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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)87号 判決 1968年5月13日

控訴人 重政幸枝

被控訴人 陳珀齢

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、つぎのとおり変更、追加および削除をするほか、原判決事実欄の記載と同一であるので、みぎ記載を引用する。

(被控訴人の主張)

(請求原因)

原判決二枚目裏一行目の「本件建物については」との記載から同二行目末尾までを、「本件土地上の建物については、当時被控訴人を取得者として所有権移転登記手続を終つたが、本件土地については、同土地が当時大阪市福島区海老江中二丁目六一番地宅地一三八・七二坪(四五八・五八平方メートル)の一部分をなしていてみぎ六一番地の土地から分筆されていなかつたので、みぎ売買契約中で、当時みぎ六一番地の土地全部の登記簿上の所有名義人であつた売主訴外桑田光一が直ちに分筆登記手続をした上で被控訴人を取得者として本件土地の所有権移転登記手続をする旨の特約をしたにとどまり、その当時、実際にみぎ六一番地の土地の分筆登記手続をすることも、また分筆せられた本件土地について被控訴人を取得者として所有権移転登記手続をすることもなされたわけではなかつた。しかしながら、本件土地建物の占有に関する限りでは、被控訴人が前記売買契約の締結と同時に即時に土地建物の引渡しを受けて以来、被控訴人は、みぎ建物を占有し自分の用途に使用することによつて、その敷地である本件土地についても平穏公然且つ善意無過失に所有の意思をもつて占有を開始し、現在まで占有を継続している。このように、被控訴人は本件土地の善意の占有者としてその占有を開始して以来占有を継続すること一〇年を超えたので、本件土地を時効取得した。」と変更する。

(控訴人の本案の主張に対する被控訴人の答弁)

原判決三枚目表二行目冒頭以下同九行目末尾までをつぎのとおり変更する。

「一、自己所有の不動産についても民法一六二条所定の取得時効により権利を取得することができる。

取得時効の対象物は必ずしも他人の物であることを要せず自己の物も含んでいることは、すでに最高裁判所判例の示すところである。すなわち、所有権に基づいて不動産を占有する者についても、民法一六二条の適用があるものと解すべく、自己所有の不動産であつても、その取得登記を経由していないため二重譲渡を受けた第三者に対抗ができない場合または所有権取得の立証が事実上不可能または困難である場合にあつては、自己所有の不動産についても取得時効による権利取得をすることができるのである(最高裁判所判決昭和四二年七月二一日民集二一巻六号一六四三頁)。

本件の事案は、まさにみぎ最高裁判所判例にいわゆる自己所有の不動産であつてもその取得登記を経由していないために、二重譲渡を受けた第三者に所有権をもつて対抗することができない場合に該当し、民法一六二条所定の取得時効を援用することができることの明白な場合である。そして、占有開始以来昭和三七年四月三日までの一〇年間中に控訴人又はその前主から被控訴人に対して民法所定の適式な中断手続が存在していない以上、被控訴人の本件取得時効は前記のとおり既に完成している。

二、取得時効の対象不動産について所有権移転登記手続があつても、そのことは時効中断事由には当らない。また時効によつて不動産の所有権を取得した者は、その不動産について所有権取得登記を経ていなくても、時効完成当時のみぎ不動産の所有者に対し時効取得した所有権をもつて対抗することができる。本件の場合、被控訴人が本件土地を時効取得するに必要なみぎ土地についての被控訴人の占有期間が満了する以前の昭和三六年二月二日に、本件土地について控訴人を取得者とする所有権移転本登記手続があり、みぎ土地について被控訴人を取得者とする所有権移転登記手続がされていないことは控訴人主張のとおりであるけれども、これらのことは被控訴人が本件土地を時効取得することに対する妨げにも、またみぎ時効取得を援用主張することに対する妨げにもならない。

三、訴外桑田光一が同人と被控訴人との間の本件土地の売買契約を解除したから、被控訴人の占有は善意無過失のものと云うことはできない旨の控訴人の主張に対する答弁。

取得時効の要件である善意無過失は、その占有の始めにこれを必要とし、且つこれをもつて足りるのであつて、その後に発生した事由により占有の始めに存した善意無過失を否定し斥けることは許されない。したがつて、訴外桑田から被控訴人に対して控訴人主張の契約解除の通知があつても、そのことは被控訴人が本件土地を時効取得するに必要なみぎ土地の占有期間になんらの影響も及ぼさない。控訴人の主張は主張自体理由がない。

