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大阪高等裁判所 昭和43年(う)832号 判決 1969年6月26日

本籍

台湾台北市大原路三号

住居

大阪府豊中市春日町四丁目一七七番地の四

会社役員

劉道明

大正二年一月一五日生

本店所在地

大阪市南区河原町一丁目一、五三七番地

利源企業株式会社

右代表者代表取締役

劉道明

右利源企業株式会社および劉道明に対する法人税法違反被告事件について、昭和四三年四月二二日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、原審弁護人から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 債幕胤行 出席

主文

原判決を破棄する。

被告人利源企業株式会社を罰金八〇万円に、被告人劉道明を罰金六〇万円に、各処する。

被告人劉道明において右罰金を完納することができないときは、金千円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用のうち、証人斉藤昭に支給した分は被告会社および被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大槻龍馬作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原判決の事実誤認を主張し、まず被告人には原判示認定の如きほ脱の犯意がなく、かりにその犯意があつたとしても、原判決は採証の法則を誤つた結果本件ほ脱所得額従つて、ほ脱税額の算定を誤つたものであるというのである。

よつて、まず被告人の右ほ脱に関する犯意の存否について考察してみるのに、原判決挙示の原審証人平井隆三の供述および収税官吏の被告人に対する質問てん末書並びに被告人の検察官に対する昭和四〇年六月一六日付供述調書に徴すると、被告人に右ほ脱の犯意があつたことは十分首肯されるのであつて、原審において取調べた全証拠を検討するも、右犯意の存在を否定するに足りるものは見出されない。従つて被告人に右犯意がないとの主張は到底採用できない。

そこで、次に原判決は本件ほ脱所得額従つてほ脱税額の算定について、その認定を誤つている旨の主張について考察する。

右の点について、所論は、被告会社の昭和三八年四月一日から昭和三九年三月三一日に至る本件事業年度において、同会社の代表取締役としてその業務の一切を統括している被告人が売上除外の不正な方法によつて秘匿したと検察官が主張する公訴事実掲記の所得金額のうち、被告人側において控除すべきものと主張したところの、(一)近畿相互銀行難波支店における被告人名義、昭和三八年四月一五日預入、金額一五〇万円の定期預金(原判決の被告会社の所得金額の算定についてと題する説示中二の(一)の1に記載されているもの)、(二)、関西相互銀行梅田支店における大森昌行名義、昭和三八年二月二八日預入、金額四〇〇万円の定期預金(同二の(一)の2に記載されているもの)、(三)、個人収入残に加算すべき一四万五、八〇一円(同二の(二)に記載されているもの)、(四)、台湾における外資三七八万三、〇〇〇円(同二の(三)に記載されているもの)については、原判決もこれを右秘匿所得額の算定から控除すべきものであることを肯認しているが、被告人側主張の(イ)李秀万に対する貸付金六〇〇万円(原判決の弁護人の主張に対する判断と題する説示中一に記載されているもの)、(ロ)謝坤蘭からの借入金七〇〇万円(同二に記載されているもの)について、原判決がこれを肯認しなかつたのは、採証の法則を誤つて事実を誤認したもので、右(イ)および(ロ)の金額についても右秘匿所得額の算定から当然控除すべきであるというのである。

よつて、まず右(イ)の李秀万に対する貸付金について検討してみるのに、原審証人林来、同坂田泰、同斉藤昭の各供述、原審において取調べた大阪国税局の銀行調査書類中、収税官吏堅田泰博、同藪一雄作成の住友銀行難波支店に関する昭和三九年一〇月二四日付調査てん末書、大阪国税局作成の昭和四一年七月一二日付金融機関の預貯金等の調査証(照会回答書五通添付)、三友興業株式会社の登記簿謄本、被告人作成の昭和四二年二月二三日付上申書、並びに当審証人塙とも子の供述、当審において取調べた弁護人大槻龍馬から住友銀行難波支店長への照会に対する昭和四三年一一月一二日付回答書、被告人作成の昭和四三年一〇月二三日付上申書を総合すると、被告人と右李秀万とは同じ台湾国人ということも手伝つて旧知の間柄であり、各種自動販売機の販売等を営業目的とする三友興業株式会社の代表取締役である右李が、電視呼出信号機を考案してその製作資金の援助を被告人に依頼したことから、昭和三五年乃至三六年頃から被告人が融資をしてやるようになり、その間右李から一部返済することもあつたりして、右貸付金額に増減はあつたが、昭和三八年三月三一日現在で被告人の右李に対する貸付金は六〇〇万円残存していたこと、その後右李から昭和三八年四月一九日に二七〇万円、同月二四日に一五〇万円、同年五月二四日に一八〇万円が、それぞれ銀行保証小切手で被告人に返済され右返済金は住友銀行難波支店の被告人名義の普通預金の口座にいずれも同日振込金されていること、そして被告人が右李に貸付けた右金員が被告人個人の所有に属するものか、あるいは被告会社の資産に属するものであるかは、右両者の資金関係が混合しているため判別できないものであることがそれぞれ認められる。

