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大阪高等裁判所 昭和42年(ラ)36号 決定 1967年5月17日

抗告人 日栄商事株式会社

相手方 西浦健一 外一名

主文

原決定を取消す。

本件競落を許さない。

抗告費用は相手方等の負担とする。

理由

抗告人は原決定の取消及び相当の裁判を求め、その理由として、別紙抗告の理由記載のとおり主張した。

これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

競売法による競売手続においても、強制競売手続の場合と同様に、競売期日における最高価競買申出人及びその申出価額の呼上げ並びに競売終局の告知があつて後競落許可決定確定前に競売物件の全部又は一部が競落人の責に帰すべからざる事由によつて滅失又は紛失しても、右最高価競買申出人は右滅失又は紛失による危険を負担しない。けだし、競売法による競売手続においても、最高価競買申出人が競落人たる地位を確定的に取得するのは競落許可決定確定の時であるから、同人は、その後においてはたとえ競落物件の所有権未取得の状態にあつても競落物件についての危険負担を免れることはできないけれども、それ以前においては競売物件に関し特定物の売買における買主に類する地位を未だ取得していないので右物件についての危険を負担すべき理由はないからである。そして、工場抵当法第二条所定の抵当権を実行する競売手続において、前記のように最高価競買申出人が未だ競売物件についての危険負担をしない期間中に、適法に選任された管理人(民訴法第六八七条第二項参照)以外の者が不法に競売目的動産(工場抵当法第二条所定の抵当権の目的動産)を当該工場外に搬出して持去つたときは、たとえその現在の所在場所及び占有者が判明している場合においても、前記最高価競買申出人との関係では、別段の証明がない限り、右動産は右占有奪取の時をもつて紛失又は一部滅失に該当する毀損を受けたものと推定するが相当である。けだし、右のような場合には、最高価競買申出人は、後日右動産の競落人となつた場合には競落物件の所有権及び占有を回復取得することが不可能なわけではない(民法第一九三条第一九四条参照)けれども、その現実の占有支配を取得するまでの過程には、その物の所在をつきとめこれを見失わないことの困難その他に由来する幾多の極めて重大な事実上及び法律上の障碍があるばかりでなく、かりに遂にはその占有を取得することができるとしても、旧設置の場所から取はずし、運搬しその後再び旧設置場所に設置するまでに生じた動産自体の破損、使用不能、工事費その他による競落人の損失については競落人がその賠償を受けることができる保証がないのでこれをその物の一部滅失に類するものと解することができるから、右動産の占有の不法奪取者、その現在の占有者及び所在場所等が判明している場合においても、右動産が既に大した損傷もなく当該工場内に再び持ち帰つて設置され支障なく使用できる状態に置かれているとき、または極めて近い将来において極めて容易且つ出費少く右状態を確実に出現させることができるとき、その他その競落人が何等の損失も被むらないことが証明されたときは別であるが、そうでないときは、その最高価競買申出人にとつては右動産はその全部又は一部が紛失又は滅失したも同然な状態にあると言うことができるからである。

以上のように、競売終局後競落許可決定確定前に、競売物件の全部又は一部(但し、取るに足りない部分に過ぎない場合を除く)が最高価競買申出人の責に帰することができない事由によつて滅失若くは紛失し又はこれと同視すべき破損等の被害を受けたときは、同人はこれを理由としてその競落許可決定に対して即時抗告の申立をすることができると解するが相当である。けだし、競売目的物件について民法第五六一条乃至第五六八条所定の瑕疵がある場合には、右瑕疵が競売期日前からある場合はもちろん競売期日後競落許可決定までの間に生じたものであつても、同人は、競落許可決定が確定してその競落人たる地位が動かし難いものとなつて後においてさえも、民法第五六八条により、債務者に対する契約解除若くは代金減額の請求、既に競落代金を支払つた後であれば債務者若くは代金の配当を受けた債権者に対するその返還請求、故意過失ある債務者若くは債権者に対する損害賠償請求等をすることができるのであるから、右の場合との釣合いから言つて、競落許可決定確定前同人の競落人としての地位が未だ確定していない期間中は、実体法上の関係において競売物件に生じた前記民法の各法条所定の各瑕疵の存在を理由として、競落人たる地位の発生又はその確定を阻止するために競落許可に対する異議又は同決定に対する即時抗告の申立をすることができると解すべきであるばかりでなく、手続法上の関係においても、競売開始決定以来競売終局告知まで全競売手続を通じて一貫して競売物件として取扱われて来た物件の全部又は一部が競落許可決定当時には不存在又は不完全であるために、競落人が損失を被むるにもかかわらず、その最高価競買申出について競落許可決定をするのは、結局において、法律上の売却条件に牴触する競買を為した場合に付いて競落許可決定をするのと同様な関係にあるので、競売法第三二条第二項により同法による競売手続に準用される民訴法第六八一条第二項前段第六七二条第三号を類推適用し、競落人から右競落許可決定に対し即時抗告の申立があつた場合には、抗告裁判所は右競落許可決定を取消し競落不許の決定をなすべきものであるからである。

