大阪高等裁判所 昭和43年(う)1052号 判決 1970年1月27日
主文
原判決を破棄する。
本件を神戸家庭裁判所尼崎支部に差戻す。
理由
<前略>
一、控訴趣意第一点(理由不備ないし法令適用の誤りの主張)および第二点(審理不尽の主張)について
論旨は、要するに、原判決は、被告人らに対し労働基準法六〇条三項違反の罪を問うものであるが、同条項を、同法三二条二項に対応する許容規定と解すべきか、同条一項の特別規定として禁止規定と解すべきかは、つとに争われて来たものであり、しかもこれを禁止規定と解した場合にも、その規範内容として、①右六〇条三項の定める変則時間制を採らないかぎり常に一日八時間をこえて労働させてはならない、②八時間をこえて労働させたときは少なくともその週の一日については四時間以内に労働時間を短縮させねばならない、③右変則時間制を採つても一日一〇時間をこえて労働させてはならない、④右変則時間制を採つても週四八時間をこえて労働させてはならない、という四つのものが考えられるが、これら四個の規範相互の関係、特にその優劣順位の如何は、確定すべき事実関係、罪数、公訴時効について重大な影響をもつのに、その優劣順位が立法的にきめられていないから、同条項は、刑事制裁と結びつく禁止規定として必要最少限度の資格すなわち明確性を欠くものというべく、罪刑法定主義の観点から無効である、ところが、原判決は、この点を顧慮せず、漫然週単位により、訴因そのままに原判示年少労働者各個人別につき日曜から土曜までの各週において四八時間をこえて何時間の労働をさせたかを事実摘示して右六〇条三項に違反するものとしたばかりでなく、毎週一日の休日を与えることを命じた同法三五条を考慮に入れず、本来同条違反として別罪を構成し家庭裁判所である原裁判所の管轄に属さない分までも包摂して右六〇条三項に違反したとして被告人らに対し刑罰を科した疑いさえあり、これを要するに、原判決は右六〇条三項の有効性についての判断あるいは解釈を誤り、同条項違反の罪となるべき事実の摘示がなされていない点で理由不備というべく、また、その手続において、検察官に訴因の明確化を促がすなどして事実関係を明確にすることを怠つた点に審理不尽のかどもあり、とくに、休日労働にあたる部分をも含めて審判した点について不法に管轄を認めた違法があり、これらいずれの点においても原判決は破棄さるべきであるというのである。
よつて案ずるに、労働基準法六〇条三項は、その立言形式からみて、単に同法三二条二項に対応する許容規定にすぎないとみられる余地がないではないが、右六〇条三項が同条二項とともに心身の発育途上にある年少労働者の健全な育成を図るため労働時間について一般労働者の場合と異なる特別の措置を規定したものであること、同法一一九条一号が右六〇条、二項および三項違反の各罪を別個に規定していること、少年法三七条一項三号が右三二条違反を除外しひとり六〇条二項、三項違反の罪を家庭裁判所の管轄に属せしめていることなどに照らすと、右六〇条二項が同法五六条二項の規定によつて使用する児童についての労働時間の基準規定であるのと同様に、右六〇条三項も満一五才以上で満一八才に満たない者についての労働時間の基準規定として、一日八時間制、週四八時間制の原則を宣言した同法三二条一項の趣旨をも包摂し、しかも週四八時間制をくずすことなくその幅の中でのみ一日八時間制に対しある程度の変則措置を認めたものであると解するのが相当であり、従つて、右六〇条三項に包含されている規範内容としては、(1)使用者は同条項に定める変則措置を採る意思なくして、(イ)一日八時間をこえて、または(ロ)週四八時間をこえて年少労働者を労働させてはならない、(2)使用者は右変則措置を採る意思であつても、(イ)一日一〇時間をこえて労働させてはならない、(ロ)週の一日について四時間以内に労働時間を短縮しなければならない、(ハ)週四八時間をこえて労働させてはならない、という五つのものが考えられる。