ところで、本件法人税法違反の不正秘匿所得の算定にあたつては、右の如く被告会社の資産と被告人個人の資産とが混然となつていて、右両者を判別することが不可能であるため、被告人の資産とされているものゝうち、明瞭に被告人個人の収入、支出として把握できるもの以外は、被告会社より被告人に対する貸付金(社長貸付金)として処理するのが妥当であつて、被告人の右李に対する右貸付金もこれに属するものというべきである。そして原審証人斉藤昭の供述によつて明らかな如く、被告会社の右不正に秘匿された所得の算出には、所謂簿外財産を調査確定する方法によるべきものであるが、それが右財産を構成する個々の要素についてその収支を追及して動態的に把握判定することが不能であるため、結局は全財産の増減によつて算定する方法即ち当該事業年度の期首における財産額と期末における財産額との間における増減差によつてその所得額を確定するという方法に因らざるを得ないのであつて、本件ほ脱事案においてもその調査にあたつた収税査察官も右の方法を採用し、本件起訴も右の方式に従つているものであることが認められる。

従つて、被告人の李秀万に対する右貸付金六〇〇万円が前示認定の如く本件事業年度の期首において存在し、それが期中に返済され、その返済を受けた金員は期末における他の資産中に計上されている以上、期首と期末の財産の増減差によつて被告会社の所得額を算出する方法のもとでは、右貸付金六〇〇万円は右事業年度内における財産の減少としてこれを検察官主張の秘匿所得額の算定から控除すべきものといわざるを得ない。

次に、右(ロ)の謝坤蘭からの借入金について検討してみるのに、原審において取調べた謝坤蘭の検察官に対する昭和四〇年六月一七日付供述調書、大阪国税局の銀行調査書類中、収税官吏荒木賢三、同大黒隆幸作成の関西相互銀行梅田支店に関する昭和三九年一一月一八日付調査てん末書、収税官吏の被告人に対する昭和三九年一二月二日付質問てん末書、被告人の検察官に対する昭和四〇年六月一六日付、同年九月二二日付、同年九月二八日付各供述調書、被告人作成の昭和四二年二月二三日付上申書、並びに当審で取調べた関西相互銀行梅田支店作成の昭和四〇年九月二五日付証明書、同支店作成の昭和三八年五月三一日付計算書、当審証人謝坤蘭の供述、謝坤蘭の検察官に対する昭和四〇年六月二一日付、同年九月二七日付各供述調書、被告人作成の昭和四三年一〇月二三日付上申書を総合すると、被告人は知人謝坤蘭から昭和三八年四月に二〇〇万円、同年五月に一〇〇万円、同年六月に四〇〇万円の合計七〇〇万円を借受け、右借用金を昭和三九年七月に右謝に返済したこと、右謝が被告人に貸与した右七〇〇万円は、右謝が昭和三八年三月二九日に関西相互銀行梅田支店の佐藤憲次名義に因る通知預金二〇五万円を解約したもののうちから二〇〇万円、同年五月一六日に同支店の自己名義の普通預金から引出した一〇〇万円、さらに同年五月三一日に同支店における楊茂珍名義に因る通知預金二〇〇万円を解約した分に自己手持の二〇〇万円を加えて、それぞれ貸与したものであること、また被告人が右借入金七〇〇万円を返済した資金は、昭和三九年七月九日に関西相互銀行梅田支店における若林恵介外二名の名義に因る各二〇〇万円宛の合計六〇〇万円の通知預金を解約した分に手持の一〇〇万円を加えて調達したものであること、そして右借入金が被告人個人の借用金であるのか、または被告会社としての借受金であるのかは混然としていて判別ができないものであり、結局被告会社の借受金として処理すべきものと思料されることが、それぞれ認められるのであつて、右の事実に徴すると、右借入金が本件事業年度の期末である昭和三九年三月三一日現在には、なお残存していたことが認められるから、本件犯則所得の計算については前示の如く期首と期末における財産の増減によつて算定する方式に因るべきものとすると、右期末において存していた右借入金は右所得の計算より控除すべきものというべきである。なお、右借入金をするに至つた事情についての被告人の供述に変遷のあることが、被告人の前示収税官吏並びに検察官に対する各供述調書の記載によつて窺知されるのであるが、広範囲かつ多数の預貯金を操作していた被告人が捜査官の取調に対して関係資料を十分に検討する余裕も機会もないまゝに、記億違いの供述をするということも考えられることであつて、右借入金の必要性の事情に関する供述に右の如き変遷のあることから、右謝から右七〇〇万円を借用したという供述までが、信用できないものとは未だ思料されない。

