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大阪高等裁判所 昭和43年(う)119号 判決 1968年5月20日

本店所在地

大阪市東区釣鐘町二丁目四〇番地

フナイ薬品工業株式会社

右代表者

松岡利郎

平田武彦

本籍

大阪府高槻市北園町三二二番地

住居

大阪府高槻市北園町九番二〇号

会社役員

松岡利郎

大正八年二月一七日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和四二年一一月二〇日大阪地方栽判所が言渡した判決に対し、各被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 田口猛 出席

主文

原判決中被告人松岡利郎に関する部分を破棄する。

同被告人を懲役四月に処する。

この栽判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

被告人フナイ薬品工業株式会社の本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は弁護人荻野益三郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

論旨は量刑不当を主張し、被告人フナイ薬品工業株式会社に対しては罰金額を軽減し、被告人松岡利郎に対しては軽い罰金刑をもつて処断されたい、というのである。

記録を精査して調査するに、被告人フナイ薬品株式会社(以下被告会社という)においては医薬品の売上をもつて主たる所得の源泉としているところ、ただ売上額の伸長にのみ専念した結果売掛債権の滞留期間が異常に長く、このため未回収の売掛金、受取手形等の額が逐次増加して金銭に困窮し、その解決の一助として本件各脱税の所為に及んだものであつて、その動機には同情の余地がないではないこと、脱税の手段も、申告時に計算上の操作を行つて所得を隠蔽することを主とする比較的単純なものであつて、平素から計画的に悪質な隠匿手段を講じたあとはないこと、犯行発覚後は積極的に徴税当局に協力し、諸種資料はあらいざらい提供して逋脱額を完全に捕捉させ、これによる更正税額および加算税の完納に努めていることが認められるのであつて、犯情に汲むべき点のあることは所論のとおりである。しかしながら、逋脱税額は原判示第一の昭和三八年度において約三、四〇〇万円、同第二の昭和三九年度において約五、〇〇〇万円、同第三の昭和四〇年度において約七、七〇〇万円であつて、その絶対額がいずれもきわめて高額であるばかりでなく、漸次増加を示しており、また正当税額に対する逋税税額の割合も六、七割の高率に達しているのであり、売上伸長による利益金を資に昭和四一年ごろには総工費一億二千万円で工場を新設したりする一方において、かかる高率、高額の脱税を毎年度恒常的に繰返してきた責任は重いといわなければならない。そして、これら諸般の事情を総合考慮するとき、所論にかんがみ検討しても、逋脱税額の一五パーセント弱にあたる被告会社に対する原判決の罰金額をもつて、これが高額に過ぎるとはけつしていえないところである。ただ被告人松岡利郎についてなお検討するに、被告会社の代表取締役(原判示第一当時は副社長、その後は社長)として同会社の経理、納税面を統括していた同被告人が本件各違反行為に及んだ刑責は大であるが、いまだ自ら積極的に本件各脱税を画策しこれを率先して指揮主導したものとは認めがたく、同被告人は平素から企業の社会的責任をわきまえた比較的誠実な営業方針のもとに医薬品の製造、販売を主目的とする被告会社の経営を進めて来ており、本件のごとき違反行為に及んだ点を除けばその人柄には買うべきものがあること、本件発覚後も部下に命じて積極的に徴税当局の調査に協力させ、自らも協力し、真摯にその非を反省し、再度かか違反行為に出ないとの決意のもとに、被告会社の経営の健全化に努力し、その人的、物的環境の調整容に尽力していることが認められるのであつて、前記の諸点にこれらの点をあわせ考慮するとき、所論にかんがみ検討しても同被告人を罰金刑をもつて処断するのが相当であるとはいまだ認めがたいが、同被告人に対する原判決の刑は刑期の点において重過ぎるものと思料される。

結局論旨は、被告会社については理由がないが、被告人松岡については右の限度で理由がある。

よつて、刑訴法三九六条により被告会社の本件控訴を棄却し、被告人松岡については、同法三九七条、三八一条により原判決を破棄したうえ同法四〇〇条但書にしたがいさらに次のとおり判決する。

原判決が認定した各事実に原判決挙示の関係各法案を適用し、主文二、三項のとおり判決する。

よつて主文のとおり判決する。

(栽判長裁判官 山田近之助 裁判官 鈴木盛一郎 裁判官 岡本健)

控訴趣意書

被告人 フナイ薬品工業株式会社

被告人 松岡利郎

右の者に対する法人税法違反事件の控訴趣意は、次のとおりである。

昭和四三年三月九日

右弁護人 荻野益三郎

大阪高等裁判所第五刑事部 御中

控訴趣意

原判決の量刑は過重である。

原判決は、本件公訴事実をそのまま有罪と認め、被告人フナイ薬品工業株式会社に対しては罰金二四〇〇万円被告人松岡利郎に対しては懲役一〇月(執行猶予二年)の言渡をしたのであるが、犯情に照らして重きに過ぎるものと認められる。

