大阪高等裁判所 昭和42年(行コ)26号 判決 1973年10月30日
兵庫県宝塚市切畑字長尾山二番地の二一八
原告(控訴人・附帯被控訴人)
武智祥行
右訴訟代理人弁護士
川見公直
同
浜田行正
大阪市東区大手前之町
大阪合同庁舎第一号舘
原告(被控訴人・附帯控訴人)
大阪国税局長
山内宏
右指定代理人
竹原俊一
同
山田太郎
同
村上睦郎
同
高橋和夫
右当事者間の審査決定一部取消請求控訴同附帯控訴事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の本件控訴を棄却する。
原判決中被告敗訴の部分を取消し、この部分についての原告の請求を棄却する。
控訴費用は第一、二審とも原告の負担とする。
事実
(原判決主文)
一 被告が原告に対し昭和三七年二月二七日付をもつてなした昭和三三年度分贈与税の更正処分に対する審査決定のうち別紙第二目録(イ)(ロ)の物件に関する部分を取消す。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分しその一を原告の、その余を被告の負担とする。
(原告の請求の趣旨)
「被告が原告に対し昭和(以下略)三七年二月二七日付(大局直賢(相)第一〇三号、大協四〇号)をもつてなした三二年度分贈与税の更正処分に対する審査決定のうち別紙第一目録(1)(4)記載の物件に関する部分および同日付三三年度分贈与税の更正処分に対する審査決定のうち別紙第二目録(イ)(ロ)記載の物件に関する部分をそれぞれ取消す。
(不服申立の範囲)
原告被告とも原判決中互に敗訴部分。
(当事者双方の主張)
次のとおり付加、訂正する外は原判決事実摘示のとおりである。但し原判決九枚目裏八行目の「三三年一〇月二四日」とあるのを「三二年一〇月二四日」と訂正する。
被告
別紙目録第二目録(イ)(ロ)の不動産について
1 原告は贈与税の再調査請求において右物件は原告が亀吉より七五万円で買入れたものであると申立てたが、その后それを撒回し、右売買は錯誤によつたものであるから所有権移転登記の抹消登記をなし亀吉の所有に戻つたと主張した。しかし、原告の資金源泉と資金支出によれば、原告はその当時七五万円の取得資金がなく、原告かこれを贈与によつて取得したものといわざるを得ない。原告の三三年度の収入金等に関する原審での主張(原判決添付別紙の原告の三三年中の収入金、収入一覧表)を別紙原告の資金関係表のとおり変更する。
原審は、原告の右物件取得につき売買の形式をとつていること、代金を支払つたことか推認できること、前年に塚本町の土地について原告と亀吉間で売買による代金支払の例が存することを理由に本件譲渡を贈与と断定できないとしている。しかし、原告はこの所有権移転当時僅か九才の小学生に過ぎず、亀吉とは同一家団を形成し、直系血族の祖父と孫の間柄で代襲相続をなしうる地位にあつたのであるから、このような場合は売買という対価行為ではなく、愛情と情誼を頼んだ贈与とみるのが通例である。亀吉は当時これを売らねばならぬ資金需要があつたとは考えられず、資金需要があつたとすれば資金力の乏しい原告にこれを求めず、第三者に求めたであろう。又本件では亀吉が売買代金を受領した事実の立証はく、原告が普通預金を引出した事実があるからといつて、それだけを以て、本件の売買代金に充当されたとみるのは問題である。原審は七五万円の石売買代金を原告の三和銀行塚本支店の普通預金より三三年四月五日三五七、〇〇〇円、同年五月一九日二一〇、〇〇〇円、同年七月三日二〇万円を引出して支払つたと推認しているようであるが、乙一七号証の二の二枚目の出金額欄をみると、いわゆるある時払いとなつており、他にも引出し金額があるのになぜこの引出し金が売買代金に充当されたとするのが明らかでない。この引出し金の合計は七六万七、〇〇〇円で七五万円と一致していないし、この売買の契約書には契約成立の日に七五万円の代金を領収したとなつているが、同日以前に預金の引出しは全くなされていない。又乙一七号証のこの入金欄をみると前記引出し金の直后に出金した金員が多額に入金されていて引出金が亀吉に交付されているとは考えがたい。
