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大阪高等裁判所 昭和43年(う)1646号 判決 1969年9月26日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

<前略>

控訴趣意中、第三を除くその余の論旨の要旨とするところは、船舶安全法五条の二が、本件のごとき平水区域のみを航行する船舶に関する随時検査につき、その「検査ノ方法及検査ニ基キ交付スル証書ソノ他ノ書類ニ関シテハ命令ヲ以テ之ヲ定」める旨規定している趣旨は、同法条の適用されない普通船舶の定期検査等に関する同法およびその施行規則中の各規定と対比し、また、船舶の堪航性と人命の安全保持とを目的とする同法の立法趣旨に照らせば、検査および関係書類の交付と一体をなす意味合いにおいて、所定の検査に合格した場合に交付されるべき船舶検査合格証の記載事項である航行上の条件の指定自体についても、すべて命令たるその施行規則に委任している法意と解するのが相当であり、したがつて、右記載事項である航行区域その他の航行条件の指定等について規定している同法施行規則一三条は、同法五条の二の委任に基づいて設けられた命令規定にほかならず、かかる以上、同法二四条の二が同法五条の二に規定する命令には罰則を設けることができるとしていることから、右施行規則一三条によつて指定され、船舶検査合格証に記載されている航行区域を越えて同法五条の二の船舶を航行の用に供した行為等を処罰する旨の同規則七一条は、法律の具体的委任規定によつて命令中に設けられた罰則とみてさしつかえないにもかかわらず、同法五条の二は航行条件の指定についてまで命令に委任している趣旨とは解されないから、右施行規則一三条はその委任に基づく規定ではなく、したがつて、同条により指定された航行区域を越えて航行した行為を処罰している右施行規則七一条は、同法二四条の二の委任を逸脱する処罰規定であつて、憲法三一条および七三条六号ただし書に違反する無効のものであるとした原判決の判断は、その前提たる法令の解釈適用において誤りをおかしている、というものである。

そこで、所論の点を調べてみるのに、本件起訴状(のちに記載が訂正されたもの)に、訴因として、船舶安全法五条の二所定の船舶である第三正栄丸(総屯数39.59屯)の船長である被告人が、法定の除外事由なく、その指定された航行区域である平水区域を越えて沿海区域にまで同船を航行の用に供した旨の事実と、これに対する罰条として、同法施行規則七一条一号とが掲げられていることおよび原判決が、各証拠により右訴因に掲げられた事実を認定しながら、罰条である右施行規則七一条一号をもつて法律の委任に基づかない処罰規定であるがゆえに違憲で無効のものであるとし、本件につき無罪の言渡しをしていることは、訴訟記録によつて明らかなところである。そして、右施行規則七一条一号をもつて法律の委任を欠いた罰則であるとする理由について原判決の説示をみると、結局、平水区域のみを航行する船舶については、船舶安全法五条の二において、検査の方法および検査に基づき交付する証書その他の書類に関して命令をもつて定める旨の規定と、同法二四条の二において、同法五条の二に規定する命令には必要な罰則を設けることができる旨の規定とがあるが、航行区域等の航行条件の指定は前者が命令に委任した事項にあたらないから、航行区域の指定等に関して規定している同施行規則一三条は、同法五条の二に基づく命令とはみなしえず、したがつて、その指定航行区域外の航行を処罰している右施行規則七一条一号は同法二四条の二による委任の範囲に属しない、という点に要約される。論旨は、右船舶安全法五条の二が同条所定の検査およびその結果交付される書類の内容となるべき航行条件の指定等をも含めて、これを命令に委任している趣旨であるとして、原判決の見解を争うもので、本件の争点は、窮極するところ、同法条が命令に委任している事項の範囲いかんの点に帰一するわけであるが、この点を判断するためには、論旨の指摘するとおり、同法条の文理のみにとらわれることなく、船舶一般に対する検査の種別およびこれに伴う航行区域その他の航行条件の区別と、これらに関する法令上の規制がどのように構成されているかを配慮しつつ考察を進めなければならない。かような観点から、主として航行区域等の航行条件に関する規制を中心として船舶安全法およびその施行規則の規定をみると、総屯数五屯以上で同法二条一項所定の施設を有する通常の船舶については、当該船舶の所有者に対してまず定期検査を受けるべき旨を定めた同法五条一項一号の基本的な規定があり、これを受けて同法九条一項に、所轄管海官庁が定期検査に合格した船舶に対し、その「航行区域(漁船ニ付テハ従業制限)、最大搭載人員、制限汽圧及満載吃水線ノ位置ヲ定メ、船舶検査証書ヲ交付ス」る旨の規定が置かれているほか、右各航行条件の違反に対する同法一八条一号から五号までの処罰規定と、最大搭載人員、制限汽圧、船舶検査証書、特殊船検査証書および船舶検査手帳に関して必要な事項は命令をもつて定める旨の同法一〇条の三とが同法中の関連規定として挙げられ、また、同法九条一項にいう航行区域の具体的区分およびその例外的な指定方法を設ける趣旨の同法施行規則一条三項から六項までおよび七条から九条までならびに満載吃水線の位置設定の手段を定める同規則三条および四条と、同法一〇条の三に基づき、最大搭載人員および制限汽圧に関して細目を定める右施行規則一〇条から一二条まで等が、航行条件およびその指定に付随する規定として右施行規則のうちに発見される。