そればかりでなく、みぎ売買契約の売主訴外桑田は、被控訴人から何回となくみぎ売買契約の履行として、本件土地について被控訴人を取得者とした所有権移転登記手続をするよう請求されたにもかかわらず、本件土地についての分筆登記手続も所有権移転登記手続も怠つて、自らみぎ売買契約の履行を遅滞しながら、被控訴人が本件売買契約の附随的約定にすぎない公租公課の支払いを怠つた事実や本件売買とは全く関係のない且つ被控訴人の全く関知しない通路地代の不払いなど、本件売買契約の解除理由とはなり得ない事実を理由として、被控訴人に対して本件売買契約解除の意思表示をしているのであるから、このような解除自体が無効であるので、みぎ解除の有効を前提とする控訴人の主張は理由がない。

四、本件土地の特定その他仮換地処分との関係について。

本件土地一〇〇坪(三三〇・五八平方メートル)は、訴外桑田光一と被控訴人との間の本件土地の売買契約締結当時は、前記のとおりに、六一番地の宅地一三八・七二坪(四五八・五八平方メートル)の一部であつたが、みぎ本件土地の売買は単なる宅地の一部売買ではなく、本件建物の敷地部分の売買として関係者間においては契約の当初から客観的に特定不動のものであつたのである。すなわち、昭和二七年四月(前記売買契約締結時)当時における本件建物敷地は全部で一二〇坪(三九六・六九平方メートル)あつたところ、その内西側(阪神国道側)の二〇数坪(六六・一二平方メートル余)は訴外造田道顕の妻造田芳子名義の大阪市福島区海老江中二丁目六四番地の一部に属し、その残余の敷地東奥に当る部分一〇〇坪(三三〇・五八平方メートル)が前記六一番地の宅地の一部である本件土地であつたので、被控訴人が本件建物を自ら使用するために買い受けるに当つて、その敷地の一部である本件土地をその所有者である訴外桑田から、西側二〇数坪を訴外造田芳子から買い受けたのである。したがつて、本件土地は前記六一番地の土地のうち本件建物の敷地に当る部分一〇〇坪と売買契約当時から特定していた。

前記六一番地の宅地の仮換地処分は純然たる現地換地処分であつて、その仮換地は従前の土地が減坪により一部切り取られただけで、仮換地の範囲は完全に従前の土地の範囲内に含まれ、寸土といえども従前の土地の範囲からはみ出している部分はない。したがつて、本件土地は従前の土地の一部であると同時にその仮換地に当るので、前記売買契約の履行として被控訴人が引渡しを受けて占有を開始した六一番地の宅地のうちの一〇〇坪(三三〇・五八平方メートル)の占有は、本件土地に当る部分の占有に関する限り、終始仮換地の占有として旧特別都市計画法(昭和三〇年三月三一日限り廃止)一四条一項に違反しない。

要するに、被控訴人の本件土地の占有は、昭和二七年四月三日売買契約の履行として前所有者桑田光一から引渡しを受けて平穏公然且つ善意無過失に開始されたのであつて、なんら不法占有に当らないのみならず、当初から仮換地の占有であるので旧特別都市計画法にも違反しない。土地の時効取得は土地占有の効果として生ずるのであるから、大阪市が仮換地処分のために本件土地に関してした杭入れ、建物の一部収去、更に分筆の完了などのように、被控訴人の本件土地の占有となんら関係のない事項は取得時効の始期にも時効の中断事由にも該当しない。したがつて、本件土地部分については、昭和三七年四月三日限り、被控訴人において取得時効によりその完全な所有権を取得したものである。」と変更する。

(控訴人の主張)

(請求の原因に対する答弁ならびに主張)について、

原判決四枚目裏七行目冒頭から同一〇行目末尾までをつぎのとおり変更する。

「三、被控訴人が本件土地について取得時効の要件を充たす占有を開始したのは、昭和三六年二月二日からであるから、その時からまだ一〇年を経過していないので、被控訴人は本件土地を時効取得していない。

すなわち、不動産の二重譲渡があつた場合に、不動産を占有する一方の譲り受け人が他方の譲り受け人との関係においてみぎ不動産を時効取得するために必要なみぎ不動産の占有期間の起算点は、他の譲り受け人がみぎ不動産の所有権取得登記手続を受けたときと解すべきである。けだし、民法一六二条所定の取得時効が成立する客観的要件として当該目的物件が他人の物であることを必要とするところ、被控訴人の主張するところによれば、被控訴人が訴外桑田光一から本件土地を買い受けその占有を取得したのは昭和二七年四月三日であつて、その頃本件土地の登記簿上の所有名義人は訴外桑田であつて控訴人ではなかつたと云うのであるから、被控訴人はその時から自分の所有物を自ら占有していたのであつて、みぎ占有状態は前記時効取得の客観的要件を欠く占有状態であるので、時効取得の効果を生じない。それ故に、本件の場合、被控訴人が本件土地を時効取得するに必要な客観的要件を具えた占有を取得したのは、控訴人が本件土地の所有権を実体上も登記名義上も併せて取得した昭和三六年二月二日であると云わねばならない。」

