いの適否について検討する。

(イ)  まず、控訴人が本訴で主張する賃料債権中、同人が谷口の相続人らから譲渡を受けたと主張する昭和三三年三月分以降同三六年四月分までの賃料債権(控訴人は一カ月一二、〇〇〇円の割合で合計四五六、〇〇〇円と主張するが、正しくは一カ月七、五〇〇円の割合で合計二八五、〇〇〇円であることは前記(一)説示のとおり)については、その譲渡人である谷口の相続人らから債務者被控訴人山田に対し右譲渡通知をなし、または承諾を得たとの証拠はない(甲第六号証によれば、ただ譲受人である控訴人が被控訴人山田に通知したことを認めることができるだけである)から、控訴人としては被控訴人山田に対し右債権の譲受けを対抗しえない理である。従つて、控訴人の請求中、右譲受賃料債権部分はその他の判断を経るまでもなく理由がないこと明らかである。

(ロ)  そこで次に残余の部分、すなわち控訴人が谷口の相続人らから本件建物所有権を取得して賃貸人たる地位を承継し、よつて自ら賃料収取権を取得した日(右所有権移転につき争いがないから右移転日の翌日である昭和三六年五月五日となる)以降の賃料について、被控訴人山田主張のような賃料支払免除の特約がなされたか否かを検討する(なお、控訴人は昭和三六年五月一日以降右賃貸人の地位承継前までの賃料をも請求するけれども、右部分は特段の事情がない限り存続期間の日割をもつてその収取権者である旧賃貸人谷口の相続人らに帰属すべき筋合である。民法第八九条第二項参照)。

成立に争いない甲第四号証、乙第二、第三号証に前掲被控訴人山田慶造本人尋問の結果(一部)並びに弁論の全趣旨を綜合すると次の事実を認めることができる。すなわち、被控訴人山田は本件建物賃借後、前記(一)で説示したような方法でこれを使用収益していた。しかし、もともと右建物の敷地使用の権利関係が明らかでなかつたため、間もなく賃貸人(建物所有者)亡谷口徳次郎と敷地所有者三上栄一との間で紛争が生じ、谷口は三上から本件建物収去敷地明渡請求訴訟を提起されるに至つた。そこで、建物賃借人である被控訴人山田はこのような状況では将来いつ本件建物を明渡さなければならないかもわからないと考え、控訴の敗訴が確定して本件賃貸借契約終了した場合には谷口から返還を受けるべき敷金四五万円(右四五万円の授受及びこれが契約終了時に返還されるべきものであることは当事者間に争いがない)を充当してもらう含みで取敢えず昭和三三年三月分以降の賃料の支払いを保留していたが、その後同年一二月二二日頃谷口が前記訴訟の一審で敗訴した結果、同三四年二月二八日谷口、被控訴人山田間で、被控訴人山田の右賃料不払いの措置を認めるとともに、昭和三四年三月分以降の賃料についても右訴訟の上訴中は被控訴人山田において叙上含みの趣旨をもつて預ることとし、その間の賃料不払については谷口も異議を申立てず(乙第三号証記載の文言参照)、将来谷口が勝訴した場合には改めて右不払賃料全額を支払う旨約定し、被控訴人山田は引続き賃借することとした。しかし、その後右訴訟は控訴、上告審とも谷口(またはその相続人ら)が敗訴して確定し(上告棄却の判決は昭和三六年一二月二七日頃。なお、右敗訴に確定したことは当事者間に争いがない)、その結果、本件建物は早くても昭和三九年七月一日以降の時期に取壊され、ここに本件賃貸借契約は目的物件の滅失によつて終了するに至つた。以上の事実が認められ、他に右認定事実を左右する証拠はない。

以上の事実によれば右特約の趣旨は当時既に被控訴人山田が一年分も賃料を支払つていない点や一方前記訴訟が控訴中でなお未解決であること、前記敷金四五万円は叙上認定の一ケ月七、五〇〇円の賃料の五年分に相当し右一審訴訟の経過から見て上訴中の賃料を担保するに十分であると思われたであろう点等に鑑み、あらためて賃料支払(または支払わない)関係を明確にしておくためになされたものであることが認められるにとどまり、それ以上に谷口敗訴確定の場合に敷金を充当してなお不足する部分の賃料債務一切を免除する趣旨の特約までもなしたとは到底認め難い。もつとも、前掲被控訴人山田本人尋問の結果によれば右趣旨にそうような供述をするけれども右供述内容自体あいまいであり、また谷口が前記のように「控訴中の賃料を預ける」(乙第三号証)と約しながら、同時に右のような免除に同意したというのであればその趣旨をもあわせて右文書上記載しなかつた理由がさらに納得できぬ点もあり、結局右供述はにわかに措信することができず、他に被控訴人山田の賃料免除特約の主張を裏付けるに足る証拠はない。

