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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)827号 判決 1971年9月30日

控訴人 五十嵐敬一

被控訴人 亡滝川昂承継人 滝川晃一 外七名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決中控訴人に関する部分を取消す。被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の主張及び証拠関係は、次に附加訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。(但し原判決三枚目表四行目「条件付代物弁済予約完結の意思表示」とあるのを「履行の催告並に停止条件付代物弁済予約完結の意思表示」と同五枚目表四行目権利乱用とあるのを権利濫用と各訂正する。)

第一、控訴人の主張

一、本件物件につき前被控訴人滝川昂(以下被控訴人ら先代という)と訴外矢島達雄(以下訴外人という。)との間に代物弁済予約が成立したとの被控訴人ら主張事実を争う。なるほど右物件につき、昭和三二年七月一六日付でその旨の仮登記は経由されているが、この点に関する訴外人の当審証言は非常にあいまいであるのみならず、同日付の根抵当権設定登記については契約書が作成されているのに、右代物弁済予約についてはその旨の契約書がないことからみても、右予約成立の事実には疑問がもたれて然るべきである。

二、仮に本件物件につき被控訴人ら先代のために代物弁済予約がなされていたとしても、右は被控訴人らの主張するような非清算型のものではなく、昭和四五年三月二六日付最高裁判所判決にいわゆる清算型代物弁済予約とみるべきところ、控訴人は右物件に賃借権を有するもので法定担保権をもつものではないが、控訴人の右賃借権は訴外人に対する債権の回収を目的とするもの(このことは賃料二〇年分を前払していることからも容易に窺いうるところである。)で、本件物件により債権の満足を得ようとする実質的担保権である点において法定担保権と同視すべきものであるから、控訴人は被控訴人ら先代に対し右判決の趣旨に従い本件物件の事実審の最終口頭弁論期日における時価(金一七四〇万六〇〇〇円を下らないものである。)による前記清算金の引渡を請求しうるものであり、右の清算をすることなく本件物件の所有権を取得したとする被控訴人らの本訴請求には応じ難い。

三、なお、被控訴人ら先代の死亡と被控訴人らの相続の点は認める。

第二、被控訴人らの主張

一、被控訴人ら先代はかねて美容、理容の器具及び材料の製造卸商を経営するものであつて、訴外人に対し従来より右器具、材料を継続的に販売してきたところ、昭和三二年初に至つてその売掛商品代金額が三〇〇万円余に達し、最早同人に対する人的信用のみにては取引を停止するの已むなきに至つたが、同人の懇請を容れ物的担保を提供させて取引を継続することとし、同人所有の本件不動産につき極度額五〇〇万の根抵当権(本件根抵当権)及び代物弁済予約(本件代物弁済予約)を締結しその旨の登記を経て商品を販売してきたのである。そしてこのような場合根抵当権設定登記と代物弁済予約仮登記とが併用せられることは通常の事例であり、訴外人も被控訴人ら先代の本訴請求を原審において認諾しているのであるから本件代物弁済予約の成立していたことは明らかであり、契約書のないことを以て同契約の存在を否認するのは本末転倒である。

二、本件代物弁済予約は前記のようなその締結の経緯、物件の時価と債権額が均衡を失しない(むしろ債権額が上廻る位である。)こと等からみても、契約当事者の主観からみても、清算を予想したものではなく、これがいわゆる清算型代物弁済予約であるとの控訴人の主張は争う。