本件の場合について判断するに、抗告人が当審で提出した本件競売債務者である相手方西浦健一作成名義の申立書と題する書面の記載内容を本件競売物件についての鑑定人の評価書及び本件の競売期日の公告の記載内容と比較すれば、本件競売不動産である大阪府泉南郡南町新家三、一八七番地上、家屋番号同町三六二番、鉄筋コンクリートブロツク造、陸屋根二階建工場倉庫内にあつた本件競売目的機械器具(工場抵当法第二条による抵当権の目的物件)のうち噴霧機を除く残余全部(その評価額合計金九七万五、〇〇〇円)は本件競落許可決定のあつた当時には右設置場所に現在していなかつたことが認められ、前記相手方作成名義の上申書によれば、右各物件は本件最高価競買申出のあつた競売期日以後に、件外の大阪工業株式会社と称する会社の従業員等が右債務者の制止を聞き入れず不法にその設置の場所から取はずして持去つたと言うのであるから、右競売目的動産を含めて一括競売された本件競売物件の競落人である抗告人は右競売目的動産の現在の占有者及び所在場所如何にかかわらず、その紛失を理由として原決定に対し即時抗告の申立をすることができると言わねばならない。よつて原決定を取消し、本件競落を許さない旨の裁判をなすべきであつて、本件抗告は理由がある。

なお、民法第五六八条第二項所定の第一次的代金返還義務者が債務者(この場合競売債務者即抵当物件所有者)であるのに鑑んがみて、本件の場合抗告費用を負担すべき者もまた第一次的には債務者であると認むるのが相当であるので、民訴法第八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 村瀬泰三 長瀬清澄 田坂友男)

別紙

抗告理由書

一、抗告人が本件競売の目的物件たる別紙<省略>目録記載の不動産並に機械器具目録記載の動産について昭和四十二年二月七日に競買代金九拾九万千円也で競買申出をなし同年二月十四日に之れが競落許可決定をなされた。

二、抗告人は右競買申出をなすについて競売期日の三日前である昭和四十二年二月七日に本件目的物件の所在現場に赴いて目的物件を点検したところ不動産はその儘目録通りあり機械器具も一々点検したところ別紙目録通りであつた。

三、そこで抗告人は目的物件が全部存在するものとして競売期日に最低競売価格以上として之れが売買申出したものであります。

四、その後抗告人は競買代金を納付するに当り更に目的物件を点検すべく現場に赴いたところ不動産はその儘であつたが機械器具の内別紙目録記載の(イ)乃至(チ)の機械器具が全部見付からず早速不動産の占有者である訴外厚美工業株式会社に尋ねたところ同会社社長鹿島一男が立会の上調べるも現存せず同人は全然知らないと言う事であつたので債務者たる西浦健一にたづねたが同人は自分の債権者である大阪工業株式会社の社員が昭和四十二年三月九日に自動車を横付けにして債権の取立に代へて別紙目録記載(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)の八種十七台の機械器具全部を搬出したので債務者西浦健一はその際に債権者大阪工業株式会社の社員に該機械器具一切は裁判所の競売に付されているもので勝手に持帰ると困ると言つたが強引に持去つて行つて了つたと言う事でありました。

五、斯様にして右債権者大阪工業株式会社が持去つた機械器具以外は現存するがその他の全部存在しない有様であります。

六、従つて抗告人としては別紙目録記載の機械器具全部存在して抗告人に所有権が移る目的で競買したが該物件が存在しない限り之れが競落許可は事実に反するものであるので之れが競落許可決定の取消を求めるため抗告に及びました。

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