原判決四枚目裏最終行の末尾の次に、行を変えて、つぎのとおり追加する。

「五、被控訴人は本件土地の善意無過失の占有者ではなく、また本件土地を所有の意思をもつて占有していたのではないから、みぎ土地を時効によつて取得していない。殊に訴外桑田光一が被控訴人に対してみぎ両者間の本件土地の売買契約を解除する旨の意思表示をした後は、被控訴人は善意無過失の占有者でも所有の意思をもつて本件土地を占有している者でもなくなつた。

登記簿上他人の所有名義になつており、公租公課も他人によつて納入されている土地を所有の意思をもつて占有を開始継続したと認めるについては、特別の理由を要する。本件売買目的土地は従前地である大阪市福島区海老江中二丁目六一番地宅地一三八・七二坪(四五八・五八平方メートル)のうちの一〇〇坪(三三〇・五八平方メートル)であつて、その仮換地はみぎ六一番地の宅地一三八・七二坪(メートル法による量は前記のとおり)の仮換地である同所一〇ブロツク符号七号九九・三七坪(三二八・五〇平方メートル)の中の七〇・〇二坪(二三二・〇七平方メートル)に該当することが明白であるのに、被控訴人はみぎ売買により仮換地についても面積一〇〇坪(前記のとおり)に対する権利を取得したと主張し、売主の訴外桑田から所有権移転登記手続の前提として必要な分割登記手続ならびに使用区分指定を受ける手続に協力するように要求を受けてもこれに応ぜず、そのためにみぎ売買目的土地の公租公課も訴外桑田において負担しなければならないことになつた。みぎのような被控訴人の態度に徴すれば、昭和二七年四月三日訴外桑田と被控訴人との間の本件土地の売買契約が成立し被控訴人が本件土地の占有使用を開始した当時には、被控訴人は本件土地を所有の意思をもつて占有していたのでも、善意無過失に占有していたのでもないと認められる。

仮に、被控訴人がみぎ売買契約締結以来本件土地を善意無過失で所有の意思をもつて占有使用し始めたとしても、訴外桑田は、前記のように、被控訴人がみぎ売買契約の履行に必要な本件土地についての分筆登記手続や使用区分指定申請手続に協力せず、その結果本件土地の公租公課を訴外桑田に負担させたことを理由として、昭和三三年一月被控訴人に対し、訴外桑田と被控訴人との間の本件土地の売買契約を解除する意思表示をしたから、その時をもつてみぎ契約は解除となり、その後においては、被控訴人は本件土地が自分の所有に属していないことを知りながらこれを占有していたものであつて、したがつて所有の意思をもつて本件土地を占有していたと云うことはできない。

六、本件土地の範囲は訴外桑田と被控訴人との間に本件土地の売買契約が成立した当時には、単にその坪数が定められていただけで、実地について特定されていなかつたのであるから、被控訴人が本件土地を時効取得するために必要な本件土地の占有を開始したのは、みぎ売買契約成立時ではなく、その後仮換地について使用区分の指定があつて被控訴人の使用を許される土地が特定した時であると考えねばならない。しかるに、みぎ被控訴人が使用することを許される仮換地が具体的に指定されたのはつぎのように後日のことであつて、それから未だ一〇年を経過していないので時効は完成していない。

(1)  すなわち、大阪市都市計画福島地区復興土地区画整理事業(以下大阪市区画整理事業と略称する。)の施行者である大阪市長は、本件従前の土地一三八・七二坪(四五八・五八平方メートル)の仮換地として中海老江一〇ブロツク符号七号宅地九九・三七坪(三二八・五〇平方メートル)を指定し、境界を定め、杭入れをなし、その施行地を明示し、その旨各関係者に通知した。この仮換地指定の効果として登記簿上の土地すなわち従前の土地は使用収益することができないことになつた。その後、昭和二七年四月三日訴外桑田光一と被控訴人との間に本件従前の土地一三八・七二坪(四五八・五八平方メートル)のうち一〇〇坪の売買契約が締結されたが、仮換地について使用区分の指定を受けるには大阪市長の指示と承認を要するところ、みぎ売買契約中では従前の土地について「分筆完了の上は売主(訴外桑田)は買主(被控訴人)の請求次第直ちに買主名義に所要登記を為す」旨を定めたけれども、仮換地について使用区分の指定又は合意はなされなかつた。そしてその後においても本件土地一筆の中で境界として一線を画したことも、また標識設置等によつて境界を示したこともなかつた。