よつて、右(イ)の貸付金および(ロ)の借入金は右認定の如く本件犯則所得の算定については、いずれもこれを控除すべきものであるのにかかわらず、その措置に出なかつた原判決には、右犯則所得従つてほ脱税額の算定につき事実誤認の違法があり、右誤認は判決に影響を及ぼすものといわざるを得ない。(なお、原判決が本件犯則所得並びにほ脱税額の算定につき、前示の(一)乃至(四)の銀行預金、個人収入残等の所得を除外していることについては、当審も原判決と同旨の見解によりこれを肯認すべきものと思料する)

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。

(罪となるべき事実)

被告人利源企業株式会社(以下被告会社という)は、大阪市南区河原町一丁目一、五三七番地に本店を置き、各種自動販売機および電視器具の製造、販売、不動産の売買およびビルデイング、共同住宅等の賃貸、清涼飲料水の製造販売ならびに遊技場経営などを営業目的とするものであり、被告人劉道明(以下被告人という)は、被告会社の代表取締役として右会社業務の一切を統括しているものであるが、被告人は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、昭和三八年四月一日から昭和三九年三月三一日までの事業年度において、被告会社の所得金額が一五、七〇八、七八九円、これに対する法人税額が五、七四二、四五〇円であるのに、売上の一部を除外する不正な方法により、所得金額中八、四六九、一四九円を秘匿したうえ、昭和三九年五月二七日大阪市南区高津七番町二五番地南税務署において、同署長に対し、右事業年度の所得金額が七、二三九、六四〇円、これに対する法人税額が二、六一七、二〇〇円である旨虚偽の法人税額確定申告書を提出し、もつて被告会社の同事業年度の法人税額中三、一二五、二五〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

原判決挙示の証拠の標目と同一につき、これを引用する。(但し謝坤龍の検察官に対する昭和四〇年六月一七日付供述調書を除く)

(法令の適用)

被告人の判示所為は法人税(昭和四〇年法律三四号、新法)附則一九条、同法による改正前の法人税法(昭和二二年法律二八号、旧法)四八条一項に該当するところ、被告人が本件犯則違反の所為に及んだ動機、ほ脱所得額およびほ脱税額等の犯行の態様並びに本件後右ほ脱について大阪国税局より更正決定を受けて納税していること等を考量して、所定刑中罰金刑を選択することとし、その所定罰金額の範囲内で被告人を罰金六〇万円に処し、刑法一八条により右罰金を完納することができないときは金千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

そして被告人の判示所為は被告会社の業務に関してなされたものであるから、右新法附則一九条、右旧法五一条一項、四八条一項により、所定罰金額の範囲内で被告会社を罰金八〇万円に処する。

