大阪高等裁判所 昭和42年(行コ)9号 判決 1970年9月29日
大阪市南区高津七丁目二五番地
控訴人
南税務署長
木田清蔵
右指定代理人
検事
上野至
同
法務事務官
葛本幸男
同
法務事務官
岩木昇
同
大蔵事務官
繁田俊雄
同
大蔵事務官
多田稔
同
大蔵事務官
丸山巌
大阪市南区上本町六丁目二一番地
被控訴人
有限会社
高津薬局
右代表者代表取締役
玉田チヨ
右訴訟代理人弁護士
滝井繁男
同
滝井明子
右当事者間の頭書事件につき、当裁判所は昭和四五年六月二日終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人が昭和三八年五月二九日付で被控訴会社の昭和三六年六月一日より同三七年五月三一日までの事業年度分の法人税につき、その所得金額を更正した処分(当初三八、二六〇、九六八円と更正し、その後大阪国税局長によりその一部取消されて、三一、八四六、二三二円となつたもの)のうち、所得金額一八、九九七、六〇九円を超える部分はこれを取消す。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ、これを三分し、その二を被控訴人、その一を控訴人の負担とする。
事実
当事者双方の事実上の主張および証拠関係は左記以外は原判決の事実摘示(但し、原判決三枚目表八行目「記正前」を「改正前」と訂正する。)と同一であるので、これを引用する。
(控訴人の主張)
一、賃借地上の建物が譲渡された時は、建物の取り毀しを前提とする場合とか、敷地転貸の特約のある場合などの様な特段の事情がない限り、敷地の借地権も当該建物の譲渡に伴つて、当然譲受人に移転するとみられることは判例上確定された理論で、建物の譲渡が任意になされたか、そうでないかによつて、その結論を左右するものではない。
(1) 玉田チヨは昭和二〇年八月ごろ今井いとから本件土地を賃借し、同年一〇月ごろ簡易建物(これをその後増改築したものが本件建物)を建築し、薬局を経営していたこと、
(2) 昭和二三年一〇月主として税金対策上の考慮から右薬局の個人経営を廃止し、被控訴会社を設立し、本件建物および商品を現物出資したこと、
(3) 被控訴会社の経営の実体は従来の個人経営と全く異るところはなく、両者は実質上同一とみられる状況にあつたこと、
(4) 本件土地の賃料が被控訴会社の営業費(借地料)に計上され、各決算報告書の「営業費のうち借地料の内訳書」には「貸主今井いと(忠直)、借地物件、南区上本町六-二一、宅地二三坪、契約期間無期限」と明記されていること(甲第七、八、一〇、一一号証、乙第四、五、八号証)、第九期決算報告書(甲第一〇号証)には賃借料につき備考として「賃借料年額四八、九六〇円なるも家事費に属する地代除外(四〇%)」と記載されていることからして、被控訴会社は本件土地の賃料を自ら賃借人となつて賃借人今井に対するものとして支出していたものであること、等からすれば、本件土地賃借権は、本件建物の現物出資により、被控訴会社に移転していたものと解さざるをえない。
二、仮に被控訴会社の本件土地利用権が転借権と解すべきであるとしても、玉田チヨらの名義で川上土地株式会社に譲渡した本件土地の賃借権および同地上建物の譲渡価額の中には、被控祖会社の所有する建物およびこれに付随する敷地利用権の価額、立退補償金相当額も含まれていたというべきである。すなわち、賃借権、転借権の設定等にあたり、その対価として通常権利金を収受されることは取引上顕著な慣行であり、しかも賃借人または転借人が借地上の自己の建物を譲渡するときは、その建物の価額にはその建物の敷地利用権の価額を含めて取引されるのが通常であつて、現物出資後に本件土地賃借権および同地上の本件建物を川上土地株式会社に譲渡した代金のうちには、被控訴会社の本件建物は勿論のこと、敷地利用権の価額ならびに立退補償金もまた含まれていたと言わなければならない。
立退補償金、俗にいう立退料は立退のために必要な費用として賃借人が賃借人に支払う金銭であり、移転費、営業補償等の立退補償金相当額は借地権価額に包含されて一般に取引されている。また立退料は借地権価額にプラスアルフアしたものであるともいわれている。いずれにしても本件のような場合においても川上土地株式会社が支出した譲渡代金のうちには立退補償金が含まれているといわねばならない。
三、ところで転借権は実質上賃借権と同一の作用を営むものであり、その経済的価値も同一であると認めるべきであるから、本件賃借権譲渡代金相当額は転借権の譲渡代金相当額と一致すべきであり、結局本件賃借権譲渡代金相当額を被控訴会社の益金とした本件更正処分は適法である。すなわち本件譲渡代金のうち