被控訴人は昭和二七年四月三日本件土地のうち一〇〇坪を買い受けた当初からみぎ土地のうち特定の一〇〇坪の占有を開始したと主張しているけれども、具体的にどの部分を占有したか明確でないのみならず、当時本件土地について既に仮換地の指定が済んでいたことは前述のとおりであるから、従前地一〇〇坪を占有使用できるはずがない。その当時被控訴人は訴外桑田に対して仮換地一〇〇坪を引き渡せと要求していたのであるから、仮換地の特定部分を占有していなかつた。

(2)  被控訴人は本件土地の売買契約締結後もその仮換地についての使用区分の指定を受ける手続に協力しなかつたので、昭和三一年一〇月上旬頃訴外桑田と被控訴人の双方が大阪市役所整地課に呼び出され、係員説得により被控訴人も分筆および使用区分の指定に同意したので、同月九日本件従前地について登記簿上一〇〇坪(三三〇・五八平方メートル)とその余の部分に分筆する分筆登記手続をしてその境界を定め、仮換地についても被控訴人の使用する七〇・〇二坪(二三一・四五平方メートル)とその余の部分との使用区分の指定とその境界の指定を受けたので、その時において、ようやく被控訴人の買い受けた土地が一筆として具体的にその範囲が確定して、その使用区分も明確になつた。

しかし、その後においても、被控訴人は同人の使用区分として指定を受けた地域以外の前記六一番地の仮換地を不法占有し続けたので、昭和三八年一一月大阪市が現地について境界の杭入れをして、不法占有家屋を撤去したが、その時点から被控訴人は本件土地の仮換地の特定した区域の適法な占有を開始したのであつて、それ以前には本件土地の仮換地として明確に特定された部分を占有したことはなかつた。およそ一筆の土地の一部又は特定不動産の一部について時効取得を主張するためには、外観上識別できる徴憑によつて他の部分と区別できる部分を継続的に占有した事実を必要とするのであつて、被控訴人のように一筆の土地の特定できない部分を占有しても、その土地のどの部分にも時効取得の効果は生じない。また不法占有部分と適法な占有部分とを識別できないような占有はその全体について平穏公然善意無過失の占有と云うことはできない。

(3)  被控訴人は家屋の前所有者の造田道顕の虚言を信じ、偏狭に前記六一番地の仮換地全部を本件土地の仮換地すなわち被控訴人の買い受けた従前の土地一〇〇坪の仮換地に該当すると妄断し、その上に家屋を増改築してその敷地を不法占有し、これによつてみぎ所有家屋の敷地を拡張していながら、売買契約の当初から本件土地のうちの既存家屋の敷地として特定された部分の占有を開始し、終始その部分の占有を継続してきたと偽つている。このように平穏公然且つ善意無過失の占有とは云えない不法占有によつては取得時効は完成しない。けだし、仮換地の指定がある場合には、従前の土地の所有者および利害関係人は大阪市長から仮換地について各人の使用区分の通知を受けていて、その後において従前の土地の所有権を取得した者は、みぎ使用区分の指定による仮換地の使用関係についての権利義務も承継するから、このような仮換地指定のあつた後に前記従前の土地一〇〇坪(三三〇・五八平方メートル)の譲渡を受けた被控訴人は、その仮換地を占有することができるだけで、みぎ従前の土地一〇〇坪を占有する権利はない。したがつて被控訴人が既存の仮換地使用区分の指定に従わず勝手に従前の土地一〇〇坪の占有を開始したのは、平穏公然善意無過失に占有を開始したものと云うことはできない。

いずれにせよ、旧特別都市計画法に基づいて大阪市長が仮換地を指定した土地については、同法(又は同法による事業に同法廃止後適用された土地区画整理法)による換地処分未了の間は取得時効期間は進行しない。みぎ換地処分進行中にもかかわらず時効期間が進行する旨の被控訴人の主張は暴論である。

(証拠について)<省略>

理由

一、まず、本訴は二重起訴の禁止の規定に抵触するから不適法である旨の控訴人の本案前の抗弁について判断する。成立に争いがない乙第一、第二二号証、当事者双方の弁論の趣旨および被控訴人の本訴請求原因によれば、控訴人が本訴提起前の昭和四〇年二月一〇日被控訴人を被告として訴を提起した広島地方裁判所福山支部昭和四〇年(ワ)第二四号建物収去土地明渡請求事件において、同年三月三〇日被控訴人(同事件の被告)敗訴の判決が言い渡され、みぎ判決に対して被控訴人から控訴の申立がありみぎ事件は現在広島高等裁判所昭和四〇年(ネ)第八三号事件として同裁判所に係属中であるところ、みぎ事件は控訴人の本件土地所有権に基づく妨害排除請求権を訴訟物とするのに反し、本訴は同じく本件土地の所有権に基づくものとはいつても、被控訴人の所有権に基づく登記請求権を訴訟物としていることが認められ、みぎ各訴訟はその訴訟物を異にし、両者は同一事件ではないから、控訴人の本案前の抗弁は理由がない。

