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大阪高等裁判所 昭和43年(う)1665号 判決 1969年7月18日

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

ただし、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人芦田礼一作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点、法令適用の誤りについて。

所論は、要するに、原判決中業務上過失傷害についての判示は、交差点や信号の意味などに関する道路交通法二条五号、四条二項、同法施行令二条、交差点における先入車又は右折車の優先通行権に関する同法三五条一項、三七条二項などの各法規の解釈適用の誤りがあり、その結果本件業務上過失傷害の点は無罪とさるべきであるのに有罪とされたものである。すなわち、原判決が、その手前で一時停止すべきであるとした福知山市駅前町の中央通(南北の道路)と内記通(東西の道路)との十字路部分は、原審の解する如くそれだけが独立した交差点であるとみるべきではなく、これとその北側に接続した右中央通と福知山駅前ロータリから出ている東西の道路との三差路部分とを合したものを一個の交差点(変形交差点)として理解すべきものである。そうすると、被告人は右駅前ロータリーの方向から東進してきて右交差点に進入し、ここで右折南進しようとしたのであるが、この場合従うべき信号機の信号とは、同交差点に進入せんとするときに対面せる信号機、すなわち同交差点北東隅に西向きに設置された信号機の信号(当時黄色灯火の点滅信号すなわち「注意進行」の現示していた)をいうのであつて、右信号に従つて右折した以上、右折を完了した後において対面することとなる、同交差点南東隅に北向きに設置された信号機の信号には従う必要はない。しかるに原判決が、この場合にも、後者の信号機の信号に従い、右内記通りを横切る手前で一時停止する義務があると判示したのは、右関係法令の解釈適用を誤つたものといわねばならない。そうして、本件においては、右内記通りを西進してきた被害者の自動車に対する本件交差点の信号も黄色灯火の点滅、すなわち「注意進行」を現示していたのであるから、この点だけ考えると、被告人も、被害者側も、同交差点を通過する際において他の交通に注意しなければならないという点において、双方の注意義務の程度は同じと考えられるようであるが、被告人側は交差点に先に進入した車であり、また交差点において、既に右折を完了している車ともいえるから、交差点における優先通行権に関する前記法規の適用上、被害者側にこそ、被告人に進路を譲るべき義務があり、当然被害者側において避譲措置をとるものと信じてそのまま進行した被告人には過失がなく、従つて本件業務上過失傷害の点は無罪であるというのである。