原審における訴訟費用のうち、証人斉藤昭に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告会社および被告人の連帯負担とする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐古田英郎 裁判官 梨岡輝彦 裁判長裁判官奥戸新三は転勤のため署名押印することができない。裁判官 佐古田英郎)

昭和四三年(う)第八三二号

控訴趣意書

法人税法違反 利源企業株式会社 外一名

右被告事件につき昭和四三年四月二二日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し控訴を申し立てた理由は左記のとおりである。

原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある(刑事訴訟法第三八二条)

一、原判決は

「被告会社は大阪市南区河原町一丁目一五三七番地に本店を置き、遊技業等を営むもの、被告人劉道明は右会社の代表取締役として会社業務一切を統括しているものであるが、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、昭和三八年四月一日より昭和三九年三月三一日までの事業年度において同社の所得金額が三八、一三七、五九〇円、これに対する法人税額が一四、〇五八、四一〇円であるに拘らず、被告会社の売上の一部を除外する不正行為により所得金額中三〇、八九七、九五〇円を秘匿した上、昭和三九年五月二七日、大阪市南区高津七番丁二五番地南税務署に於て同署長に対し、右事業年度の所得が七、二三九、六四〇円、これに対する法人税額が二、六一七、二〇〇円である旨過少に記載した法人税確定申告書を提出し、以て同事業年度の法人税一一、四四一、二一〇円を免れたものである」

なる公訴事実に対し弁護人の主張する

一、預貯金△五五〇万円(一五〇万円及び四〇〇万円)

二、貸付金△六〇〇万円

三、個人収入残△一四五、八〇一円

四、台湾に於ける外貨(台湾よりの送金)△三、七八三、〇〇〇円

五、借入金△七〇〇万円

のうち二、貸付金及び五、借入金の主張を排斥した上

「被告人利源企業株式会社(以下単に被告会社という)は、大阪市南区河原町一丁目一、五三七番地に本店を置き、各種自動販売機および電視器具の製造、販売不動産の売買およびビルデイング共同住宅等の賃貸、清涼飲料水の製造販売ならびに遊技場経営などを営業目的とするものであり、被告人劉道明(以下単に被告人という)は被告会社の代表取締役として右会社業務の一切を統括しているものであるが、被告人は被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、昭和三八年四月一日から昭和三九年三月三一日までの事業年度において、被告会社の所得金額が二八、七〇八、七八九円、これに対する法人税額が一〇、六八二、四五〇円であるのに売上の一部を除外する不正な方法により所得金額中二一、四六九、一四九円を秘匿した上、昭和三九年五月二七日所轄の南税務署に於て同署長に対し右事業年度の所得金額が七、二三九、六四〇円これに対する法人税額が二、六一七、二〇〇円である旨虚偽の法人税額確定申告書を提出し、以て被告会社の同事業年度の法人税額中八、〇六五、二五〇円を免れたものである。」

なる事実を認定したが、原判決は右弁護人の主張排斥部分につき貸借対照表の原理及び経験法則を無視し、証拠の価値判断を誤り採証の法則に違反し、ひいては判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認に陥つたものである。以下その理由を詳述する。

二、本件の特質及び弁護人控訴の理由

他の同種事件に比して本件の特質は弁護人の主張が全て検察官の取調請求にかかる証拠のみに基づいてなしたものであつて、公判廷に於て突如申し立てたものは何一つとして存在しないのである。原判決が弁護人の主張を認容した一、預貯金 三、個人収入残 四、台湾に於ける外貨についても査察官や検察官が仔細に証拠を見ていたら発見できた筈である。

かように弁護人の主張が極めて自然である点については十分な自信を持つものである。当弁護人が大阪地方検察庁財政経済係検事として在職中取扱つた直税事件及び弁護士登録後現在までに取扱つた直税事件は合計約四〇件に及ぶが、これらの内本件における弁護人の主張ほど証拠関係の明白なものは稀有である。

然るに原判決が前記二、貸付金及び五、借入金の主張を排斥したのは全く腑に落ちないところであつて、敢えて弁護人自ら控訴申立の手続をとつた次第である。

被告人劉道明は識見豊かな中華民国人で、同胞及び日本人間において多数の有識者と親交があり、これらの人々が本件の裁判結果に異常な関心を寄せているので、原審弁論要旨第一項7でも述べたように、本件は我が国の裁判に対する国際的信用にも連なるものであるから、充分な理論的根拠に立つて納得できる御判定を期待するものである。

