大阪高等裁判所 昭和43年(う)1666号 判決
主文
原判決を破棄する。
被告人両名をそれぞれ罰金二、〇〇〇円に処する。
被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円をそれぞれ一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から、被告人両名に対し一年間、それぞれの刑の執行を猶予する。
理由
<前略>
検察官の論旨は、要するに、原判決は、「被告人両名は、共謀のうえ、昭和四一年二月二〇日午前二時四〇分頃、大阪府条例により、はり紙の表示を禁止された物件である、大阪府寝屋川市大字大利三六〇番地の電柱(関西電力株式会社の電柱九ケ庄三号)に、「春斗をたたかいぬく枚方ネヤ川青年集会」などと印刷した、縦約三六センチメートル、横約二六センチメートルのはり紙一枚を、糊で貼付して、表示したものである」との本件公訴事実に対し、事実関係はこれをそのまま認定しながら電柱に対するはり紙の貼付を禁止した大阪府屋外広告物法施行条例(昭和四一年一二月二〇日条例四九号による改正前のもの、以下本条例または単に条例という。)二条三項一号は、憲法二一条に違反し無効であるから、本件は罪とならない旨判示して被告人両名に対し無罪の言渡をしたが、これは表現の自由の保障に関する憲法二一条、屋外広告物法(以下単に法ともいう。)および条例の保護法益たる社会公共の美観風致ならびに電柱等に対するビラ貼りの禁止等に関する法一条および条例二条の解釈適用を誤つた結果、条例二条三項一号の規定になんら違憲の疑いがないのに、これを違憲無効とし、本件を無罪としたものであつて、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
よつて、所論にかんがみ、弁護人の答弁をも参酌しながら、記録および証拠物ならびに当審における事実取調の結果を検討して案ずるに、まず、後記証拠の標目欄記載の証拠によると、被告人両名は共謀のうえ、公訴事実記載の日時、場所において電柱に同記載の内容、形状のはり紙一枚を貼付しこれを表示したとの事実はこれを認めることができる。そして、条例二条三項一号によると、「電柱およびこれに類するもの」(本件は電柱にはり紙を貼付した事案なので、以下単に電柱と略称する)には、「ポスター、はり紙及び立看板を表示し、又は掲出することができない」旨規定されており、本件は同条項に違反するとして公訴提起されていることは明らかである。
ところで、原判決は、はり紙を貼付する行為(原判決の用語に従い、はり紙のことをビラ、はり紙を貼付することをビラ貼りとも略称する。)は、思想表現の一手段であるが、思想表現の自由といえども公共の福祉による制約に服すること、ビラ貼りを手段とする表現の自由を制約する公共の福祉の具体的内容は、社会的な公共の利益である美観風致の維持であること、そして、公共の福祉によつてビラ貼りを規制しうる場合とは、一般的には、ビラ貼りをなんら規制しないことによる利益と、これを規制することによる利益とを比較衡量し、後者が前者より大きい場合をいうと解すべきであるが、表現の自由は、基本的人権のなかでも最も基礎的かつ重要な権利であり、とりわけビラ貼りは、行為それ自体が必ずしも直ちに他人の人権と衝突、矛盾するものとは限らず、しかも、何人にも利用可能で、簡便、安価かつ広報効果の大きい等の点において、最も尊重さるべき大衆伝達の一手段であるから、その規制は真に必要最少限度でなければならないこと、したがつて、ビラ貼りを規制しないことによる利益より、これを規制することによる利益の方が大である場合とは、ある地域ないし区域、場所、または特定の物件が、美そのものの表象として存在するか、もしくは美ないし美観に奉仕するものとして存在し、または設置されている場合か、あるいは、すくなくとも、ビラを貼ることにより、社会公共の美観を害される蓋然性が二義を許さない程度に客観的に明らかに看取される場合をいうものと解しなければならないこと、しかるに、条例によると、電柱に対するビラ貼りは、ほとんど絶対的ともいえる無条件禁止がなされているが、電柱は、すくなくとも、美そのものの表象として、あるいは美観風致の維持に奉仕するために設置されたものでないことは明らかであり、また、目だちやすく美観を害するおそれが多いという点においては、許可制になつている他の場所、物件の方がよりそのおそれが多いといえるから、電柱に対するビラ貼りを絶対的に禁止しなければ社会公共の美観風致を図り得ないとする合理的な根拠はないこと、しかも、本条例は、広告物の表示また掲出を極めて広はんに規制しており、とくにビラを自由に貼る余地はほとんどないうえ、官公署、普通の学校等についても、同じく合理的な理由なくビラ貼りを全面的に禁止しており、また、許可制によりビラを貼付しうる場合のその許可手続に関する府条例の運用は、条例上知事の許可事項とされているのにかかわらず、現実には府土木部計画課管理係の係長と係員のみによつて、その審査および許否の決定をしている等の実情にあり、更に、許可行為に付随する救済手続の不備および規制に代るべき措置が採られていないことからみても、府民に対し、ビラ貼りを手段とする表現の自由の保障が全うされているとはいいえないこと、などの理由を挙げて、本条例がほとんど絶対的かつ全面的に電柱に対するビラ等の表示、掲出を禁止したことは、真に必要にしてやむを得ない最少限度を超えた不当な制限であるから、条例二条三項一号の規定は、憲法二一条に違反し無効というべきである、と判断していることは所論のとおりである。
そこで、原判決の右判断の当否について案ずるに、ビラ貼りは、ビラに表示された一定の思想内容を、不特定多数人に周知させようとするものであるから、思想表現の一手段と解せられること、しかし、憲法二一条の保障する表現の自由といえども、絶対無制約のものではなく、これと衝突ないし矛盾する他の人権または社会公共の利益との調和のうえに立つて認められるものであり、いわゆる公共の福祉による制限に服することは、いずれも原判決の説示するとおりである。そして、この場合、本条例は、屋外広告物法三条以下の授権に基づいて制定されたものであつて、同法とあいまつて、大阪府(指定都市である大阪市を除く)における美観風致を維持しおよび公衆に対する危害を防止するため、屋外広告物の表示の場所および方法ならびに屋外広告物を掲出する物件の設置および維持について、必要な規制を定めたものであるところ、電柱に対するはり紙の貼付を禁止した条例二条三項一号の授権規定である法四条二項の所期する目的に徴すると、法および条例は、はり紙禁止に関する公共の福祉の具体的内容を、「美観風致の維持」としていることは明白である。ところで、弁護人は、この「美観風致」という概念は、多義的かつ流動的であつて、客観的に明瞭に確定しえないものであるから、このような不明瞭な基準によつて電柱へのビラ貼りを禁止することは憲法二一条に違反すると主張している。たしかに、当審鑑定人針生一郎の供述によつて窺われるように、美ないし美観という概念は、哲学的、美学的にはいかような解釈も可能であろうけれども、法および条例にいう「美観風致」とは、そのような哲学的、美学的な概念ではなく、むしろ、その時代、その地域の人々の、その住む街を美しくしよう、すくなくとも現状より汚なくはすまいという素朴な、しかし到底否定し去ることのできない感情を基盤として、良識的に決定される、いわゆる社会通念を基準として判断されるものであり、具体的に何がそれであるかは、究極的には裁判所がこれを判断することとなるが、法概念としてその価値を否定されるべきほどに不明瞭なものとは考えられない。したがつて、右所論は前提を欠き採用のかぎりではない。そして、屋外広告物法にいう「美観風致」なる法益は、前記のように感情の上での利益ではあるが、国民の生活に密着したものであつて、その保障が国民の文化的生活に寄与し、ひいて国家の文化の向上につながるものであるから、健康で文化的な生活を営むことを保障しそれを政治理念として掲げる憲法の精神に徴すると、「美観風致の維持」なる社会公共の利益は、公共の福祉の一内容として重要な意義を有し、これを尊重すべきものというべく、表現の自由といえども、これと調和する限度において認められるものというべきである。したがつて、表現の自由の一態様であるビラ貼りも、美観風致の維持のため、必要にしてかつ合理的な範囲内での法規制をうけることはやむを得ないといわざるをえない。
