大阪高等裁判所 昭和42年(行コ)27号 判決 1969年12月16日
控訴人(一審被告)
浪速税務署長
指定代理人
上野至
他五名
被控訴人(一審原告)
大信株式会社
代理人
藤原竜男
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴人が肩書場所に本店を置き靴材皮革の販売を目的とするものであること、被控訴人が三二年度分について昭和三三年五月三一日控訴人に対し所得金額五四万六二五七円の青色申告による確定申告をなし、昭和三三年四月一日から翌三四年三月末日までの事業年度分(以下単に三三年度分という)について昭和三四年五月三〇日控訴人に対し所得金額八六万五二九円の青色申告による確定申告をしたところ、控訴人が被控訴人に対し同年一〇月二八日付で三二年度分以降の事業年度分につき青色申告の承認を取消す旨決定し、その通知書に「法第二五条第八項三号に該当」と附記したこと、ついで控訴人は翌二九日付で被控訴人に対し、(3)三二年度分について所得金額四四二万四二六二円、留保取得金額一六一万五二〇〇円などとする更正処分および重加算税八〇万八〇〇〇円の賦課処分をし、(ロ)三三年度分について所得金額一九九万八四三四円、留保所得金額九五万〇一〇〇円などとする更正処分および重加算税二〇万六五〇〇円の賦課処分をしたこと、そこで被控訴人は昭和三四年一一月二八日右青色申告承認取消処分および各重加算税賦課処分について再調査請求をしたところ、控訴人は昭和三五年二月二三日付でこれを棄却したこと、被控訴人はさらに同三月一八日大阪国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は昭和三六年一月九日付でこれを棄却したことは、いずれも当事者間に争がない。
二そこでまず、法人税青色申告承認取消処分の通知書の附記は、承認取消処分の基因となつた事実をも記載することを要するか、あるいは該当条項を記載するのみで足りるかの点について判断する。旧法人税法(昭和三四年法律第八〇号による改正後の旧法人税法を指す。以下同じ)第二五条第九項は、「政府は……前項の規定による承認の取消の通知をするときは、当該通知の書面にその取消の基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを附記しなければならない。」旨規定しているのであるが、この規定の解釈として、控訴人は「附記しなければならない」のは「同項各号のいずれに該当するか」であつて、事実を附記しなければならないとは規定されていないから、法は取消の基因となつた事実そのものを具体的に記載することを要求していないと主張する。
しかしながら、右規定をそのように限定的に解釈しなければならないとするのは疑問であつて、右条項は読み方によつては「同項各号のいずれに該当するか」はもとより、当然にその前提となるべき「取消の基因となつた事実」をも附記することを要するとする趣旨であるとも解され、結局右条項の形式的な文理解釈だけからでは両者いずれとも判断することができないから、規定の文言あるいは表現形式に捉われることなく、制度の目的、処分の性質、理由附記を命じた趣旨などに着目して、合理的に解釈しなければならない。
そこで、さらに右の点について考えるのに、青色申告の制度は、自己の所得金額および税額を自ら正確に計算し、自主的に申告して納税することを目的とし、所定の帳簿を備え付けここれに取引を適正に記帳することが義務づけられる反面、所得の計算、推計課税の禁止、更正の手続、方法の制限など納税上有利な種々の特典が与えられているのであるが、旧法人税法によれば、青色申告の承認を受けた者が定められた帳簿書類の備え付けを怠るとか、取引の全部または一部を隠ぺいしまたは仮装して記載する等当該帳簿書類の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる不実の記載があることなどの事由があるときは、その承認が取消され、一旦与えられた特典が将来にわたつて全部剥奪され得るのであつて、いわば一時的な不利益を与えるにすぎない更正処分に比較すると、その利益侵害は甚だ大きいといわなければならない。
ところで、一般に法が行政処分に理由を附記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制すると共に、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨であると解されるから、その理由は処分を相当とする具体的根拠を明示しなければならないのであつて(最高裁判所第二小法廷昭和三八年五月三一日判決、民集一七巻四号六一七頁)、この趣旨は本件のような青色申告承認の取消処分通知書の理由附記においてもそのままあてはまるものというべく、承認の取消が公正かつ妥当に行われることを担保し、この理由を相手方に知らせて不服申立の便宜を与えるため、具体的根拠を明示する必要があり、このためには、いかなる事実がどの取消事由に該当するのかを共に具体的に明らかにすべきであると解するのが相当である。
