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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)756号 判決 1970年5月27日

控訴人

真木年一

被控訴人

佐々木弘

代理人

江村重蔵

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金四六二、一七七円およびこれに対する昭和四一年一〇月一〇日以降支払済に至るまで年六分の割合の金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

この判決の主文第二項は仮に執行することができる。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金七六九、一九六円およびこれに対する昭和四一年一〇月一〇日以降支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張は次のとおりである。

(控訴人の請求原因)

一、控訴人は別紙目録記載為替手形三〇通(以下本件手形又は目録番号に従い本件(1)手形の如く呼称する。)の所持人である。

二、よつて、控訴人は、本件手形の所持人として、引受人である被控訴人に対して、本件手形金合計金七六九、一九六円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四一年一〇月一〇日以降完済まで商法所定年六分の割合の遅延損害金との支払を求める。

(被控訴人の答弁と抗弁)

一、本件手形について被控訴人が引受をしたこと、本件手形につき訴外佐々木収一が裏書をしたこと、本件(12)ないし(30)の手形につき同人が振出をしたことはいずれも否認する。

二ないし五<省略>

理由

一その成立の真否に関する判断はしばらく措いて、甲第一ないし第三〇号証の存在と当審における控訴本人の供述によると、控訴人は現に本件手形を所持することが認められる。控訴人は本件手形には被控訴人の引受がなされていると主張し、右甲第一ないし第三〇号証によると、本件(1)ないし(11)の手形にはその引受欄に被控訴人の氏名の記載と丸の中に「佐々木弘」と顕出された押印があり、(12)ないし(30)の手形には被控訴人の氏名の記載があるが何ら押印はない。

二そこで、まず、右(12)ないし(30)の手形の引受の効力につき判断する。

為替手形の引受は、引受(支払)人が「署名」してこれをなすべきである(手形法二五条)ところ、本件(12)ないし(30)の手形上の被控訴人の氏名の記載が被控訴人の自署であると認めるに足りる証拠はなく、かえつて後記(1)ないし(11)の手形の成立に関する説示に示すように、これらも被控訴人が自署したものではないことが認められる。されば右引受は、引受(支払)人が署名してしたものではないから、右法定の要式を欠くものであつて、有効な引受があつたものとすることができない。

すなわち、手形法八二条によれば、署名には記名捺印を含むが、これは「記名し且つ捺印する」ことを要求したものであることは疑いなく、ただその記名が本人の手書即ち署名である場合は押印が不要とせられるに過ぎないからである。尤も、後記本件手形の成立に関する事情に照らせば、右記載は、被控訴人に代つてその名を用いて手形行為をすることを許された者が、被控訴人に代つてその名を手書した場合と同一視できないでもなく、若しその様な署名の代行が有効であるとするならば、右の結論も変更せざるを得ない。しかし乍ら、当裁判所は、その様な押印がなく署名のみによつて手形行為が有効とせられるための署名は、純粋な意味での自署のみを有効とし、署名代行形式によるものは含まないと解する。この点、従来の判例が「代理人が直接に本人の名を署し又はこれに代わる記名捺印を為すも、手形行為として有効であつて、本人に対し効力を生ずる」旨を判示しているところは、本件の如き純粋な署名の代行(他人の手書による氏名の記載のみがあつて押印のないもの)による場合については、多くの学説が批判するようになお検討の余地があるのではないかと考える。なぜならば、かかる狭義の署名代行についても署名としての効力を認めるとなると、まず、記名と署名との区別がかなりあいまいとなる。つまり、手形法八二条の法意は、本人がした場合であつても、記名だけで押印のないもの(例えば記名印を押捺したのみで、印章の押捺を欠くもの)に広義の署名の効力を認めることを許すものではないであろう。しかも、記名それ自体は、右の様に必ずしも記名印等機械的方法によらず、人の手書であつても一向にさしつかえないのであるから、本件の様に人の手書による氏名の記載のみがある場合、それが、第三者(機関)の手書による氏名の記載で押印を欠くものなのか、或は権限を有する代行機関による署名の代行なのかは一見しただけでは全く不明であり、外観表示の優位を認めなければならない手形行為にこの様なあいまいな領域の存在を許すことは好ましくない。そして、手形行為について署名が必要とされる理由の一つとして、手形行為者をして手形上の責任を負担すべきことを自覚せしめるためとも説かれているが、これを要するに、それが本人の自署であることによつて、本人の責任が手形上にも客観的に表示されるからこそ、本人に手形上の責任を追求し得るのだと理解すれば、手形法八二条は、容易に第三者によつて行われ得る記名の場合には更に本人の印鑑が押捺されていることが、右本人の責任が手形上に客観的に表示される要素として欠き得ないものとしたものと考えられ、従つて前記のように、機関による記名なのか、権限を有する者の代行署名なのかの区別があいまいで、その記載それ自体では本人の責任が顕現されているかどうかを推知できない押印を欠く第三者の手書による氏名の記載に、たやすく署名代行としての有効性を認めることは相当でない。