2 仮にこれが売買であるとしても、本件物件の時価は一六三万五、〇六七円(イ物件が一一八万一、六一四円、ロ物件が四五万三、四五三円)であるのに亀吉はこれを七五万円で原告に譲渡したからこの差額八八五、〇六七円は相続税法七条本文により贈与税の課税価額となる。
右の八八五、〇六七円に別紙第二目録(ハ)(ニ)の物件価格六五万円る加えた課税価格一五二五、〇六七円から基礎控除額二〇万円を引いたものの贈与税額は三四二、二五〇円となりこれから申告納税額七五、〇〇〇円を差引いた二六七、〇〇〇円(千円未満切捨)に百分の五をかけた一三、三五〇円が過少申告加算税額となる。従つて、三三年分贈与税の更正処分と過少申告加算税の賦課決定処分は、右の両者の金額の限度で維持さるべきである。
原告
1 三二年の六〇万円の贈与について
原審は、原告の三二年中の預金が合計一四五万円で敷金、賃料による預金より六〇万円多いことを理由にこれを亀吉よりの贈与と認定したが乙一八号証の二で判明するように、三二年五月一〇日池田銀行川西支店に預金した五〇万円は原告が誕生日節句の祝金等として贈与された金員を親が本人名義で預金したもので同年五月一五日一年毎の定期預金に振替え毎年更改している。これが敷金等であれば返還時期が不明で定期預金にはできないのである。
2 別紙第二目録(イ)(ロ)の不動産について
原告が当時九才で、亀吉の孫に当り代襲相続人たりうる間柄にあることは争わないが、同一家団であることは争う。被告は祖父と孫との間では通常は売買という対価行為は行われず、無償行為であるのが通例であるというが、亀吉には数人の子と数多い孫があるからその中の一人の孫である原告への贈与こそ例外であり、原告は売買は売買とし贈与されたものは贈与と正直に申告しているにも拘らず本件物件の売買を不自然だというが被告の主張こそ国民の実情を知らぬものである。被告は又亀吉は、売るのなら買主を第三者に求めたであろうというが不動産を第三者には売りたくないが親族なら売るという例は多々あり原告はその資金を有していたのであり被告の主張は銀行預金の残高のみを基準にしたに過ぎない。被告は又亀吉が本件の売買代金を受領した事実は立証されていないというがこの収入は申告済で課税もなされている。
被告は又本件物件は著しく低い価額で譲渡されているからその差額は贈与とみなすというが、本件土地は急斜面にあつて賃料すら未収であり乙一三号証によつても被告の主張は真実性に欠けている。昨今と異り三三年当時、使用もできず賃料も入つてこない本件物件を被告主張のように一般論の価格で買受けるものはいないであろう。
(証拠)
本件記録中証拠関係部分記載のとおりである。
理由
一 別紙第一目録(1)の金員と同(4)の物件について
別紙第一目録(1)の金員と同(4)の物件について、これを贈与とした原審の判断は当裁判所の判断と一致するので原判決の理由第五の争点に対する判断一項(三二年度審査決定)を、原判決一三枚表四行目の冒頭に「原審並に当審」と、又その裏三行目下から四字目と三字目の間に「第一七号証の一」とそれぞれ挿入しその次の行末字から五行目にかけての「一ないし三」を「二、三」と訂正し、次の説明を付加する。