三、被控訴人先代は昭和四五年七月一五日死亡し被控訴人らが遺産を相続によりその権利義務を承継した。

第三、新たな証拠<省略>

理由

一、本件物件が元訴外人の所有であつたこと、右物件につき被控訴人ら先代を権利者とする本件根抵当権設定契約が存在し、且つその旨の根抵当権設定登記及び本件代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記が存し、これに後れて控訴人を権利者とする賃借権設定登記が存されていること、控訴人が本件物件中(一)の土地及び(四)の建物部分を占有使用しており、右(一)の土地の占有は控訴人が同地上に原判決添付第二目録記載の建物を建築所有することによる占有であること、その占有開始(建物建築も含む。)が被控訴人ら先代を権利者とする前記仮登記の後であることは、いずれも当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲第一号証の一ないし四、第三号証の二、第四号証の三、原審証人近藤勉、当審証人矢島達雄の証言により成立の認められる甲第一号証の一、二、第三号証の一(郵便官署作成部分の成立は当事者に争いがない。)、第四号証の一、二、第五号証の一ないし一四、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める第五号証の一五に右各証言を綜合すれば、被控訴人ら先代は昭和二五年頃から訴外人と美容器具材料の取引をしてきたが、昭和三二年七月頃に至つて訴外人に対する売掛金債務が約三〇〇万円に達したので本件物件を担保に提供させて更に二〇〇万円を貸越すこととし、同月一五日訴外人との間に継続的手形取引並びに商取引契約(本件取引契約)を締結し、これについて生ずる現在及び将来の債権について訴外人所有の本件物件のうえに債権極度額五〇〇万円、利息年一割五分、不履行の場合の損害金日歩七銭、債務の支払を怠つたときは期限の利益を失い直ちに債務金全額を支払う旨の根抵当権設定契約(本件根抵当権設定契約)、及び訴外人において右債務不履行の場合には右根抵当債務金の支払に代えて右根抵当物件(本件物件)の所有権を被控訴人ら先代に移転する旨の本件代物弁済予約を締結し、翌一六日その旨の登記、仮登記を経由したこと(尤も本件根抵当権設定契約の存在及び各登記の点は当事者間に争いがない。)並びに、当時訴外人は極度の営業不振に陥り訴外人名義の手形は不渡となつていたほか、第三者に対し別口六〇万円一口、三〇万円一口の債務を負担している状態で被控訴人ら先代に対する前記債務を完済できる見込も乏しかつたところから、内心ではその支払いができないときには被控訴人ら先代と交渉して本件物件を処分したうえ清算したい希望をもつていたが具体的に処分の見込があつたわけではなく、同人が右希望を容れず代物弁済として本件物件を取上げても已むを得ないと覚悟していたこと、その後訴外人が矢島一雄名義で被控訴人ら先代宛に本件取引契約に基づく商品代金合計六二七万三〇〇〇円の支払の為に振出しまたは裏書した約束手形一五通(尤も右のうちには名宛人が株式会社滝川商店宛になつているものもあるが、前出の矢島証言によれば右手形はすべて訴外人が被控訴人ら先代滝川昂に対し名宛人または被裏書人白地で振出しまたは裏書したものであることが明らかであるので、訴外人の被控訴人ら先代に対する本件取引契約に基づく債務と認むべきである。)がすべて不渡となつたので、被控訴人ら先代は訴外人に対し昭和三三年七月二五日付翌二六日到達の内容証明郵便(甲第三号証の一)で右書面到達後一週間以内に右債務金中五〇〇万円を支払うこと、不履行の際は本件根抵当権設定契約を解除し右金五〇〇万円の債権の支払に代えて右根抵当物件(本件物件)の所有権を被控訴人ら先代において取得する旨の履行の催告並に停止条件付代物弁済予約完結の意思表示をなしたが、訴外人は右催告期限内に同債務金を支払わなかつたので、被控訴人ら先代は同年八月三日代物弁済により本件物件の所有権を取得したとして本訴に及んだことが認められる。右矢島証言の中本件物件は当時一、〇〇〇万円で売れる可能性があつたとの部分は弁論の全趣旨により成立の真正が認められる丙第二号証(鑑定書)に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の事実によれば被控訴人ら先代が訴外人との間に本件代物弁済予約を締結したことは明らかであつて、その旨の契約書がないことを論拠として右予約の成立を否認する控訴人の主張は失当である。

三、右代物弁済予約の性質につき控訴人は判例にいわゆる清算型譲渡担保契約であると主張するのに対し、被控訴人らは帰属型代物弁済契約であると主張するので判断する。

本件代物弁済予約は前段認定の事実によれば、本件取引契約に基づく商品代金債権回収の為の措置で本件根抵当権設定契約と併用されていることが認められ、且つ目的物件の適正な価格につき契約当事者間に協議された形跡がないことからすれば右契約は代物弁済予約の形式をとつていても本来の代物弁済を成立させるためのものではなく、その実質は控訴人主張のように単に代物弁済の形式をかりて目的不動産から債権の優先弁済をうけるもので担保権と同視すべきものであるというべく、債務者が期限内に履行しないときには債権者は予約完結権を行使し目的物件の所有権を移転せしめる方法によつて債権の満足を図ることになるが、その権利の実質が担保権と同視すべき以上債権者は目的不動産を適正な時価によつて評価した価格から自己において優先弁済を受けるべき債権額を差引いた残額に相当する金銭を判例にいう清算金として債務者に支払うことを要する趣旨の債権担保契約であると解するのが相当であり、被控訴人らの帰属型代物弁済であるとの主張は採用し難い。