三、李秀万に対する貸付金六〇〇万円について

本件における所得計算の方法の正確を期するためにはいわゆる財産増減法によらなければならないことは原審における弁論要旨第一項冒頭において強調したところであり、原判決もこれを支持しておることは明らかである。

而して財産増減法とは期末における総資産から期首における総資産を減じた差額をもつて所得とするものであるから、これら総資産を構成する要素をもれなく正確に把握することを必要とし、その為には各勘定科目の個々については勿論、その相互関係においても充分な検討がなされなければならない。

李秀万からの借入金については原審弁論要旨第一項3で述べたように被告人は、李秀万に対して昭和三五、六年頃から貸付を始め、途中その金額に増減はあつたが、昭和三八年三月三一日現在で六〇〇万円が残つており、その後李秀万より昭和三八年四月一九日から同年五月二四日までの間、三回に亘り保証小切手で、合計六〇〇万円の返済を受け、住友銀行難波支店の被告人名義の普通預金に入金したのであるから、本件の期首における貸付金六〇〇万円は期末において消滅し、この六〇〇万円が期末において把握されている総資産の中にまじつて存在しているわけである。

ところが原判決は銀行調査書類、証人林来同坂田泰、被告人の上申書によつて、

一、弁護人主張どおりの小切手入金の事実

二、被告人が李秀万に昭和三五、六年頃何百万円かを貸していた事実

三、昭和三八年五、六月頃李秀万が被告人に、それまでの債務を弁済した事実

を認定しながら

一、前記小切手入金が李秀万からのものと認める証拠がない

二、昭和三八年三月三一日現在被告人の李秀万に対する貸付金六〇〇万円が存在していたことを認める証拠がない

として弁護人の主張を排斥しているのである。

然しながら、右小切手入金のなされた住友銀行難波支店の劉道明名義の普通予金口座(No.一〇四一五号)は検察官主張の貸借対照表中に含まれていることは明らかである(記録第一八丁)

しかも右小切手入金が李秀万からのものと認めるべき証拠は、証人林来同坂田泰の各証言および被告人の上申書を綜合すれば充分であつて、李秀万が死亡した現在、被告人に対し、これ以上立証の責任を負わせ、その責任が果せないことによつて被告人に不利益を帰せしめることは、疑わしきは罰しないことを原則とする刑事裁判の本質から考えても到底納得できないところである。

本件における不正行為の内容は原判示にもあるとおり、売上金の一部を除外する方法だけであつて、他の事犯に見られるような複雑な帳簿操作などは全く無いのであるから、若し前記小切手入金をもつて被告会社の事業に関する犯則所得と認定するためには直接売上金の一部を除外したものか、然らざれば売上除外金が一旦何らかの経過により、小切手に変形して入金となつたものかの何れかでなければならないが、売上除外金が直接小切手入金となり得ないものであることは経験則上断定できるから結局右小切手が売上除外金の変形であるということの立証がなされない限り直ちに弁護人の主張を排斥できない筈である。

しかも原判決は被告人が李秀万に、昭和三五、六年頃何百万円かを貸していた事実と、昭和三八年五、六月頃李秀万からそれまでの債務の弁済を受けた事実を認定しながら同年三月三一日現在における残存債権について認める証拠がないとしたのは明らかに経験法則に違反するものであり、この債権額が六〇〇万円であることは前記小切手入金ならびに被告人の上申書によつて確定できるのに敢えてこれを証拠不充分とし、前記同年五、六月頃弁済を受けた債権の発生の時期が本件犯則所得計算上重大な影響があるのにこれを無視したのは明らかに審理不尽といわなければならない。

四、謝坤蘭からの借入金七〇〇万円について

被告人は謝坤蘭から、昭和三七年六月頃現金七〇〇万円を借用し同年九月二五〇万円、一一月二〇〇万円一二月二五〇万円と三回に分けて一旦これを完済し、その後更に昭和三八年四月、二〇〇万円五月一〇〇万円、六月四〇〇万円と三回に分けて合計七〇〇万円を借用し、昭和三九年七月右七〇〇万円を返済したので、本件の期首である昭和三八年三月三一日現在では借入金は無く、期末の昭和三九年三月三一日には借入金七〇〇万円が残存したことになる。