「原告は乙一八号証の二によつて認められる池田銀行川西支店の三二年五月一五日の定期預金五〇万円は同月一〇日に預金した普通預金五〇万円を振替えたもので、これは原告がそれまでに誕生日や節句にもらつた祝金を親が管理していたものであるという趣旨の主張をなしているが、当審証人武智亀吉の証言によつても原告が右のような趣旨でもらつた金員は十二、三万円であつたことが認められるのみならず、当時僅か八才の原告が祝金を五〇万円ももらつていたというのは世間の常態とは考えられないのに、これを肯定するに足る資料がないから、原告のこの点に関する主張は採用できない。」
二 別紙第二目録(イ)(ロ)の物件について
1 甲五、六号証の成立に争のない部分に同九、一一号証の各一、二、原審証人武智亀吉の証言とこれにより成立の認められる甲一〇号証、成立に争のない、乙一ないし六号証、同七号証の一、二、同八、九号証、同一一ないし一六号証、同一七号証の一、同二〇ないし二二号証原審証人畑中英男の証言とこれにより成立の認められる乙一七号証の二、三原審証人菱矢隆夫の証言とこれにより成立の認められる乙一八号証の一、二、当審証人森内栄一の証言により成立の認められる乙一九号証の一、二、三、原審証人磯崎栄太郎の証言とこれにより成立の認められる乙一〇号証、当審証人武智亀吉、同梅次秀文の各証言によれば次の事実を認めることができる。
(1) 原告と亀吉間に別紙第二目録(イ)(ロ)の物件につき、三三年三月二八日付の売買契約書が存在し、同年四月二日原告に所有権移転登記がなされた。但しその二年間の三五年五月二八日、錯誤を理由に右登記の抹消登記がなされた。
(2) この物件は訴外中村政喜が亀吉より賃借していたが、二九年以来亀吉が同人を相手に家屋明渡請求訴訟を提起し、右訴訟は四三年になつて終了した。
(3) 原告の三三年中の収入としては
支払者 金額 権利
滝田晧久 四八、〇〇〇円 家賃
丸橋幸雄 二七、〇〇〇円 〃
立花照子 二四〇、〇〇〇円 〃
一二〇、〇〇〇円 権利金
五〇、四〇〇円 敷金延納利息
土井潔 二一、〇〇〇円 家賃
小原某 二一、〇〇〇円 〃
宇田豪 三八、五〇〇円 〃
岡田美佐夫 四五、五〇〇円 〃
佐々木喬 三、五〇〇円 〃
五〇、〇〇〇円 権利金
一五〇、〇〇〇円 敷金
寺岡某 三六、四八〇円 家賃
の計八五一、三八〇円があり、同支出としては貸家の修繕費等として約三〇万円があつたがこれ以上の原告の収支については証拠がないので認めることができない。
(4) 原告の三和銀行塚本支店の預金通張には三三年四月五日に三五七、〇〇〇円、同年五月一九日に二一万円、同年七月三〇月に二〇万円の出金があるが、その後これに見合うような金額の入金があり三三年中の原告の入金合計は一八五七、三一一円出金合計は一六八七、〇〇〇円、同年九月三〇日の預金残高は三二年中の残高と合わせ五七二、七八一円であるが(乙一七号証の二)、右預金関係では七五万円が本当に支払われたのかどうか判然としない。
(5) 宝塚市長が三八年九月二〇日に回答したところによると三三年当時固定資産の(イ)土地の評価額は四七九、八四〇円で賃貸価額が三〇三円〇六銭、(ロ)家屋の評価額は四三二、三八〇円であり(乙一三号証)、(イ)土地には傾斜地一二四坪五合五勺を含んでいるので、この土地と残りの土地一二八坪を被告が根拠としている評価方法により算出すると(イ)土地の価格は一一八一、六一四円(ロ)家屋は四五三、四五三円の合計一六三五、〇六七円であつて、甲九号証の一による売渡代金七五万円より八八五、〇六七円多い時価となる。
以上のごとく認められ、この認定に反する原審並に当審における証人武智亀吉の証言の一部は措信しない。