しかしながら、右各法令中の関連規定を通覧しても、前記定期検査を経由した場合における航行区域その他の航行条件の指定を原則的に規定しているものとしては、前記のように、検査に合格した場合の証書の交付と一連の事項として定めている同法九条一項が存在するだけであつて、それ以外に航行条件の指定なる事項を独立に取り上げて定めている規定をみいだすことができない。この点については、航行区域を含む諸般の航行条件が、対象船舶に対する検査により、その施設、規格、性能等に応じて指定されるべき事項であつて、その指定が、検査とその合格およびこれを証する証書の交付という手続の過程を通じ、交付されるべき証書中に記載されることによつてのみ当該船舶の法的属性として外部的に表示されることを考えれば、同法九条一項が、各種航行条件の指定と証書の交付とを一連の事項として規定しているのも、立法技術の上から決して肯けないことではない。かくして、同条項の文理を改めて検討するときには、同条項は、検査の結果指定されるべき各種航行条件の指定そのものと、交付されるべき証書の記載事項とを観念上区別することなく、同一事項の内容と表示の両面をなすものとの理解のもとに、終局的には各種航行条件の指定がその指定内容の記載された証書の交付と一体となるべきものとして規定している趣旨であることが看取されるのである。そこで、右定期検査に関する同法九条一項の文理と対照しながら、同法五条の二の文意を考えてみると、同条は、同法二条一項の施設を保有する船舶のうち、総屯数五屯以上の旅客船を除く総屯数二〇屯未満の比較的軽小な船舶および総屯数の大小にかかわらず、その航行区域が平水区域のみに限られることを当初から受忍して検査の申請をしたものについては、前記定期検査を経由することなく、いわゆる随時検査を受検することで足りるとした例外規定と解されるが、この場合においても、右検査に合格した船舶に対する各種航行条件の指定と、その指定内容を記載した文書の作成交付とに関する規定を設けるにあたり、法が、前記同法九条一項におけると同様に、両者を終局的には合格を証する書類において具現すべき一元的な事項であるとの前提をもつて臨んでいることは、推測するにかたくない。そして、普通船舶に対し原則的に要求される定期検査に比較して、随時検査が、軽小な船舶および危険度の少ない水域のみを航行区域とする船舶にかぎり、その検査を平易簡略に行なおうとする要請に基づくものと解される点から、前記立法上の思考が、後者に関する規定においては、一層簡易な文理によつて表現されるであろうことも、また容易に推察することができる。かようにみてくると、同法五条の二が、同条によつて認められた随時検査について、「検査ノ方法及検査ニ基キ交付スル証書ソノ他ノ書類ニ関シテハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定している法意は、検査の具体的手段や、その結果を証する文書の形式および交付の要領など方式又は手続に属する事項だけでなく、検査および合否の裁定を通じて最終的に交付文書に記載されるべき各種の規制内容そのものについても、詳細な定めを命令に委任している趣旨と解するのが、立法の基本的な態度に照らしてむしろ自然な解釈であるようにおもわれるのである。すなわち、同法五条の二の規定するところは、同法九条一項の定期検査の場合と同様、随時検査においても、当然裁定の基準となり、主要な規制の内容となるべき航行区域その他の各種航行条件の指定自体を含めて、命令中に規定を設けることを委任している趣旨と理解するのが妥当であり、かくして、同条に基づく随時検査に合格した船舶に対して、航行区域その他の航行条件を指定し、これを船舶検査合格証に記入すべき旨を規定している同法施行規則一三条をもつて、同法五条の二に規定する命令たる性質を有するものとみなしても、同条の本旨に徴して解釈上格別の支障はないことになるわけである。ただここで、叙上の解釈に若干の疑義を呼ぶことが予想されるのは、同法一〇条の三が、命令に委任する事項を列挙するについて、「最大搭載人員、制限汽圧、船舶検査証書、特殊船検査証書及船舶検査手帳ニ関シ必要ナル事項」なる文理を用い、航行条件に属する前の二者と、証書その他の書類に属する後の三者とを書き分けて規定している点であろうとおもわれる。この点は、原判決においても、各種航行条件そのものと、それらが記載されるべき文書とは観念上区別されるべきであるとする論拠のひとつに掲げているところであるが、この条文の立法意図を究明するについては、主として同法九条一項の規定に対応して設けられたものと解される右同法一〇条の三が、前者において指定の対象として列挙している航行条件のうち、航行区域および満載吃水線の位置に関しては触れることなく、最大搭載人員および制限汽圧のみを取り出して、これを各書類とともに列記していることに注意しなければならない。