大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和43年(う)1644号 判決 1970年2月26日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官杉島貞次郎作成の控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、弁護人遠藤寿夫作成の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

そこで先ず、控訴趣意中、第三を除くその余の論旨とするところは、船舶安全法五条の二が、本件のごとき平水区域のみを航行する船舶に関する随時検査につき、その「検査ノ方法及検査ニ基キ交付スル証書ソノ他ノ書類ニ関シテハ命令ヲ以テ之ヲ定」める旨規定している趣旨は、同法条の適用されない普通船舶の定期検査等に関する同法およびその施行規則中の各規定と対比し、また、船舶の堪航性と人命の安全保持とを目的とする同法の立法趣旨に照らせば、検査および関係書類の交付と一体をなす意味合いにおいて、所定の検査に合格した場合に交付されるべき船舶検査合格証の記載事項である航行上の条件の指定自体についても、すべて命令たるその施行規則に委任している法意と解するのが相当であり、したがって、右記載事項である航行区域その他の航行条件の指定等について規定している同法施行規則一三条は、同法五条の二の委任に基づいて設けられた命令規定にほかならず、かかる以上、同法二四条の二が同法五条の二に規定する命令には罰則を設けることができるとしていることから、右施行規則一三条によって指定され、船舶検査合格証に記載されている航行区域を越えて同法五条の二の船舶を航行の用に供した行為等を処罰する旨の同規則七一条は、法律の具体的委任規定によって命令中に設けられた罰則とみてさしつかえないにもかかわらず、同法五条の二は航行条件の指定についてまで命令に委任している趣旨とは解されないから、右施行規則一三条はその委任に基づく規定ではなく、したがって、同条により指定された航行区域を越えて航行した行為を処罰している右施行規則七一条は、同法二四条の二の委任を逸脱する処罰規定であって、憲法三一条および七三条六号ただし書に違反する無効のものであるとした原判決の判断は、その前提たる法令の解釈適用において誤りをおかしている、というものである。