2 三三年三月二八日付の右物件の売買契約書には当時七五万円の代金の授受があつたとされているが、前記認定事実によると果してこのとおりであつたが疑問である。証人武智亀吉の証言によつては、同人が当時なぜこの金が必要であつたか、それがどのように費消されたかについて明らかでないのみならず、その後錯誤を理由に所有権移転登記を抹消しているのに右代金の返還がなされたことについて立証のないことは、被告の主張を裏付ける証左ともみられるので、これは売買に非ずして贈与であるという被告の主張が相当であり、この点に関する原告の主張は採用できない。
3 次に原告が本件物件につき錯誤を理由に所有権移転登記を抹消したことは前記のとおりである。(右所有権の移転が錯誤によるものであることは立証がない)しかし租税は各年度を基準に課されるもので二年余を経過し更正決定がなされてから、これに対する不服審査中に登記を抹消したからといつて、税務署長の課税処分を違法となすことはできないので、この点に関する原告の主張は採用できない。
三 別紙第一、第二目録の各物件についてなした被告の評価、税額については成立に争のない乙一ないし六号証、同一二、一三号証によつて適正なものであることが認められるので、被告のなした審査決定は何れも相当である。
四 よつて原告の本件控訴は理由がないから、これを棄却すべく、被告の附帯控訴は理由があるので原判決中被告敗訴の部分を取消しその部分についての原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前田寛郎 裁判官 菊地博 裁判官 仲江利政)
原告の資金関係表
原告の資金源泉
(一) 昭和三三年初の預金残高 三〇二、四七〇円
(二) 収入 六〇九、三八〇円
内訳資料 滝田 四八、〇〇〇円
千野 四二、〇〇〇円
丸橋 二七、〇〇〇円
立花 二四〇、〇〇〇円
宇田 四二、〇〇〇円
岡田 四五、五〇〇円
土井 二七、〇〇〇円
小原 二一、〇〇〇円
寺岡 三六、四八〇円
権利金 丸橋 三〇、〇〇〇円
敷金延納利息 立花 五〇、四〇〇円
(三) 敷金受入 六八〇、〇〇〇円
内訳 丸橋 一二〇、〇〇〇円
宇田 一六〇、〇〇〇円
岡田 一六〇、〇〇〇円
土井 一二〇、〇〇〇円
小原 一二〇、〇〇〇円
(注) 宝塚市切畑長尾山二番の二一〇所在家屋貸借人中村政喜に対する賃料収入は未収入につき計上しない
計((一)+(二)+(三)) 一、五九一、八五〇円
原告の資金支出
(四) 昭和三三年末の預金残高 一、二四六、八五〇円
(五) 支出 三〇四、四四三円
内訳 改造費 三三年一〇月一五日 一〇六、〇〇〇円
三三年一二月七日 一六〇、〇〇〇円
固定資産税(三三年一月から一二月までに納付の分) 三八、四四三円
(六) 敷金返還
内訳 岡田 一六〇、〇〇〇円
計((四)+(五)+(六)) 一、七一一、二九三円
差引不足((一)+(二)+(三)-(四)-(五)-(六)) 一一九、四四三円
第一目録
所在場所 財産の種類 財産の種別 細目銘柄 利用区分 数量 金額
(1) 現金 六〇〇、〇〇〇円
(2) 大阪市西淀川区花川南之町二三九 不動産 土地 宅地 借家建付宅地 四九五・八六平方メートル 五六一、六〇〇円
(3) 〃 〃 家 屋 木瓦二階建 貸用 一四七・二七平方メートル 四二三、三六〇円
(4) 〃 〃 〃 〃 〃 九五・八六平方メートル 四七八、一〇九円
三五
合計二、〇六三、〇六九円
第二目録
所在場所 財産種類 財産種別 利用区分 数量 金額
(イ) 宝塚市長尾山二の二一〇 不動産 宅地 貸家建付宅地 八三四・八七平方メートル 一、一八一、六一四円
(ロ) 〃 〃 家 屋 貸用 一〇九・八一平方メートル 四五三、四五三円
(ハ) 大阪市西淀川区花川南之町二三九 〃 〃 〃 三五・二三平方メートル 三六三、七二〇円
(ニ) 〃 〃 〃 〃 一〇三・九六平方メートル 二七九、七二〇円
合計二、二七八、五〇七円