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大阪高等裁判所 昭和42年(ラ)46号 決定 1967年5月19日

第四六号事件抗告人 浜砂建設こと浜砂時男

第四七号事件抗告人 株式会社銀座

主文

本件各抗告を棄却する。

昭和四二年(ラ)第四六号事件の抗告費用は抗告人浜砂時男の、昭和四二年(ラ)第四七号事件の抗告費用は抗告人株式会社銀座の、各負担とする。

理由

抗告人らは、それぞれ、「原決定を取消す。相手方らの申立を棄却する。」旨の裁判を求め、その理由として、抗告人浜砂時男において、「一、担保取消原因に執行を受け執行せられた。二、その為相当額の損害を蒙むつた。三、損害額明細追つて準備書面提出」と、抗告人株式会社銀座において、「一、強制執行を受け損害発生、二、準備書面追つて提出」と主張した。これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

本件記録によれば、本件担保は、小西留吉及び北田佐十郎の両名を申請人とし抗告人両名を被申請人とする(本件仮処分申請の当初にはその被申請人は抗告人両名外二四名であつたが、その後抗告人両名を除くその余の二四名に対する申請は、これに対する裁判前に、申請人から取下げた)大阪地方裁判所昭和四一年(ヨ)第四、九五八号不動産仮処分事件について、右仮処分裁判所である原審が、申請を認容して仮処分決定をする前提として、申請人両名に対し各被申請人のために保証として提供すべき旨を命じ、これに応じて申請人両名から被申請人である各抗告人を担保権者として金二〇〇万円宛供託した供託金であること、及び、昭和四一年一二月五日右事件に関し原審が発した仮処分決定の内容は、「別紙目録(七)及び(九)の物件について被申請人浜砂時男の、同目録(七)の物件について被申請人株式会社銀座の各占有を解いて、これを申請人らが委任する執行吏に保管させる。右の場合に、執行吏はその保管していることを公示するために適当な方法をとらねばならない。」と言うのであつたことが認められるところ、担保取消申立書添付の本件仮処分の執行調書写及び記録編綴の取下書によれば、右申請人両名から委任を受けた執行吏は同月七日申請人らの代理人と共に本件目的物件の所在地に臨んだところ、抗告人浜砂時男は不在であつたが、抗告人株式会社銀座の代表取締役鈴木清及び件外人松田行雄に出会い、同人等は執行吏に対して目的物件たる建物は其の全部を抗告人株式会社から三洋観光株式会社(代表取締役松田行雄)に譲渡し右建物による事業は現在同会社の経営である旨を述べ、昭和四一年一一月二六日付大阪法務局の確定日付ある譲渡証書を執行吏に示したこと、当時目的物件である(七)の建物は市場建物として完成しており、当日はその開店日とのことで市場内の各商店は開業し混雑を極めていて、前記出会者両名も執行吏に対して、一階の各店舗及び二階は全部各店舗経営者が占有している旨を述べたので、執行吏は本件仮処分はその執行をすることが不能であると認めその執行に着手するに至らなかつたこと、並びに、同月二七日本件仮処分債権者らの代理人から、「本件仮処分決定は執行不能であるので、その申請を全部取下げる。」旨の記載のある取下書が原審に提出されたことを認めることができる。抗告人らは、同人らが本件仮処分の執行を受けた旨を主張するが、右主張事実は本件記録を精査してもこれを認めることができない。(抗告人らの右主張は他の裁判の執行を本件仮処分の執行と誤解したものと解せられる。)

仮処分申請者に担保を提供せしめた上で仮処分決定がなされた場合であつても、その後その仮処分債権者がその仮処分申請を取下げ、その間その債権者から委任を受けた執行官が遂に右仮処分の執行に着手するに至らなかつたときは、仮処分債務者は右申請取下後は言うに及ばず申請取下前においても原則として何等の損失も被むつていないから、担保提供者である仮処分債権者がその仮処分申請を取下げたこと及び仮処分決定の時から右取下げまでの間に右決定の執行の着手がなかつたことを証明したときは、民訴法第一一五条第一項にいわゆる「担保を供した者が担保の事由が止んだことを証明した場合」に該当し、この場合には、仮処分裁判所は右担保を供した仮処分債権者の申立により担保取消決定をしなければならない。もつとも、右のように、仮処分債権者の委任を受けた執行官が仮処分決定の執行に着手する以前に仮処分債権者が仮処分申請を取下げた場合においても、仮処分債務者が、前記仮処分債権者提供の担保に関し、仮処分申請及び仮処分決定があつたことにより名誉毀損を原因とする損害賠償請求権その他の被担保債権を取得し、且つ、仮処分債権者に対して実際に右被担保債権の請求をすることも、極めて稀なことではあるが絶無と言うことはできない。しかしながら、民訴法第一一五条第一項はこのように滅多には起らない被担保債権発生事由の不存在の点についてまでも担保提供者に対して挙証責任を負わせる趣旨と解することはできないから、担保を供した仮処分債権者が担保取消決定を受けるためには被担保債権発生原因となるべき一般的事由が過去将来に亘つて存在しないことを証明すれば十分であつて、前記例外的稀有の損害発生原因の不存在までも証明する必要はない。

そして仮処分債務者のこのような例外的稀有の原因による損害の発生の主張は、右担保取消に対する即時抗告において債務者に主張させれば足りる。

本件の場合について判断するに、前認定の事実関係にあつては、本件担保提供者である仮処分債権者らは同人らが仮処分申請を取下げたこと及びそれまで同人らの委任した執行吏が仮処分決定の執行に着手するに至らなかつたことを証明しているから、原審が同人らの申立を容れて担保取消決定をしたのは正当であつて、抗告人らは右仮処分申請の取下げにもかかわらず損害を被むる旨を主張するのみで、如何なる原因により如何なる損害を被むるかについて具体的な主張もまた立証もしていないので、右主張はこれを採用することができない。

そのほか記録を精査しても原決定を取消すべき違法は見出されない。

よつて民訴法第八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 村瀬泰三 長瀬清澄 田坂友男)

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