尤も、その点(手書した者の署名代行権の存在)の立証責任を所持人に負わせれば、この様に引受(振出)形式にこだわる必要性に乏しい様にも考えられるが、それは本来外観要件を重んずる手形行為にあまりにも実質を持ち込むものであり、また、物理的にも第三者により容易に代行せられ得る記名捺印についての法理をもつて、本来物理的には第三者によることのできない署名(自署)の場合を律することとなり、ひいて純粋な意味での署名概念に不当な混乱をもたらす結果となるから、右理由があつてもたやすく狭義の署名代行を手続行為に認める論拠には賛し難い。

三次に前記(1)ないし(11)の手形の引受について判断する。

当審における被控訴人尋問(第一回)の結果によると、右(1)ないし(11)の手形の引受人欄に押捺されている印は被控訴人の印であることが認められるから、その引受人欄は真正に成立したものと推定でき、これを覆えすに足りる証拠はない。

かえつて、<証拠略>を総合すると次の事実が認められる。

「訴外株式会社佐々木商店は昭和三八年四月頃倒産したので、その代表取締役である訴外佐々木収一(被控訴人の父)は、その債権者らとの間に同商店の整理についての協議をし、その際被控訴人を代理して、以後同商店の債務は被控訴人がこれを重畳的に引受ける約束をし、その支払の方法として、本件外にも債権者らに対し被控訴人名義の約束手形を振出したりした。本件為替手形はその頃、更に佐々木商店の事業を継続していくために、被控訴人がその債務を引受ける趣旨で訴外靏タオル工場ほか佐々木商店の取引先に対し交付すべく、受取人欄に各右取引先名を記入し、引受人欄および名宛人欄に従業員をして被控訴人の氏名を記載させ、うち(1)ないし(11)の手形について被控訴人が自分で押印し、(12)ないし(30)の手形の振出人欄には佐々木収一の記名押印をしておいたが、(1)ないし(11)の手形の振出人欄は白地のままとして作成し、何らかの都合で右取引先へ交付しないまま佐々木商店の事務所に置いておいたものであるところ、昭和三九年七、八月頃、佐々木商店の他の取引先である訴外神谷タオル有限会社の代理人神谷克己がやつて来て、同会社の売掛金の決済を強く要求したため、被控訴人は前記債務引受の趣旨に従い、その支払の方法として本件手形を同会社に交付した。その際(1)ないし(11)の手形の振出人欄および振出地欄は白地のままであり、また裏書人欄には佐々木収一の記名押印のある白地裏書が顕出されていた。」

以上の事実が認められ、<反証の証拠判断略>他に前認定を覆えすに足りる証拠はない。

そうすると、本件(1)ないし(11)の手形については、被控訴人は、訴外神谷タオル有限会社(以下神谷タオルと略称する)が振出人となることを知り乍ら自己の引受にかかる為替手形を交付したのであるから、被控訴人にはその引受意思があつたものと認められ、他にこれに反する証拠はない。

四そこで(1)ないし(11)の手形につき、被控訴人の抗弁について判断する。

<省略>

五されば、被控訴人は、本件(1)ないし(11)の手形については、その適法な所持人である(甲第一ないし一一号証により、その裏書の形式的連続に欠くるところはない)控訴人に対し引受人としての義務を負うべきであるから、控訴人の本訴請求は、右(1)ないし(11)の手形金の合計額である金四六二、一七七円とこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四一年一〇月一〇日以降支払済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてはこれを正当として認定すべきであるが、その余の請求((12)ないし(30)の手形に関する請求)は、被控訴人に対し引受人としての責任を問うことのできない場合であるから、これを失当として排斥を免れない。

よつて、控訴人の請求全部を棄却した原判決は一部不当であるから民事訴訟法第三八六条に従いこれを変更し、訴訟費用につき同第九六条、第九二条を、仮執行の宣言につき同第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(村上喜夫 賀集唱 潮久郎)

(目録省略)

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