二、そこで、被控訴人が一〇年の取得時効によつて本件土地の所有権を取得したかどうかについて判断する。

(一)  本件土地(従前地)がもと訴外桑田光一の所有であつたことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いがない甲第二号証、官公署作成部分の成立について当事者間に争いがなく、その余の部分は原審証人造田道顕の証言によつて成立を認める甲第三号証、成立に争いがない乙第一六、第一七号証、同第一八号証の一、二、三、同第二一号証の一、ならびに、同第一八号証の二(本件六一番地の土地の分筆申告書附属図面)および同第二一号証の一(仮換地指定変更通知)のうちの附属図面と比較し且つ乙第二一号証の三自体の左上欄に記載された文言および右下欄に係長主任と記載した右手の印影に徴し、大阪市区画整理事業の担当係員が真正に作成した本件六一番地の仮換地の仮換地指定変更後の図面であると認める同第二一号証の二、三、原審証人山本清司および同造田道顕の各証言、原、当審証人桑田光一の証言の一部(後記措信しない部分を除く)ならびに原、当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すれば、(1) 昭和二五年三月九日本件土地の従前地を合む大阪市福島区海老江中二丁目六一番地宅地一三八・七二坪(四五八・五八平方メートル)が訴外桑田の所有に属していた当時、大阪市区画整理事業の施行者である大阪市長からみぎ従前地の仮換地として同区、ブロツク番号一〇、符号七、面積九九・三七坪(三二八・五〇平方メートル)が指定され、みぎ仮換地は従前の土地から減坪になつたが、仮換地の所在場所は従前地と殆んど同一場所で、仮換地の範囲も当時の本件建物敷地ではない部位で極めて僅かに従前の土地からはみ出たところがあつたが、みぎ仮換地に含まれしかも当時の本件建物敷地にも当る部分はすべて従前地に含まれていたこと、(2) その後昭和二七年四月一日被控訴人は訴外造田道顕から前記六一番地とその隣地(成立に争いがない乙第六第一六号証により訴外桑田の所有でないことが認められる)にまたがつて所在していた(登記簿上は六一番地上所在の)本件建物(原判決添付目録記載の建物)を買い受けてその所有権を取得し、みぎ各建物の引渡しを受け、続いて同月三日訴外桑田から前記六一番地の宅地のうち被控訴人が買い受けた当時の本件建物の敷地となつていた部分一〇〇坪(三三〇・五八平方メートル)を買い受け、みぎ家屋を所有し且つ占有使用することによつてその敷地も占有したこと、その後昭和三一年八月頃大阪市区画整理事業の施行者である大阪市長は訴外桑田の申告に基いて前記従前地六一番地を一〇〇坪(三三〇・五八平方メートル)と二一・六二坪(七一・四七平方メートル)と一七・一〇坪(五六・二三平方メートル)とに分筆する場合はみぎ従前地の分筆に対応する仮換地の分割として、みぎ従前地六一番地の仮換地ブロツク番号一〇、符号七、九九・三七坪(三二八・四九平方メートル)を、(A)同番号同符号A七〇・〇二坪(二三二・〇七平方メートル)と(B)同番号同符号B一六・三〇坪(五三・八八平方メートル)と(C)同番号同符号C一三・〇五坪(四三・一四平方メートル)とに分割すべきものとし、みぎのとおりに仮換地の具体的な分割指定をして、その具体的な位置範囲を記載した図面を添えて関係者に通知したので、訴外桑田は従前地六一番地について前記三筆に分筆する登記手続を終つたが、その頃、本件建物のうち本件土地(従前地一〇〇坪三三〇・五八平方メートル)の仮換地七〇・〇二坪(二三二・〇七平方メートル)の具体的な範囲外にはみ出ていた建物部分は撤去されたので、被控訴人はみぎ仮換地上の残存建物をアパートとして賃貸し、その敷地であるみぎ仮換地を占有使用し、みぎ撤去された建物敷地に当る部分(即ち被控訴人が従来占有していた土地のうち本件土地の仮換地に属しない部分)は以後被控訴人の占有に属しないことになつたこと、その後みぎ本件土地の仮換地の一部が道路敷地となることになつたので、昭和三六年一〇月二四日大阪市区画整理事業施行者は本件土地の仮換地指定を変更して本件土地の仮換地をその従来の仮換地からみぎ道路敷地となる部分を除いた六四・九四坪(二一四・四八平方メートル)に変更し、みぎ変更を同月三〇日から発効することに定め、道路敷地となつた五・〇八坪(一七・三四平方メートル)を前記本件土地の仮換地から削減し、みぎ道路敷地となつた部分上にあつた建物部分を撤去したので、以後みぎ道路敷地となつた部分に対する被控訴人の占有も失われたこと、ならびに、被控訴人が以来今日までみぎ仮換地六四・九四坪(二一四・四八平方メートル)上に建物を所有してみぎ仮換地の占有を継続していることを認めることができる。原、当審証人桑田光一の証言中みぎ認定に反する供述部分は措信しない。そのほかにはみぎ認定に反する証拠はない。