この点について、控訴人は、青色申告の更正処分通知書に関する旧法人税法第三二条が「その理由を附記しなければならない」と規定しているのと表現を異にしており、青色申告承認取消処分の通知書にあつては単に該当条項を記載すれば足りるとも主張するが、法が青色申告承認取消処分の通知書について特に該当条項を明示するよう求めているのは、右承認取消が青色申告の特典剥奪という一種の制裁的機能をもつものであることにかんがみ、どの取消要件に該当するかを特に明らかにするためであつて、その故に前提となる事実の記載を省略してよいとは到底解されないし、また実質的にみても、青色申告の更正処分よりはるかに利益侵害の程度が大きい青色申告承認取消処分の通知書理由記載が青色申告更正処分の理由附記より簡略でよいとは考えられない。
以上のようなな前提に立つて本件事案をみるのに、控訴人の被控訴人に対する青色申告承認取消通知書には、その理由として「法第二五条第八項三号に該当」と記載されているのであるから、右法条をみれば、被控訴人の備え付ける帳簿書類に取引の全部または一部を隠ぺいしまたは仮装して記載するなど当該帳簿の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる不実の記載があつたことは一応推知し得るけれども、その具体的な事実、すなわち被控訴人のどの帳簿書類に、どの取引に関してどのような不実の記載があつたのかについては一切不明であつて、納税者としては処分の具体的根拠を知ることができないから、承認取消通知書の理由記載としては不備であり、法の要求する附記の要件を満たしているものと解することはできない。
三控訴人は、右の点に関し、被控訴人は青色申告承認取消の原因を了解していたから、本件通知書において該当条項が示されたことによりその理由を事実上十分了知していたものというべく、被控訴人の利益保全に欠けるととろはないと主張する。しかし、前記のような青色申告承認取消決定の性質、通知書に理由を附記する趣旨などにかんがみると、右取消の理由は取消通知書の記載自体において明らかにされていなければならないのであつて、このことは承認を取消された者が取消された理由を了知できる場合であると否とにかかわりないと解するのが相当であるから、右所論も理由がない。
四控訴人はさらに、処分に対する審査請求についてなされた裁決において理由が附記されたことにより、原処分理由附記不備の違法は治癒されたと主張するので、この点について判断する。
控訴人が被控訴人のなした再調査請求を棄却し、その通知の書面に「両年度分のたな卸除外五二二万六六七二円はたな卸商品の一定数量を除外したものであり、貴社申立のたなざらし評価損とは認められないから、重加算税適用の対象となり、かつ青色申告承認取消事由に該当する。」旨附記したことは当事者間に争なく、成立に争のない乙第一六号証によると、国税局長の審査決定通知書には「商品のたな卸除外により所得を隠ぺいしたものと認めた原処分は不当であるとの貴社のお申立については、貴社は多くの数量を除外されておりますから、評価減とは認められません。」と記載してあることが認められ、控訴人は右のうち後者の審査決定に右のような理由が附記されていることをもつて原処分の理由は明確にされたと主張するのであるが、右審査決定の附記理由によつては具体的な事由は不明であり、再調査請求棄却の理由を総合しても、たな卸商品のうち五二二万六六七二円相当の数量、評価に関する記帳を不当に隠ぺいまたは仮装したことが推知されるのみであつて、被控訴人のいかなる帳簿、計算諸表などに、いかなるたな卸商品の数量、評価にどのような不実の記載があつたのかについて具体的な記載がないから、仮に、控訴人主張のように、原処分に対する審査請求についてなされた裁決において理由を附記されたことにより原処分理由附記不備の違法が治癒されると解するとしても、控訴人のこの点に関する所論はその理由がないことに帰する。
五以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求のうち、青色申告承認の取消処分の取消を求める部分は理由があり、これを認容した原判決は正当である。
よつて、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第八九条により主文のとおり判決する。(岡垣久晃 上田次郎 藤野岩雄)