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大阪高等裁判所 昭和43年(う)322号 判決 1968年11月11日

主文

原判決を破棄する。

被告人両名をそれぞれ罰金一万円に処する。

被告人両名においてその罰金を完納することができないときは、金一〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

公職選挙法二五二条一項により選挙権、被選挙権を有しない期間を被告人両名について二年にそれぞれ短縮する。

訴訟費用は原審及び当審共被告人両名の連帯負担とする。

理由

一、本件控訴の趣意は、伊丹区検察庁検察官事務取扱検事土井義明作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

趣旨は要するに、原判決は、被告人両名が本件公訴事実記載のような規格内の大きさで、一はその右側に縦書きに「いとう」の文字を、その左端中央部に候補者の向つて右側半分の顔写真を、上部に左横書きに「市長候補」の文字を、最下端に左横書きに掲示責任者及び印刷者の氏名及び住所を記入し(これを以下単にの(一)ポスターという)、也はその右端中央部に候補者の向つて左側半分の顔写真を、左側に縦書きに「伊藤竜太郎」の文字を、それらの中間下部に縦書きに候補者の略歴を、上部に左横書きに「四選阻止」の文字を、最下部に掲示責任者及び印刷者の氏名及び住所を記入し(これを以下単に(二)のポスターという)たポスター二種を二五〇枚宛作成し、これらに川西市選挙管理委員会の検印を受けた後、各一枚を組合せて貼付し九〇カ所に掲示したことを認めながら、右各ポスターはいずれも候補者の顔が左右半分しか印刷されていない等の点があつても、その記載内容からみて選挙運動用ポスター(公職選挙法一四三条一項五号にいうポスター。以下単に五号ポスターという)としてそれぞれ独立した客観的効用を有するものと認められるから、それらが組合されて掲示されることにより、その組合された全体がこれを組成する各ポスターと異つた新たな意味内容を表現するに至つたとしても、規格制限の対象となるのは各一枚のポスターであつて、組合された全体ではないから、公職選挙法一四四条三項に違反するものとはいえないとして無罪の言渡をした。しかしながら、右(二)のポスターについては、選挙の特定がないから独立した五号ポスターとは認められないし、仮に独立した五号ポスターに該当するとしても、右(一)、(二)の二枚のポスターを組合せることによつてその全体が別個独立した選挙運動用ポスターとしての効用を有するに至つた場合は、五号ポスターが新たに作出されたことになり、その全体が同法一四四条三項の規格制限に服するものと認めるべきである。従つて、原判決の右判断は同法一四四条三項、二四三条四号の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

二、そこで調査するのに、原判決が所論のような事実を認定し、且つ所論のような理由によつて無罪の言渡をしたことは記録上明らかである。

ところで、五号ポスターというのは、その外形、内容自体からみて特定の選挙について特定の候補者の当選を得るため投票を得又は得しめる目的のために使用されると推知され得るポスターであつて(最高裁判所昭和三六年三月一七日第二小法廷判決参照)、それ自体独立して選挙運動用ポスターとしての効用を有すると認められるものをいうのであるが、右ポスターについては公職選挙法(以下単に法という)一四四条において、それぞれの選挙に応じて枚数を制限すると共に、その大きさもタブロイド型(長さ四二センチメートル、幅三〇センチメートル)を超えてはならないとし、且つこれについて当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会の検印を受けなければ掲示することができない旨規定し、これらの制限に違反する五号ポスターを掲示した場合には、厳しく処罰をもつて臨んでいる(法二四三条四号)。そしてこのように法が五号ポスターを含めて選挙運動のために使用する文書図画について厳しい制限を設けたゆえんは、公職の選挙においてこのような文書図画の頒布、掲示を無制限に認めるときは、かえつて選挙運動の不当な競争を招き、選挙人の正しかるべき認識判断を誤らせ、ひいては選挙の自由公正を害しその適正公平を保障しがたいこととなるので、このような弊害を防止するため各候補者間の競争をできるだけ平等な条件のもとで行わせようとするにある。従つて、五号ポスターの制限についてもこのような趣旨に基いて解釈すべきであり、しかるときは、「選挙運動用ポスターとしてそれ自体独立の効用を有しないポスターといえども、もしそれが二枚以上組合されて掲示されることにより選挙運動用ポスターとして独立の効用を発揮すると認められる場合には、その全体がはじめて五号ポスターとして規格制限の対象となるのであり、又たとえその一枚のポスターが選挙運動用ポスターとして独立の効用を有する規格内のポスターであつても、それを二枚以上組合せ、あるいは他の独立の効用を有しないポスターと組合せて掲示されることにより、全体としてそれを組成する各ポスターとは別個の新たな意味内容を表現するに至る場合には、右と同様全体としてのポスターが五号ポスターとしての規格制限に服するものと解すべきである」