所論は、これら規範相互の関係とくにその優劣順位が不明確であると主張するのであるが、先ず(1)の(イ)と(ロ)、(2)の(イ)(ロ)と(ハ)の関係をみるに、右六〇条三項が基礎としている三二条一項において、労働時間を先ず一日単位で規制したうえ、さらに週単位で規制しているという立言形式による順序や、労働時間の規制は、これを歴史的にみると一日八時間制の確立を基幹とすることが明らかで、それが週休制(同法三五条一項)と結合し、その当然の結果として週四八時間制の成立をみるに至つたものであることにてらすと、労働時間の規制は第一次的には一日単位でなされるべきで週単位によるのは第二次的なものというべく、従つて、一日について違反が成立するかぎり、その部分を含んでの週単位の違反はいわゆる法条競合の一場合として別罪を構成しないと解するのが相当である。この点につき検察官は、一日単位の違反と週単位の違反とは、たとい、その違反の対象となる時間が重複していても、ともに、成立すると主張するが、この主張は採用したがたい。次に(1)と(2)の関係をみるに、両者は、使用者が右六〇条三項に定める変則措置を採る意思であつたか否かによつて区別されるのであり、あくまで事実認定の問題である。従つて事実上使用者が就業規則中に右変則措置の規定を設けたり、あるいは各週ごとにあらかじめ変則措置に則つた就業計画を定めこれを年少労働者に明示周知させていなければ、使用者が変則措置を採る意思であつたと認めることができない場合は多いと考えられるが、たとい右のような明示周知があらかじめなされていなくても、具体的事案ごとにその前後の労働時間の配分状況、仕事の内容、時間超過の程度など、証拠によつて認められる諸般の状況から使用者の意思の如何を認定し得るのであつて、このことは一般の故意の認定と同一である。所論中事前明示を要件としなければ一日八時間以上一〇時間以内の(1)(イ)違反の労働をさせた後、一日四時間以内の短縮労働をさせた場合(1)(イ)違反が消滅することとなり、行為終了後の(2)(ロ)違反が確定しないかぎり(1)(イ)の成否が定まらないということは不合理であると主張する点があるが、ある犯罪行為終了後の事情が右犯罪行為の故意認定の重要な資料となることは当然であつて、所論のような事例はもともと(1)(イ)違反の故意の存在自体に疑問の存する事案であり、もし(1)(イ)違反が証拠上確定し得るとすれば、その後の事情によつて右違反が消滅しないことは理の当然であり、所論のように事前明示を要件としなくても、不合理は生じないのである。これを要するに、年少労働者について労働時間の超過の問題が生じた場合、先ず使用者の意思によつて(1)か(2)かを区別し、(1)の中では(イ)が第一次的に成立し、(2)の中では(イ)(ロ)が第一次的に成立し、(1)(イ)、(2)(イ)(ロ)はそれぞれ一日単位でそのこえた時間について成立すると解せられるから、労働基準法六〇条三項は叙上解釈によりその規範の内容を十分に明確にすることができ、同条項違反の罪の事実関係、成立時期、罪数を一義的に決することができるから、同条項が罪刑法定主義の観点から無効であるという所論は採用しがたい。
ところで、本件についてこれをみるに、被告会社においてはもともと労働基準法六〇条三項に定める変則措置を採る意思が全くないまま年少労働者をして時間外労働をさせたものであることは原審で取調べた全証拠によつて明らかであるから、右(1)(イ)にいう一日八時間をこえて年少労働者を労働させた場合として、右六〇条三項違反の罪は各一日単位で成立するものと解すべきところ、原判決は各週ごとに同罪が成立するとの見解のもとに各年少労働者につき一週単位で四八時間をこえた労働時間を摘示し一日単位の超過労働時間を明らかにしていないのである。さらに、労働基準法三五条一項は、使用者は労働者に対し毎週少なくとも一回の休日を与えなければならないと規定し、同条二項にあたる場合のほかは、右三五条一項違反は同法一一九条一号によつて処罰される旨を明らかにしている。そして、右違反は、同法三二条を基礎とする同法六〇条三項違反の罪と別罪を構成し、しかも、少年についての違反であつても、家庭裁判所である原審の事物管轄に属さない(少年法三七条一項三号参照)ことは所論のとおりであるところ、原審で取調べた証拠によると、例えば、原判示年少労働者池原米男は昭和四一年一一月六日(日曜)から同月一二日(土曜)に至るまでの一週間について全く休日を与えられていないばかりでなく、右一一月六日から始まる四週間内に与えられた休日は三回に過ぎないことが認められるのであつて、本来休日であつたのにこれを与えられなかつた日(右池原については右一一月六日の日曜日と思われる。)については、当該日の労働時間が八時間をこえないかぎり、右三五条違反の罪が成立するだけで右六〇条三項違反の罪は成立しないのに、原審は、前記のとおり同条項の解釈を誤り、週単位で同条違反が成立するものとしたため、右休日の労働時間(右池原について右同日五時間)を含んだ一四時間三五分をもつて週四八時間違反の罪が成立した旨判示している(さらに精査すれば、右池原以外の者についても同様の誤りがあるかもしれない。)。
