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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)608号 判決 1969年8月07日

第一審原告(第六〇八号事件控訴人 第六二二号事件被控訴人)樋口一雄こと

池ケ谷太作

第一審原告(前同)井上徳得こと

井上徳次

第一審原告(前同)藤井克子こと

臼井玉子

右三名代理人

中村健太郎

中村健

第一審被告(第六〇八号事件被控訴人)

株式会社愛宕原ゴルフ場

(旧商号新花屋敷ゴルフ場株式会社)

代理人

松浦武

第一審被告(第六二二号事件控訴人)

近藤三郎

代理人

服部勇

主文

原判決中被告株式会社愛宕原ゴルフ場に関する部分を取消す。第一審被告株式会社愛宕原ゴルフ場は、第一審原告池ケ谷太作に対し金二一一万円およびこれに対する昭和三七年五月一二日から、第一審原告井上徳次に対し金五〇万円およびこれに対する昭和三七年四月九日から、第一審原告臼井玉子に対し金二五万円およびこれに対する昭和三七年三月三一日から、各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第一審被告近藤三郎の控訴を棄却する。

訴訟費用中、第一審原告らと第一審被告株式会社愛宕原ゴルフ場との間に生じた部分は第一・二審とも同被告会社の負担とし、第一審被告近藤三郎の控訴によつて生じた部分は同被告の負担とする。

この判決中、第一審被告株式会社愛宕原ゴルフ場に対する部分は、同被告会社のため、第一審原告池ケ谷太作において金五五万円、第一審原告井上徳次において金一五万円、第一審原告臼井玉子において金七万円の各担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実<省略>

理由

一第一審被告株式会社愛宕原ゴルフ場はもと新花屋敷ゴルフ場株式会社と称していたが、昭和三七年一月一六日これを現商号に変更したものであることは当事者間に争いがない。

二<証拠>によると、甲第一ないし九号証、第二四、二五、二六号証(本件手形)は、新花屋敷ゴルフ場株式会社経理係の鷲尾正弥が、同会社代表者と新花屋敷ゴルフ倶楽部の代表者を兼ねていた第一審被告近藤三郎の命により、同倶楽部代表者近藤三郎の記名捺印と近藤三郎個人の署名捺印を代行して作成したもので、いづれも真正に成立したものと認められ、右手形面の記載によると、第一審原告ら主張の各手形要件の記載があること明らかである。

ところで、第一審原告らは、本件手形は、新花屋敷ゴルフ場株式会社が単に競技面の運営のみを委せられている同会社の一部門にすぎない新花屋敷ゴルフ倶楽部の名称を使用して振出したもので、実際の振出人は同会社であるから、第一審被告会社は本件手形につき振出人としての責任を負うべきものである旨主張するに対し、第一審被告会社は、右ゴルフ倶楽部は右ゴルフ会社とは別個の人格を有する団体で、本件手形は同ゴルフ倶楽部の代表者がその代表資格を表示して同ゴルフ倶楽部の手形として振出し、右ゴルフ会社は単に同ゴルフ倶楽部の振出手形を使用してものにすぎないから、第一審被告会社において本件手形につき振出人としての責任を負うべきいわれはない旨主張するのでまずこの点から判断する。<証拠>綜合すると、

