大判例

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大阪高等裁判所 昭和43年(う)481号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕論旨は原判決の理由不備および事実誤認を主張するのであるが、その実質は事実誤認の主張に帰し、要するに被告人には前方不注視の過失はなく無罪である、というのである。

よつて記録並びに当審の事実調べの結果を精査して案ずるに、本件被害者が自分の居住する店舗の前の道路を東方(被害者より見て左方)より峯玉興一の運転する明光バス(大型乗合自動車)の来るのを認め、これに乗車のため停止させようと家の敷居をまたげる状態で手を上げ合図するとともに走り出て、敷居より約一、七メートルの道路の端に右足を一歩踏み出したところ西方より右バスと離合のため時速約三〇キロメートルに減速し道路左端を運行して来た被告人の運転する軽四輪貨物自動車の側面に出合頭に衝突し右足に原判示のような傷害を受けたこと、明光バスの運転手峯玉は約一二乃至二〇メートル手前で被害者の合図して走り出て来るのを発見し停車すべくやや進行した地点で本件事故を目撃したこと、被告人は被害者を衝突するまで全く認識せず、何か当つたような音がしたため停車したこと、時刻は二月八日午後六時四〇分頃ですでに暗く、被害者方の灯火の関係、視角の関係、被害者方西端道路脇にあつた電柱や被害者方軒下の出つ張り等の障害物のあつたこと等より、被害者側の道路の端を進行していた被告人の方が、反対側を進行して来た峯玉に比較し、被害者の行動を認識することが相当困難であつたこと、(この点峯玉は司法巡査に対する供述調書で、司法巡査の、加害者の谷端は事故を起す前に被害者の姿を気づくことができる状態にあつたかどうかとの問に対し、私は被害者の家の反対側を走つていて丁度右カーブを回つたところでしたので被害者の姿に気づくことができましたが、反対方向から走つて来ていた被告人の谷端さんは被害者宅の側を走つているので家の内に半身がまだ入つているような状態の被害者の姿に気づくことがむずかしいのではないかと思います、……このような状態ですので私は被告人にとつて気の毒な事故と思います、と述べている)、並びに右道路の幅員は五メートル、右バスの車体の巾は二、五〇メートル、被告人の車の巾は一、二七メートルであること、等が認められる。

問題は、被告人が被害者の家から出て来るのをどれ位手前で発見しえたか、発見しえた時点において本件事故を避けえたか否かの点にかかつているのである。原判決はこの点約一〇メートル余手前で発見すべきであつたとしている。これは副検事の昭和四二年一二月二二日付実況見分調書中の、峯玉の、明光バスを運転し時速約三〇キロメートルで西進中前方約二〇メートルの店舗の出入口の敷居附近から手をあげて出て来る被害者に気づき同バスに乗車するため合図しているものと考え、停留所でないが乗車させてやるつもりで速度を落し進行中約一〇メートル前方に側溝をこえ一歩位道路端に踏み出した瞬間被疑者の車両が通過したとの説明を根拠に、実況見分の結果として、被告者が敷居より約一、六七メートル歩行する間に目撃車両は約一〇メートル進行しているのであるから加害車両は接触地点手前約一〇メートルの地点にあり、約一〇メートル進行して接触したものと認められ、したがつて計算上被疑者は少くとも約一〇メートル手前において被害者を発見しうる状態にあつたということができる、との記載によつたものであると思われる。しかしながら、これは前述の灯火、視角、障害物等の関係を全く無視したものでその不当であることは明らかであるのみならず、峯玉は事故当時の前記の司法巡査に対する供述調書では、被害者を発見したのは右前方一二乃至一三メートルであると述べているのである。そして峯玉が一〇カ月余を経た後に副検事に説明した約二〇メートルの方が事故当時に述べた右一二乃至一三メートルより正しいとの保障はないのである。仮りに峯玉が事故当時述べた一二乃至一三メートルが正しいとすれば副検事の前同様の計算によれば被告人が被害者を発見しえた地点は数メートル手前ということになる。いずれにしても原判決の被告人は被害者を約一〇メートル余手前で発見すべきであつたと認定したのは根拠が薄弱でありまた被害者が進行中の被告人の車の側面に当つて来た客観的状況にも合致せず、誤りであるといわなければならない。次に被告人が数メートルの手前で被害者を発見しておれば事故は避けえられたかどうかである。この点峯玉の副検事に対する昭和四〇年七月二七日付供述調書中に、対向車の運転手がおばあさんを手前で発見しておれば直ぐハンドルを右に切つてよけるということもできないことはなかつたのでないかと思われますが……との記載がある。しかしながら前記のとおりの道路の幅員、両車体の巾並びに道路はすでに暗くなつていた状態等を考慮すると、両車の離合の際の接触の危険を避けるために、被告人はハンドルを右に切る余裕はなかつたものと認めるのが相当である。

これを要するに本件は被告人に過失を認めるに足る証明がないので、被告人に対し過失を認めた原判決は事実誤認であり、論旨は理由がある。(児島謙二 今中五逸 木本繁)

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