(1) 本件建物の価額 六六一、〇〇〇円
(¥50,000×13.22坪=¥661,000)
(2) 土地賃借権価額 二四、一二八、八五〇円
×60%=¥24,128,850
(3) 立退補償金相当額 五、九六三、四二〇円
<省略>
以上(1)、(2)、(3)の合計 三〇、七五三、二七〇円は当然被控訴会社の所得に帰属するものである。
仮に賃借権の価額が転借権の価額とは同一でないとしても転借権の価額は少なくとも更地価額に対する賃借権価額と同様の関係にあるというべきである。本件土地附近の当時の借地権割合は六〇%であるから、本件賃借権譲渡代金相当額四〇、二一四、七五〇円の六〇%相当額二四、一二八、八五〇円(転借権価額相当額)は被控訴会社に帰属すべきものである。
四、被控訴会社の本件土地利用権が転借権である場合においても、当該転借権の価額相当分を被控訴会社の本件事業年度分の所得に加算すべき理由は次のとおりである。
被控訴会社は玉田チヨらに対して右譲渡代金のうち、右譲渡によつて被控訴会社が失つた資産価値相当額の対価の請求権を有するものである。しかるに被控訴会社は右のことに関して何らの経理等の処理さえ行なつていないのであるから、被控訴会社の右請求権相当額はその事業年度分の所得に加算すべきである。
仮に被控訴会社が右請求権を放棄したものであつても、このことは被控訴会社について一旦生じた右請求権相当額の経済的利益を自社の役員玉田チヨらに無償で供与した経済的利益の社外流出は法人税の所得の計算上損金性を有しない(利益処分によるべきものと解されている)のであるから、右請求権相当額は被控訴会社の所得に加算すべきものである。
(被控訴人の主張)
一、仮に被控訴会社が本件土地につき使用権をもつていたとしても、その権利は極めて特殊な内容のものである。すなわち、
玉田チヨは本件土地を賃借し、同地上に建物を建てて薬局を経営していたが、税務署のすすめにより法人化することになり、被控訴会社を設立することとし、従来薬局として使用していた建物を被控訴会社に現物出資するという形式をとつた。しかし法人化の手続を第三者にまかせたことでもあり、出資の法律的効果について十分な法律的知識を持ち合せていなかつたので、これに伴い自己の土地賃借権の行使に何らかの影響がある等という意識は全くなかつた。このことは被控訴会社設立後の本件土地の利用状況をみれば明らかである。被控訴会社設立当時の本件建物は土間を入れてせいぜい一一・五坪程度の平家建バラツクであつたが、その後玉田チヨは自ら、或は長男善久をして二、三階を増築させ、床面積を増加せしめているのであるが、右二、三階は一階と独立し、本件土地を使用しているのであつて、この様な本件土地の新たな使用は玉田チヨ(被控訴代理人の昭和四四年七月一一日付準備書面中「被控訴人」とあるのは「玉田チヨ」の誤記と解する)においてひきつづき賃借権が留保されていたと解さない以上到底理解できないことである。
更に本件土地は被控訴会社設立当時既に大阪市土地区画整理事業の対象地であり、被控訴会社としては同地上に本店をおいても、いつまでも同地で事業を継続することができないことは設立の当初より分つていたことである。しかも土地区画整理事業により本件土地を明渡さなくてはならなくなつた場合に換地において事業を継続するつもりは全然なかつた。玉田チヨの方針としては換地後は営業を廃止し、換地において、当時医学を志していた三人の息子に医院を開業させたい希望をもつていたのであり、現に被控訴会社は営業を休止し、本件土地の賃借権の処分と同時に新たに取得した土地に建物を建築し、三人の息子らに医院を開かせている。
すなわち、玉田チヨは本件土地につき完全な賃借権をもつておりその処分により何びとの権利を害することもないとの意識をもつていたからこそ、単独で本件土地の賃借権を処分したのである。もし本件土地の賃借権の処分により被控訴会社が何らかの資産を失うという意識があれば当然これに対する措置を講じている筈である。その様な措置を全く講じていないということは、その様な措置を講じる必要はなかつたということであり、賃借権者たる玉田チヨが被控訴会社にその様な資産を与えたことはないということを裏付けるものである。
二、仮に玉田チヨが本件土地の賃借権を処分したことにより被控訴会社が何らかの利益を失つたとしても、それにより控訴人主張の様な所得があつたとは言えない。
(証拠関係-当審における提出、援用分)
被控訴代理人は、
甲第一二号証の一、二、三、第一三号証を提出し、
乙号証はすべて成立を認めると述べた。