要するに、原判決は、労働基準法六〇条三項の解釈適用を誤つた結果、一日単位の超過労働時間を明確に判示せず、かつ、同法三五条違反にあたるものをも右六〇条三項違反の内容をなす事実として摘示するなど理由不備の違法を犯し、さらに、一日単位で違反事実を認定するには訴因変更の手続を必要とするところ、この点について原審において検察官に対しこれを促した形跡は記録上うかがわれず、また、休日労働に関する部分についての措置においても審理不尽のかどがあるといわざるを得ず、これらの法令適用の誤りおよび審理不尽(訴訟手続の法令違反)が判決に影響を及ぼすことが明らかであることはいうまでもない。論旨は結局理由がある。
二、控訴趣意第三点中事実誤認の主張について
(一)所論は、先ず、原判示年少労働者のうちには、上司に時間外労働を頼み込んでこれに従事した者や上司の指令依頼によらず自発的にこれに従事した者もあるのに、原判決は、そのような強制によらずせいぜい時間外労働を阻止しなかつたとの不作為による場合をも労働基準法六〇条三項(三二条一項)にいう「労働させた」ものとして、その分をも含めて有罪の認定をしたのは事実誤認であるというのである。
よつて案ずるに、原判決認定事実をその挙示する証拠と対比すると、原判示年少労働者のうちには、残業による収入の増加を希望する余り上司に頼みその許可を得て時間外労働に従事したものや、許可を求めることもなく自発的に時間外労働に従事したものあり、しかも、原判決は、これらの場合における時間外労働の時間を含めて違反時間を認定していることがうかがわれる。しかしながら、労働基準法が時間外労働について厳格な規制をしている趣旨にかんがみると、同法六〇条三項(三二条一項)にいう「労働させ」るとは、単に使用者が労働者にこれを指令したり依頼した場合にかぎらず、労働者からの申出によつて労働を許可した場合はもとより、これを黙認した場合、をも含むものと解するを相当とするところ、本件についてこれみるに、許可を求めることなく自発的に時間外労働をした場合においても、自然人被告人らは当該年少労働者がそのように時間外労働をすることことによりその職場全体の終業時刻がそれだけ早く終るとの考慮から、その年少労働者による時間外労働を黙認していた場合もあつたことが証拠上明白である。従つて、許可および黙認による自発的時間外労働を右法条による「労働させ」た場合でないとする所論は採用しがたい。
(二)次に、所論は、原判決認定の事実中には年少労働者一人につき一週間に僅か一五分の時間外労働をしたとの部分もあるが、この一五分というのは、見込んでいたよりも早く定時になつてしまつたためあわてて掃除。身づくろいをしたためそのような時間を費やしたためで、本来残業でもないのに、年少労働者に少しでも多く給与を得させてやりたいとの班長らの心づかいから残業として書き出したものであるから、被告会社では昼休一時間のほか午前午後に各二〇分ぐらい休憩を与えていることをも考慮すると、この程度の時間超過は可罰的価値がないというのである。
よつて案ずるに、労働基準法にいう「労働時間」とは、坑内労働の場合(同法三八条二項、本件はこの場合にあたらない)を除き、いわゆる実働時間をいうのであつて、これには作業終了後における作業場の掃除に要した時間も含まれるものと解すべきであるから、当該一五分が所論のように掃除のために要したものであれば、当然それは時間外労働として同法六〇条三項の違反対象となるのみならず、それが僅か一五分に過ぎないからといつてそれだけで直ちに可罰的価値なしとはいえない。