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大阪高等裁判所 昭和43年(う)635号 判決 1968年10月03日

主文

原判決中有罪部分を破棄する。

被告人を禁錮一年に処する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用のうち原審証人田中昇に支給した分(昭和三八年一〇月七日分)は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人前堀政幸の昭和四〇年一一月一八日控訴趣意書(但し第五点を除く。)及び弁護人信正義雄の同月二〇日付控訴趣意書各記載のとおりであり、これに対する検察官の答弁は検察官岩本信正作成の答弁書記載のとおりであるから、これを引用する。

弁護人前堀政幸の控訴趣意第二点、第三点並びに弁護人信正義雄の控訴趣意一について、

先ず被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書に任意性がないとの所論については、右供述調書の形式内容と≪証拠省略≫中の被告人の各供述記載とを対比しその他記録に現われた資料に照らし検討してみても右各供述調書中の自白が所論にいうような任意性に疑いのあるものとはとうてい認められないから、右各供述調書が任意性を欠くことを前提として原判決に訴訟手続の法令違反があるとする所論は理由がない。

次に所論のうち事実誤認の点について考えるに、原判決挙示の証拠を綜合すると、被告人は本件選挙に立候補する予定でかねて右選挙につき話合っていた田中昇から当選を得るためには選挙運動資金として金三〇〇万円位は調達しなければならないと言われており、両名で吉川孫右衛門を訪れて選挙対策について意見や教示を求めた際同人から当選に要する獲得票数や選挙運動資金として三〇〇万円位は必要であり対立候補者の立候補を断念させるにも五〇万円位要すること、候補者は選挙運動資金の支出に関与しないこと等の助言を聞きその後田中からの要求もあって選挙運動資金として約三〇〇万円調達することとし、右金員は選挙費用のほか地区選挙人らに対する買収資金を含むものであることを相互に認識し、右資金の運用は田中が当るとの協議が成立したこと、被告人は右協議に基づき三回に亘り原判示のとおり合計金二九五万八〇〇〇円を選挙費用を含んだ選挙人に対する買収資金として田中に交付し、田中は右趣旨を了承してこれを受取り右受領金員中一四八万八〇〇〇円のうち一〇〇万円を法定選挙費用に充てるべき六〇万円を含めた買収資金等として出納責任者南勘之助に手交し、金一〇〇万円及び四七万円のうちから後記のとおり金九〇万円を供与等に使用したほか、その余は後日石川昭和から受取った五〇万円及び自己資金四〇万円とともに大部分を選挙人又は選挙運動者に対し被告人の為に投票ならびに選挙運動をすることの報酬等として供与したことが認められる。所論がいうように原判示第一の一〇〇万円が本件選挙の正当な費用であって買収資金を含まないものであり、同第二、第三の金員がいずれも明治乳業健康保険組合から被告人経営の会社の為の建物買受代金及び移築費用であるとは右認定の経過に照らし肯認できないし、所論に副う証拠はいずれも措信できず、その他記録を検討してみても原判決の事実の認定に所論の違法を見出せない、論旨は理由がない。

弁護人前堀政幸の控訴趣意第一点、第四点並びに弁護人信正義雄の控訴趣意二、三、四について、

原判決が本件公訴事実のうち、昭和三八年五月二九日付起訴状記載の公訴事実につき二個の交付(事前運動を含む。)の事実を認め、昭和四〇年二月一二日付追起訴状記載の公訴事実につき共犯者とされた田中昇が六個の供与と一個の交付(以下供与等という。)に出た事実は認められるが、被告人が右供与等につき田中昇と共謀した事実は認められないとして無罪の言渡をしていることは明らかである。