ところで、前記のとおり、条例二条三項一号は、電柱に対するビラ貼りを禁止しているのであるが、その例外としてビラ貼りが許容される場合としては、条例所定の「他の法令の規定により表示し又は設置するもの」、「道先案内図、その他公共上やむを得ないもので、公共団体又は公益法人その他これに類する団体が表示し、又は設置するもの」、「自己の事業若しくは営業を表示するもので、自己の事業所、事務所、営業所等に設置し、その広告物の面積が七平方メートルを超えないもの」、「その他知事が別に定めるもの」すなわち同条例施行規則四条所定の「各種の祭礼若しくは冠婚葬祭のために使用するもの、その他これに類似するもの」、および、条例六条所定の「美観風致を維持又は向上するため、特に知事が設定する場所、若しくは施設を利用して、又は知事が定める規格に従つて表示せられた広告物について」知事が条例一条および二条の規定の適用を除外した場合があるに過ぎなく、しかも、それらはその主体および表示の内容が極めて限定されているため、通常人がその欲する内容のビラを貼付しようとする場合に関する限り、右施行規則四条にあたる場合を除き、電柱に対るビラ貼りは実際的には全面的禁止といつてもよい状況であることは、原判決の指摘するとおりである。しかし、そのことの故をもつて直ちに条例二条三項一号の規定が違憲であるとする見解にはにわかに左袒しがたい。
おもうに、電柱は、一般に道路の側端にあつて目だちやすく、ビラの貼付にきわめて便利であり、かつ、その広報効果も期待しうる反面、その管理の徹底を期しがたいので、これに対するビラの貼付を禁止しない限り、多数のビラが電柱に無秩序に表示または掲出されることは容易に想像しうるところである。しかも、電柱は、ただ一本がそこにあるのではなく、道路の側端にいわば林立して多数存在し、それらが街の景観の一部を構成しているのであるから、条例二条三項一号の合憲性を論ずるにあたつては、個々の電柱への個々のビラ貼りについてこれをみるべきではなく、それら多数の電柱に多数のビラが無秩序に貼付された場合についてこれをみることを要するところ、かかる状態はそれ自体として街の美観を害するものとみうるばかりか、それらが往々みられるように、風雨にさらされて変色し、或いは、一部が破損または脱落したまま残存しているときには、嫌悪、不快の感をすら抱かせるものであつて、街の美観を著しく害するものであることは社会通念上これを承認しうるものと思われる。現に、昭和二七年大阪府条例第九号による改正前の大阪府条例にあつては、電柱に対するビラの貼付を禁ずる規定がなかつたのであるが、当時の実状について、右改正の前後にわたり、大阪府土木部計画課管理係長として、広告物の掲出、表示の許可事務等にあたつていた当審証人田中美一の証言によると、右改正前においても、広告物の掲出、表示の許可申出人に対し、電柱にビラ、ポスターの類を掲出、表示しないよう行政指導をしていたのであるが、右指導の趣旨が守られなかつたうえ、無許可のビラ、ポスターが電柱に無数に無数に貼られ、しかも、許可したものであると無許可のものであるとを問わず、用ずみ後も貼付されたままで放置されていることが多く、その上に更に別のビラ、ポスターの類が貼られるなどして、美観を害するというよりも、むしろ不潔な感じすらする状態であつたこと、そこで、これでは法および条例の所期する美観風致を維持しえないとして、前記改正により、条例二条三項一号の規定を追加し、電柱に対するビラ貼りを全面的に禁止するに至つたことが認められ、この沿革に徴しても、街の美観維持のため電柱に対するビラ貼りを禁ずることには十分合理的理由があると考えられる。もとより、街の美観維持の観点のみからすれば、電柱が路傍に林立すること自体好ましくないことはいうまでもないが、これを避けえない現実においては、せめてそれがより以上醜悪な状態に置かれないよう立法的配慮をすることが屋外広告物法の目的にそうものというべきである。そして、その場合、電柱へのビラ貼りについて、原判決のいうような許可制(例えば神戸市屋外広告物条例)を採ることも一方法であるが、前記田中証言によつて明らかな昭和二七年条例改正へ踏み切らざるをえなかつたいきさつに徴し、これを全面的に禁止するとの立法措置を採ることも前叙のとおりその合理性を否定しえない以上、許可制、全面禁止制のいずれを採るかは一に当該地方公共団体の立法政策上の問題であり、当該条例の合憲性判断のきめ手となるものではない。