原判決が、一枚のポスターがそれ自体独立した効用を有する場合には、該ポスターは五号ポスターとしての制限に服するのであつて、かかるポスターが仮に二枚あるいは、それ以上組合されて掲示され、それが全体として一枚一枚のポスターとは異つた新たな意味内容を表現するに至る場合であつても、この組合されたポスターが全体として規格制限の対象となるのではなくて、どこまでも独立の効用を有する一枚一枚のポスターがその対象となるとした判断には、にわかに賛成することはできない。

三、以上のような見地にたつて本件のポスターを考察するのに、(一)のポスター(証一の一)には左端中央部に候補者伊藤竜太郎の向つて右側半分の顔写真が、(二)のポスター(証一の二)には右端中央部に同候補者の向つて左側半分の顔写真がそれぞれ印刷され、(一)には右側に縦書きで「いとう」の文字を、(二)には左側に縦書きで「伊藤竜太郎」の文字が入つており、更に(一)には上部に左横書きで「市長候補」の文字があるが、(二)には上部に左横書きで「四選阻止」の文字と中央下部に経歴の記載があるだけで、選挙の特定をなしえない。そうすると、(一)については顔写真の半分とはいえ、その外形内容のみによつてもそれが川西市長選挙の選挙運動用ポスターとして独立の効用を有すると認められるが、(二)についてはその外形内容のみによつてそれ自体特定の選挙運動用ポスターとして独立した効用を有するものとするには疑いがある。

原判決は、右(二)のポスターについて、四選阻止の文字の記載があるが市長候補の文字の記載がないことを考慮に入れても、その記載内容からすればなお川西市長選挙の選挙運動用ポスターとしての独立した効用を有するものと認めるのが相当であるというのであるが、右ポスターはその外形、内容即ち氏名の記載があり又、その文字の大きさ、半分とはいえ顔の写真があること、経歴の記載があることから推して、それが何らかの選挙に関するポスターであることは認められるとしても、司法警察員巡査部長小林正夫他一名作成の「公職選挙法違反ポスター(規格制限違反)の写真撮影とその掲示場所の確認について」と題する書面、司法巡査橋本佳人作成の「川西市長候補伊藤竜太郎の違反ポスターの掲示場所の調査について」と題する書面、「規格制限違反ポスター写真」と題する写真綴(写真七九枚共)、司法巡査西岡見一作成の「公職選挙法違反(規格制限違反)五号ポスターの掲示場所の確認と写真撮影について」と題する書面(写真一二枚共)宮川渉、被告人伊藤の司法警察員に対する各供述調書によつて明らかなように、当時川西市においては市長選挙と同時に川西市議会議員の補欠選挙が行われ、他の市長候補者の他に数名の市議会議員候補者があり、川西市内にはいたる所に多種多量の五号ポスターが掲示されていたこと、伊藤竜太郎は昭和四一年八月一八日の告示間近に突然立候補することを決め、直ちに選挙運動の準備にかかつたもので、それまでいわゆる政治には全く関係したことがなく、名前も周知であつたとはいえないのであつて、このような状況のもとにおいては、たとえ(二)のポスターには四選阻止の文字があることを考慮しても、それがいずれの選挙に立候補したものか選挙人にはたやすく知ることができないというべきである。このことは木村竹蔵の司法警察員に対する供述調査書によつて明らかなように、本件選挙において、(一)、(二)のポスターを原判示のように左右組合せて掲示したため、所轄警察署から警告をうけたので直ちにこれを撤去し、(二)のポスターは四選阻止の文字の下に「市長候補」なるゴム印を押したうえ(一)のポスターとは別に再掲示したことからみても明らかである。