ところで公職選挙法所定の供与罪の共謀共同正犯が成立するためには数人の間に特定の選挙に関し一定範囲の選挙人または選挙運動者に対し投票または投票取まとめを依頼しその報酬とする趣旨で金銭を供与するという謀議が成立すれば足り、実行者の具体的行為の内容を逐一認識することすなわちその供与の相手方となるべき具体的人物、配付金額、供与時期、方法、金員調達の手段等細部の点まで協議されることを必要とするものではないと解すべく、本件についてみれば前段認定のとおり被告人と田中昇との間には本件選挙に関し被告人の当選を得る目的で選挙費用のほか地区選挙人らに対する買収資金を含むものとして被告人において三〇〇万円位を調達し、これら資金の支出には被告人は関与せず田中昇にこれを一任する旨の謀議が成立していたものであるから、被告人と田中昇との間には公職選挙法所定の金銭供与の罪を実行しようとする共謀が成立していたものと解すべきことは本件差戻判決の判示するところであり、右のように供与等の罪を共謀した者の間で買収を目的とする金銭を交付しまたは交付を受ける行為が行われた場合にも交付罪または受交付罪は成立するが、その共謀にかかる供与等の目的行為が行われたときには一旦成立した交付または受交付罪は後の供与等の罪に吸収されて別に問擬するを得なくなること、そして右の交付または受交付にかかる金銭の一部分のみについて後の供与等の行為が行われた場合には、その部分についての交付または受交付の罪は後の供与等の罪に吸収されるが、受交付者の手裡に保留されたその余の部分については交付および受交付の罪は吸収されることなく残り、右供与等の罪と交付または受交付の罪とは刑法第四五条の併合罪の関係に立つものと解すべきこともまた本件差戻判決の判示するところである。

そこで被告人が田中昇に交付した金二九五万八〇〇〇円と田中昇が第三者に供与等した金銭との関係につき検討するに、原判決挙示の証拠によれば、田中昇は被告人から交付を受けた原判決判示第一の一〇〇万円のうちから、

(1)  昭和三八年三月二〇日頃被告人の選挙人紀戸清次に被告人のための選挙運動の報酬等として金三〇万円を、

(2)  同日頃前同選挙人下尾伊奈太に前同趣旨で金三五万円を、

(3)  同月二一日頃前同選挙人馬場敏に前同趣旨で金一五万円を、

(4)  同月二二日頃下尾伊奈太と共謀のうえ前同選挙人田中誠三に前同趣旨で金三万円

をそれぞれ供与し、

同じく被告人から交付を受けた原判示第三の一四八万八〇〇〇円のうちから

(5)  同月二九日頃前同選挙人であり被告人の本件選挙における出納責任者になることを予定されていた南勘之助に対し法定選挙費用六〇万円のほかに買収資金として金四〇万円を交付し、

同じく被告人から交付を受けた原判示第一の一〇〇万円か判示第二の四七万円のいずれかのうちから

(6)  同月二五日頃前同選挙人森田喜一郎に前同趣旨で金五万円を、

(7)  同月二八日頃前同選挙人猪飼文吾に前同趣旨で金二万円を、

それぞれ供与したことが認められるところ、原判決挙示の証拠特に田中昇の検察官に対する昭和三八年六月三日付供述調書添付の選挙運動費用一覧表および当審(差戻後の当審)証人田中昇の証言によれば、同人は昭和三八年三月一九日被告人から選挙運動費用として交付を受けた原判示第一の金一〇〇万円のうちから前記(1)ないし(4)記載のとおり金八三万円を第三者に供与したほか、同月二三日被告人を通じて吉川右衛門に一五万円を渡していることが認められるから、田中昇が前記(6)記載の金五万円を森田喜一郎に供与した同月二五日現在においては現判示第一の交付金一〇〇万円の残額は二万円にすぎなかったことは計数上明らかであって、右(6)記載の五万円が全額原判示第一の一〇〇万円から支出されたことはあり得ないところであるから、右(6)の五万円および(7)の二万円はいずれも田中昇が同月二四日被告人から交付を受けた原判示第二の四七万円から支出されたものと認めるを相当とする。

そうだとすれば、原判決認定の三個の交付罪のうち以上説示の(1)ないし(7)の供与等に供した金一三〇万円、すなわち原判示第一の一〇〇万円のうち(1)ないし(4)記載の金八三万円、第二の四七万円のうち(6)、(7)記載の金七万円、第三の一四八万八〇〇〇円のうち(5)記載の金四〇万円はいずれも被告人と田中昇との共謀による供与等の罪に吸収され交付罪としては処罰しえなくなるわけであり、また(7)記載の法定選挙費用六〇万円は法定選挙費用として罪とならないものであるから、右合計一九〇万円の部分についても交付罪の成立を認めた原判決は共謀共同正犯の成否に関し判例と反する判断をしたこと等のため罪となるべき事実の認定を誤った違法があるといわねばならない。