控訴代理人は、
乙第九、一〇、一一号証を提出し、
証人木口勝彦の尋問を求め、
甲第一三号証は成立を認めるが、第一二号証の一、二、三の成立は知らないと述べた。
理由
一、原判決理由一に記載の当事者間に争いない事実、同二の(一)に記載の更正通知書に附記の理由が適法かどうかの点についての判断は当裁判所の見解もこれと同一なのでこれを引用する。
二、(1) 被控訴会社の本件事業年度における薬品の販売等による所得金額が一、〇九二、九五九円であること、昭和三六年六月二三日および同月二七日の二日にわたつて、本件建物とその敷地の賃借権が原判決添付別紙目録(三)、(四)、(五)記載の建物と一活して代金四一、九九七、七五〇円(但し現金二〇、七八四、一〇〇円と大阪市天王寺区東高津南之町三七番地の一および同町三四番地の五の宅地二筆-その評価額二一、二一三、六五〇円)で訴外川上土地株式会社に譲渡されたこと、本件土地は今井いと(その後今井忠直に承認)の所有地で、昭和二〇年八月ごろ玉田チヨがこれを賃借し、同地上に本件建物を建築所有し、薬局を経営していたこと、昭和二三年一〇月一七日玉田チヨが個人経営を廃止して被控訴会社を設立したことは当事者間に争いがない。
(2) 成立に争いのない甲第七、八、一〇、一一号証、乙第三号証の一、二、第四、五、八号証、原審における被控訴会社代表者本人尋問の際における宜誓書の署名と同一筆蹟と認められるので真正に成立したものと認められる甲第一二号証の一、二、三と原審証人野尻幸一、同岩崎武夫の各証言、原審における被控訴会社代表者本人の供述を総合すると次の事実が認められる。
昭和二三年一〇月一七日それまで玉田チヨ個人経営であつたのを有限会社組識とするに当り、玉田チヨは同人所有の本件建物(この価額一〇万円)および商品七、五八〇点(この価額一九六、九〇〇円)を現物出資した。以後同会社の毎期の決算報告書中の財産目録には本件建物が資産の部に掲げられており、玉田チヨが地主に支払う敷地の賃料中約六割に当る額(年により全額のこともある)を被控訴会社が負担支出している。被控訴会社設立後玉田チヨは長男善久がやがて大学医学部を卒業して医院を開業する際には、診察室関係の部屋に当てる予定の下に、本件建物の屋根をとり除け、従来の柱に別の柱をついだり、隅の柱をかえたりして二階を造り、更に昭和二七、八年ごろ一、二階の後方を広げたうえ、その上部に三階を建増しし、新婚の善久夫婦のための寝室一部屋を造つた。
以上の事実が認められる。右認定の事実よりすれば、本件建物は被控訴会社設立の際現物出資により被控訴会社の所有となつたものであり、その敷地である本件土地については玉田チヨが被控訴会社に本件建物を現物出資した際、賃借人たる地位を留保したまま被控訴会社に敷地利用権を設定したもの、すなわち転貸借したものと認めるのが相当である。
(3) 成立に争いのない乙第九、一〇号証と原審証人竹下雅彦、当審証人木口勝彦の証言を総合すると、本件建物等が川上土地株式会社に譲渡された昭和三六年六月の時点における本件建物の対価は坪当り五〇、〇〇〇円の割で六六一、〇〇〇円であること、大阪市内では慣習として地上建物を利用していた者に借地権価額の四〇%程度を立退補償料として支払われていること、本件にこれをあてはめて前記認定のごとき利用状況にある本件土地の転借権消滅の対価を計算すると一七、二四三、六五〇円であることが認められる。
(4) したがつて本件建物等を一括して四一、九九七、七五〇円で川上土地株式会社に譲渡された代金中
本件建物の対価 六六一、〇〇〇円
転借権消滅の対価 一七、二四三、六五〇円
合計 一七、九〇四、六五〇円
は既に右譲渡代金を受領している玉田チヨ(右受領の事実は原審における被控訴会社代表者本人の供述により認められる)に対する被控訴会社の請求債権として被控訴会社の本件事業年度における同会社の収入すべき金額ということになる。
(5) したがつて同年度における被控訴会社の所得金額は
薬品の販売等による所得 一、〇九二、九五九円
本件建物等の譲渡による所得一七、九〇四、六五〇円
合計 一八、九九七、六〇九円
である。
三、よつて控訴人が被控訴会社の本件事業年度の所得金額につきなした更正処分中一八、九九七、六〇九円を超える部分は違法であるから、右更正処分の取消を求める被控訴会社の本訴請求は右の限度で取消すべきであるが、その余の請求は失当として棄却すべきである。よつて原判決を右の限度において変更し、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江菊之助 裁判官 中村三郎 裁判官 道下徹)