みぎ認定事実によれば、被控訴人は昭和二七年四月三日以来所有の意思をもつて平穏公然に少くとも本件土地の現在の仮換地六四・九四坪(二一四・四八平方メートル)の占有を現在まで継続し、且つその占有を始めるに際し、本件土地(従前地)が自分の所有に属し、その仮換地であるみぎ六四・九四坪(二一四・四八平方メートル)を占有使用できるものと信じていたのであつて、みぎのように信ずるについて過失もなかつたと云うことができる。

(二)  土地区画整理法(その施行前は特別都市計画法)による区画整理事業の施行地域内の土地について同法による仮換地の指定があつた後に仮換地の占有を始めた者はつぎに記載した場合にそれぞれ占有している仮換地に対応する従前地を時効取得することができると解することができる。すなわち、

(1)  土地区画整理法九九条一項(その施行前は特別都市計画法一四条一項)の趣旨にのつとつて民法一六二条を解釈すれば、土地区画整理施行地域内にある従前地の仮換地としてみぎ従前地の一部が指定された後みぎ民法の法条所定の期間みぎ従前地を所有する意思をもつてみぎ従前地一筆の仮換地全部を含む地域を平穏公然に占有した者は、土地区画整理法一〇三条四項の公告がある日までにみぎ期間が満了したときは、時効によつてみぎ従前地一筆の所有権を取得すると解するが相当である。

(2)  そして一筆の従前地(い)の仮換地(イ)の一部(ロ)が従前地(い)に含まれている場合に(すなわち仮換地(ハ)(ニ)の一部には従前地(い)からはみでた部分があるけれども、仮換地(ロ)には従前地(い)からはみ出た部分はない場合に)、甲なる者が、従前地(い)の仮換地として(イ)が指定された後、仮換地(イ)の一部(ロ)を所有の意思をもつて平穏公然に占有し始め、その後従前地(い)が従前地(ろ)(は)(に)に分筆されてその旨の登記手続を終り、区画整理施行者が仮換地(イ)を従前地(ろ)(は)(に)に対応する仮換地(ロ)(ハ)(ニ)に分割し、それぞれ対応する従前地の仮換地として指定し、甲が所有の意思をもつて平穏公然に仮換地(ロ)を占有した期間がみぎ仮換地の分割指定の前後を通じ民法一六二条所定の期間に達し、みぎ期間の満了が土地区画整理法一〇三条四項の公告前であるときは、甲は時効によつて従前地(ろ)の所有権を取得すると解するが相当である。けだし、みぎの場合には、(ロ)の占有の頭初から従前地(ろ)の仮換地を占有したものとみなすことができるからである。

(3)  従前地に対する仮換地(ロ)が一旦指定され、その後に仮換地の指定変更があり、先に指定された仮換地は従前地の一部で後で指定された仮換地(ロ)は先に指定された仮換地(ロ)の一部に当る場合に、従前地を所有する意思をもつて、平穏公然に、みぎ指定変更発効前は従前地一筆の指定変更前の仮換地(ロ)全部を、指定変更後はみぎ従前地一筆の指定変更後の仮換地(ロ)全部をそれぞれ占有し、その間占有の中断なく民法一六二条所定の期間を経過しみぎ期間の満了が土地区画整理法一〇三条四項の公告前であるときは、みぎ占有者は時効によつてみぎ仮換地に対応する従前地一筆(ろ)の所有権を取得する。