そこで、所論の点を調べてみるのに、本件起訴状(のちに記載が訂正されたもの)に、訴因として、船舶安全法五条の二所定の船舶である第二春日丸(総屯数三九・一〇屯)の船長である被告人が、法定の除外事由なく、その指定された航行区域である平水区域を越えて沿海区域にまで同船を航行の用に供した旨の事実と、これに対する罰条として、同法施行規則七一条一号とが掲げられていることおよび原判決が、各証拠により右訴因に掲げられた事実を認定しながら、罰条である右施行規則七一条一号をもって法律の委任に基づかない処罰規定であるがゆえに違憲で無効のものであるとし、本件につき無罪の言渡しをしていることは、訴訟記録によって明らかなところである。そして、右施行規則七一条一号をもって法律の委任を欠いた罰則であるとする理由について原判決の説示をみると、結局、平水区域のみを航行する船舶については、船舶安全法五条の二において、検査の方法および検査に基づき交付する証書その他の書類に関して命令をもって定める旨の規定と、同法二四条の二において、同法五条の二に規定する命令には必要な罰則を設けることができる旨の規定とがあるが、航行区域等の航行条件の指定は前者が命令に委任した事項にあたらないから、航行区域の指定等に関して規定している同法施行規則一三条は、同法五条の二に基づく命令とはみなしえず、したがって、その指定航行区域外の航行を処罰している右施行規則七一条一号は同法二四条の二による委任の範囲に属しない、というのであって、前記論旨と対比すれば、結局本件の争点は、右船舶安全法五条の二が命令に委任している事項の範囲いかんの点にかかっている。そこでまず航行区域等の航行条件に関する規制を中心として船舶安全法およびその施行規則の規定をみると、総屯数五屯以上で同法二条一項所定の施設を有する通常の船舶については、当該船舶の所有者に対してまず定期検査を受けるべき旨を定めた同法五条一項一号の基本的な規定があり、これを受けて同法九条一項に、所轄管海官庁が定期検査に合格した船舶に対し、その「航行区域(漁船ニ付テハ従業制限)、最大搭載人員、制限汽圧及満載吃水線ノ位置ヲ定メ、船舶検査証書ヲ交付ス」る旨の規定が置かれているほか、右各航行条件の違反に対する同法一八条一号から五号までの処罰規定と、最大搭載人員、制限汽圧、船舶検査証書、特殊船検査証書および船舶検査手帳に関して必要な事項は命令をもって定める旨の同法一〇条の三とが同法中の関連規定として挙げられ、また、同法九条一項にいう航行区域の具体的区分およびその例外的な指定方法を設ける趣旨の同法施行規則一条三項から六項までおよび七条から九条までならびに満載吃水線の位置設定の手段を定める同規則三条および四条と、同法一〇条の三に基づき、最大搭載人員および制限汽圧に関して細目を定める右施行規則一〇条から一二条まで等が、航行条件およびその指定に付随する規定として右施行規則のうちに発見される。しかしながら、右各法令中の関連規定を通覧しても。前記定期検査を経由した場合における航行区域その他の航行条件の指定を原則的に規定しているものとしては、前記のように、検査に合格した場合の証書の交付と一連の事項として定めている同法九条一項が存在するだけであって、それ以外に航行条件の指定なる事項を独立に取り上げて定めている規定をみいだすことができない。この点については、航行区域を含む諸般の航行条件が、対象船舶に対する検査により、その施設、規格、性能等に応じて指定されるべき事項であって、その指定が、検査とその合格およびこれを証する証書の交付という手続の過程を通じ、交付されるべき証書中に記載されることによってのみ当該船舶の法的属性として外部的に表示されることを考えれば、同法九条一項が、検査の結果指定されるべき各種航行条件の指定そのものと、交付されるべき証書の記載事項とを観念上区別することなく航行条件の指定と証書の交付とを一連の事項として終局的には各種航行条件の指定がその指定内容の記載された証書の交付と一体となるべきものとして規定している趣旨であることが看取されるのである。そこで、右定期検査に関する同法九条一項の文理と対照しながら、同法五条の二の文意を考えてみると、同条は、同法二条一項の施設を保有する船舶のうち、総屯数五屯以上の旅客船を除く総屯数二〇屯未満の比較的軽小な船舶および総屯数の大小にかかわらず、その航行区域が平水区域のみに限られることを当初から受忍して検査の申請をしたものについては、前記定期検査を経由することなく、いわゆる随時検査を受検することで足りるとした例外規定と解されるが、この場合においても、右検査に合格した船舶に対する各種航行条件の指定と、その指定内容を記載した文書の作成交付とに関する規定を設けるにあたり、法が、前記同法九条一項におけると同様に、両者を終局的には合格を証する書類において具現すべき一元的な事項であるとの前提にたっていることは充分窺知できるところであり、且つ普通船舶に対し原則的に要求される定期検査に比較して、随時検査が、軽小な船舶および危険度の少ない水域のみを航行区域とする船舶にかぎり、その検査を平易簡略に行なおうとする要請に基づくものと解される点からその表現においても簡易な方法がとられているものと推察できるところである。かようにみてくると、同法五条の二が、同条によって認められた随時検査について、「検査ノ方法及検査ニ基キ交付スル証書ソノ他ノ書類ニ関シテハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定している法意は、検査の具体的手段や、その結果を証する文書の形式および交付の要領など方式又は手続に属する事項だけでなく、検査および合否の裁定を通じて最終的に交付文書に記載されるべき各種の規制内容そのものについても、詳細な定めを命令に委任している趣旨と解するのが相当であって、右法条の規定するところは、同法九条一項の定期検査の場合と同様、随時検査においても、当然裁定の基準となり、主要な規制の内容となるべき航行区域その他の各種航行条件の指定自体を含めて、命令中に規定を設けることを委任している趣旨と理解するのが妥当であり、かくして、同条に基づく随時検査に合格した船舶に対して、航行区域その他の航行条件を指定し、これを船舶検査合格証に記入すべき旨を規定している同法施行規則一三条をもって、同法五条の二に規定する命令たる性質を有するものと考えるのが妥当である。従って右施行規則一三条が正当に法律の委任を受けて設定された規定と解すべきである以上、同条によって指定された航行区域を越えて同法五条の二の船舶を航行の用に供した行為を処罰している右施行規則七一条一号の規定は、同法五条の二に規定する命令には罰則を設けることができる旨規定している同法二四条の二の委任に基づく命令中の罰則たるに欠けるものでないことになり、右施行規則七一条一号が法律の委任を欠如しているとする原判決の見解は、結局法令の解釈適用を誤っているものといわなければならない。そして、原判決における右の過誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、この点の論旨は理由があり、論旨第三について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により当裁判所においてさらに判決することとし、本件起訴にかかる本位的訴因および罰条(起訴状の記載がのちに訂正されたもの)に基づいて次のとおり判断する。

(一)  罪となるべき事実

被告人は、船舶安全法五条の二に定める検査に合格し、その船舶検査合格証において平水区域のみを航行すべきものと指定された船舶である第二春日丸(三九・一〇屯)の船長であるが、法定の除外事由なく、昭和四三年二月二八日平水区域である舞鶴市神崎河口港から沿海区域に属する同市野原港まで砂利約五〇立方メートルを運送のため同船を運航し、もって右指定にかかる航行区域を越えて同船を航行の用に供したものである。

(二)  証拠の標目≪省略≫

(三)  法令の適用

判示被告人の所為は、船舶安全法施行規則七一条一号(船舶安全法五条の二、二四条の二、同法施行規則一三条一項一号、二項、三項)に該当するところ、所定罰金額の範囲内で被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、刑法一八条により右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべきものとし、当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木本繁 裁判官 今富滋 山中紀行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例