もつとも、本条例が、電柱についても、突出看板(電柱に突き出して取り付ける看板)および巻付看板(電柱に巻き付けて取り付ける看板)の掲出、表示を許可制のもとで認めており、それらの看板の存在自体美観風致の維持のうえで好ましくないことは弁護人指摘のとおりである。しかし、それらについては、表示方法の制限等が容易であり、かつ、管理も行き届くと考えられるところから、ビラに比し、美観風致を害する程度がはるかにすくないと認められる。しかも、電柱に対する広告物の掲出、表示の制限は、もともと、電柱の所有者の財産権の内容を制限するものであるから、私有財産権の保障を規定した憲法二九条の趣旨からも、せめて美観風致を害する程度のすくない突出看板、巻付看板を許可制のもとで掲出、表示させることとした立法理由は十分理解しうるところであり、このこととビラ貼りの全面禁止とを対比し不合理な差別がなされているとする原判決の見解や弁護人の所論には賛成できない。
また、本条例の規制内容をみても、本条例が、ひとり電柱についてのみ合理性を欠く制限をしたものとも解しがたいのである。原判決は、公園等におけるビラ貼りや民家の壁等へのそれとを対比し、電柱へのビラ貼りのみが刑罰を科してまでこれを禁止しなければならないほどに社会公共の美観風致を害するのもとは考えられないというのであるが、まず、本条例が公園、遊園地、緑地、植物園、公衆電話および公衆便所の外壁、社寺教会の境域内においては、知事の許可を得さえすればビラを貼付しうるものとし、一定の形状、内容のものについては許可なく自由に貼付しうることとしていることは原判決説示のとおりであるが、それらはいずれも電柱に比べはるかにその数がすくなく、管理が比較的容易であるから、無秩序にビラが貼付されるおそれもすくないうえ、除却、清掃等事後の処理も比較的よく行なわれうるものと考えられるので、ビラ貼りに関し、電柱との間でその規制内容を区別したとしても直ちに不合理だといえず、また、本条例が一般民家の板塀等へのビラ貼りについて地域を限つてこれを禁止しまたは制限しているに過ぎなく、いわば睫眉の間にあるともいえる電柱と民家の壁等との間に規制の上で区別している点について考えてみると、民家の壁等については、通常その民家の居住者等においてその美観の維持に十分配慮しており、無秩序に多数のビラが貼付されることは極めてまれであるうえ、貼付されたビラの除却等事後の管理も十分になされることなどよりして、美観を害する程度は電柱に比しはるかにすくないと考えられ、かつ、前記憲法二九条との関係からも規制を最少限度にとどめたものと解されるので、民家の壁等へのビラ貼りについての規制と対比し、電柱へのビラ貼りの禁止の不合理をいう原判決の説示には賛成しえない。そして前記田中証言によつてうかがわれる電柱に対するビラ貼りの実態に徴すると、他に有効な禁圧手段のない現状において、刑罰をもつてこれを禁止するという立法措置を採ることも、必要やむを得ないところである。
ところが一方、本条例は、一部先にも触れたように、電柱およびこれに類するもののほか、街路樹、路傍樹および橋りよう・郵便ポストおよび送電塔・形象および配念碑・地下道の上屋・高架鉄道の支柱・風致地区、住居専用地区および美観地区の中で知事が指定する地域または場所・文化財保護法二七条二項ならびに同法六九条一項または同法九〇条一項の規定により、指定または仮指定された国宝建造物ならびに史蹟名勝天然記念物およびこれを含む知事の指定する区域・森林法二五条一項一一号の規定により、指定された保安林の区域のうちで、知事が指定する区域・道路、鉄道、軌道、索道またはこれらに接続する地域で知事が指定するもの・古墳および墓地・官公署、学校教育法一条に規定する学校、破究所、図書館、美術館、音楽堂、公会堂、記