一、被告人会社において原判示のように過少申告をするにいたつた事情。

税法がいわゆる債権発生主義を採つていることが、徴税技術上やむを得ないとしても、税納者側にとつては必ずしも合理的と思えない理由を内蔵している点を否定できないのである。それを本件においてまざまざと見せつけられた思いがする。被告人会社においては、昭和三七年からスイスのソルコ・バーゼル社の新薬ソルコセリル注を発売するや連年目ざましい販路拡張を見たのであるが、その間債権の回収と債務の支払とがアンバランスを生じ特に売掛債権の滞留期間の増長(長期手形)で固定化し、計数上利益が計上され得てもそれは実質を伴わない単なるペーパーマージンに過ぎないという関係であり、いわゆる「勘定合つて銭足らず」という結果になつた。それにもかかわらず債権発生主義の税法の下では納税義務の方は容赦なく迫つてくるのであるから、ここに「背に腹はかえられぬ」窮状が生れてくるのである。この過少申告をせざるを得なかつた事情、各年度期末の窮状、受取手形と売掛金の関係、資金繰り等についての詳細は、原審証人大木一志こと重秋、藤沢秀夫の各証言によつて明らかになつているので、ここで詳述することは差し控える。

二、終局的に脱税するという程の気持はなかつた。

すなわち、各年度において過少申告をしたのであるが、それは納税の実際可能な範囲で利益を申告し、不可能な範囲のものは後期に繰り延べしたに過ぎないものであつて、終局的にこれを脱税し切るというような意志ではなかつたのである。申訳ないが、一時凌ぎの策というべきか。

三、あくどいたくらみではなかつた。

すなわち、決算時において概算数字により売上と売掛金又は受取手形を相殺して翌期に再計上し又在庫品のうち不良分についてその計上を省くなど至つて単純な方法で利益を過少計上しているのである。かようなことでは、いずれは発覚しごまかし切れるものではないのであるから、このことからでも右二の一時凌ぎの気持であつたことがうかがわえるのである。

四、国税局の調査に対する態度

他の金融機関に対する査察の派生として国税局から調査が開始されるや、すなおに調査に応じ一切の証拠を提出し、全会社を挙げて積極的に協力した。そして国税局調査の結果の査定についても多少の不満点もなくはなかつたが、あえて問題とせずすべて承服した。

五、原審第三回公判における検察官の意見として、本件は、一般の脱税例からみると、そう悪質ではないので同情の余地はある、と述べられている。およそ公判において、起訴官からこのような同情的意見が述べられるということは、正に異例でるると考える。この検察官の意見開陳こそ、以上一ないし四に述べたところが真実でああとの何より有力な証左でなければならぬ。

六、国税局から納税告知書を受領するやその早期完納に努力したのであるが、その納税状況については、原審証人大木、藤沢の各証言で明らかなようにその大半を納付し得たのである。幸にして関係当局の諒解を得て、なお一部未納付額についても引き続き履行中であるが、この莫大な納税資金の調達には並々ならぬ苦労があつことは推察に余りあるのである。世にいわゆる脱税例にくらべて特段の努力を示したものであつて、検察官から前記のように同情を受けたゆえんの一半もここにあるのであろう。

身から出たサビとはいえ、本来納付すべき法人税額に加えて莫大な制裁的過重税を納付する次第であつて(更正通知書および加算税の賦課決定通知書によれば既納付額の外なお金二七一、三五〇、〇四〇円を上積して納付しなければならなくなつた)なおそのうえ地方税において約一億円の納付義務が増加したのである。

このような莫大な負担をしたにかかわらずこれが完納に今一歩というところまで漸くこぎつけられたのは被告人会社としては、この事件を契機として(イ)管理体制の強化(ロ)営業内容の是正(ハ)資金対策の改善等会社再建に努力したがためである。それにしても右のような完納は会社にとつて社運をかけてのことであつた。その制裁的意義は十二分にあつたものと認められる(被告人松岡利郎の原審公判供述)。しかるにそのうえさらに刑事罰として二、四〇〇万円という高額を科せられるのは容易ならぬことである。願わくは、当審においてはできるだけ減額の寛大な裁判をいただき、これまた立派に完納できるよう切望する次第である。

七、被告人フナイ薬品工業株式会社は設立昭和二六年(創業明治二八年)資本金一億円従業員数六二〇名で、永年にわたつて医家向医薬品の専門メーカーとして全国の病医院よりなじまれ、殊に近年発売した前記新薬ソルコセリル注などは我国の治療医学に多大の貢献をしたことが認められている。常に新薬開発を社会的使命として、全国の病医院より寄せられる絶大なる支持と期待に副うべく日夜研究に努力している。世の医薬品メーカーが実に巨額の広告料を消費しているに反し、被告人会社では一切の大衆相手の広告をせず、専ら全国数十の国、公立大学附属病院等に納品し、広告に使う金はこれら大学の医学奨励金に活用している。そして最近西ドイツのシヤバー・ウント・ブルンマー社との技術提携によつて発売した循環器系疾患治療剤テオ・エスベリベンは目下全国各大学病院において優秀な治験例を示しつつあり必ずや近い将来臨床医学界に大きく寄与し得るものと認められる(本項記載の各事実は原審公廷における証人国立大阪病院長阪大名誉教授吉田常雄の証言、被告人松岡利郎の供述、弁護人提出証拠―領置目録二九号ないし三四号参照)。