しかし被告人が田中昇に交付した金二九五万八〇〇〇円のうち前示合計金一九〇万円を控除した残額一〇五万八〇〇〇円については、原判決挙示の証拠および当審(差戻後の当審)証人田中昇の証言によれば全額供与に使用されたのではあるけれども、被告人が田中昇に交付した金銭の残額と同人の自己資金四〇万円および石川昭和から受領した五〇万円とが混同してしまって、どの供与の分がどの金員から支出されたか特定できない状態で同選挙の選挙人らに供与されたことが認められるところ、本件差戻判決は判示(1)ないし(7)の供与等に使用された一三〇万円については交付罪は後の供与等に吸収され、法廷選挙費用六〇万円は本来罪とならないものであるから、「その供与罪等に吸収されるはずの部分」については被告人に対しその刑責を問い得ない旨判示するに止まり、このように交付者、受交付者が第三者に供与することを共謀して金員の交付が行われ、受交付者が該共謀の趣旨に従って交付を受けた金員を供与に使用したのではあるが右受交付金員の一部と自己資金等とを混同したため、供与に使用された金員の一部が当該受交付金であるか否か確定できない、換言すれば受交付金(交付者からいえば交付金)の使途が確定できないという場合の処置については明確には判断を示していない。

そこで考えるに、本件差戻判決にいう本件交付金のうち「供与等の罪に吸収されるはずの部分」というのは、当該供与等の罪につき有罪の判決を受けることを要するものではないが、少くとも証拠上供与等の罪の成立が認定されるものであることを要し、交付金が右の供与等に使用された疑いがあるというだけでは足らないと解すべきである。

さすれば、交付者たる被告人に対しては前示残額一〇五万八〇〇〇円の供与分につき、これが交付金から支出されたか否か確定できない以上、田中昇との共謀による供与等の共同正犯の刑責を問い得ないことは明らかである(現に被告人は前示(1)ないし(7)の供与等については起訴されているにもかかわらず、右残額一〇五万八〇〇〇円の供与については起訴されていない。)から、右残額一〇五万八〇〇〇円の部分については原判決認定の三個の交付罪はその限度(判示第一の一〇〇万円については一七万円、第二の四七万円については四〇万円、第三の一四八万八〇〇〇円については四八万八〇〇〇円)において共謀による供与罪に吸収されることなく残存するものと解するを相当とする。

果してしからば本論旨は以上説示の限度において理由があることに帰するから、論旨のうちその余の点に対する判断および信正弁護人の量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略し刑事訴訟法第三九七条第一項により原判決中有罪部分を破棄したうえ同法第四〇〇条但書によって当審において直ちに判決する。

罪となるべき事実

被告人は昭和三八年四月一七日施行の滋賀県議会議員選挙に際し、同年三月中頃滋賀郡から立候補することを決意したものであるが、自己の当選を得る目的をもって、

第一、立候補届出前である同年三月一九日頃、同郡志賀町大字北浜一三二被告人自宅において自己の選挙運動者である田中昇に対し、自己の選挙区内の選挙人に対する投票買収資金等として現金一七万円を、

第二、同じく立候補届出前である同月二四日頃同町大字今宿田中昇方において、同人に対し前同趣旨で現金四〇万円を、

第三、同じく立候補届出前である同月二八日頃同町大字今宿「木の下屋」旅館において、同人に対し前同趣旨で現金四八万八〇〇〇円を

それぞれ交付するとともに立候補届出前の選挙運動をしたものである。

証拠の標目≪省略≫

法令の適用

被告人の判示所為中金員交付の点は公職選挙法第二二一条第一項第五号に、事前運動の点は同法第二三九条第一号、第一二九条に各該当し、以上はそれぞれ一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条に則り重い交付罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し右は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文第一〇条により犯情の重い判示第三の罪の刑に法定の加重をなした刑期の範囲内で被告人を禁錮一年に処し、情状により同法第二五条第一項第一号を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、なお訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 児島謙二 裁判官 今中五逸 今富滋)

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