(1)  新花屋敷ゴルフ場株式会社は、同会社経営の新花屋敷ゴルフ場の利用につき会員制を採用し、主として競技面の運営に当らせるとともに会員相互の親睦を計る社交機関として新花屋敷ゴルフ倶楽部を設けた。右倶楽部には一応各種競技委員、理事、理事長(代表者)等の役員がおかれ、倶楽部の運営に当る建前になつていたが、昭和三七年一月右ゴルフ会社経営陣の交替により新花屋敷ゴルフ場株式会社が株式会社愛宕原ゴルフ場と商号を変更し、これに伴い、新花屋敷ゴルフ倶楽部の名称も愛宕原ゴルフ倶楽部と改められる以前においては、倶楽部規約なるものが存在したかどうか、また倶楽部自体としてどの程度まで組織化され、自主性を持つて活動していたか明らかでなく(愛宕原ゴルフ倶楽部と改称されてからは規約が設けられ、倶楽部組織としての形体を整えるに至ったことが乙第二、三号証によつて認められるが、新花屋敷ゴルフ倶楽部については規約の提出もない。)むしろ役員はあつても名のみで倶楽部の運営も殆んどゴルフ会社の意のままになされていた観があり、第一審被告会社代表者の供述による。)果して新花屋敷ゴルフ倶楽部当時同倶楽部がゴルフ会社と別個の団体組織を形成していたか的確には分らず、唯一応形式の上だけで事業主であるゴルフ会社とは別個の存在とする建前がとられていたにすぎないものと推測せられる。従つて第一審原告ら主張のようにゴルフ会社の一機関ないし一部門と認めることは困難であるが、さりとて第一審被告会社主張のように自主的団体としての実体を備えていたものと認めることも困難である。しかし法律上その性格をいかに解するかは別として、経済的には右倶楽部は全く独立性を有せず、会員より徴収する入会金、諸会費、諸料金の如きもすべて会社において収納し(主要収入である入会金は名目上倶楽部よりの預り勘定とせられていたが、随時会社においてゴルフ場の建設費、経営費等に使用し、会員に対する返還責任も会社が負つていた。)一方ゴルフ場従業員の雇入れ、これに対する給料の支払、ゴルフ場の設備費の支払は勿論、競技面の運営費用、倶楽部関係の諸経費の支払もすべて会社においてこれをなし、倶楽部自体としては実質上何等の資産を有せず、従つて倶楽部自体として独自の経理は存在せず、対外的の取引行為もなかつた。

(2)  新花屋敷ゴルフ場株式会社は、その設立せられた昭和三四年五月二九日以前の同年二月九日から株式会社神戸銀行川西支店に新花屋敷ゴルフ倶楽部名義の当座勘定口座を設けこれに会員より徴収する入会金を入金していたが、会社において資金を必要とする都度倶楽部名義の小切手を切つて右口座から金を引出して使用し、一方会社設立後は会社自身の名義でも右銀行支店外一銀行と当座勘定取引をなし、手形は会社名義をもつて振出してきたが、経営難に陥り、昭和三五年八月頃不渡手形を出し、銀行取引も停止せられ、会社名義の手形を発行することができなくなつたので、右神戸銀行川西支店の了解を得て、爾後会社発行の手形小切手はすべて同支店における倶楽部名義の当座勘定口座を利用して同倶楽部の名称を用いて振出すこととなつた。本件各手形は右の事情で新花屋敷ゴルフ場株式会社と新花屋敷ゴルフ倶楽部双方の代表者を兼ねていた第一審被告近藤三郎が同会社の資金調達のため同倶楽部の名称を使用して振出した多数手形の一部であつて、受取人の訴外関東商事株式会社もその間の事情を熟知し、同会社の振出手形として受取り、その支払保証の趣旨で右近藤三郎個人にも共同振出人として署名捺印せしめたものである。本件外の乙第四号証の手形は右会社名義で振出されているが、これは右会社振出の旧手形の書替継続手形であつて受取人の右訴外会社から特にこの分のみは会社名義でよいと言われて会社名義で振出されたものであり、右ゴルフ会社が銀行取引停止後に振出した手形は、右一通を除きすべて前記倶楽部の名称を用いて振出され、手形取引上右倶楽部の名称は右ゴルフ会社を表示するものと一般に考えられていた。

以上の事実を認定することができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、本件手形は新花屋敷ゴルフ場株式会社の振出手形として第一審被告会社に支払責任があるものと解すべく仮に右倶楽部を法律上一種の権利能力なき社団であると解するとしてもそのために右第一審被告会社の責任に影響はないものと解する。

<中略>

よつて原判決中第一審被告近藤に関する部分は相当で、同被告の本件控訴は理由がなく棄却すべきものであるが、第一審被告会社に対する請求を棄却した部分は不当であるから、同被告会社関係部分は取消し、第一審原告らに対しそれぞれ右認容の金員の支払を命すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条(第一審被告会社については、ほかに同法九六条)を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。(岡垣久晃 島崎三郎 山中紀行)

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