先ず右十字路部分と三差路部分とが別個の交差点かまたは両者を合併して一個の交差点とみるべきかについて考えてみる。司法警察員作成の実況見分調書二通並びに当審受命裁判官の検証調書によると次のとおり認められる。すなわち、福知山駅前ロータリーから東に通ずる道路(市道長田線)は約二〇〇米で南北の道路である市道御霊神社岡線、通称「中央通り」に突きあたり三差路を形成するが、右「中央通り」は右市道長田線と交つた地点のすぐ南でさらに東西の道路である府道福知山停車場線、通称「内記通り」とも交わり十字路を形成する(以下単に三差路、十字路と記載するのは右三差路或いは十字路を指す)。ところが「中央通り」は、右三差路の北方では7.7米、また右十字路の南方では7.5米の道路幅員に過ぎないのに、その中間では最も狭いところでもその幅員15.2米に拡張され、かつまた別紙見取略図に示す如く、右三差路の南西かど(前述)、十字路の北東かどおよび北西かどに、いわゆる「すみ切り」が施されている。そして同図に示した如く五ケ所に、A(「中央通り」南方からの交通に対面)、B(市道長田線西方からの交通に対面)、C(「内記通り」西方からの交通に対面)、D(「中央通り」北方からの交通に対面)、E(「内記通り」東方からの交通に対面)の各信号機が設置されていることが認められるのである。道路交差部分四つかどの「すみ切り」の部分は交差点に含まれると解すべきであるから(昭和四三年一二月二四日付最高裁判所第三小法廷決定参照)、いま仮に三差路、十字路を各別の交差点として、その範囲を考えるに同図(い)の「すみ切り」の部分は三差路の、(ろ)の「すみ切り」の部分は十字路の交差点に含まれると考えられるから、前者交差点の南端は(い)の「すみ切り」部分南端の線であり、また後者交差点の北端は(ろ)の「すみ切り」部分北端の線であると考えられるが、本件ではの「すみ切り」部分南端と、(ろ)の「すみ切り」部分北端とは殆んど接続した形状になつているのである。ちなみに、当審受命裁判官の証人桐永碩之助に対する尋問調書によると、道路の形状からみて、十字路北詰の横断歩道の北方約一米の地点を境にして二つの交差点が接していると思うとの見解が示されており、右説示したところと大体一致している。しかし、互いにその側端を接している二つの交差点は常に合併した一個の交差点であると解すべきかは一応さておくとしても、交通の安全と円滑をはかるうえにおいて、これらを一個の交差点として規制することのより合理的な場合がしばしばあり、そして信号機の設置その他の施設などで、その意思を明確にしておけば一個の交差点として規制することはもとより可能であると解せられるとともに、ひとたびそのように規制された外観をもつ交差点は取締当局の方針がいずれであろうとももはや一個の交差点と考えるほかはないのである(厳密に測定すれば側端を接しているといえなくても、両者が非常に接近していて、例えば円弧状の「すみ切り」部分と然らざる直線の部分との環が一見判然とせず、従つて何処までが一方の交差点の範囲か明瞭でない場合も同じことがいえよう)。ところで本件につき、右三差路や十字路の信号機の設置場所や各信号機の現示する信号の組合せ、行政指導の状況などを総合し検討するに、結局交通の安全と円滑とを調整する見地から右三差路と十字路は、これらを合併した一個の交差点(いわゆる複合交差点)として規制されていると判断せざるを得ない。すなわち、右検証調書、各実況見分調書および右証人尋問調書によると、右A、BC、DおよびEの各信号機の現示は、七時から二二時までは青、黄および赤の三色の灯火信号により、(1)C、Eが青のとき、A、B、Dは赤、(2)Bが青のとき、A、C、D、Eは赤、(3)A、Dが青のとき、B、C、Eは赤という三通りの方式で処理されており、二二時から翌日七時までは、B、C、Eは終始黄色点滅、ADは終始赤色点滅を現示する方式で処理されていることが認められる。そして三差路の北東隅に右各信号機設置と同時に警察によつて掲示されたと認められる指導看板によると、市道長田線を東進し、Bの信号機の青色信号で交差点に進入した車は、他の信号にかかわらず、十字路交差点においても左折、右折又は直進できる(もつとも直進は、七時から二二時までは一方通行の規制の関係上二輪に限られる)旨が判示されている。しかも右桐永碩之助の証言によると、AおよびDの各信号機の信号が共に赤色を現示している場合は、北進車はDの信号機のある横断歩道の手前で、南進車はAの信号機のある地点の手前で一時停止しなければならないとされており(三差路または十字路の一方の信号機で同時に三差路および十字路の通行を規制していることを前提としてのみ理解できる)、以上述べたところを総合し考察するに、少なくとも本件交差点においては右三差路や十字路を別個の交差点とされず、合併した一個の交差点として、通行方法などの規制がなされた外観を有することは明らかである(ただ二二時から翌日七時までの規制において、後述の如く、注意進行と注意進行との鉢合せという状態を現出するのであるが、この一事をもつて右結論を左右することはできないと考える。)