この点については、原判決は被告人の供述が捜査過程において変化しており、且つ謝坤蘭の検察官調書も事実に符合しないとして弁護人の主張を排斥しているが、被告人の如く多数の銀行に多数の預金口座を有し、その間において預け入れ、払い戻しが反複されているような状況において、一切の資料を持たないで取調を受け、その内容を正確に思い出すことは単に被告人のみならず何人と雖も不可能なことである。

充分な資料を手持ちしている専門家の査察官ですら原判決が弁護人の主張を認めた預金等については明らかな誤りを犯しているくらいであるから、一切の書類を押収された被告人が、査察官や検察官の面前でその供述をしたからといつてその供述全部を信用できないとするのはこの種事件の特殊性を知らない者の陥り易い点であつて、明らかに採証の法則を誤つたものである。

検察官が取調請求をなした昭和四一年六月一七日付謝坤蘭の検察官に対する供述調書(記録第六四丁以下)には、弁護人の主張と全く合致する記才内容があり、後記のごとく被告人が謝坤蘭より借入れをしなければ銀行預金の総額に矛盾を生ずる点もあるので被告人にも確めた上、確信をもつて主張したのである。

弁護人が閲覧謄写を許された謝坤蘭の検察官に対する供述調書は前記一通の他に

昭和四〇年六月二一日付

同 年九月二七日付

同 年一一月一〇日付

の三通があつて、これらによれば前記謝坤蘭からの七〇〇万円の借入金については一層明白となるのであるが、弁護人としては原審裁判官を信頼し、前記昭和四〇年六月一七日付供述調書だけで充分な事実認定資料となり得るものであり、しかも右供述調書は検察官の方から取調請求がなされたものであるから、弁護人としてはこれ以上重複する証拠を必要としないものと考え、他の三通については敢えて法廷へ顕出する必要がないものと判断したのである。

なお前記昭和四〇年六月一七日付検察官調書作成の検察官は本件の起訴担当検察官と同一であるのに、右調書の内容と矛盾して謝坤蘭からの期中借入金の発生を認めない起訴方式をとられたのは理解に苦しむところである。弁護人としては、若し原判決の如き結果が予見されたならば当然他の三通の供述調書の取調を求めていた筈であるから、貴裁判所においては実体的真実発見のため御慎重な御審理を仰ぎたいわけである。

謝坤蘭の検察官に対する供述調書四通と被告人の供述を綜合して要約すると次のとおりとなる。

被告人が昭和三七年六月謝坤蘭から借りた七〇〇万円は、ときわホールの保証金として使用したものであつて、謝坤蘭はこの七〇〇万円は同年五月三一日通知預金二〇〇万円を解約し、八洲企業株式会社の仮払金支出(借方)として処理し、これに五〇〇万円を加えて被告人に貸付けたものである。

ついで被告人からの右七〇〇万円の返済金のうち、昭和三七年九月の二五〇万円は同年九月二九日謝坤蘭から八洲企業株式会社に対し、前記二〇〇万円の仮払金返戻(貸方)として処理がなされ、五〇万円は同日謝坤蘭から八洲企業に対して貸付けられ、帳簿上は仮受金として受入(貸方)処理がなされている。

次いで同年一一月の二〇〇万円の返金は謝坤蘭が受領後、これをクラブマキの経営者神門清子に貸付け、同月三〇日関西相互銀行の神門清子名義の普通預金に預け入れられている。

さらに同年一二月の二五〇万円の返金は謝坤蘭が受領後、内二〇〇万円を関西相互銀行梅田支店石川福吉名義の通知預金に組入れ、残り五〇万円は謝坤蘭の手許に残されたのである。