のみならず、木下重郎、越知仁一郎、中村司の司恒法巡査に対する各供述調書、被告人両名の検察官及び司法警察員に対する各供述調書によれば、被告人両名はいずれも伊藤竜太郎の選挙運動者であつて、広報関係の責任者北市門爾を補佐して、被告人伊藤は選挙運動用ポスターの掲示、選挙演説会場におけるマイク、立看板の設置等の企画に、被告人松室は選挙運動用ポスターの図案製作等の仕事にそれぞれ従事していたが、被告人松室は選挙運動用ポスターの図案を作成するにあたり、タブロイド型用紙に立候補者の顔写真を左右半分宛印刷し、これらを組合せると真中に一個の顔写真が完成する図案にして、それを組合せて掲示することにより他の立候補者の五号ポスターより大きく見せて選挙人の注意を引く効果をねらうことを考え、被告人伊藤に相談してその賛成をえたうえ直ちに右のような図案を作成し、(二)のポスターにも市長候補と記載されていたのを、被告人伊藤の意見により、(一)と組合せた場合同じ市長候補の文字が並ぶとの理由で四選阻止にかえたうえ、規格内である縦約41.5センチメール横約二八センチメートルの前記のような(一)、(二)のポスターを印刷作成し、これを縦四五センチメートル、横六〇センチメートルのベニヤ板の上に前記のように左右組合せて貼付し川西市内の九〇カ所に掲示させたことが認められるのであつて、本件ポスターは被告人両名において企画の当初から(一)、(二)の二枚を組合せて掲示することを目的として作成されたことが明らかである。

もつとも、宮川渉、藤木魁、北市門爾の司法警察員に対する各供述調書によれば、本件(一)、(二)のポスター各二五〇枚については、他の五号ポスター七〇〇枚と共に川西市選挙管理委員会の検印を受けていることが認められるが、選挙管理委員会に五号ポスターについて法に明記された事項、即ち規格、その表面の掲示責任者及び印刷者の氏名(法人にあつては名称)及び住所の記載の有無と枚数の各調査並びに選挙運動用ポスターといえるかどうか等の単なる形式的審査をなしうるだけで、実質的審査までの権限を有しないと解されるばかりでなく、右委員会事務局長宮川渉も、(二)のポスターは市長選挙のポスターとは判断されにくく、且つ(一)、(二)のポスターについてこれを二枚一組にして掲示すると規格制限にふれる疑いがあるとの意見を有しながらも、そのようなことのないよう掲示の方法について特に注意を与えたうえ検印をしたことも同人の右供述調書によつて明らかであるところから、右検印も同じ趣旨でされたものであるとみるべきであるから、(二)のポスターについて選挙管理委員会の検印があることをもつて、それが直ちに特定の選挙運動用ポスターとして独立の効用を認められたとすることはできない。

四、そこで進んで(一)、(二)のポスターを組合せて掲示した場合について考えてみるのに、(一)のポスターを右に、(二)のポスターを左において組合せると、候補者の顔写真が真中に完成するのみならず、(二)のポスターの四選阻止の文字と(一)のポスターの市長候補の文字が横に結びつくことになり、それ自体独立した効用を有することに疑いのある(二)のポスターも選挙運動用ポスターとしての重要な部分を占め、新たな効用を発揮するに至ることが認められるのである。そして、公職の選挙において候補者は、選挙人に対し、文書、図画、演説等の方法で、自己の氏名、所属する政党又は、政治団体名、職業、経歴、役職、年令、政見、信念等自己を認識させる判断材料を提供し、周知させようとするのであるが、そのうち五号ポスターにあつては、その性質上氏名を選挙人に印象ずけ周知させることに重点がおかれ、その方法としては氏名を大書するのは勿論、しばしば候補者の顔写真が利用されているのであつて、その場合候補者の写真は小さいものよりは大きい方が、又左右の半分よりも全部の方がより一層明確に候補者を印象ずけることはいうまでもないところであるから、(一)、(二)のポスターを組合せて候補者の写真を大きく完成させることは、四選阻止市長候補と連続することとあいまつて、各一枚のポスターとは個別の新たな選挙運動用ポスターとして独自の効用を有するに至るものといわざるをえない。