最近右シヤバー・ウント・ブルンマー社々長シヤバー氏(西ドイツ連邦製薬工業協会々長)から、重要案件について、討議するため黒川利雄博士(癌研究会附属病院長)と共に来訪されたい旨被告人松岡利郎に招請状を送つて来ている。このように外国からも被告人会社の企業は高く評価されているのである。

このような会社の企業は、消費享楽ないし不急不用のものと異り、いわば公共性の高いものである。したがつてこれが維持発展は社会的要請であるといえる。今もし高額の罰金のために、さらに被告人会社の業績にマイナスをもたらすようなことであれば、それこそ「角を矯めて牛を殺す」の遺憾事でなければならぬ。このことを公の立場からも強調せざるを得ない。

八、つぎに被告人松岡利郎について。

(1) 本件過少申告をするについては、被告人松岡利郎は社長として会社最高の責任者の地位にあつたものであるけれども、もともと薬剤師の資格者であつて、技術家として会社の経理事務には全くうといものである。会社において事実上は技術部門の業務を担当し新薬開発に専念していて、経営の数字的内容を深く顧みなかつた。経理担当者から会社経営の窮状を訴えその応急策として一時利益繰延による過少申告をすべく進言されてこれを採用したものであり、自ら計画実施したものではない(この間の事情については原審公判における被告人松岡利郎の供述、同被告人の堀田検事に対する供述調書添付の「願書」参照)。してみると、同被告人は社長としての責任はあるとしても、結局経理能力不足のために陥つたあやまりであつて、あえて悪意と断ずるのは酷である。むしろその苦衷を察すべきである。

(2) 本件が発生するや前記四のように、その取調に全面的に積極的に協力したのも社長である被告人松岡利郎の強い統率によつて行われたのである(原審弁護人提出昭和四一・六・九緊急取締役会決議録写参照)。

(3) 前記七の被告人会社の業績は、およそ社長たる被告人松岡利郎の個人的業績というべき面がきわめて多い。新薬開発の研究活動はもとより、また諸大学関係者との接触、外国との提携などすべて被告人松岡利郎の信望など個人的な要素にかかるものであつて、松岡利郎なくして会社は考えられない関係にあるのである。

また前記六の納税の実施も被告人松岡利郎の指導と努力に負うところ絶大なものがある。

要するに、被告人松岡利郎は会社の支柱たるものであつて、私を空うして会社のために尽しているのである(前記人吉田常雄の証言、緊急取締役会決議録写参照)。ただ、おしむらくは(1)に記載のように経理の面に明るくなかつたのが玉に傷であつた。

(4) 本件過少申告は、代表者社長松岡利郎名義をもつてなされたものであり、その意味で最高の責任を負うべきはもちろんであるが、その実体は(1)に記載したとおりであり、その過少申告は社長松岡利郎の独断ではなく会社全取締役相談のうえ決せられたもので、したがつて全役員が共に反省し責任を痛感しており(大木重秋の昭和四一年五月二七日付質問てん末書二問答、前記緊急取締役会決議録写)本件起訴に際して被告人松岡利郎がその責任を負つて代表取締役辞任の強い意志表示をしたところ、他の全役員から本件は全役員の共同責任であるからとてその辞意を認めず今後も現体制で一致結束して社業に当ることを誓つた次第である(弁護人提出昭和四二年一月二七日付緊急取締役会決議録写参照)。

原審は、被告人松岡利郎を、法人税法罰則にいわゆる「不正の行為により……その違反行為をした者」として懲役一〇月の言渡をしたのであるが、右のような事情の下において重役中松岡一人が懲役刑という重荷を負わされるといたることは、他の重役等からすると、いかにも気の毒で自ら顧みて忸怩たるものを感じているのである。執行猶予付とはいえ、体刑は質的に重い刑であるに相違ない。

(5) 被告会社にあつては、本件発生を契機として「雨降つて地固まる」という結果を生来した、永年間の治療医学に対する貢献をさらに推進し、外国との提携によつて臨床医学界に新しい貢献をすべく、それがためには、会社を挙げて従来の経営に反省を加え再出発しているのである。(原審における被告人松岡利郎の供述)

当審におかれては、前記諸事情を篤と検討され、被告人松岡利郎に対しては旧法人税法第四八条第一項、法人税法第一五九条第一項所定の金額範囲内で軽い罰金の量定をたまわるよう切望する。さようになれば、会社全重役が気分的に責任の一端を担つたかのごとく感じ、被告人松岡利郎統率の下にいよいよ社業に精励するであろう。かくてこそ刑政の目的が具体的妥当に達せられるものと信ずる。

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