被告人の第二回目の謝坤蘭からの借入金七〇〇万円のうち昭和三八年四月の二〇〇万円は謝坤蘭が同年三月二九日関西相互銀行梅田支店の佐藤憲次名義の通知預金二〇五万円を引出した上で、被告人に貸付けたものである。同年五月の一〇〇万円は謝坤蘭が同年五月一六日同銀行の自己名義の預金より引出し、被告人に貸付けたものである。同年六月の四〇〇万円は謝坤蘭が同年五月三一日同銀行の楊茂珍名義の通知預金二五〇万円を引出し、内五〇万円を新たに通知預金とし、残りの二〇〇万円及び手持金二〇〇万円を合わせて被告人に貸付けたものである。

以上の第二回目の借入金合計七〇〇万円についてはその後も継続して本件期末においても存在し、翌期の昭和三九年七月に至り被告人から謝坤蘭に返済されたものであつて、その返済資金は昭和三九年七月九日関西相互銀行梅田支店における被告人の通知預金二〇〇万円三口(若林恵介、春本啓子、今井順久)合計六〇〇万円(利息一一、五七一円)を解約した上これに被告人の手持資金を加えたものである。

原判決はこの点について

「被告人は収税官吏斉藤昭に対しては「昭和三七年七月ときわホールへの保証金、株式会社常盤会館の幸福相互銀行に対する債務の一部の立替払、その他の資金の金策に困り、謝坤蘭から七〇〇万円の現金を借入れ、昭和三九年七月静境観光株式会社増資の際関西相互銀行梅田支店に対する通知預金(架空名義)六〇〇万円を解約した分と他の預金から返済した」旨供述していたが(昭和三九年一一月二〇日付質問てん末書(註)右質問てん末書にはかかる記才がなく、同年一二月二日付質問てん末書の誤りでないかと思われる)検察官に対しては「昭和三七年六月常盤会館からときわホールを借りるについて三千万円の保証金を入れる際、謝坤蘭から七〇〇万円借受けたが同年末返済し、更に昭和三八年六月株式会社常盤会館が近畿相互銀行から五千万円借入れる際、二、五〇〇万円の裏預金をする必要があつた為、謝から七〇〇万円借受け、三九年七月これを返済した」旨供述していた。(昭和四〇年六月一六日付供述調書)謝坤蘭も同年六月一七日付検察官調書において「三七年夏頃劉道明が常盤会館に三千万円の保証金を入れる際同人に現金で七〇〇万円貸し、同年末までに返済を受けた。次に三八年五月末か六月初め頃劉道明が社長をしている(株)常盤会館が近畿相互銀行から五千万円借入れる際同銀行にその半額位協力預金をするのに足りないというので七〇〇万円貸し、三九年七月、同人から返済を受けた」と述べている。然し昭和三八年六月一〇日株式会社常盤会館が同銀行から五千万円借受けるについて二、五〇〇万円の協力預金(又は裏預金)をした事実のないことは銀行調査書類中、収税官吏大黒隆幸外二名作成の調査てん末書および収税官吏荒木賢三外一名作成の昭和三九年一一月一四日付調査てん末書によつて明らかであり、被告人もその後供述を変え(昭和四〇年九月二二日付検察官調書)結局「謝から借りた七〇〇万円が近畿相互銀行に対する二、五〇〇万円の預金に含まれていると述べたのは勘違いであり、当時一千万円位の金が必要であつたように思うが、七〇〇万円を何に使つたか記憶がなく、これを一旦銀行に預金したかどうかもはつきりしない」と前記供述を訂正するに至つている。(同月二八日付検察官調書)

以上のとおり被告人の右七〇〇万円の貸借に関する記憶は曖昧であり、謝坤蘭の供述も事実に符合しない」

と判示しているが、前記収税官吏大黒隆幸外二名作成の昭和三九年一〇月二九日付近畿相互銀行難波支店に於ける銀行調査の結果を記才した調査てん末書によれば、昭和三八年四月一五日から同年六月一〇日までの間に次のような協力預金がなされていることが認められる。

一、定期預金 高見常一名義(七九七四九号)

四月一五日発生 金額八〇〇万円 一〇月六日解約

二、定期預金 中松幸夫名義(三八六二六号)

五月四日発生 金額二〇〇万円 九月三日解約

三、定期預金 山崎幸夫名義(三八六四一号)