もつとも、当審において弁護人が提出したフイルム、あるいは化粧品等の新聞あるいは車内広告写真では、半分の顔写真がしばしば利用されていることがうかがわれるが、右は商品の広告であつて、写真の人物そのものを他人に印象ずけるためではなく、選挙運動用ポスターとはその目的、趣旨において根本的に異なり同一に論ずることはできないし、又同弁護人提出の五号ポスターのように、氏名のうち一部は氏を大きく名を小さく(或は氏のみ大きく)記載し、他の一部は氏を小さく名を大きく記載した二枚のポスターを組合せて掲示し、あるいは更にその上に顔写真を貼付してこれを氏名を記載したポスターと組合せて掲示する等の例が往々みられるところであり、その結果当該候補者の氏名を連続して大きな文字で読めるようになることは否定できないけれども、それら二枚あるいは三枚のポスターは、いずれも文字の大きさ、配置状況等からみて選挙運動用ポスターとして、独立の効用を有するものと認められ、それらが組合されることによつて全体としてこれを組成する各ポスターと別個の新たな意味内容を表現するに至つたものとは必ずしも認められないから、右の場合をも本件のポスターの場合と同一に属することはできない。

五、以上要するに、本件(一)、(二)のポスターは選挙管理委員会の検印を受けたものであり、又その掲示方法は原則として自由であるとはいえ、これらを組合せて掲示することにより、新たな選挙運動用ポスターとして独自の効用を有するに至り、しかもその大きさがタブロイド型を超えることになることは明白であるから被告人両名の前記行為は法一四四条三項に違反し、二四三条四号に該当するものというべきであるのに、これと相反する判断をし、被告人両名に対し無罪の言渡をした原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により被告事件について更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人両名は、昭和四一年八月一八日告示、四月二八日施行の兵庫県川西市長選挙に際し、同選挙に立候補した伊藤竜太郎の選挙運動者であるが、右候補者の選挙運動のために使用する公選職挙法一四三条一項五号のポスターを作成、掲示するに当り、共謀のうえ、二枚を一組に掲示してそれが一体と見えるようなポスターを作ることを計画し、西宮市津門稲荷町所在塚田印刷株式会社をして、縦約41.5センチメートル横約二八センチメートルのポスター一二〇〇枚のうち、二五〇枚(これを(一)のポスターという)にはそれぞれその右側に縦書きで「いとう」の文字を、その左端中央部に同候補者の向つて右側半分の顔写真を、それらの上部には左から横書きで「市長候補」の文字を、最下部には左から横書きに掲示責任者及び印刷者の氏名(名称)及び住所(所在地)を各印刷させ、他の二五〇枚(これを(二)のポスターという)にはそれぞれその左側に縦書きで「伊藤竜太郎」の文字を、その右端中央部に同候補者の向つて左側半分の顔写真を、それらの上部には左から横書きで「四選阻止」の文字を、中間下部に縦書きで同候補者の略歴を、最下部には左から横書きに掲示責任者及び印刷者の氏名(名称)及び住所(所在地)を各印刷させ、もつて右(一)、(二)のポスター各二五〇枚合計五〇〇枚を作成し、これらに川西市選挙管理委員会の検印を受けたうえ、縦約四五センチメートル横約六〇センチメートルのベニヤ板に(一)のポスターを右側に、(二)のポスターを左側に組合せて貼付し、昭和四一年八月一八日川西市内の別紙掲示場所一覧表記載の九〇カ所に使用人をして掲示させ、よつて二枚を一体とした規格外の選挙運動用ポスターを掲示したものである。

(証拠の録目)<略>

(法律の適用)

法律に照らすと、被告人両名の判示所為はいずれも公職選挙法二四三条四号、一四四条三項、刑法六〇条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択しその所定金額の範囲内で被告人両名をそれぞれ罰金一万円に処し、被告人両名においてその罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、公職選挙法二五二条四項により同条一項所定の選挙権及び被選挙権を有しない期間を二年に短縮し、訴訟費用は原審及び当審共刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。(瓦谷末雄 鈴木盛一郎 上田次郎)

別表<省略>

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