(三)  前認定の事実関係によれば、(1) 被控訴人は昭和二七年四月三日従前地海老江中二丁目六一番地宅地一三八坪七二(四五八・五八平方メートル)中の南部建物敷地部分一〇〇坪を所有する意思で、その現地仮換地ブロツク番号一〇符号七の九九坪三七(三二八・五〇平方メートル)の南建物敷地部分を平穏公然善意無過失に占有を始め(2) 昭和三一年一〇月三日みぎ従前地は同所六一番の一宅地一〇〇坪(三三〇・五八平方メートル)同番の二宅地二一坪六二(七一・四七平方メートル)同番の三宅地一七坪一(五六・二三平方メートル)に分筆され、同時にみぎ三筆に対応する仮換地として、区画一〇符号七A七〇坪〇二(二三二・〇七平方メートル)同区画同符号B一六坪三〇(五三・八八平方メートル)同区画同符号C一三坪〇五(四三・一四平方メートル)にそれぞれ分割され、(3) 昭和三六年一〇月三〇日みぎ仮換地区画一〇符号七Aは仮換地指定変更により現地において減歩を受けて六四坪九四となり、その間被控訴人占有部分は施行者のなした撤去により二回に亘り減少したものの、前記六一番地の一宅地一〇〇坪(三三〇・五八平方メートル)に対応する仮換地区画一〇符号七Aの部分は終始変ることなく占有を続けたものであるから、本件土地の現在の仮換地についての被控訴人の占有関係は前記設例(1) (2) (3) 記載の従前地を時効取得するに必要な要件を具備するものと云うことができ、且つ、被控訴人はみぎ占有を始めるに当つて善意無過失であつたこと前記のとおりであるから、みぎ占有を始めた昭和二七年四月三日から一〇年間を経過した昭和三七年四月三日をもつて時効により本件土地(従前地)の所有権を取得したものと云うことができる。

三、控訴人の主張二(被控訴人の平穏公然善意無過失の占有を否定する旨の主張)に対する当裁判所の判断は原判決六枚目裏一一行目冒頭から同七枚目表九行目末尾までの記載と同一であるので、みぎ記載を引用する。

四、控訴人の主張三(すなわち、不動産の二重譲渡があつた場合に不動産を占有する一方の譲り受け人が他方の譲り受け人との関係においてみぎ不動産を時効取得するために必要なみぎ不動産の占有期間の起算点は、他の譲り受け人がみぎ不動産の所有権移転登記手続を受けたときである旨、および民法一六二条所定の取得時効が成立するためには目的物件が他人の物であることを要する旨の主張)についての判断はつぎのとおりである。

所有権に基づいて不動産を占有する者であつても、その取得登記を経由していないため二重譲渡を受けた第三者に対抗ができない場合、または所有権取得の立証が事実上不可能または困難である場合には、自己所有の不動産について取得時効による権利取得をすることができる(最高裁判所昭和四二年七月二一日判決民集二一巻六号一六四三頁参照)。そして、取得時効制度は物の占有と云う事実状態の継続を要件として占有者の援用をまつて同人に物の権利を取得させる制度であるのに対して、所有権移転登記手続は不動産の占有とは無関係のものであり、不動産所有権の得喪を生ずる原因ではなく、他の原因によつて生じた不動産所有権得喪を第三者に対抗する手段にすぎないから、所有の意思をもつてする平穏公然なる不動産の占有が継続している中途に、みぎ目的不動産について他の者を取得者として所有権移転登記手続があつても、みぎ登記手続は、その性質上、目的不動産の占有と云う事実状態の継続を切断するものでも、占有を瑕疵あるものに変えるものでも、また、みぎ占有の継続によつて生ずる実体的権利変動を阻止するものでもないと云うべきであつて、いわゆる取得時効の中断事由には当らないと解するのが相当である。

本件の場合、被控訴人は本件土地を訴外桑田光一から買い受けその所有権移転登記を受けない間に、控訴人が訴外桑田から本件土地を合む土地を買受けてその所有権移転登記手続を済ましたと云うのであるから、被控訴人が所有権に基づいて占有する本件土地について時効取得を主張し得る場合に当る。また、本件の場合、本件土地について控訴人が昭和三六年二月二日控訴人主張のとおり所有権移転登記手続を経由し、現在その登記名義人であることは、当事者間に争いがない事実であるけれども、このような登記手続が取得時効の進行を中断するものでないことは先に述べたとおりであるから、みぎ控訴人の登記手続があつたから被控訴人の本件土地に対する取得時効期間の起算点をみぎ登記手続の時にすべき旨の控訴人の主張は採用できない。

五、控訴人の主張四(被控訴人が本件土地を時効取得したとしても、その所有権取得登記手続を経ていないので控訴人に対抗することができない旨の主張)に対する判断は原判決七枚目裏一〇行目冒頭から同八枚目表三行目末尾までの記載と同一であるのでみぎ記載を引用する。