念館、体育館、天文台および記念塔の敷地内においてはビラ貼りを一切禁止しており、また、都市計画法一〇条二項の規定により指定された風致地区・建築基準法五〇条一項または同法六八条一項の規定により指定された住居専用地区または美観地区・文化財保護法六九条一項または同法七〇条一項の規定により指定または仮指定された史蹟名勝天然記念物のある地域・森林法二五条一項一一号の規定により指定された保安林の区域・堺市および布施市(ただし、本件当時のもの)・道路鉄道、軌道、索道またはこれらに接続する地域で知事が指定するもの、公園、縁地、広場、運動場、動植物園、遊園地、競馬場、競輪場、船着場、火葬場および葬祭場の敷地内・河川、湖沼、海浜およびその附近で知事が指定するもの・社寺および教会の境域内・公衆電話および公衆便所の外壁については原則としてビラ貼りは知事の許可を要することとしている。このように、本条例においては、ビラ貼りを禁止し、または原則として知事の許可にかからしめている範囲は広はんではあるが、右許可区域内であつても、条例一条但書、同条例施行規則七条所定のもの、すなわち、縦三五センチメートル横二五センチメートル以上縦一メートル二〇センチメートル横八〇センチメートル以内のポスター、はり紙、高さ二メートル幅1.5メートル以内の立看板で、掲出期間が三〇日を超えないものについては知事の許可を要しないこととされているため、本件のような内容、形状のビラ(多くのビラはこれに該当すると思われる。)は、前記禁止区域および禁止物件を除けば、所定の方式をとる限り、許可区域内であつても、知事の許可なく自由に掲出、表示することができるのである。すなわち、禁止区域でないこと証拠上明白な本件場所付近にあつては、たとえば非禁止場所である一般民家の板塀、側壁を利用するなどの方法をとれば、自由にビラを貼付しうるのであつて、これをも禁止しているのではないのである。もつとも、電柱はその数も多く、通行人の目につき易いので、ビラ貼りには格好の物件であり、かつ、管理が行きとどいていないため、比較的容易にビラを貼付しうるのに対し、一般民家等にあつては、貼付に適する場所がすくないうえに、その居住者等に貼付を拒絶される場合も多いと考えられるので、ビラ貼りの対象物件としては電柱こそ格好の物ともいえるのであるが、またそれ故にこそ、電柱へのビラ貼りはとかく乱雑に流れ美観風致を害するおそれが多大に存することさきに詳述したとおりであるのみならず、電柱に対するビラ貼りも、もともと民事法上、その所有者または管理者の承諾を得て初めてこれをなしうるものであることは一般民家の壁等の場合と異なるところはないのである。たしかに、ビラ貼りは、街頭における表現活動の一態様であつて、比較的安価にかつ最少の労力により誰れにでも出来る大衆伝達の手段であるため、これを尊重すべきことは原判決の説くとおりであるけれども、本条例のもとにおいても、他に、知事の許可をえて、時にはその許可さえ要せずしてビラを貼る途も残されていること前叙のとおりであるうえ、さらにビラ配り、その他街頭における広報活動または演説等の方法もあることを併せ考えると、電柱に対するビラ貼りを全面的に禁止したとしても、表現の自由の保障を無意味ならしめる不当な制限とは断じがたい。
なお、弁護人は、無許可広告物が街に氾濫する現状に照らし、本条例はすでに実体的には死滅してしまつているのに、ひとり政治的内容のビラについてのみその適用をみるのは、「美観風致の維持」なる本来の目的をはなれ、名をそれに借りた言論取締法に転化している証左であつて、このことは、本条例の違憲性を顕在化するものである、と主張している。