五月三一日発生 金額二〇〇万円 九月三日解約

四、通知預金 杉浦正名義(六八五一号)

六月一〇日発生 金額二〇〇万円 七月二日解約

右預金は期中に発生して期中で消滅しているので貸借対照表で発見されないため、通常の注意力をもつてしては発見困難とも思われるが、原判決もこれらの証拠を見落しており、捜査担当検察官も亦これを発見することができず何ら資料も持たない被告人が検察官から近畿相互銀行に対する協力預金の為に謝坤蘭から借入れしたというさきの供述は虚偽でないか、そのような預金は発見できない、と追求されると、これに対して強く反発できず、資料がそうなつているのならそうだろうとこれに迎合し、前の供述は勘違いであるといわざるを得ないのであつて、かような調書こそ被告人の経験を物語つたものでなく、検察官の頭の中で組み立てられたものであつて供述調書の本質を喪失しているものである。

然るに原判決はかかる供述調書の内容によつて被告人の供述が変転したとなし信憑力を疑つているのであるから、これ全く証拠の価値判断を誤り、採証の法則に違反したものといわなければならない。

なお本件借入金のうち、犯則所得の計算上に影響を与えるものは、第二回目のものだけであるが、素人である被告人は、第一回目に七〇〇万円を借り、一旦返済後再び借入し、昭和三九年七月に返済しているので取調の当初においては途中の経過は必要ないものと、素人なりに判断してこれを省略して取調官に供述したのであつて、これが犯則所得の計算上重要であることが判つていたら当初から二度に亘る借入、返済の経過の詳細を述べていた筈であるから、右の供述経過について疑を差挿む余地はないものと考える。

五、李秀万に対する貸付金の返済及び謝坤蘭からの借入金と預金の関係

原判決が証拠として挙示する銀行調査書類によれば、昭和三八年四月一日、五月一日、六月一日及び六月一日及び六月三〇日における被告人の預貯金の合計額は

四月一日 四五、九〇二、三五〇円

五月一日 五七、三三七、八一二円 増一一、四三五、四六二円

六月一日 七〇、八四二、九八四円 増一三、五〇五、一七二円

六月三〇日 七〇、一八五、一二九円 減六五七、八五五円

となるから、右増加額は李秀万からの借入金返済分六〇〇万円、謝坤蘭からの借入金七〇〇万円及び台湾よりの送金三、七八三、〇〇〇円などが存在しない限り発生し得ない数理上の現象であるといわなければならない。従つて原判決の認定は数理上からも背反する。

以上述べたとおり原審における弁護人の主張は貸借対照表の原理からいつても、又経験法則、採証の法則からいつても当然認容さるべきものと確信するものであつて、これを排斥した原判決は明らかに事実を誤認したものであるから、原判決を破棄の上適正妥当な御裁判を仰ぎたく本件控訴に及んだ次第である。

六、量刑について付言

前記のごとく原判決は明らかに事実誤認があり、弁護人は李秀万に対する貸付金六〇〇万円及び謝坤蘭からの借入金七〇〇万円については貴裁判所において当然原判示の脱漏所得から減額されるものと確信するが、なお計算上脱漏所得八、四六九、一四九円が存在することになる。この点については原審弁論要旨第二項で述べたとおり逋脱の犯意がなく、仮りに犯意が認められるとしても告発基準(脱漏所得一、〇〇〇万円以上と仄聞する)にも達しないから、もし収税官吏の調査終了時に真相が発見されていたら当然不告発に終るべきであつた事案であり、且つ査察官以外の各税務署における収税官吏の調査事案で本件よりも大規模なものが多数あり、それらが単に更正決定や修正申告是認の形で終了していることに鑑みると、本件は著しく権衡を失するものであることを考慮され、刑の免除の言い渡しがなされても、決して不思議ではなく、仮りに刑を科するとしても法人に対する罰金は著しく減額さるべく、又被告人に対しては少額の罰金刑を以て処断されるのが極めて至当なものと考える次第である。

なお詳細については原審弁論要旨を援用する。

以上

昭和四三年七月 日

弁護人弁護士 大槻龍馬

大阪高等裁判所

第一刑事部 御中

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