そうすると被控訴人山田が控訴中預ることとなつた昭和三三年三月分以降の賃料の支払義務はなお存続し精算されなければならないものである。

(ハ)  次に被控訴人山田は本件建物での営業権が順次譲渡され、被控訴人浜谷に移つているから本件賃料支払義務は同被控訴人にあり被控訴人山田は関係がないと主張するので検討する。

被控訴人山田の本件建物賃借の動機が事実上他人にまた貸ししてその対価と本件賃料の差額を収益するにあつたこと、よつて同人は本件建物をまず中村貞子に、次いで荒木春江に順次飲食店「幸栄」の共同経営名義の下に使用させ対価を徴していたことは前記認定のとおりであり、さらに前掲証拠や弁論の全趣旨によれば、右荒木春江は昭和三三年八月頃までは対価を支払つていたが以後所在不明となり、その後は同人の姉妹と称する藤田幾代がこれに代つて営業し被控訴人山田もこれを認めざるをえなたつたこと、ところで被控訴人山田は前記のとおり当初から金銭収入さえ得られればよく、共同経営名義の直接営業人が都合により代つてもやむなしとの建前をとつていた関係上、右営業人が任意交替することを黙認していたため、前記藤田は昭和三六年八月二日被控訴人浜谷から三〇万円を得て同人に右営業を譲り渡したこと(但し、被控訴人山田との共同経営名義であつたことには変りない)、ところがかくするうち被控訴人山田は当初の意に反し必らずしも従前どおり対価を徴収しえなくなつたこと、以上の事実を認めることができ、これに反する被控訴人山田本人尋問の結果は措信しない。

以上の事実によれば被控訴人山田との共同経営名義人が順次交替したことは認められるけれども、同人が本件建物賃借権をこれらの者に譲渡し以後賃借人たる地位を去つたと認めることはできないから、本件賃借人(賃料支払義務者)は引続き被控訴人山田であるというべきである(甲第四号証によると被控訴人山田自身昭和三七年九月一二日別件訴訟の証人として「以上の経過にもかかわらず今でも私が賃借権者である」と証言していることが認められる)。また、元来被控訴人山田がその後直接の営業人から対価を徴収しえなくなつたのは同人が前記のような使用収益法をとつた結果であるのみならず、もともと右対価徴収が可能かどうかは同人と営業人との間の問題であるから、前記のような被控訴人浜谷の建物占有、対価不払の事態が生じたからといつてそれを事由に賃料支払義務を免れることはできない。

(三)  そうすると、被控訴人山田は控訴人が本件賃貸人たる地位を承継した昭和三六年五月五日以降控訴人に対し一カ月七、五〇〇円の賃料を支払う義務があるが、控訴人は本訴において昭和三三年三月一日以降同三九年六月末日までの一カ月一二、〇〇〇円の割合による合計九一万二千円の賃料のうち八七万円の一部請求をしているのあるからその請求部分は弁済期の先に到来した昭和三三年三月一日以降同三九年三月一五日までの賃料を請求しているものと解すべく、この間の前示一カ月七、五〇〇円の割合による賃料合計五四三、七五〇円から叙上敷金四五万円を控除した残額金九三、七五〇円が本訴で認容すべき不払賃料額である。(なお、右敷金の充当清算関係について付言すると、まず旧賃貸人谷口の相続人らに帰属していると解すべき(二)(イ)の延滞賃料債権(昭和三三年三月一日から同三六年五月四日まで一ケ月七、五〇〇円の割合の金額)は賃貸人の地位が右相続人らから控訴人に移転したさい、従前賃貸人である相続人らとの間で当然本件敷金から差引清算せられ、その限度において敷金は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人(控訴人)に承継されたと解さなければならない(大審院昭和一八年五月一七日判決民集二二巻三七三頁参照)。従つて本訴で認容すべき控訴人固有の賃料債権(昭和三六年五月五日以降の分)に充当清算されるべき敷金額は右控除された残額の範囲に限られる結果となるけれども、計算上はこれらの充当名宛人の区別なしに当初の昭和三三年三月一日以降の分を通算して敷金全額四五万円を控除すればよいことは明らかである。)

(四)  以上のとおりであるから、控訴人の被控訴人山田に対する請求は右残額賃料九三、七五〇円とこれに対する履行期後であること明らかな昭和三九年一〇月二五日(原審訴状送達の日)から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払請求部分は理由があるがその余は失当と言わなければならない。

二、被控訴人浜谷に対する請求について

当裁判所は控訴人の被控訴人浜谷に対する請求を失当と認めるものであつて、その理由とするところは原判決理由説示と同一(但し原判決末葉表三行目の「触れるまでも理由がなく」を「触れるまでもなく理由がなく」と訂正)であるからここにこれを引用する。

三、よつて、本訴請求は以上の範囲で認容すべきであるがその余は棄却を免れず、一部これと異る趣旨に出た原判決は被控訴人山田に対する部分につき変更を免れず、被控訴人浜谷に対する部分は相当であるから同人に対する本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

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