しかし、作業終了後において労働者自身の身づくろいに要した時間は、右にいわゆる実働時間には含まれないのであるから、当該一五分がこれに要した時間ならば、それは当然違反対象から除かれるべきであるところ、原判示年少労働者田中徹、木場照比古、岡本勉について認定されている一週間につき一五分超過の時間外労働の分については、それが身づくろいなど同人ら自身のために要した時間ではなく実働時間として違反対象になるとは原審で取調べた証拠によつては必らずしも断定し得ないのみらず、それら証拠によると、右挙示の分以外にも一日単位によると時間外労働が一五分行なわれたとして帳簿上処理されているものもあり(例えば、木場照比古についての昭和四二年一月二九日から同年二月四日までの時間外労働の時間として判示されている八時間四五分のうち八時間は休日労働であり、残り四五分は一五分ずつ三日間残業として帳簿処理されている。)、しかも、昭和四二年二月六日における所轄労働基準監督署から年少労働者の時間外労働についてこれを是正するよう勧告があつた後は、原判示小河原清幸および同木場照比古は時間外労働をしていない旨同人らならびに右木場の上司である班長吉岡薫が労働基準監督官の取調に対し明確に述べているのに、被告会社の帳簿上では右勧告後も右小河原および木場が時間外労働をしたとして処理されていることが認められるのであつて(原判決はこれらの帳簿処理に従いそのまま違反事実を認定している。)、これらの事情に徴すると、当審での事実の取調の結果によつてうかがわれるように、これら帳簿上の残業時間は、当該年少労働者の実働時間を正しく記帳したのではなく、同一職場で働らく他の労働者の時間外労働(作業の後始末や掃除等を含む。)が済むのをただ漫然と待つてやつていただけなのに、帳簿処理上の便宜や当該年少労働者の収入を多少なりとも多くしてやろうとの上司の配慮から真実と異なる記帳がなされたのではないかとの疑いを否定し去るわけにはゆかず、結局、この点において原判決には審理不尽の結果判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるといわざるを得ず、原判決は破棄を免れない。
(三)所論は、さらに、原判示年少労働者についての時間外労働の決定は職長以下においてなされたのであつて、上部職制である被告人山口裕、同西田博、同小河原幸臣の三名は右決定にはあずかつておらず、従つて、右時間外労働について共謀したということばできない、もつとも、これら、被告人のなかには年少労働者の時間外労働を現認しながらこれを制止しなかつたとの証拠もないではないが、仮りにそうであつたとしても、それは労働基準法一二一条二項による事業主処罰が問題となるだけであり、事業主でない右被告人らが不制止の故をもつて本件違反につき共謀の責を問われるいわれはない、とくに昭和四二年二月六日所轄労働基準監督署から年少労働者の時間外労働についてこれを是正するよう勧告をうけるや、被告会社大阪工場においては直ちにこれにそう残業禁止の措置を採つたのであつて、それにもかかわらずその後も年少労働者の残業が行なわれていたことについては当時右被告人三名の全く認識していなかつたことである。いずれにしても、右被告人三名に対し本件違反全部につき共同正犯の責任を認めた原判決には事実の誤認があるというのである。
よつて案ずるに、原審で取調べた証拠ならびに当審における事実の取調の結果を総合すると、所論勧告までの事実として次の事実が認められる。すなわち、
被告会社は肩書所在地に本店を置き、尼崎市猪名寺西田一七七番地に大阪工場を設け、主としてカロライズ鋼ならびに押湯発熱保温剤の製造販売業を営む株式会社、被告人山口裕は同社常務取締役兼大阪工場長、被告人西田博は同工場長代理としてそれぞれ同工場の業務全般を統轄掌理していたもの、被告人小河原幸臣は同工場製造課長として同工場の労働者に対する作業の計画実施および労務管理等の業務に従事していたもの、被告人宮崎末秋は同工場の保温剤部の職長、被告人持永武好は同工場のカロライズ鋼部の職長としてそれぞれ部下労働者の労務管理を担当していたものであるところ、右工場においては、毎月末または毎月初めに課長以上が出席して工程会議を開き、翌月分または当月分の受注量を予想して工程表を作成し、これにもとづいて被告人小河原幸臣から同宮崎末秋および同持永武好に作業量の指示がなされていたのであるが、昭和四一年七月被告人山口裕は、工場長としての権限を事実上全面的に被告人西田博に代理させることとしたため、その後の工程会議には殆んど出席せず、同被告人から会議の結果について事後報告を受ける程度であつたが、右七月ごろ開かれた工程会議には、受注量がそれまでの約二倍に増加したため、とくに被告人山口裕も出席し、これに被告人西田博、同小河原幸臣をも含めた同工場の課長以上の出席者全員で協議した結果、その受注量の製造に見合うよう年少労働者を含む全従業員に従前よりも長時間の時間外労働をさせることを決定した。