しかしながら、なるほど、弁護人提出のビラ貼り状況写真集等によると、本件現場付近の電柱等に対し、多数のビラの貼付されていることが認められ、それらの実状にかんがみると、本条例の運用が必らずも網羅的かつ的確になされているとも解しがたいが、原審証人奥田一功、同北条忠、同島津実、当審証人吉原茂の証言によると、ビラ等については、他事件の捜査に追われるなどして検挙に万全を期しがたいものの、貼付の現場を現認した場合においては、必ず警告して貼付を中止させていること、本件場合にあつても、たまたま、奥田、北条両巡査が変死事件の連絡のため寝屋川警察署に帰る途中、被告人両名が電柱にビラを貼付しているのを現認し、注意をしようとしたところ、いきなり被告人斉藤が逃げ出したうえ、両名共に氏名、住居を黙秘したため、現行犯人として逮捕したことが認められ、もとより、言論取締の目的で捜査し検挙するに至つたものではないこと、また、前記吉原証言および同人作成の回答書によると、本件にもつとも近い昭和四三年度の統計資料による、本条例違反の取締件数は四、二三五件で、その内訳は、送致二五件、警告一、八七七件、撤去要請二、三三三件であること、そのすべてが政治的内容の広告物ではないことが認められるので、本条例が実体的に死法となり、また、言論取締法に転化しているとの所論にはにわかに賛成しがたいところである。(もつとも、本条例違反に対する取締りが必らずしも網羅的かつ的確になされていないことは前記のとおりであり、この現状は本条例違反の事件の量刑に際して考慮すべきものと思われるので、本件の量刑においてもこの点を斟酌した。)
また、弁護人は、表現の自由を禁止する立法が合憲とされるためには、その禁止が明白かつ現在の危険をさけるため必要不可欠な場合でなければならないところ、ビラ貼りによる危険はたかだか、他人が若干の不快感、不利益、迷惑を蒙る程度であつて、到底右の場合に当らない、と主張している。
しかしながら、なるほど、ビラ貼りによる危険は、前記のとおり、美的感情なるいわば無形の利益に対するものではあるが、この利益の尊重すべきことは前叙のとおりであるうえ、その危険は、所論指摘のデモ行動のような一過性のものではなく、継続して現在するものであり、かつ、他に代替的手段も存するのであるから、これを合意と解するのに妨げとはならないというべきである。
以上を要すると、条例二条三項一号は、公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限を規定したものと解することができるので、憲法二一条に違反するものではないないというべきである。
原判決は条例の右規定が憲法二一条に違反する理由をさらにるる説示するが、いずれも左袒しがたく、また、弁護人のじ余の所論も右結論を左右するに足らない。
してみると、原判決は、憲法二一条、屋外広告物法一条、四条二項、条例二条三項一号の各規定の解釈適用を誤つたものというべく、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。検察官の論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇号により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従つて、更に次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
被告人両名は、共謀のうえ、昭和四一年二月二〇日午前二時四〇分ごろ、大阪府条例により、はり紙の表示を禁止された物件である、大阪府寝屋川市大字大利三六〇番地の電桂(関西電力株式会社の電桂九ケ庄三号)に、「春斗をたたかいぬく枚方ネヤ川青年集会」などと印刷した、縦約三六センチメートル、横約二六センチメートルのはり紙一枚を、糊で貼付して表示したものである。
(証拠の標目)<略>
(法令の通用)
被告人両名の判示所為は、昭和二四年大阪府条例第七九号大阪府屋外広告物法施行条例二条三項一号、一七条一号、刑法六〇条に該当するので、所定罰金額(寡額は、昭和四七年法律第六一号罰金等臨時措置法の一部を改正する法律附二項により、同法律により改正前の罰金等臨時措置法二条一項の定めるところによる)の範囲内で、被告人両名をそれぞれ罰金二、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができない場合の労役場留置につき刑法一八条、執行猶予の点につき同法二五条一項、原審および当審における訴訟費用を負担させない点につき刑事訴訟法一八一条一項但書をそれぞれ適用して、主文二ないし四項のとおり判決する。
(河村澄夫 瀧川春雄 岡次郎)