いうまでもなく、命令中に罰則を設けるについて法律の個別的委任を要することは、原判示のとおり憲法七三条六号ただし書によつて明らかなところであるが、罰則以外について、法律がその執行に関する事項を命令に委任し、あるいは基本的事項に関する大綱を設定したうえで、これをふえんした細目にわたる定めを命令に委任することは、憲法の右条項その他の規定に徴して許されないわけのものではなく、かように法律から命令の委任がなされるのは、当該法律の条項中に規定する事項が、その性質上さらに詳細な具体的規定を必要とするものであるか又は法律の規定が、あらかじめ細目に関する命令の設定を予定し、概括的に流れない限度において主要な事項の規制のみを定めている等の立法事情による場合が多いと推測される。これを船舶安全法九条一項に規定する航行条件等の各事項について考えてみると、航行区域および満載吃水線の位置のごときは、そのことがらの重要性の点は別としても、指定の対象としては比較的直截簡明に裁定されうる性質のものであるのに対し、同法一〇条の三が掲記している航行条件としての最大搭載人員および制限汽圧ならびに各証書等の書類については、それぞれ数値による区分や、記載の方式および受交付後の取扱い等に関してさらに付随的規制を設ける必要が考えられる。同法一〇条の三は、まさしくかかる立法上の考慮に基づき、主として同法九条一項との関連において明らかに細目規定の必要が予想される部分を分析抽出したうえ、必要があればこれに付随する規制を命令中に置くべきことを定めた趣旨の規定と解されるのであつて、この法条が、最大搭載人員等の航行条件と船舶検査証書等の書類とを各別に併記しているのは、その予定している細目規定の範疇を指示する上において当然の表現形式をとつたにすぎないものということができる。換言すれば、基本規定たる同法九条一項が、定期検査における各種航行条件の指定と、これらが記載されるべき船舶検査証書の交付とを、一連の手続過程における一体の事項として把握表現しているのに対して、同法一〇条の三は、これと異なる発想と観点に立つて同一の用語を用いているものとみるべきであつて、同条における前記のごとき併記による表現形式は、上述の同法九条一項および五条の二において、法が、各種航行条件の指定自体とこれを記載した証書とを同一事項の内容およびその外部的な具現として統一的に理解している基本的な態度と、少しも矛盾するものではないと解されるわけである。また、右立法にあたつての構想上の相違は、同法九条一項に規定された航行条件の指定および証書の交付に関する事項のうち、同法一〇条の三が特に掲記している部分については、その違反行為に対し、同法二四条の二により命令たる同法施行規則中に罰則を設けることが可能であるにもかかわらず、同法九条一項の基本的規制に関する重要な違反行為に対しては、すべて同法一八条一号から五号までに一括してその罰則を置いていることによつても、その一端をうかがうことができるとおもわれる。叙上のごとくして、同法一〇条の三の規定の態様にもかかわらず、原則的な定期検査に関する同法九条一項と例外的な随時検査に関する同法五条の二との対比により、両者に通有する立法上の構想から考察すれば、同法施行規則一三条は、同法五条の二が命令に委任している事項の範囲内において、その内容の一部を同法の趣旨に沿つて具体化した規定にほかならないものとみなすべきであり、また、その規定するところが、航行区域その他の航行条件のごとき、かなり重要なことがらを含んでいるとしても、随時検査が定期検査の例外として簡易な検査制度を設ける趣旨のものであることにかんがみるときには、同法五条の二が命令に委任し、これを受けて右施行規則一三条に規定されている事項が、法律によつてのみ規定されるべき事項であつて、命令をもつてしては規定しえない事項であると考えることもできない。このように彼此検討の結果、右施行規則一三条が正当に法律の委任を受けて設定された規定と解すべきである以上、同条によつて指定された航行区域を越えて同法五条の二の船舶を航行の用に供した行為を処罰している右施行規則七一条一号の規定は、同法五条の二に規定する命令には罰則を設けることができる旨規定している同法二四条の二の委任に基づく命令中の罰則たるに欠けるものでないことになり、右施行規則七一条一号が法律の委任を欠如しているとする原判決の見解は、結局法令の解釈適用を誤つているものといわなければならない。そして、法律による個別的委任が存するかぎり、運輸省令たる右施行規則中の罰則をもつて違憲とする論拠が失われることは、憲法七三条六号ただし書、国家行政組織法一二条一項、四項に徴して疑いの余地がなく、原判決における右の過誤が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点の論旨は理由があり、論旨第三について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。<以下省略>(三木良雄 西川潔 金山丈一)

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