そこで本件注意義務の内容殊に一時停止の義務があるかどうかについて考えてみる。原判決挙示の関係各証拠によると、被告人運転の自動車は福知山駅前ロータリーの方向から市道長田線を東進し午前〇時過ぎ頃本件交差点手前にさしかかり、対面する信号機、すなわちBの黄色灯火の点滅信号(注意進行)に従い、時速約三〇粁で同交差点に進入し、右折して「中央通り」を南進し、そのまま「内記通り」を横切つて本件交差点を出ようとしたのであるから、その際、さらにD信号機の赤色灯火の点滅すなわち一時停止の信号機に従つて、「内記通り」の手前で一時停止する必要は当然にはなく、他の交通に注意して進行すれば足りるのである(道路交通法施行令二条参照)。そうすると原判決が被告人に対し、Dの信号に従い、「内記通り」との交差点の手前で一時停止すべき旨を判示した点は三差路と十字路を別個の交差点とみたために所論のとおり法令の解釈適用を誤つたものといわざるを得ない。しかし原判決は被告人の注意義務違反の点として、右一時不停止の外、交通の安全の確認を怠つた点をも挙げているので、この点について考えてみる。前示各証拠、殊に被告人の検察官に対する供述調書によると、被告人は当時午前〇時頃の深夜であるから、「内記通り」には通行車両はないものと軽信し、市道長田線より本件交差点に進入するや時速約三〇粁のままで右折し、「中央通り」を南行して「内記通り」の手前約一〇米に至つたとき、「内記通り」を西進し、本件交差点手前五、六米に接近した被害者の車を認め、その際においても漫然相手の方が被告人の車に進路を譲るものと考え、彼我数米の至近距離に接近するまで停止の措置を講じなかつたため、被害者の車の右側方へ自己の車の前部を衝突させたことが認められる。ところで所論は被告人の車は被害者の車に対し、先に交差点に進入した車或いは既に右折した車にあたるから、優先通行権があり従つて被害者側において避譲してくれるものと信頼して運転した被告人には過失がないと主張しており、既に認定したとおり、被告人の車が本件交差点において右折しつつある車であることは相違ないが、前掲各実況見分調書や検証調書で明らかなとおり、「中央通り」を南進し、「内記通り」に入ろうとする時期においては、「内記通り」の左右の見とおしがきかない状況(「内記通り」を進行する車から「中央通り」への見とおしも同様のことがいえる)からみて、「内記通り」に入るまでは、いまだ右折を完了しまたは完了直前の状態にあるものとは認めがたく、また交差点先入の問題にしても(本件の如く、交差点に信号機があつても、赤色或いは黄色灯火の点滅を現示するときは、むしろ一時停止又は徐行を命ずるにとどまるものであるから、本件交差点は道路交通法三五条にいう「交通整理の行なわれていない交差点」にあたるべく、従つて同条の適用があると解する。)、被告人の車が内記通りを進行する被害車両より先に本件交差点に入つたとしても、右交差点の複雑な構造殊にその交差点の始点(おおむね停止線の附近)より現実に両車の進路交錯が予想される地点(すなわち内記通りとの十字路部分)まで約二〇米もあり、かつ前示見とおしの状況から合理的に考えて、やはり「内記通り」との十字路部分に先に進入してこそ、「内記通り」を進行する車に対する先入車といえるのではなかろうかと考えられる。けだし道路交通法三五条一項又は同法三七条の規定は、異なる方向から交通整理の行なわれていない交差点に入ろうとする車の、或いは交差点における右折車と直進車などの進路交錯の場合、その間に優劣を定めて劣位車に避譲義務を認め、もつて交通の安全と円滑をはからんとしたものであるが、本件の如き特殊な、複雑な形状の交差点においては、お互いの位置が確認できる態勢になつてはじめて進路交錯やその解決のための優劣を判断しうると解せられるからである。そして原判決挙示の各証拠によると、内記通りの十字路部分には被告人の車も被害者の車も殆んど同時に(衝突の状況からみると、むしろ被害者の車が先に十字路部分に入つたとも考えられる)進入したと認められる。してみると、当然に被告人の車に優先権があるとし、信頼の原則のもとに「内記通り」を横断し「中央通り」を南進してよいとはいい切れない。やはり被告人は、交通整理が行われておらず、かつ左右の見とおしのきかない交差点を通行する場合の注意義務にしたがい、徐行しつつ「内記通り」の直進車の有無を確認し、それに対応した進行方法をとらなければならない。ところが被告人はこれを怠り漫然時速約三〇粁で「内記通り」に進入したため本件事故に至つたものである。これはまさしく被告人の業務上の過失といわなければならない。また仮りに被告人の車が被害者の車に対し、道路交通法三五条一項のいわゆる先入車或いは同法三七条二項のいわゆる既に右折している車にあたるとしても、そうだからといつて、その優先権の故に他の交通の安全確認義務が免除されるべきものではなく、また信頼の原則が無条件に適用されるわけのものでもなく、これらの点を論ずるにあたつては、その交差点の状況を考慮しなければならないと考える。本件交差点は前示のとおり三差路と十字路が合併した極めて変形の交差点で、被告人および被害者の双方とも、お互いに相手方の進行に対する見とおしは容易ではない。しかも「内記通り」を進行する車としては、対面する信号は継続して黄色灯火の点滅(注意進行)であり、これと交差する南北の交通に対する信号は終始赤色灯火の点滅となつているため、すべての南北の交通は「内記通り」手前で一時停車をするものと錯誤しがちな状況がうかがわれる。現に被害者の運転状況も被告人の車が一時停止するものと考え、僅かに速度を落してそのまま同交差点を通過する態勢を示していたことが認められるのである。要するに、被害者側において、被告人の車を先入車又は既に右折した車として優先通行権ありと認識することは困難であり、従つて被害者の車が被告人の車に進路を譲り、交差点手前で一時停止するであろうと信頼すること自体が相当とはいえないから、このような場合すなわち前記のとおりの本件のような交差点においては信頼の原則は適用されないと解すべく、そうすると被告人が漫然右のような信頼をしてそのまま進行を続けたことが、すなわち、他の交通の安全確認を怠つた過失にあたるというべく、業務上過失傷害の刑責は免れない。結局これと同旨の原判示は正当であり、原判決の前示交差点および一時停止義務に関する解釈の誤りは、結局判決に影響を及ぼさないものといわねばならない。論旨は理由がない。<以下略>

(三木良雄 西川潔 金山丈一)

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