四、ところで本件のような債権担保契約としての性質をもつ代物弁済予約において、予約権者が登記上利害の関係をもつ第三者に対して本登記の承諾請求を求める場合には、その者らが目的不動産に対する後順位抵当権者その他債務者から右物件の交換価値よりその有する債権について優先弁済を受ける地位を取得した者(後順位債権者という)であるときは、予約権者はそれらの利害関係人の地位に応じてそれとの間に清算をなすべき義務を負うものであつて、そのような登記上の利害関係人は予約権者からの本登記手続の承諾請求に対しては自ら清算金の支払を受けるべき地位を有し、その支払と引換えにのみ右の承諾義務を履行すべき旨を主張しうると解すべきであり、賃借権者と雖もその実質が債権担保のための賃借権であつて利用価値の取得を目的とするものでない場合(抵当権や代物弁済予約と併用されている場合はかく解されることが多いであろう。)は、ここにいう後順位債権者に含めて差支ないと解すべきであるが、字義通り目的物件の利用価値の取得を目的とするもの(目的物件の引渡を受けて占有使用している場合はかく解されることが多いであろう。)は右にいう清算金の引換給付を主張しうべき後順位債権者に当らないと解するを相当とする。

控訴人は控訴人の本件物件に対する賃借権は賃料二〇年分を前払していることからも明らかなように債権の回収を目的とするものであると主張するが、賃料前払の一事を以てこれが債権回収のための賃借権であるとは速断できないのみならず、控訴人が本件物件の引渡を受け、同地上に建物を建築所有していることは当事者間に争いのないところであり、且つ弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる丙第一号証によれば控訴人の有する本件賃借権は期限の定なく、敷金一八〇万円、月五〇〇〇円の割合の賃料二〇年分前払、賃借権の譲渡・転借権の設定自由という内容のものであることが認められるから、右賃借権は本件物件の利用価値の取得を目的とするものであることは明らかで交換価値の取得を目的とするものとはとうてい解せられない。

してみれば控訴人は上来説示したところに照らし自己への清算金の支払と引換にのみ被控訴人らの本登記に承諾請求及び右本登記を条件とする建物明渡、建物収去土地明渡請求に応ずる旨の主張をなしえないというべく、被控訴人ら先代は控訴人に対する関係において前示本件代物弁済予約完結の意思表示により本件物件の所有権を取得したものといわざるをえない。

五、控訴人は被控訴人ら先代の右所有権取得につき、時価一五〇〇万円もの本件物件を五〇〇万円の債権の代物弁済とすることは暴利行為であつて権利濫用ないしは公序良俗に違反すると主張するが、本件物件の当時の時価が一五〇〇万円であつたことの証拠はなく前顕丙二号証によつても金七〇八万円余というにすぎないから、物件の時価と債権額の差は二〇八万円に止るのみならず成立に争いのない甲第二号証の二、四によれば本件物件の一部には被控訴人ら先代の本件根抵当権設定登記、仮登記より先順位の訴外高田潔子を権利者とする賃借権設定請求権保全仮登記、及び訴外住宅金融公庫を権利者とする債権額四九万円の抵当権設定登記が存するので右の分を差引くと前記の較差はいよいよ少くなるから、この程度の価格の開きを以てしては本件代物弁済予約完結の意思表示を目して暴利行為を目的とするものとはいえず右抗弁は理由がない。

六、次に控訴人は借家法一条により賃借権を以て被控訴人ら先代の所有権取得に対抗できると主張するが、控訴人の本件物件に対する占有開始の日が被控訴人ら先代の本件仮登記に後れていることは当事者間に争いのないところであり、右仮登記に基づく本登記経由後においては、控訴人の賃借権はこれに後れた順位のものとして被控訴人らの所有権に対抗できないこととなるので右抗弁もまた排斥を免がれない。

七、果してしからば、控訴人は被控訴人ら先代の本件仮登記に基づく本登記請求を承諾すべき義務があり、また右本登記を経由した後においては本件物件を占有すべき正権原を有しないこととなるので右のうち(四)の建物を明渡し、原判決添付第二目録記載の建物を収去してその敷地である(一)の土地を明渡す義務があるところ、被控訴人ら先代が昭和四五年七月一五日死亡して被控訴人らがその遺産を相続したことは当事者間に争いがないから、控訴人に対し右各義務の履行を求める被控訴人らの請求は理由があり、これと同旨の原判決は相当で本件控訴は理由がないから棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤孝之 今富滋 奥輝雄)

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