六、控訴人の主張五(被控訴人の公租公課不納入の主張、売主訴外桑田の売買契約解除)に対する判断はつぎのとおりである。

控訴人が本項の主張の前段で公租公課を被控訴人が納入しない旨主張する事実は、仮に真実にみぎ主張事実があつたとしても、被控訴人が本件土地を所有する意思で平穏公然にみぎ土地の占有を一〇年間継続し、その占有開始に当つて本件土地が自己の所有に属しその仮換地を適法に占有することができると信じていて、そのように信ずるについて過失がなかつた旨の前記の認定を覆すに足るものではない。

そして前述したように、不動産について一〇年間の占有期間で取得時効が完成するためには、時効援用者が目的不動産の占有を開始するに当つて善意無過失であれば足りみぎ善意無過失の状態が時効完成まで継続することを必要としないところ、被控訴人が本件土地の仮換地を占有し始めた際に善意無過失であつたこと前認定のとおりであるから控訴人が本項の主張の後段で主張するような訴外桑田が被控訴人に対してみぎ両者間の本件土地の売買契約を解除する旨の意思表示をした等の控訴人の本項後段の主張は、すべて、被控訴人が一旦善意無過失に本件土地の仮換地の占有を開始した後に、みぎ占有が善意無過失のものではなくなつたと云うに帰するから、仮に控訴人主張どおりの事実関係にあつたとしても、被控訴人は所有の意思をもつて平穏公然に一〇年間本件土地の仮換地の占有を続けることによつて本件土地を時効取得することができる。また、仮に控訴人主張どおりの事実関係であつても被控訴人のみぎ仮換地占有が所有の意思をもつてするものではなくなつたり、平穏公然なものでなくなつたりすることはない。控訴人の本項の主張の後段もまたすべて理由がない。

七、最後に本件土地について仮換地の指定があつたことが、被控訴人が本件土地を時効取得することに対する妨げとなるかどうかについて判断する。

控訴人は、土地区画整理事業の施行地域内の土地について仮換地の指定があつた後は、仮換地をいくら占有してもそれに対応する従前地の所有権を時効取得することはできない旨主張するが、当裁判所が本判決理由二の(二)の(1) (2) (3) で示した見解と異る独自の見解であるから採用できない。控訴人は被控訴人が本件土地の仮換地の占有を開始した当時、同時に本件土地の仮換地以外の土地を占有していたから、このような占有では本件土地を時効取得することはできない旨主張するが、本判決理由二中の事実認定で判示したように、被控訴人は、昭和二七年四月三日本件土地の仮換地の占有を開始した当初から今日に至るまで、終始中断することなく、本件土地を所有する意思をもつて、平穏公然に十年間本件土地の仮換地全部(すなわち仮換地指定変更の発効前はみぎ指定変更前の本件土地の仮換地全部を、みぎ指定変更発効後は指定変更後の本件土地の仮換地全部)を占有し、占有開始に当つて善意無過失であつたのであるから、みぎ占有に伴つて同時に本件土地の仮換地以外の土地を占有したからといつて、そのことのために本件土地を時効取得する妨げにはならない。控訴人は不法占有を伴う占有では時効取得の効果を生じない旨主張するが、その主張が被控訴人の占有の平穏公然善意無過失たることを争う趣旨に止るならば意義ある主張であるが、時効取得の要件としての占有が権原に基づかねばならぬというのであるならば、みぎ占有は権原に基づかない占有すなわち客観的には不法占有であることが原則で、所有権に基づいて占有する土地に対する時効取得を主張するときに限り例外的に権原に基づく占有であつても時効取得をする妨げにならないこともあるにすぎない。控訴人はまた本件における被控訴人の不動産占有は不法占有であるから所有の意思をもつてする平穏公然且つ善意無過失の占有には当らないと主張するのであるが、被控訴人は本件土地の仮換地を一〇年間所有の意思をもつて平穏公然に占有し、その占有開始に当つて善意無過失であつたことは前認定のとおりであるから、みぎ土地部分についての占有に関する控訴人の主張は事実に反する主張として採用し難い。その余の土地すなわち被控訴人が本件土地の仮換地の占有と同時にしたみぎ仮換地以外の土地についての占有が、控訴人主張のように悪意又は過失によつて開始されたとしても、そのことは、被控訴人による本件土地の仮換地部分の占有までも善意無過失のものでないものに変えるのではないから、本件土地の時効取得に何等の影響もおよぼさない。

控訴人が主張六において主張するところはすべて理由がない。

八、結論

以上の理由により被控訴人は本件土地を時効取得したわけであつて、控訴人は被控訴人に対し本件土地について昭和三七年四月三日完成した取得時効を原因とする所有権移転登記手続をする義務があり、みぎ登記手続を求める被控訴人の請求は正当として認容すべきものである。みぎ当裁判所の判断と結論において同旨の原判決は相当であるから本件控訴は失当として棄却し民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 長瀬清澄 古崎慶長)

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