もつとも、同工場では従前から年少労働者を含む従業員らに時間外勤務をさせることが常態であつたので、被告人山口裕は、少しでも過重労働を緩和する意図から、右決定後間もなく、被告会社(本社)に対し同工場労働者の増員方を要請したが、これとても時間外労働の全廃を意図してのものではなく、まして年少労働者の時間外労働の廃止をとくに考慮したためではなく、ただ、従業員の労働が余りにも過重となることを避けようとする配慮からなされたに過ぎなかつた。そして、右要請により約一〇名の増員がなされたが、短期間で退職する者する者が多く、従業員の時間外労働の軽減には殆んど役立たなかつた。そして、そのように年少労働者を含む全従業員に対し継続して時間外労働に従事させているうち、同工場は昭和四二年二月六日所轄労働基準監督署から年少労働者の時間外労働についてその是正方の勧告を受けるに至つたのである。そして、この勧告のあるまでは被告人山口裕、同西田博、同小河原幸臣には時間外労働について年少労働者を一般労働者と別異に考慮するという意図は全くうかがわれないのである。
してみると、右勧告までに行なわれた年少労働者の時間外労働は、右被告人三名も加わつた前記七月の工程会議によつて既に打出されていた方針であるから、その後本件違反に直接関係のある工程表の作成に関与した被告人西田博、同小河原幸臣はもとより、右七月の工程会議に出席し同工場の最高責任者として年少労働者を含む作業員の時間外労働を決定認容した被告人山口裕もまた、本件につき直接年少労働者に対し時間外労働を指示ないし黙認した被告人宮崎末秋、同持永武好の実行行為(ただし、その行為の形態内容等について原判決の認定をそのまま是認するものでないことは既述のとおりである。)に対し共謀による共同正犯の責任を免れない。なお、所論は、労働基準法一二一条二項を引用し、同条項にいう事業主にあたらない被告人山口裕、同西田博、同小河原幸臣について同条項に規定する程度の所為があつたからといつてこれを行為者として処罰することはできないというけれども、本件は、右被告人三名につき同法六〇条三項違反の実行行為があるというのではなく、単にその共謀共同正犯としての刑責を問うに過ぎないから、右一二一条二項の規定のあることを前提とする所論は採るに足りない。
そこで、次に、所論二月六日の勧告後における年少労働者の時間外労働の関係について検討するところ、原審で取調べた証拠および当審における事実の取調の結果によると、被告人山口裕の場合、右勧告後は年少労働者の時間外労働禁止の措置がとられているものと信じその後における本件違反事実についてその認識がなかつたのではないかとの疑いがあり、また被告人西田博、同小河原幸臣の場合も、原判決が右勧告後の違反として同被告人らに刑責を認めた事実のうち初めのころの分については同被告人がその違反事実を認識認容していたかどうか多分に疑問の存するところであつて、この点において原判決は審理不尽の結果事実を誤認したかどがあるものというべく、所論はこの限度において理由がある。
三、以上のとおり、全被告人について一および二の(二)に説示したような破棄事由があるほか、被告人山口裕、同西田博、同小河原幸臣については二の(三)に説示したような破棄事由もあるので、その余の論旨(被告人山口裕についての量刑不当の主張)に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七八条四号、三七九条、三八〇条、三八二条によつて原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により本件を神戸家庭裁判所尼崎支部に差戻すこととし、主文のとおり判決する。
(河村澄夫 吉川寛吾 村上保之助)